『あ、リザさん?ミルキーです』

「あら、ミルキーちゃん?めずらしいわね、チェルシーは?」
『チェルシー、今ちょっとご機嫌斜めで・・・・・
でも、今日はリザさんへ電話する日だったから、代わりにかけたんです』
「ご機嫌ナナメ?」
『また、男の人にナンパされちゃって・・・・・』
「チェルシーちゃん、モテモテね・・・・・」

リザは、密やかにため息をついた。
アルも『本人、かなり不本意みたいですけどね』と、苦笑しながら告げてきた。

『今日の人かなりしつこくて・・・手とか握られてたから、キレちゃって。なだめるの大変でした』
「ミルキーちゃんも大変ね・・・でも、あまり目立っちゃ駄目よ?」
『わかってます。だからチェルシーも、かなり今日は我慢してたんですけどね・・・』
「もう少しの辛抱よ。そろそろ結果を教えてあげられる筈だから」
『ホントですか!!』
「ええ、ロアンヌがそろそろ報告が来る頃だと言っていたわ」
『チェルシーも喜びます!!・・・・でも、いい結果だといいですけど』
「そうね。・・・・・とにかく、今は報告を待ちましょう?」
『はい。じゃあ、また電話します』
「ええ、気をつけて」
「ありがとうございます、リザさん」

受話器を置いて老婦人に礼を言い、リザは部屋に帰るべくアパートの階段をのぼる。
もうすぐ、彼らが身を隠して1月近くになる。
ナンパの事ばかりでなく、エドはイラついていることだろう。

『早く報告がくればいいんだけど・・・・』

だが、それがいい報告だとは限られていない―――
リザは眉を顰めて、そして、祈るような視線を天上の月に向けた。




・  路の果て  ・ <2>




「・・・・・ということです」
「・・・鋼のは、女装でもしてるのか?」
「いえ、普通に男の子の格好です」
「・・・・・・まぁ、あの容姿だしな」

ロイは、苦笑いを浮かべて、自分の副官を見つめた。

鋼の錬金術師、エドワード・エルリック
銘と名前だけを聞くと、筋肉隆々の無骨な剛者の男を想像させる。
だが、実際は。

国家錬金術師の資格をとってから3年も経っているというのに、まだ若干15歳。
そして、その年齢にしては、かなり小柄な少年だ。
その顔は、目つきだけは鋭く『少年』を意識させるけれど、
そこを除けば、まるで少女のような愛らしさを感じさせる、美しい顔立ちだ。
しかも彼の髪は、まるでしっとりとした蜂蜜を思わせるような、見事な金髪で。
同じ色の瞳は、人を魅了してやまない―――――

そんな容姿を、自分自身だけが自覚していない。
他の者が送る羨望の眼差しの意味を、彼だけが理解しないのだ。
弟曰く、『ちょっと美意識がずれている』為かもしれないが。
自覚が無いのも手伝って、無防備な様子がたまに心配になるが・・・
『好意』を『悪意』と勘違いして、全て自ら排除しているので、問題はないか。

腕っ節が強く、人間兵器と称されることもある『国家錬金術師』の資格を有する彼だ。
並みの人間が敵うわけも無く、ナンパな男にどうこうされるわけもあるまいが・・・・・

人の汚さを、あの年にして見て知ってしまって・・・・・大人びた視線をするようになった少年。
なのに、偏った知識は、特に恋愛ごとに関して何も知らない無垢な一面を覗かせる。
綺麗で不安定な、少年。
それが、余計に人を惹き付ける。
しかも硬く閉じていた蕾が、思春期を迎えて綻んできたのだ。
漏れ出した『将来は大輪の花』を思わせる芳香に、陥落する者が後を立たなくなってきている。

気付かせてやった方が、彼の為だと思う。
だが、そんなものは気付かないで欲しいとも思う。
幼いときに絶望を味わってしまい、大人にならざるをえなかった少年。
だから、これ以上人間の汚い欲望を見せたくないと思ってしまう。
何も気付かず純粋なままで、ゆっくり大人になってほしい・・・・・・
彼を見守ってきた大人達は祈るような気持ちでいるのだが
本人の魅力がそうさせないのだ。

『厄介な体質だよ、君は』

ロイは、また一つため息を吐いた。



「エドワード君、かなりイラついているようなのですが・・・」
「まぁ、彼の性格ならそうだろうな。急がせてはいるのだが、何しろ相手が狡猾だからな。
・・・・・なかなか尻尾をつかませてくれん。だが、もうそろそろだろう」

そこまで言ったところで、電話のベルが鳴る。

「マスタングだ。外から?ああ、繋いでくれ」

どうやら外部からの電話らしい。
しかし、受け答えをしながら、ロイの顔はどんどん険しくなっていく―――

「わかった。ご苦労」

短い労いの後、受話器を置いたロイは、荒々しく音をたてて椅子に座りなおした。
その顔は、苦々しく曇っている。

「大佐?」
「報告が来た。・・・・・・最悪だ」
「!」
「やはり中将は鋼のを自由にする気などない」
「では、何故資格返上を認めたのですか?!」
「もっと彼を効率よく・・・しかも、自分の為に使う手を思いついたんだよ・・・・・」
「効率よく・・・・・?」
「彼に罪をきせ、罪人として投獄するつもりだ」
「!!」
「閉じ込めて、軍に都合のよい研究をさせる・・確かに、自由気ままにされるより効率がいいだろうよ」

ロイの顔に怒りの色が濃くなる。

「中尉、至急鋼のに連絡してくれ。どこか遠くに逃がさなければ・・・国外のほうがいい!」
「はい!!」



******



「アンタも大概、しつこいなっ!!・・・・・オレは男だっつってんだろ?!」
エドは、さっきから自分に付きまとってしつこく誘ってくる男を、一発殴ってその場を逃げ出した。

「まったく・・・・・なんだってんだ・・・・・」

買い物の為、一人で宿を出てきたエド。
アルフォンスが心配してついてこようとしたが、宿から目と鼻の先の店、心配ないと一人で出て来た。
目的の場所で買い物をして、宿に帰ろうと歩いていたら、ちゃらちゃらした男に声をかけられた。
頭の悪そうな口調で『遊ぼう』とか『お茶しよう』とか誘ってくる。
無視を決め込んでいたのだが、図に乗って触れてきた。
そして、後は先ほどの展開。ぶん殴って・・・面倒にならないうちに逃げてきた。

この頃、やたらあんな輩に声をかけられる。
(若い兄ちゃんだけでなく、オヤジや意を決したような純情そうな青年までバリエーションは豊富だが)
以前もないことは無かったが、こんなに頻繁ではなかった。

『オレって・・・・・・そんなに女くさく、みえんのかな・・・?』

別に、女と勘違いしている者だけではないのだが
『女と勘違いされて声をかけられてる』
そう思っているエドは、首を傾げた。

『それとも男と分かっていながら、背が小さくて女と見えないことも無い自分をからかってる?』
そんな見当違いなことを考えて、額に怒りマークを浮かべる。
『そんなら、もっとぶん殴ってくればよかった!!!』
怒りをあらわに、地面を踏みしめてエドは進んだ。

・・・・・しかし、本当によく声をかけられるようになった。

『もしかして・・・・・・アイツの事・・・・・・考えてたりするから・・・かな?』
だから、女と間違えられるのだろうか?
エドは、少し頬を赤くして俯いた。

一人きりになるとすぐに頭を覗かせる、あの男の面影。
こんな逃亡者みたいな生活を送っていると―――――

もう、会えないかもしれないと、せつなくなる

今までだってそんなに頻繁に会えていたわけではないが、会う気になればいつでも会い行けた。
でも、今は違う。
電話さえ、直接することも許されない・・・・・・・
突然こんな風に、側を離れることになってしまい。
結局・・・・・・思いも告げられなかった。
思いが告げられないどころか、ちゃんとした別れの挨拶も出来なかったように思う。
最後ぐらい・・・ちゃんと素直に今までの礼を言うつもりでいた。
きちんとけじめをつけて、そして別れの挨拶を自分の口から言えれば・・・・・・

やっと・・・・・・・・・・諦められる様な気がしていたのに。

それさえも出来ずに、バタバタと始まった潜伏生活。
本格的に逃亡することになってしまえば、もう会えなくなる。
たとえ、これが結局大佐の思い違いで、そのうち『もう自由だ』と告げられても、
もう軍属ではとっくに無いし、あらためてあそこに行くことは無いように思う。
ホークアイ中尉に「勘違いだったから、もう故郷に帰ってもいいわよ」と告げられたら
自分は「じゃ、大佐によろしくいってくれ」などと、軽く言ってしまうだろう。
そして故郷に帰れば・・・・・もう、二度とあの男の前には立つことはない気がした。

借りを返すという名目で、軍人になろうかとも考えたが・・・
弟も、散々心配をかけたばっちゃんやウィンリィ、師匠達も反対するだろう。
それに、あの男も・・・・・多分拒むだろう。
以前、冗談めかしに言ったことがあるのだが、真顔で拒否されてしまったから――――

『せめて・・・・・もう一度だけでも会って、声が聞きたい』

エドは唇をかみ締めて、俯いた。
その時、後から声がかけられる。

「君、少し付き合ってもらえないかな?」
『・・・・・・・またかよ・・・・・?』

ウンザリした気持ちでエドは後を振り向いた。
茶色のスーツを着て、帽子を深くかぶった男が立っている。

「おっさん!!言っとくけど、オレは男だ。ナンパなら別の奴に・・・・・」

嫌そうな顔でそう言うエドに
その男は、ニヤリと口の端を上げて笑った。
そして、おもむろにエドの片手を掴んだ。

「なっ・・・・・?!」
「君が男の子なのは知っているよ?それに、悪いがナンパなどではないんだよ・・・・」


エドワード・エルリック君?


「!!!」

咄嗟に腕を振り解こうとしたが、背中に冷たく硬い物が当てられる。
それが合図のように、路地からバラバラと青い制服の兵士達が現われて、銃を構えた。

『・・・っ・・・・大佐っ・・・・・・』



******



「クソッ・・・・・どこに行ったんだ?鋼の!!」

ロイは、苛立ったように机を叩いた。

あの後、すぐにエドを連絡を取ろうとしたリザだったが、教えられた宿にはもういなかった。
頻繁に居場所を変えるようにしていたから、多分また移動したのだろう。
移動した後は、すぐに連絡をよこすはずだったのだが、移動してから3日。
まだリザの所には連絡がなかった。

「いつもは、すぐに連絡をくれるのですが・・・・・・」
「軍に、鋼のが拘束されたという情報は?」
「今朝の時点ではなかったのですが・・・・・また確認してみます」
「頼む」

リザが司令室に向かおうと踵を返した時、執務室の電話が鳴った。

ハッと振り返るリザ。
ロイも、顔を顰めた。
嫌な、予感がした。
この電話を受けてはならない・・・・・そう、第六感が告げている。
しかし、受けねばならないとも、告げていた。

ロイは、ゆっくりと受話器を外し、耳に当てた。

「マスタングだ」
『マスタング大佐、大総統府の者です』
「大総統府・・・・」
『実は、元国家錬金術師のエドワード・エルリック氏が、罪を犯し、こちらで身柄を確保いたしました』
「!!」
『つきましては、元後見人であるあなたにも、一応お知らせしておこうと・・・・・・』

ロイは、震える手で受話器を置いた。

「大佐!?まさか・・・・・!!」
「中尉・・・・・遅かったよ」

ロイの顔は苦渋に満ちていた。


いつも、私の書くエドは結構美人めなんですが、
『罪人シリーズ』はいつもより数倍『美人』の超絶美形ってことで、よろしく(笑)
あう〜〜〜〜しかし展開に無理ありますよね・・・報告と捕まったのがあんまり時間差なくて・・・調べてた人、無能すぎ!!(苦笑)
でも、展開的にその方が盛り上がりそうなんで、そのまんま(オイ)
ああ・・・・・シリアスって肩こります・・・・・


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