彼は確かに子供なのに、子ども扱いされるのをとても嫌がる

幼くて、罪を犯した子供は
大人を信用せず、誰にも頼らないように
必至に足を踏ん張っているようだった
それでも・・・やっと、笑顔を見せるようになった
やっと、自分達一部の大人に、心を開くようになったと思う
心の底からの彼の笑顔は、年相応の微笑ましさを持っていて

守ってやりたかった。

守ってやりたかったのに―――――――




・  路の果て  ・ <3>




大総統府からの電話を受け取ってから、ロイは急いで中央に赴いた。
中央司令部の廊下を足早に進むその顔は、鬼気迫る表情で・・・・・・・
すれ違う兵士達が、恐々と道を空けている。
そしてロイは、ある一室の前で立ち止まった。

激情に任せて、ドアを蹴破りたい気持ちを、必至に堪えて・・・・・・
大きく一呼吸すると、手の震えを押えながら、ノックをした。

「レクター中将、いらっしゃいますでしょうか?ロイ・マスタング大佐であります」

そう名乗ると、中から声が聞こえた。

「入りたまえ」
「失礼致します」

ドアを開け、室内に入る。
中にはロイド・レクター中将が執務用の机に向かって、書類を捲っていた。
その隣には、中将の副官を勤める、ギャレー少佐が立っている。

初老に差し掛かったその男は、短い茶髪にかなり白髪が混じっている。
どちらかというとやせていて、軍人にしてはひ弱な体格だが、その目つきは鋭い。
軍内の彼の評価は『やり手・狡猾・非情』。
今、国家錬金術師を統括しているのは、彼だった。

デスクの前で立ち止まり敬礼すると、書類を捲っていた手を止め、やっとこちらを見上げた。
抜け目の無い、濃い茶色の瞳がロイを見つめた。

「どうした、マスタング大佐。何かあったかな?」
「・・・鋼の錬金術師が、こちらに身柄を確保されたと聞きまして」
「ああ、君は鋼の錬金術師の後見をしていたのだったな。・・・・驚いただろう」
「はい。彼はどのような罪に問われているのか、お聞かせください」
「彼は、テロリストと繋がっていたようだ」
「テロ・・・・・?馬鹿な!!そんな事があるはずが無い!!」

思わず一歩踏み出したロイに、ギャレーが阻むように間に入る。

「大佐、言葉にお気をつけ下さい」
背が高く、一目で鍛えられているとわかる体格。髪はシルバーに近いプラチナブロンドだ。
冷たいアイスブルーの瞳が、ロイを捉える。
ロイも、負けぬ眼光で相手を睨みつけた。

「ギャレー、よい。マスタング大佐も動揺しておるのだろう。
・・・・・・・・・・・もう資格返上したとは言え、子飼いの狗に裏切られていたのだからな?」

ああ、それとも・・・・・と、中将はチラリとロイを見上げた。

「知っていて、それでも飼いならせると踏んでいたのか?」
『この狸オヤジ!!』

ロイはギリリと奥歯を噛んだ。

「・・・私も、鋼の錬金術師も、国家に仇なすテロリストなどと関係してはおりません。
私に再調査をさせて下さい。彼の無実を証明してみせます!」
「必要ない」
「しかしっ!!確たる証拠もなしに・・・・・!!」
「証拠ならある」
「!!」
「彼は以前、査定で全く新しい金属を練成して提出したことがあってな。
軽くて強度があり素晴しいものだった。軍はそれを極秘に扱ってきた。軍事利用が可能だったからな。
だが、近頃活発化したテロ集団がそれと同じ物を使った兵器を所持していた」
「!」
「軍側に提出された資料には情報漏洩の痕跡はみとめられなかったし、君も知っての通り錬金術師は研究成果を暗号化している。たとえ鋼の錬金術師の研究手帳をテロリストが何らかの方法で手に入れたとしても、やつらの所に居る程度の錬金術師では、解読など不可能だ」

それなのに、テロリストはそれを使っている。どうしてか分かるかね?

「答えは簡単。本人がテロリストに提供したからだよ」
「そんなはずは・・・・!!」
「実は、近頃そのテロ集団を一網打尽にすることが出来てね。彼等から裏が取れたよ」

彼らは一様にこう言ったよ。
『子供がアレをくれた。金髪に金目の三つ編みの子供だった』と。

そう言って、レクターは口の端を持ち上げるようにして笑った。

『罠だ・・・・・』

ロイは拳を痛いほど握り締めた。

その金属の暗号化していない研究レポートを管理しているのは、他ならぬ中将だ。
それを、もう手の中に落ちかけたテロリストに一時的に漏らし、使用させる。
後は一網打尽にして回収するだけだ。

『子供一人を拘束する為に、こんな手の込んだ事を・・・!!』

ロイの腕が怒りに震える。
それを目の端に捕えながらも、それを無視してレクターは続けた。

「まぁ、そういう事だ。あんな幼い子供が・・・・・・空恐ろしいな?」
「私には信じられません!!再調査を・・・・・」
「先ほども言ったが・・・・・大佐」

必要ない。

レクターは冷たい声でそう言いはなった。

「なぜなら、鋼の錬金術師本人も認めたのだよ」
「!?・・・そん・・・・・・な・・・・・・」

そんな、馬鹿なことが・・・・・!!

「まぁ、そういう事だ」
「中将!!」
「ああ、それから・・・君を中央召還との声があがり検討していたのだが、今回は見送ることにしたよ。
国家資格を返上してから罪が露見したとはいえ、前々から加担していた可能性が大きい。
・・・君は上司としてそれを見抜けなかったのだからな、それなりの責任がある。」

またしばらく、東方で大人しくしておくのだな。

そう言って中将は椅子を回して、こちらに背を向けた。

「下がりたまえ」
『クッ・・・・・』

怒りで震えるロイを、ギャレーが促す。

「大佐、どうぞ外へ」
「中将!!」
「大佐!?」

ギャレーの手を振り払い、ロイはレクターに詰め寄った。

「まだ、なにか?」
「・・・鋼の錬金術師は・・・・エドワード・エルリックは今どこに?」
「それを知ってどうする」
「少しだけでも、話をさせて下さい」
「今更話をしても、決定はくつがえらないが?」
「・・・・・お願いします、少しでも彼と話を・・・・・」
「・・・まぁ、いいだろう。今、丁度中央刑務所へ護送するところだ。ギャレー、案内してやれ」
「はい」

そして、前を歩くギャレー少佐の背中を睨みつけながら、ロイはエドの元へと向かった。



******



「鋼の!!」
「!?・・・・・大佐・・・・」

エドワートは今まさに連行されている途中だった。
車両搬入口に続く廊下を、周りに銃を構えた屈強な兵士達に取り囲まれ、進んでいた。
いつもの赤いコートではなく、タンクトップとジーンズ。上にシャツを羽織っている。
かつらは取られたらしく、髪はいつもの蜂蜜色。だが、三つ編みは解かれていた。
手には・・・練成させない為だろう・・・木製の枷。
それがとても痛々しく、大きな兵士達に囲まれた小さな彼の体が、ますます小さく見えた。

ギャレーが兵士達に耳打ちをし、腕を離されたエドは、ゆっくりとロイの前に進んだ。

「・・・・・よお、大佐」
「鋼の・・・・・」
「ちょっと、ドジっちまった。オレらしくもねぇな」
「・・・・・何故、認めた?」
「・・・・・・・・・・・・アルを盾に取られた」

小声でボソリと呟くエド。

「兄がテロリストと繋がっているなら、弟もそうだろうって。
認めようが否定しようが証拠は明白だから罪は確定だが、
もし罪を認めるなら弟についての釈明を許すって。」

だから・・・・・・・刑務所に一人で入るか、2人で入るか選べと。

「脅しだったら屈するつもりも無いけど・・・・・・軍なら、できるんだろ?」

白いものを黒にできるんだろう?
そう言って、エドはロイを見上げた。

ロイは、発火布を嵌めた手を、ぎゅっと握り締めた。

『レクター!!』

ここに居る兵士達を全て燃やして、エドを連れて逃げたい衝動にかられる。
だが、そんな事をすれば彼の為にも自分の為にもならない事は分かっていた。
ここで彼の手を取って走っても、所詮2人とも逃げ切れないのだから・・・・・・

手が真っ白になるくらい握り締めて、声を何とか絞り出した。

「すまない」
「・・・なんで、アンタがあやまんだよ?馬鹿だな」

助けてやれない自分の不甲斐なさを思っての謝罪か
それとも、軍に引き込んだことへの後悔か?

多分両方なのだろうと、エドは思った。

「アンタの方は大丈夫なのか?・・・余計に睨まれちまっただろ?」
「私の事はいい!!・・・・それよりも、君が・・・」

言葉を続けられずに唇を噛むロイに、エドは微笑んだ。

「アンタのせいじゃないよ。・・・オレ、大佐には本当に感謝してるから」

いつもは絶対口に出さない、素直な感謝の言葉に
『これが、今生の別れ』と言われているようで、胸が締め付けられる。

「オレ、本当にアンタには迷惑かけっ放しだったよなー。いつかは借り、返すつもりだったんだけどさ
・・・・・ちょっと無理そう」
「そんな言い方は、君らしくない。・・・・・頼むから、希望は棄てないでくれ・・・・・・・」
「そう、だな・・・愁傷なのは、オレらしくねーか。じゃ、もう少し迷惑かけるけどさ、
・・・・・・アルのこと、宜しく頼むよ?」
「わかっている、弟の事は心配するな」

チラリと外を窺った兵士が、ギャレーに耳打ちをする。
ギャレーは頷き、ロイに向き直った。

「大佐、申し訳ないですが護送用の車が待っていますので、この辺で」
「待て、まだ・・・!!」
「いえ、これ以上遅らせるわけにはいきません。・・・・・オイ」

ギャレーの合図で、兵士達がまたエドに近づく。
エドの腕を掴もうとした兵士だが、ロイに睨みつけられ、どうしてよいか戸惑ってギャレーを見る。
ギャレーが言葉を発する前にエドが苦笑しように言葉を発した。

「別に、今更逃げねぇよ・・・・・じゃあな、大佐」
「鋼のっ!!」

踵を返そうとしたエドをの腕を、ロイが咄嗟に掴む。
驚いたように振り向いたエドに、ロイは声を出さずに唇だけを動かした。

『まっていろ』

その唇は、確かにそう動いた。
まっていろ・・・待っていろ。
自分が権力を手にするまで、希望を棄てずに待っていろ?

ロイの声の無い言葉と、痛いくらいに掴まれた腕の熱さに、
今まで気丈に振舞っていたエドの顔が泣きそうに歪む。
エドは、コクンと小さく頷き・・・・


―――――そして言葉を紡ぎだす―――――


長年の習慣か、それでも涙は流れなかったけれど、声が震えるのは抑えられなかった。

「なぁ、迷惑ついでに、もう一つ迷惑・・・・・かけていい?」
「何だ?なにかしてほしいことが・・・・・・・」

聞き返すロイに、身振りで屈むように示す
彼が屈んで、自分の顔に彼の顔が近づいて来るのをみながら、自分もかかとを上げて背伸びした。



一瞬の

たった、一瞬だけの

触れるだけのキス



ロイが、目を見開いて、手で口を抑えて・・・ゆっくりと姿勢をもどす。
今まで見たことの無いほどの、驚愕の表情に、エドは可笑しくなった。

「は・・・・がね・・・・・の?」
「知らなかったろう?」

泣き笑いの表情で、エドは微笑む。



―――オレ、アンタの事、好きだった―――



「!!」

ますます驚きの表情になるロイに、エドは本当に可笑しくなって、クスクスと笑った。
そして、俯いた。

「・・・・アンタさ、早く結婚しろよ」
「はが・・・・・・」
「だってさ・・・」


―――女どころか、同性のガキまで無意識に落とすような男が
           いつまでも独身で居るのって、社会の迷惑だろ?―――


そう言って、顔を上げたエドの顔は、いつものような不敵な表情に戻っていた。

「じゃーな、大佐」

呆然としたまま立ち尽くすロイに背を向け、エドは歩き出す。
思いがけない場面に遭遇して唖然としていた兵士達も、慌ててエドを追うように歩き出した。



「鋼・・・っ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・エドワード!!!

久々に呼んだ、二つ名ではない名前に、彼は驚いたように、こちらを振り向いた。
そして、ふわりと・・・・


―――――こんな状況にはそぐわないほどの
                 幸せそうな笑みを浮かべた―――――


その綺麗な微笑みに息を呑んだのは、自分だけではなかったと思う。
そこに居た者、全てが彼から目を離せなかった。

だが、彼はそんな事を意に介すこともなく、言葉もなく踵を返し、歩き出した。
遠ざかっていくその後姿を見送りながら、その場から動く事も出来ないでいた。


そして、廊下の先のドアが、無常な音を立てて閉じられた――――



******



エドがドアの外に消えてからも、ロイはそのドアから目が離せなかった。
立ち尽くす彼に、ギャレーが声をかける。

「それでは、私はこれで。・・・・・しかし、色男もなかなか大変ですな」

無口で余計な事など言わない彼が、複雑な表情で嫌味とも本音ともつかない言葉を残し立ち去った。
それを振り返ることも無くドアを凝視していたロイだが、誰も居なくなった時、やっと口を開く。

「必ず」

たったそれだけの呟きを残して、ロイは踵を返し、その場を後にした。



――――待っていろ、必ず君を取り戻す―――――




この、「エドのキス」を書きたいが為にこの話を書き出したんです!!
なので、これを書いただけで、凄い達成感。これで終わりにしてもいいくらいです(笑)
いやいや、嘘です!!だって、エドを幸せにしないといけないですからね!!
エドの罪。人体練成の方が自然かと思ったんですけど、私には手におえそうも無かったので、無実の罪でっち上げてしまいました。
ごめんよ、エド(T_T)ロイとキスさせたかったばっかりに〜〜〜〜〜〜!!(まさに腐ってる・・・)
後、2・3回といったところでしょうか?頑張ります・・・


back    next   小説部屋へ