・ 鬼と花 ・ ――六――

 



「はいっ、利吉さん!みたらし団子です、美味しいですよv」
「・・・・・ああ」

差し出された団子を受け取るべく、手を出そうとした利吉だったが。
―――次の秀子の科白に、固まった。

「はい、あーん!」
「・・・・・・」

しばしの、沈黙。

―――確かに、この女はそんな意味で近づいてきた女だろうが。
それでも、『偶然』を装っていたようなのに、会って二回目で「あーんv」は無いだろう?
・・・・・って、これ・・・やはり、このまま食べねばならないのだろうか?


『父上・・・これも試練と言う事ですか?』


じっと団子を凝視していた利吉だったが、やがて諦めたようにため息をついて、口を開けた。



******



昨日娘と出会った時間に、利吉はあの場所に来ていた。
だが、その場所にはまだ娘は来ておらず、腰を下ろして待っていようと膝を折った辺り、あの声が聞こえてきた。

「利吉さ〜〜〜〜〜ん!」

大声で遠くからこちらの名を呼ぶのは、間違いなくあの娘。
ぶんぶんと大きく手を振り、一生懸命走ってくる。
一生懸命なのはいいのだが・・・・・・嫌な予感がする。


「利吉さ〜ん、りき・・・きゃぁぁあ!?」
『やっぱり・・・・・』


予想通りの展開に少々頭痛を感じなからも、利吉はすばやく移動する。
転がってくる娘を受け止めて、利吉は問い掛けた。

「・・・・・・君には学習能力がないのか?」
「す、すみません〜〜〜〜〜〜〜」

ぶっきらぼうな利吉の言葉に、秀子はわたわたと慌てて謝る。
だが、はっとしたように懐に抱えていた荷物を覗きこんだ。
転がってからも、必至に守るように抱えていた風呂敷包。
せかせかとそれをほどき、中から現れたのは・・・・・笹の葉に包まれた団子だった。

「あ!よかったぁ、潰れないで済みましたよ!」
「・・・こんなものを庇うより、自分の身の安全を確保するべきだろう?」

秀子の頬についた泥をを親指で拭ってやりながら、利吉は呆れたようにそう言った。
その言葉に、秀子は『すみません』ともう一度謝ってから、見上げてくる。


「でも・・・これは利吉さんに食べて欲しかったから、絶対潰したくなかったんです」


利吉の腕の中で、秀子はそう言って微笑んだ。



******



その後、早速食べようと言う事になって。

また秀子が転がりそうなので、斜面を登り平らな地を選んで腰を下ろした。
秀子がいそいそと笹の葉を開き、団子を取り出して。
それを差し出しながら言われたのが、冒頭の科白。
色々な葛藤の後・・・・・・・・団子を口に含んだ利吉に、秀子は首を傾げるようにして問いかけた。

「お味はいかがですか?」
「・・・うまい」

ニコニコとそう聞く秀子に、咀嚼した団子を飲みこんでから、答える。
・・・嘘ではない。団子自体もみたらしだれの味も、とても美味しかった。

「よかった!お口に合って」

秀子はホッとしたように、胸を押さえ。
そして、風呂敷から箸を取りだし、串から二つ目の団子を外し、今度は箸を使ってそれを差し出した。

「どんどん食べてくださいね。はい、あーん!」
「・・・・ふつう、団子は串のまま『自分で持って』食べるものじゃないか?」
「え?」

その言葉に、娘はきょとんとして、動きを止め。
――――そして、声をあげた。


「あっ、そうですよね!ここお店じゃないですもんね」


いつものくせでつい・・・すみません!
謝りながら、別の団子を串ごと渡して寄越す娘からそれを受け取りながら、利吉は眉を潜めて問い掛ける。
・・・・・串から団子を外して、口まで運んでくれる団子屋など聞いた事がない。

「・・・・・店って。君、団子屋で働いているんじゃなかったのか?」
「団子屋で働いてますよ?」
「普通の団子屋はそんな事しないと思うんだが?」

純情そうに見えたが、男を誑し込む命を受けてきた者・・・・・・やはり、遊郭の女なのだろうか?
となると、『団子屋』という名はその遊郭の名??
眉を潜め、考えを廻らせる利吉に・・・娘は明るく言った。

「うちの、新しいサービスなんです!」
「サービス?」
「はい。私が働いている団子屋、味はいいんですけど場所があまりよくなくて。売上が伸びなくて困ってたんです。それで、私がある人に相談したら、こんなサービスはどうかってアドバイスしてくれて!そしたら本当にお客さんがいっぱい来てくれるようになったんですよ!」

私すごく嬉しくって!頑張ってサービスしてるんです。
そう言って無邪気に微笑む秀子に、利吉は再び頭痛がしだしたこめかみを押えた。

「そう・・・・・・・・・ちなみに、そのサービスを頼むのは、ほとんど男なんだろうね」
「利吉さんすごいっ!なんで分かったんですか!?」
「まぁ・・・だいたいね」

ため息混じりにそう言ったのだが、秀子はますますすごいすごいと喜び。
そして、思いついたように手を胸の前でパン!と、一つ打った。

「あ!じゃあ・・・・これも見てくれませんか?」
「え?」
「これもアドバイスを受けて作った新しい前掛けなんです!どうですか?」
「どうって・・・・・」

目の前にぴらっと広げられたものに、利吉は言葉を詰まらせた。
広げられたもの――――娘の言葉を信じるなら、これは『前掛け』だろうが・・・
普通前掛けとは腰から下だけのものなのだが、この前掛けは胸当てもついている。
色は白で、胸当てと裾に何やらフリフリとしたひだが付けられていた。

「これをつけると、ええと・・・『もえもえできゅんきゅんだから、お客がわんさかくる』って言われたんですけど」
「もえもえできゅんきゅん・・・?」
「はい、実は私もよく意味分からないんですけどね。で、どう思います?」
「・・・・・・・・・いいんじゃないかな」

どうでも。

その部分だけは言葉に出さず、利吉は口の端を上げ、感情のこもらぬ笑顔を向けた。
だが、向けられたからっぽな笑顔に、秀子は無邪気な笑顔を返す。


「利吉さんにそう言っていただくと自信が出てきます!私、明日からこれをつけてまた頑張りますね」
「ああ。ところで・・・そろそろ、茶番はよして本題に入ったほうがいいんじゃないか?」


こんなくだらん茶番にいつまでも付き合うのはご免だ――――
利吉は団子を笹の葉の上に戻し、目を細めて娘を見た。

この娘が現れた方向。それは―――学園の一部の者しかしらぬ抜け道だった。
となれば、この娘が父上から差し向けられた者なのは明白。
相手の目的がハッキリしているのだ、今更『猿芝居』に付き合う必要は無いだろう。
この女が団子屋の娘だろうが、遊郭の女だろうが・・・はたまた、くの一だろうが、どうでもいい。


・・・・・・・ようは、この女を抱けばいいのでしょう?父上――――


利吉はゆっくりと娘に向って手を伸ばす。
それをきょとんと眺めていた娘だったが・・・男の手が自分の届く刹那、ハッとしたように声をあげた。

「あっ、いけない!!もう休憩時間終わりでした!」
「・・・・・は?」
「すみません利吉さん、私これで!あ、これ食べてくださいね!!」

団子を風呂敷ごと利吉の傍らに置いて、秀子は慌てて立ちあがる。

「ちょ・・・・・」
「じゃ、本当に色々有難うございました!」

あっけに取られる利吉に深ぶかと頭を下げてから、秀子は彼に背を向けて走り出した。
・・・残された利吉は、唖然呆然。
だが、一旦走り出した娘は、途中で足を止めこちらを振りかえって叫んだ。


「利吉さーん!私休憩の時間は毎日ここに来ますから!お暇があったらまた来てくださいね!」


今度は『あんこ』のを持って来ま〜す!
そう叫んで、大きく手を振って。
―――そして今度こそ彼女の姿は見えなくなった。



******



「・・・・・・・・なんのつもりだ」


娘が姿を消してしばらくした後、利吉はイラついた声で呟いた。
あの女は、私に抱かれる為に来たのではなかったのか?
それとも、一通りあの茶番に付き合わねばならんということなのか?


「くだらん」


父上もヤキが回った。
こんなもので、鬼に沈められた俺の片足が闇から抜け出せる筈など無い。

忌々しげにそう呟いて立ちあがった利吉は、ふと足元に置かれていた風呂敷包みに気がついた。
イラついた心をぶつけるように、それを踏みつけようとして――――
利吉は、ハッとして踏みつける寸前で足を止めた。

足を包の横に下ろし、マジマジと自分の足元を凝視する。



『鬼が・・・消えている?』



ここに着いた時は、いつものように纏わりついていた筈だ。
それなのに、今は一匹も姿が見えない・・・・・
仕事の時以外、消える事がなくなっていたのに・・・・・・?


『何故・・・・・?』


そのまま動かずに足元をじっと見つめていた利吉だったが、しばらくしてやっと屈むそぶりを見せた。
立ちあがった彼の腕の中には――――風呂敷包み。

利吉はもう一度娘が消えていった抜け道の方向をみつめてから、そこに背を向け、歩き出した。
歩きながら、包を解いて団子を一串取りだし、口にする。



『利吉さんに食べて欲しかったから、絶対潰したくなかったんです』



そう微笑んだ秀子の微笑が、目の前に浮かんで、消えていった―――――






じわじわと癒されて行きますよ〜♪
ところで、コマちゃん・・・『メイド団子屋』にお勤めのようです(笑)


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