「え・・・何者って?えっと・・・秀子、ですけど?」
娘はきょとんと首を傾げる。
それを見て、利吉は眉を寄せた。
・・・これだけ殺気を込めたのに、彼女は全く動揺しない。
『私の考えすぎか・・・?いや、ここまで動じないのも逆にあやしい・・・』
じっと見つめる利吉に、秀子はもう一度首を傾げた後、ぱあっと顔を輝かせた。
「あ、そうだ!!利吉さん明日お忙しいですか?」
「・・・どうして?」
「明日、この時間にここに来てくださいませんか?私、今日のお礼にお店からお団子持ってきます!」
「――――店?」
「はい、この近くの街道沿いにある団子屋で働いているんです!美味しいんですよ!」
「団子屋・・・」
『やはり、私の考えすぎなのか?』
考え込む利吉だったが・・・・・秀子がこちらをしげしげと見つめているのに気がついた。
「何?」
「・・・・・利吉さんって、綺麗ですねぇ」
「・・・・・は?」
「あ、ごめんなさい!!男の人に綺麗って変ですかね・・・ああ、『カッコイイ』ですよね!」
わたわたと慌てて訂正した後、秀子ははにかんだように微笑んだ。
「あの・・・私、利吉さんともっとお話してみたいです・・・明日、来てくれませんか?」
「・・・・・・・」
誘い掛ける娘を、利吉は上から下まで眺めた。
少しくせがある、柔らかそうな髪。
華奢な体に、白い肌。
大きな瞳と・・・・・・赤い唇。
―――――――――少々仕草が子供っぽいが、容姿はかなり可愛い娘だ。
だが、他の場所でならこんな誘いも・・・良くある事。
しかし、こんな人気のない場所で偶然出会い誘われるなど、なにか出来過ぎている。
確かにこの娘は偽名を使っている。
だが、彼女から殺気は微塵も感じない・・・
いくら隠していても、狙われていれば何か違和感を感じる筈―――つまり、私の命を狙っての接触ではないということか。
では・・・命を狙っていないのに、私に近づいた理由は?
その時、利吉はハッとした―――
私は、ここに来る事を誰にも言ってはいない。――――そして、私がここに来るまで、誰にもつけられてはいなかった。
なのに、この娘はここにきた。
この娘が私に故意に接触しようとしていると仮定して・・・この娘には覚えがないし、誰かの命をうけたと考えれば、納得がいく。
ここを私が気に入っていて、仕事の疲れを癒しに立ち寄ると知っているのは・・・・・二人。
土井先生と――――――そして。
『・・・・・なるほど』
利吉は肩の力を抜いて、項垂れた。
・・・・・なるほど、父の手回しと言う訳か。
「あの・・・利吉さん?」
黙ってしまった利吉に、娘はどうしたのかと言った感じで首を傾げた。
その仕草は普段見れば可愛い仕草だと思ったかもしれないが、今の利吉にはそうは感じなかった。
また冷えだした心を感じながら、冷笑を浮かべて娘を見つめた。
「悪いが、必要・・・・・・・」
必要無い。
そう言い捨てようとして、利吉は言葉を切った。
父が、冷やかしや同情や・・・ましてや下司な理由でこんな事をする訳がない。
・・・つまり、これが私が片足を突っ込んでしまった世界から抜け出す手段だと言う事か?
利吉はかなりの間そのまま黙っていたが・・・・・・・・・しばらくして、意を決めたように口をひらいた。
「分かった・・・・・明日のこの時間だな?」
「いいんですか!?わぁい、ありがとうございます!!」
秀子は嬉しそうに、にっこりと笑った。
そして、別れの挨拶をして娘は去っていく。
『これで本当に・・・・・』
利吉が内心で葛藤しながらその後ろ姿を見送っていると―――彼女は急に立ち止まり、慌てて駆け戻ってきた。
訝しげに利吉が眉を寄せると、こちらの名を呼ぶ声。
「利吉さ―ん!聞き忘れたましたぁ!あんことごまとみたらしと・・・・・・・あっ」
「しゅ・・・!」
娘が再び倒れるのが、見えた。
******
「随分と自信ありげですね・・・そんなに器量良しなんですか?」
「ふふ、気になりますかな?」
「そりゃあ・・・少しは」
「首尾良く成功した暁には貴方にも引き合せましょう」
伝蔵はもったいぶって、片目を瞑って見せた。
「もしや・・・あやつ、もうあの娘に目が釘づけになっておるやもしれんな・・・」
わしの目に狂いはない。
伝蔵は自信たっぷりに、ニヤリと笑った。
だが、その頃の息子は・・・父の思惑とは別な意味で彼女に目が釘づけだった。
走って、つまづいて、転んで―――――再び転がって。
それでも根性(?)で、
『どれが好きですか〜〜〜〜〜〜〜〜〜?』
と叫びながら転がっていく秀子に、利吉はガックリと肩を落とした。
『容姿はともかく・・・・・』
秀子を止めるべくカギ縄を懐から出しながら、利吉はため息をついた。
「父上・・・もう少し、マシな女はいなかったんですか・・・・・・・・?」
そんなぼやきと共に、利吉は地を蹴った。