「鋼の?」

いつまでたっても返事がないのに焦れて、ロイはドアを開けた。
ベットの上には、恋人の影。
だが・・・・・それはピクリとも動かない。
近づき、サイドテーブルに持ってきたトレーを置いた。
トレーの上のグラスには、檸檬水。湯上りで喉が渇いたろうと、持ってきてやったものだった。

「エドワード?・・・・・眠ったのかい?」

顔を覗き込んでみると、閉じられた瞳に、聞こえる寝息。
やれやれ・・・といった風に、ロイは肩を竦めた。

「長時間列車に揺られて疲れていたのだろう・・・少々連れまわしてしまったしな」

額にかかった前髪をよけてやる。
そして愛しげに囁く。

「おやすみ、エドワード。いい夢を・・・」



『シンデレラの夜』・番外A・・・・『しんじらんない!!』・後編



するりと髪をひとなでして去って行く、手。
間近にあった気配が遠のくのを感じて、エドは内心ホッと息を吐く。
その直後・・・


「・・・・・・なあんて、私が騙されるとでも?」

「みぎゃあ〜〜〜〜〜!!!」


離れたと安心した途端、耳元に熱い吐息と共に甘い声で囁かれて、エドは飛び起きた。
耳を押えたその顔は、真っ赤である。
ロイは可笑しそうにクックッと喉を鳴らして笑った。

「・・・『みぎゃあ』とは色気のない悲鳴だ。まるで、猫だね?」
「・・・・・うるさいっ!!・・・・ちょ、こっちくんな!」

バスローブのまま、ベットに片膝を乗せて近づくロイに、エドは追い詰められるように後ずさる。
ベットの上で、壁に張り付くようにしているエドの顔を覗き込んで、ロイはニヤリと笑った。

「タヌキ寝入りとは、かわいい事をしてくれる」
「・・・・っ」
「そんなに警戒しなくてもいいんじゃないか?」
「・・・アンタの日ごろの行いのせいだよっ!!!」
「ふむ・・・そんなに期待されてるなら、応えない訳にはいかないな?」

その答えに、エドは顔面蒼白になった。

「き、期待なんてしてない!!応えなくていいからっ!!」
「・・・折角2人きりなのに、つれないねぇ?」

ロイが手を伸ばし、頬に触れようとした途端、エドはビクリと体を振るわせた。
蜂蜜色の瞳はぎゅっと閉じられ、睫毛は細かく震えている。
目尻には、うっすらと涙まで浮かんでいて、唇は固くひき結ばれて。

全身で拒否を示されて、ロイはため息をついた。
頬に伸ばした手だったが、行き先を変えて、金色の頭にポンと乗せる。

「!?」

なだめるように頭を撫でられ、エドは恐る恐る瞼を開けた。
そこには、困ったような顔で苦笑するロイがいた。

「そんなに怯えないでくれないか・・・?」
「・・・・・・怯えてなんて、ねぇ。」
俯いてそう呟くと、頭を撫でていた手が下りてきて

優しく抱きしめられた

エドを刺激しないように、柔らかく腕の中に囲うロイ。
こういうことになるのが恥ずかしくて抵抗していたはずなのに、その手があまりにも優しくて・・・
エドはロイの腕の中で、ホッとしたように息をつき、体の力を抜いた。
そんなエドをみて、ロイは安心したように微笑んだ。

「何もしないよ?」
「え・・・?」
「君が嫌なら、なにもしない」
「大佐?」
ポカンと自分を見つめるエドに、ロイは笑いかける。

「この前、すぐに帰ってしまったのは・・・アルフォンス君に報告する為だけではないんじゃないのか?」
「!!」
「私が、怖かったんだろう?・・・あの後、何をされるのかと思うと?」

思わず黙り込んでしまう。
もちろん、アルのことが気がかりなのが一番の理由なのだが、あまりにも性急なロイに
『これ以上は心臓がもたん!!///』と、逃げ出したのも、また事実だった。
黙りこむエドに、『やはりな・・・』と、ロイは苦笑する。

「この前は浮かれていてね。・・・君の気持ちを考えずに求め過ぎたと、少々反省したよ」

君はまだ15歳だと・・・分かってはいたんだがな。
そう言って、ロイは自嘲的に笑った。

「・・・・・・子供って、言いたいのかよ?」

ギロ、と睨みつける。
こういう場面で大人扱いされたら困るのに、いつものように、つい虚勢をはってしまう。
腕の中で睨みつける幼い恋人に、ロイはゆっくりと頭を横に振る。
そして、柔らかく包み込んでいた腕に、少しだけ、力を込めた。

「焦がれて焦がれて、やっと君を手に入れたんだ・・・・・無理強いをして、失いたくない」
「・・・・・」

「今までもかなり待ったしね。まだ待てるよ・・・どうにか、ね?」
「なんだよ、どうにかって・・・」
「本当は、君が欲しいよ。・・・・・苦しいほどにね?」
「!!!」
「好きな人に触れたいと思うのは、当り前の感情だろう?」
「・・・・・・・・うん・・・・・」
「でも、君の心の準備が出来るまで、待つよ」

そのぐらい・・・・君が大切だから

そう言って微笑むロイの顔は優しくて。
さっきとは違う意味で、涙がでそうだった。
そんな気持ちを察してくれたのか、くしゃりと髪をかき混ぜられた。

「一緒に眠るくらいは、許してくれるかい?」
「・・・・・・・うん・・・・・・・・」
「エドワードv」
「ただしっ!!触るの厳禁だからなっ、こっちに背中向きで寝るなら・・・・・いい」
「手ぐらい繋いでも・・・・・・」
「だめっ!!」
「・・・わかったよ・・・・」
肩を落とすロイに、ちょっとは気が咎めたけれども、それは隠して睨みつけた。
そして、二人並んでペットに入る。

「おやすみのキスはしても?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ/// ・・・・・・・・・好きにしろよ・・・
エドの返事に、ニッコリと笑うと、ロイはゆっくりと覆い被さるように顔を近づける。

『ひやっ!!』

思わず目をぎゅっと瞑ったエドだったが・・・・・いつまでたっても触れる感触がない。
恐る恐る目を開けると、困ったような、迷ってるようなロイの顔があった。
「大佐?」
声をかけると、ロイは少し視線を逸らしてから、またこちらを見て。

―――そして、額に軽く触れるだけのキスをした―――

「おやすみ、エドワード」
「・・・・・・・ああ」

挨拶を交わすと、ロイはさっさとエドに背を向けて横になる。
何となくそっけないロイに、エドは首を傾げた。

『軽いキスぐらいなら、唇でも良いのに・・・・・』
そこまで考えてから、ボボッと真っ赤になる。
『いや、別にっ、して欲しかったとかじゃなくて!!大佐がカワイソウだからっ・・・!』
誰につっこまれたわけでもないのに、慌てて自らに言い訳をする。
だが、それに答える人はもちろんないわけで・・・・・
『・・・アホらし、ねよっ///』
そして、壁際の方に寝返りを打ち、目を閉じた。



お互いに背中合わせで眠る2人・・・・・・とても恋人同士とは見えない体勢である。
だが、それすらも落ち着かなくて、エドは壁際に張り付くようにして固まっていた。

『うう・・・・・やっぱり断りゃ良かった・・・・』

頭だけ動かして、チラリと後方に視線を向ける。
ロイは先ほどから一言も喋らず、微動だにしない。
沈黙に耐えられなくて、呼んでみた。

「大佐?」
だが返事はない。
寝返りを打ってロイの方に向き直り、もう一度呼んでみても、やはり返事はない。
そこで耳をすますと・・・・・聞こえてきたのは、規則正しい呼吸音。
上半身を起して顔を覗いてみると、穏やかに眠るロイの顔があった。

『なんだ・・・・寝てるのか・・・・・・』
一気に硬くなった体から力が抜けた。
『緊張して損した・・・・・・』
ため息を吐いて、もう一度彼の寝顔をみる。

『こうしてると、ますます童顔だなー』
初めて見る寝顔に、思わず笑みがこぼれる。
ロイは軍服を着たまま、駅に迎えにきていた・・・つまり今日も仕事だったのだろう。
きっとたまった書類を休みなしで片付けて、早くあがったに違いない。

『疲れてんのは、自分もじゃないか・・・・』

パタリ、とまた体をベットに横たえて、でも今度は壁際ではなく、ロイの背中を見つめた。
大人の男性の、広い背中。
着やせして見えるが、軍服を脱いだその背中は、やはり逞しくて。

ドキドキ、した。

その背中に擦り寄って甘えられたら、気持ち良いだろうなと思う。
普段なら、絶対に出来ないけれど・・・・・
幸い、相手は寝ているし?
『ちょっとくらいなら・・・いいかな?』
そっと触るくらいなら、起さずに済むだろうか?

恐る恐る、左手で一瞬だけ触る。
だが、起きる気配はない。
今度は、勇気を出して、手のひらを当てた。
それでも起きないロイに、ホッとしつつ、その体温にますますドキドキした。
『もう、ちょっとだけなら・・・・平気かな?』
起きないのをいいことに、エドの行動はだんだん大胆になっていく。
両の手の平をその背中にあて、そしてそおっと頬をすり寄せた。

伝わる体温と鼓動に頬を染め、うっとりと目を閉じた。

自分だって、触れたくないわけないのだ。
ただ、怖さが先に立って勇気が出ないだけで・・・・。
だって、自分だって彼が好きなのだから――――――
とても面と向かってそんなこと言えないけれど、でも、今なら・・・

「おやすみ、大佐。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すき、だよ?

エドは顔を真っ赤にして、ロイの背中から離れると、また壁際に寝返りを打つ。
でも、その顔は満足そうに微笑んでいて。
そして、自分も眠るべく、その瞳を閉じた。






******






「もう〜〜〜〜〜〜〜っ、しんじらんない!!この、クソエロ大佐っっ!!!」

柔らかな朝日が差し込み、小鳥の鳴き声が聞こえる爽やかなはずの朝。
エドはシーツを頭からかぶって丸くなり、力の限りロイへの悪態を吐いていた。

「・・・・・・だから、さっきから何度も謝ってるじゃないか・・・」
「謝ってすむなら、警察はいらん!!この、性犯罪者!!!」
「せ、性犯っ・・・・・?!」

さすがに、その台詞は堪えたらしく、絶句して固まるロイ。
シーツの隙間からその姿を確認したエドだが、同情する気もないので、無視して悪態を吐きつづける。

「昨夜、寝る前は、『余裕があってやっぱり大人だ』と見直したのに、嘘つきっ!!」

嘘つきだの、ペテン師だの、騙されただの。
ぎゃいぎゃい騒ぐエドに、ロイはさすがに、ムッとした。
こういう事態になったのは、間違いなくエドにも責任があるはずなのだ。

「言っておくが・・・誘ったのは、君だ」

意地悪くそう言うと、エドはシーツから頭だけを出して、ロイを睨みつけた。

「オレが、いつ誘ったっていうんだ?!」
「背中に擦り寄ってきて、私を煽ったじゃないか?」
「あ、煽ってなんかない!!・・・・・あれは・・・・寝てるかと思って・・・・・」
「ホラ、寝込みを襲ったのは、君のほうだろう?」
「ね、寝込みを・・・?!って、タヌキ寝入りだったじゃないか!・・・・妙な言い回しすんなっ!!!」

怒りと共に、殴ろうとして伸ばしてくる手を捕まえて、小さな体を組み敷いた。
さっきの勢いも失せて、エドは目を見開いて慌てだした。

「ちょ、馬鹿!!乗っかってくんな!!・・・・・・んっ」

起きぬけの、しかも、だるい体。
元々余り抵抗する力など残っていないのに、濃厚なキスを仕掛けられ、簡単に陥落する。
力の抜けたエドの肩口に、ロイは顔を埋めるようにして、彼を抱きしめた。

「余裕など、ないよ・・・・」
「たい、さ?」
「君相手に余裕など持てる訳がない・・・それだけ、溺れているのだからね」
「・・・・・っ///」
「昨日は、本当に我慢しようと思ったんだよ・・・」

おやすみのキスを額にしたのだって、唇にしてしまったら止まらなくなりそうだったから。
だから、さっさと背を向けて眠った振りをした。

それなのに、背中に触れてくる感触。

それでも耐えていたロイだったが、エドの呟きに自制していた糸が焼き切れた。
たまらず体の下に組み敷いて顔を覗き込むと・・・
潤んだ見開かれた瞳に、上気した頬。

抑えようもなかった―――――


「人が涙ぐましい努力で自制してたのに、ちょっかい出す君が悪い・・・」
「・・・オレのせいかよ?!アンタ大人なんだから、そんぐらい抑えろよ!!」
「抑えが効かないほど可愛かったんだから、仕方ないだろう?!」
「かわ・・・?!ばっ、馬鹿かアンタ・・・・・・」

カーッと赤くなって、身動きが敵わないから顔だけを逸らす。
だが、すぐにロイに顎を捕えられ、再び口付けられた。
そして、耳元に囁かれる。
「私の事、嫌いになってしまったかい?」
ピクリ、と体を震わせてから、またロイから顔を逸らした。

「アンタなんか、元から嫌いだよ!」

なんとも冷たい台詞だが、言葉どうりの意味でないのは、赤く染まった頬からも明白で。
ロイは、満足げに微笑んだ。

昨夜だって、エドが本気で嫌がるようだったら、止める事が出来たと思う。
でも彼の抵抗が、初めてであるが故の恐怖・体を重ねる事への羞恥心と分かったので・・・
恐怖を和らげるように優しく導き、羞恥が消えてしまうように意識をとろかした。
そして、彼は自らも求めるように、確かに、背中へ腕をまわしてきたのだ――――

それでも、気を失うように眠りに入ってしまった彼が、朝自分の腕の中で目覚めると、
飛び起きるように離れてシーツを被ってしまった。
その後、延々に続く罵声に、『本当に傷つけてしまったのだろうか?』と、少々不安になってきていたロイだったが、どうやらこれなら心配なさそうだ。
ホッと内心で息を吐き、ニヤリと口元に意地悪な笑みを浮かべた。

「まぁ、私もまだ青いということか・・・・」
「・・・開き直りやがったな・・・・・・」
「いやいや、私もまだまだ修行が足りん」
「〜〜〜〜〜〜っ、どこがたりないんだ!?アンタの場合、免許皆伝な位だろうが、このタラシ!!」
「おや、そんなに上手だったかい?お褒めに預かり光栄だ」
「!?そ、そんな事言ってない!!都合よく解釈するな、このエロ大佐っ!!!」

ああ言えばこう言う・・・・・
ははは、と爽やかに笑う男に、怒りゲージが上がってくる。
調子に乗って、またキスを仕掛けてくる男を、右手でぶん殴って。
痛そうな声を上げて頭を擦るのを横目に、彼の下から逃れてシーツに包まり丸くなった。

ったく、しんじらんない、この男!!!

いつの間にか心をもっていかれて
それをかみしめる間もなく、今度は体ごともっていかれて・・・・・

――――気がついたら、全てを囚われている―――――

いつもは無能なくせに、こんな時だけ無駄に発揮される、この有能さはなんなんだ?!
ちきしょ〜!昨日の感動を返せ!!
心の中で罵っていると、スルリと、シーツ越しに頭を撫でる感覚。

「そういえば、まだ言っていなかった・・・・・おはよう、エドワード」

愛しさがにじみ出るような、甘い声。
顔がまた、赤らむのを感じる―――

・・・・・本当に一番信じられないのは、
            今自分が、堪らなく幸せな気分だということかもしれない・・・



―――ああもう、ホント、しんじらんない!!!――――




『しんじらんない!!・後編』



しんじらんないくらい紳士的な大佐にするか、だまし討ち(笑)にあってしんじらんない話にするか迷いましたが・・・・
幸福が『いい話』っぽかったので、こっちはギャグでってことで。(ギャグでさいごまでいっちゃったのか?!・爆笑)
なんか、タヌキ寝入り合戦でしたね(苦笑)もっと余裕持てよ、大佐・・・(-_-;)
おまけにエドの報復をちょこっと。→



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