『ぬくもり』なんて・・・・・・・忘れかけていた。

思い出にある『ぬくもり』は、やっぱり母の腕で。
次には、じゃれて遊んだ弟の『ぬくもり』。

母の温もりを取り戻す事は出来なかったけれど
弟の温もりはやっと手に入れて
『ぬくもり』というものを、久方ぶりに思い出すはずだった。

それが断たれて・・・・・・また失ってしまった、『ぬくもり』。


だから、また『ぬくもり』がどんなものだったか忘れてしまった・・・・・

それを今、思い出した。
自分を包み込む腕は、確かに暖かくて
何も考えたくなるほど、頭がぼんやりとして・・・・・意識が融けてゆくようだ。

でも・・・・・・この腕の中では、その『ぬくもり』に熱が加わる。
だんだん熱くなって・・・・・・・火傷しそうなほど。
熱いし、ドキドキして苦しいし・・・・・・・ちょっと怖いような気もするけれど。

それでも、心にあふれるのは・・・・・・暖かい色。

ああ、そうだ。
『ぬくもり』と一緒に忘れていたものを、もうひとつ思い出した。


この感情の名前は、たしか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『しあわせ』




・  路の果て  ・ <10>




ロイは愛しげにエドを抱きこんで髪に顔を埋めていたが、あまりに反応がないので、ふと顔を上げる。
そして、彼の顔を覗き込んでみると・・・・・・・・
エドは呆けたような顔でぼんやりしていた。

「エドワード?」

名を呼ぶとやっと少し反応して、のろのろと顔をこちらに向けてくる。
それでもまだ焦点が合ってないような瞳に・・・・・・少々悪戯心が湧いてきた。

腕を少し緩めて屈み、顔を覗き込むような感じで目線を合わせる。
エドはぼんやりながらも、それに視線を合わせて――――



ちゅっ



「!?〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

軽く触れただけだったが、やっと覚醒したようで・・・・・・
瞬間的に真っ赤になって、腕から逃れようとする姿がとても愛しい。
だが逃がすつもりはないので、また強く抱きしめて抵抗を封じる。

「あ、アンタっ・・・・・今・・・・・っ///」
「愛を囁いてる男の前で無防備になっている君が悪い」

意地悪くそう言うと、金魚のように口をパクパクさせながら赤くなる姿が・・・とても可愛い。
腕の力を緩めずに覗き込むようにゆっくりと顔を近づけると、
エドはビクッと震えて体を引きながら目をぎゅっと瞑る。
少々怯えた様子に、ロイはちょっと考えるような素振りをして――唇ではなく額に口付けを落とした。
思っていなかった場所への感触に、エドは面食らったように瞑っていた瞳を開き、瞬きを繰り返す。
その様子に、ロイはクスリと笑い、髪を撫でた。

「訳、聞きたいかい?」
「・・・・・えっ?」
「私が甘い物を食べなくなってしまった訳」
「あ・・・・・うん!!」

突然ふられた話題に戸惑った様子を見せながらも、聞きたかったのだろう、すぐに返事が返ってくる。
以前と変わらないちょっと子供っぽい仕草に微笑みながら、ロイは内緒話を打ち明けるように
もったいぶって話し出した。

「実は・・・・・最高に甘くておいしいものを見つけてしまってね」

・・・・・・それ以外の甘いものが口に合わなくなったらしい。
そう言って笑うロイに、エドは目を丸くする。
『この甘味大魔王をそんなに虜にするほど、美味しいスイーツって?!』
全然想像できず、でも興味津々なようで・・・エドはワクワクした態度で詰め寄った。

「それ、どんなお菓子?!そんなにうまいの?」
「ああ、とても甘くて美味しい。だが、一度食べたきリ手に入らなくてね?」

だから、ずっと甘い物を食べていないんだよ。
そう言って肩を竦めるロイを、ガッカリとした表情で見上げる。
ロイの事を『甘味大魔王』などと呼ぶが、エドも実は甘い物が好きなのだ。

「なんだ・・・・・・ないのか」
「食べてみたいか?」
「うん!!・・・・・・・でも、手に入んないんだろ?」

口を尖らせるエドに、ロイはウインクして見せた。

「君は運がいい・・・・・・実は、今日また手に入れたんだ。食べるかい?」
「えっ、マジ?!食べる!!」
「じゃ、早速・・・・・・・・」

言うが早いか、ロイはエドを引き寄せ唇を奪う。
今度は先ほどのように触れるだけではなく、思いを込めて――――――深く。

エドは目いっぱい瞳を見開き、咄嗟にロイの胸を押し返そうとするが、敵わず・・・・・・
段々と抵抗する力もうせて、瞳を閉じた。
うまく息もできずに朦朧とする意識の中、
それでも応えたいとの思いで、震える腕をそっとロイの背中に回したのだった。



******



しばらくして――――――
やっと開放されたエドは、力が抜けてよろけてしまう。
それをしっかりと抱きとめられて、ホッとして広い胸に頭を預けた時、
耳元に堪らなく意地悪で魅惑的な声が吹き込まれる。

「どうかな?・・・・・・・おいしかったかい?」
「っつ///この・・・・・・・・馬鹿っ!!!」
「おや、気に入らなかったかな?」
「何が甘い菓子だ!!嘘つきっ」
「私が言ったのは『甘いもの』。菓子だなんていった覚えは無いが?」

クスクスと笑う男を睨み上げるエド。
だが、紅潮した頬と潤んだ瞳で睨んでも効果があるわけもなく。
全然堪えていない表情を不満そうに見上げつつ、エドは疑わしそうに文句を言った。

「こんなもんでアンタの甘味中毒が治まるか!!・・・ホントは、まだ食べてんだろ?」
「いや、本当にもうほとんど食べてないんだよ?」

食後に出たデザートも残すくらいだ。
そう言うロイに、エドはますます顔を顰めた。

「嘘くせぇ・・・・・・・」
「・・・・・甘い香りは、君を思い起こさせる」
「え?」
「人の事を『甘味大魔王』などと呼ぶが・・・君も甘いものが好きだったろう?」

甘いドーナッツ、クッキー、キャンディ、チョコレート。
自分で用意したものだけでなく、東方司令部の人気者だった彼はよく菓子をもらっていた。
食欲旺盛な子供はありがたくそれを平らげており、彼の体からはいつも甘い香りがしていた。
しかも、その髪と瞳は蜜色だから――――余計に甘いものを連想させた。
・・・思えば、あんなに甘い物に執着していたのも、無意識に彼を求めての事だったのだろう。

甘い香りが欲しかった。

だから、たくさん食べた。
だが、食べても食べても満たされたない。
その焦燥感の理由も分からずに、とにかく埋めようとしていたのだ。

それが、あの時彼に好きだと告白されて――――その唇を与えられた時。
自分が求めていたものは、これだったのかと・・・・・・愕然とさせられた。

彼を愛しすぎて
傷つけたくなくて
無意識に自分の中にある劣情を押さえ込み
とにかく彼にとって頼りになる大人であろうとしていたのだ

その戒めを解いたのは、他ならぬ彼自身だった。
彼への気持ちを自覚した途端、甘い菓子で満たす意味は無くなリ・・・・
結果、食べる気もしなくなったのだ。
別に嫌いになったわけでもないが、以前のように食べ漁る事は無いだろう。

何故なら、自分が欲する甘いものが何かを、もう知っているのだから――――



「・・・・・・だからかな?君の唇は甘かった」

ロイは自分の思いを全て説明することなく、ただ一言そう言って笑った。

「君の唇の甘さが忘れられない・・・・・・責任とってくれないか?」
「せっ、責任って・・・・・・どうやって?」

もう一度華奢な体を引き寄せる。

「これからずっと私の傍らにいて」
「ずっと・・・・・?」
「千のキスで私を癒してくれ――――――」

君の甘い唇が、私の心を溶かすから
だから共に歩む事を、承諾して欲しい

「・・・・・・・大総統」

掠めていくくすぐったさと、触れた時の熱さ。
顔中に降り注ぐキスを、目を閉じて受け取る。
『こっちの方こそ溶かされそう』
でも、また意識がどこかに言ってしまう前に、言わなくちゃ。
トンと一つ胸をたたくと、降りてくる顔が止まった。
何故止めるんだ?と不満そうな顔に、不意打ち一発。

ちゅっ

驚いた顔。
これを見るのは2回目だ。

自分を落ち着かせるように、一度息を吸って彼を見つめる。

「本当に、今までありがとう・・・・・・・・・・・・苦労、かけたよな」

途端に、曇る顔。
ああ、心配すんなって・・・・・別に別れの挨拶じゃねーから。
内心で苦笑しながら、彼の胸に飛び込む。

「ただいま!!・・・・・・・・・・これからも、よろしく!」

無理のし過ぎで疲れ果ててるだろうアンタの心を
今度はオレが癒してやりたい。
だから、アンタが望んでくれるなら、ずっとずっと側にいる。
そう言って笑って見せると、彼もふわりと微笑んだ。

「嬉しいよ・・・・・・・・・・・・・こちらこそ、よろしく」

二人は一緒に笑い出して
そして、また影が一つに重なっていった。



******



「このまま独り占めしたいところだけれど・・・・・それでは恨まれてしまうな」
「・・・・・・・・んっ、誰に?」

何度も何度も降りてくる口付けを、顔を赤らめながらくすぐったそうに受けるエド。
『もう、やめろ』とでもいうように、時々押し返される腕をものともせずに、
何度もキスを送りながらロイは悪戯っぽく答えた。

「君の帰りを待ち望んでいたのが私だけだとでも?」
「えっ・・・・・・・・・ここに来てるのかっ!?」

誰のことを指しているのか分かったのだろう。
途端に降りてくる唇を片手で受け止め、身を乗り出すようにして詰め寄るエドにロイはため息をつく。

「・・・・・・・・・妬けるねぇ」
「あ?バカな事いってんなよ!!・・・・・アルは、何処に?!」
「弟君だけではないよ」

タイミングよくノックされるドアに、入室を許可する言葉をかける。
勢い良く開けられたドアの向こうには―――――

「兄さんっ・・・・・・・・!」
「・・・・・アルっ!!・・・ウィンリィ?!・・・中尉・・・・・みんな!!!」

そこにいたのは、弟と幼馴染。東方司令部で世話になっていたロイの側近達。
胸が詰まったように立ちすくむエドの肩に、ロイが手を添える。

「ここにいる者たちだけではないよ、鋼の」
「え・・・・・」
「他にも君が関わった者達は、君が罪を犯したなどとは信じなかった」

軍人以外も、君が助けたユースウェル炭鉱の人達、トリンガム兄弟、君に救われた人々や、
君が常宿にしていた宿の主人まで・・・・・旅の途中で君が関わった沢山の人達。
皆、一様に君の無実を信じていた。

「裏技はギャレーだけではないよ」

テロリストの情報・無能な上官のスキャンダル・軍が欲しがる錬金術の研究成果。
アルフォンスを通して、皆『エドを取り戻してくれ』とこぞって提供してくれた。
異例の昇進もそんな人達の後押しがあったからだ。

「結局、君自身が君を助けたのかもしれないな」

君が愛されていたのが勝因だ。
・・・君は神に嫌われてると思っているみたいだが、それは間違いだよ。
君は愛されてる。
神にも、皆にも。

そう言って笑うロイを見上げ、エドの瞳がまた潤む。
立ちすくんだままのエドの背中をロイが押し出す。
軽く押されて踏み出した足は、次に意思をもって走り出した。


「アル!ウインリィ!みんな!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ただいまっ」


飛び込んでいくエドを
広げられた腕が受け止めて



旅を始めてから、過ぎていった長くて辛い年月。
先が見えなかった路の果て。

ようやく見えた路の先にあったのは・・・・・・・・・・・・・・・・・優しい腕のぬくもりと幸せ。


お、おわった〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
色々と苦労した連載でした・・・・・・・・(苦笑)
でも、凄く書きたかった話でもあるので、完結できてエドだけではなく私も幸せv
この話のエド、だれかれ構わず愛されまくり(笑)
・・・・・・やっぱりハッピーエンド、大好きです!!(たとえご都合主義でもっ!・笑)
ここまでお付きあいくださって、ありがとうございました<(_ _)>


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