捜し求めていたものを手に入れて
悲願を果たし
失ったものを取り戻し、唯一の肉親と喜び合った

『神様に嫌われてしまった俺だけど』

やっとささやかながら、『穏やかな日常』と言う幸福を、また手に出来る・・・・・・
そう思っていた

その時は、気付いていなかったんだ
自分がどれほど『神に憎まれているか』を――――




・  路の果て  ・ <1>




「で・・・・・・どうだった?」

エドワードはイーストシティのロイの執務室で、部屋の主と向かい合った。
息を詰めたその表情は、かなり緊張しているのがわかる。
ロイは書類から目を離し、そんなエドを見つめた。

「・・・・・受理されたよ」
「条件は?」
「特別なものは追記されていない。普通に資格返上した者と同じ文面だな」
「はぁ〜〜〜〜〜っ」

エドはそこまで聞かされて、大きく息を吐いた。
エドの後にいた金髪の少年も、ホッと胸を撫で下ろしたようだ。
そんな2人を、ロイの横で見守っていたホークアイも、表情を崩し微笑んだ様だった。



鋼の錬金術師=エドワード・エルリック

禁忌を犯したせいで失われてしまった弟の体を、彼が取り戻したのは2週間程前のことである。
本物の賢者の石ではなかったが、出来が良い石を複数使って試みたその練成は成功し、
念願だったアルの肉体を取り戻した。
やっと得られた結果に、兄弟二人、抱き合い喜びあった。
そして、報告と国家資格を返上する為、セントラルの彼の元を訪れた。

焔の錬金術師=ロイ・マスタング大佐

禁忌を犯し、暗闇に沈む自分に、光を指し示した人。
彼は自分の心に、自分の銘でもある『焔』を灯してくれた。
彼の薦めにより国家資格を手に入れて、自分は再び歩きだし・・・そして、弟を取り戻す事が出来たのだ。

彼に抱くのは・・・
道を指し示して、その後も手を差し伸べ続けてくれた事への感謝の念と
そして、もうひとつ。

初めての、恋心――――

もちろん、それは完全なる『片思い』で・・・・・
『女たらし』と称される彼が、『男』で『子供』の自分など相手にするわけがないけれど、
それでも、彼を好きになる気持ちを、止めることは出来なかった。
けれど、告白する事など出来るはずもなく・・・思いを閉じ込めて3年。もう15歳になっていた。
そして、悲願を果たした自分は、この気持ちを伝えられないまま、国家資格の返上を願い出た。

簡単に手に入れることも出来ないが
簡単に手放せる資格でもないと聞いていた
それゆえ、返事がもらえるまで、不安なままイーストシティで過ごしていたのだが
蓋をあけてみれば、至極簡単に受理された。

ホッとした。これで自由になれる。
もう、戦争にかり出される心配をしなくても良くなる。
だが、同時にチリチリと胸が痛んだ。

軍属でなくなること、それはロイとの別れを示していた。
今までだって、頻繁に会っていたわけではない。2・3ヶ月に一度会えればいいほうだ。
だがそれでも、確かな彼との繋がりがあったのだ。
でも、それももう消えてしまう・・・・・

死んでしまうわけではない。・・・その気になれば、会うことだって可能なはずだ。
しかし、実際はほとんどそんな機会はないだろう。
だって、もう彼に会いに行く理由はなくなってしまうのだから。

チラリ、と彼を見る。

どうせ、会えなくなってしまうなら、告白して砕け散ってから、故郷に帰ろうか・・・?

・・・・・だが、心を隠す為に悪態を吐き、散々嫌味の応酬を繰り広げてきた相手だ。
今更、素直になるのはかなりの勇気がいる・・・・
しかも、告白しても本気にしてもらえるかどうか?
砕け散るのは仕方ないにしても、『冗談だろう?』とあしらわれてしまうのは耐えられない気がした。

『やっぱり、このまま別れるのが・・・・・いいんだろうな』

相変わらず女性とのうわさが耐えない、この男にとっても。
エドは、視線を外して目を伏せた。

「鋼の」
「何?」
「だが、本当に返上していいのか?」

ロイはチラリと手袋を外してあるエドの右手を見た。
鈍く光る鋼色の機械鎧―――そう、エドの手足は、以前のままなのだ。
弟の体と、自分の手足を元に戻す為に旅をしていたのではなかったのか?
ロイの目線で、言いたいことが分かったらしく、エドは口を開いた。

「んー?いいんだよ。オレのは。だってさ、オレって・・・なんつーの?生まれもったスター性っていうの?・・・・・・結果、結構有名人になっちゃったわけよ。・・・今手足もどしちゃったら、ばれっだろ?人体練成。」

おどけたように手を持ち上げ、わざと『やれやれ、人気者は困るね』などといっている。
そんなエドにロイは苦笑した。

「確かに、私もそれを懸念していたよ。・・・スターはともかく、軍は見逃さないだろうしな」
「わかってたなら、言っとけよ!!もし、先走って手足戻してたら、どうするつもりだよ?!」
「だから、以前から『石を見つけたら、元に戻る前に必ず私に連絡しろ』と言ってただろう?なのに、連絡もなしに、使っているし?」
「アンタの驚く顔みたかったからなー?いっつもスカした顔してて、滅多に拝めねぇし?」
「全く、可愛げのない・・・・・しかし、悲願でもあったろう?諦めるのか?」

ロイの問いかけに、『実はさぁ』と言いながらエドはニヤリと笑う。

「石、まだあるんだよね―♪」
「何?!」
「言ったろ、いっぱい見つけたって。取り合えず全部使ってアルの体練成したら、ほとんど砕け散っちゃったんだけどさ・・・・・残ったんだよ、何個か。・・・・・アルを練成した時の割合から計算すると、手足戻すにはなんとか足りると思う」


だからさ、アンタ・・・・・早く大総統になってよ?


不敵に笑うエドに、ロイはため息を付いた。

「そういう事か・・・・・・・・」
「そ、今戻るのはヤバイからさ、アンタがトップに立ったら遠慮なく使って元に戻らしてもらう。・・・・・・・だから、チャッチャと大総統になってくれ。」
「立候補してなれるものじゃないんだぞ?簡単に言わないでくれないか」
「なーにいってんだ、気合だよ、気合!!気合でなんとかしろ!」
「あのねぇ、気合なんかでなんとかなるなら・・・・・まぁ、いいさ」

元々、もらう気でいたしね?

こちらも不敵に笑うと、エドも満足そうにニイッと笑った。


「しかし、相変わらす君の兄は抜け目無いな、アルフォンス君?」

ロイがエドの後にいた金髪の少年に声をかける。
金髪でエドより若干背の高い少年・・・体を取り戻したアルフォンスは、
ロイの言葉に苦笑しながら答える。

「あはは・・・僕としては先に戻っちゃって心苦しかったんですけど、兄さんに言われてその方がいいのかなと。だから・・・・・・僕からもお願いします、必ず大総統になってくださいね?」

こんな事頼める義理じゃないんですけど、そうしないと兄さん元に戻れなくなっちゃうし・・・。
そう申し訳なさそうに俯くアルに、ロイは優しく声をかけた。

「ああ、約束しよう。きっとなってみせるから、待っていてくれるかな?」
「はい!!ありがとうございます!」
「なんか・・・・・・オレの時と態度が違う」

ふて腐れたように頬を膨らますエドに、ロイは吹き出す。

「なんだ?ヤキモチか?・・・・・・弟君は君と違って謙虚だからつい、ね」
「や、やきも・・・・?あほかっ!!・・・・・どうせオレは謙虚じゃねえし、可愛げもねぇよ!!」

ますます頬を膨らますエドに、ロイはクックッと笑いながら、話を続ける。

「ところで・・・・・これから、どうするつもりだ?」
「とりあえず、リゼンブールに帰ってばっちゃんとウィンリィに報告するよ。後は、師匠のとこにも」
「・・・それは、もう少し先に伸ばせないか?」
「へ?なんで・・・・?もう、これで軍属じゃなくなったんだろ?」

今更、ここに留まる理由などあるのだろうか?
不審げに首を傾げるエドに、ロイは少々顔を歪めたようだった。

「・・・・・腑に落ちないんだ」
「・・・受理された事・・・?」
「ああ、軍が君ほどの術師を簡単に手放すのが、どうにも腑に落ちない」
「もしや、アルのことバレてる・・・?」
「いや、それは大丈夫だ。・・・大体、アルフォンス君に関しては証拠もないしな」
「なら、問題ないだろ?」
「それならいいのだが・・・・・とにかく、君はこのままセントラルを離れて身を潜めろ」
「すぐ?!」
「ああ。・・・アルフォンス君は顔を知られていないからいいとして、君の容姿はなかなかに目立つ。・・・・・変装していくといい」
「オレのどこが目立つんだよ?!・・・つーか、ホントにそんなことしなくたって」
「君は相変わらず自分がわかっていないのだな・・・」
「なんだよ?どういう意味だよ?」
「いや・・・・・・それに、軍というものもわかっていない」

ここは、そんなに甘い所ではないんだよ・・・・・
そう言ってロイは、もう一度エドを見つめた。

「とにかく、私がいいと言うまで身を隠せ。
・・・・・・・もう命令はできないが、友人の言葉として聞いてくれないか?」
「大佐・・・・・」

『友人』・・・嬉しいような、悲しいような。
それでも、彼が自分達を案じていてくれてるのは、とても嬉しかった。

「兄さん、大佐の言う通りにしようよ・・・・?」
「わかったよ・・・」
「よろしい・・・・では、変装してすぐにイーストシティを出ろ。知り合いのところへはしばらく行かないように。連絡も駄目だ」
「ええ、電話も駄目なのかよ?」
「連絡はこことだけだ。・・・だが、ここと直接連絡とるのはまずいな・・・中尉!」
「はい、なんでしょう?」
「君のアパート、確か老婦人がオーナーだったね?電話はあるか?」
「ええ、電話はアパートの階下にあるオーナーの所に。彼女が取り次いでくれます」
「ならば、そこを使わせてもらおう。かまわないか?」
「はい」

ロイはエドの方に向き直り、彼を見た。

「そういうことだ、連絡は中尉の所だけ。・・・そうだ、名前も変えようか?」
「偽名まで使うのか?」
「もちろんだ・・・・・・そうだな、君のコードネームは・・・・」

コード―ネーム?なんかスパイごっこみたいだな・・・そう思った時

「君のコードネームは 『チェルシー』 だ」
「へ?!」

ちぇ、ちぇるしー???

「なんだ、そのフザケタ名前はっ!!しかも、何で女名なんだよ?!」
「独身の中尉の所に男名で何度も電話が来たら、いらぬ噂になる。彼女の迷惑になるだろう?」
「あ、そっか。・・・しかし、チェルシーって・・・昔の女の名前かなにか?」

それは結構傷つくかも・・・
そう思いながら問いかけると、ロイは軍服のポケットから小箱を取り出した。

「違う。これだ!」

ロイの手の中にあるのは、小さな携帯サイズの箱に入った・・・・・キャンディだった。
女の名前かと緊張した分、思わずずっこけてしまうエドだった。

「・・・まぁた、そんなもんポケットに入れてるのか、この甘味大魔王!」

このすかしたツラで、女をメロメロにする大佐殿は、実は・・・・・超甘い物好きだ。
執務室のデスクには、甘いお菓子がいっぱい入っている引出しがあり、
ポケットの中には、いつも携帯サイズの飴やらチョコやらが入っている。

『確か、この前は ”セシル”って名前のチョコがポケットに入ってたなぁ。その前は、”エリーゼ”とかっていうお菓子にハマって、一日一箱食べてたっけ・・・・』

何気に『女名っぽいネーミングのお菓子』ばかりハマっているのは、やはり女たらしの血が騒ぐからなんだろうか?
ちょっと、遠い目をしてしまうエドだった。

「・・・頭脳労働者は、甘い物をとった方がいいのだよ」
「そりゃ、適度にだったらだろ?・・・・・そのうち糖尿になるぞ?」
「・・・・・・気をつけよう」
「なぁ、オレだけ名前変えてもさ、大佐の名前出す時困るし・・・大佐の名前も考えようぜ?」

ニヤリと笑って、ロイのデスクに引出しを開ける。

「ああ・・・・・これにしようぜ、”ロアンヌ”?」
「む・・・・・確かに今それにハマってるのだが・・・・・何故私が!!」
「自分だけ逃れようとすんな!」
「あ、僕これがいい!!大好きなんだ〜”アルフォート”♪」

「「女の名前っぽくないから、駄目だ!!」」

言った途端、ロイとエドがハモって抗議する。

『別に、直接中尉と連絡をとる兄さん以外は、女名じゃなくてもいいんじゃ・・・?』
妙なとこで盛り上がってる2人を見て、アルはため息をついた。

結局、エドは『チェルシー』
    ロイは『ロアンヌ』
    アルは『ミルキー』
と言う、コードネームになった。



変装のグッズの手配を中尉に指示を出したロイだったが、少し考えるような仕草で追加する。

「髪の色を変えたほうがいいな・・・・中尉、かつらも手配してくれ」
「ええ〜?!ずっとかつらで過ごすのか?・・・めんどくせえな・・・染めようかな、真っ黒にでも」

大佐と同じ黒髪・・・ってのも、良いかもしんない。

「それは駄目だ!!」
「へ・・・?なんで?」
「その髪を染めるなんて、許されん!!」
「な、何が許されないんだ・・・?」
「私のお気に入りだから!!」

お気に入り・・・・・・!
ボボッと体温が上がるのが分かる。

「その『はちみつ色』の髪を、真っ黒にするなど!!断固反対するぞ!」

はちみつ・・・・・ああ、なるほど。・・・はちみつ、ね・・・・・・・・・・
そういやコイツ、はちみつも大好きだった。(脱力)
以前一緒にカフェでティータイムをした時、ホットケーキにはちみつをイヤっていうほどかけていた。
確か、ついてきた分では足りなくて、おかわりしてたっけな・・・・・(遠い目)

オレがお気に入りなんじゃなくて、このはちみつ色の髪が好きなだけなんだな。
・・・・・・・・・わかってたけどさ。
急降下した気分のまま、だるそうにエドは返事をした。

「わかったよ、かつらかぶるから・・・」

そして、中尉に用意してもらったかつらをつけ、年相応な子供の格好をしたエドとアルは、
イーストシティを旅立っていった。 



******



「大佐、2人は無事にイーストシティを出ました」
「そうか、ご苦労。中尉」
「ここまでなさるのは・・・・・やはり、何か不穏な動きがあったのですか?」
「いや、まだない。・・・だが、とても嫌な予感がするんだ」

この第六感のお陰で、死線を潜り抜けてこられたのだ。
確証は何も無いものの、この予感を無視する気にはなれない。
しかも、今国家錬金術師を統括しているのは、レクター中将。
狡猾でやり手。しかも非情な男だ。
それが、ロイの不安をますます大きくしていた。

「本当に、ただの思い過ごしならいいのだが・・・・・」

折角自由を手に入れたあの子供達の顔が、もう涙に濡れる事など無いように・・・
ロイは、窓の外に目をやり、天を仰いだ。


シリアスに手を出してしまいました!!だ、大丈夫かな・・・?(汗)
今回は、軽いノリでいきましたが、だんだんとシリアスになる予定。
エドがかわいそうな展開になると思いますが・・・力を込めて言います、私はエドを愛しています!!
・・・・・ので、必ずエドを幸せにしたいと思っています。
シンデレラの方の大佐は『甘い物が苦手』だったんですけど、このシリーズの大佐は『甘味大魔王』です(笑)
いや、そんなロイも可愛くて良いかなー?と思って♪
スーパーで、女性の名前っぽいお菓子を探しました。楽しかった・・・(笑)
ちなみに、アルフォートは本当に大好きです♪


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