そのまま横抱きで連れて行かれそうになって、さすがにそこは暴れて却下した。


並んで廊下を歩いていたら、向こうからホークアイ大尉。

『業務途中でフケるなんて、怒られるんじゃ!?』と、青くなったが、
准将は『大丈夫』と小声で返して寄越した。
それは嘘ではなくて、彼女はとても柔らかい表情で『お疲れ様です』とだけ言って、見送ってくれた。
あれはやっぱり・・・・・・知ってるって事!?
なんだか凄く恥ずかしくなって・・・准将の後に隠れるようにして、通り過ぎて。

少し歩いてからチラリと振り向くと、彼女はまだこちらを向いていて、笑って手を振ってくれた。
その笑顔はとても美しくて―――――

「やっぱり、大尉って綺麗な人だよな・・・」と、呟くと。
隣の准将が、複雑な顔で同意しつつも、「・・・・・・・好みなのかね?」と聞いてきた。
心配げな顔が可笑しくて、「バーカ」とだけ返して、追い越し彼の数歩前を進む。

角を曲がってから、「・・・・アンタの方が好みだよ」そう舌を出して見せると
准将は「だから・・・・・煽るなといってるだろう?」と、苦笑した。

ちょっとした会話がくすぐったい
側にいるだけで、心が温かい。


なんか・・・・しあわせだな・・・・と、思った。



『約束』・・・・・・19



「ちょっと待っていたまえ、今車を回してくるから」

司令部の正面玄関を出たとき、ロイはそう言って車庫の方に歩き出そうとすると
隣のエドがコートの袖を引っ張った。

「歩いていこうぜ?」
「・・・・・そんなに遠くではないが、歩くとなると結構かかるぞ?」
「いいよ、かかったって。歩きたい」

それはもしかして、時間稼ぎなのだろうか?
その手の経験は皆無だろう彼だから、遠巻きに拒んでいるのかと顔を覗き込んでみると。

「えっと・・・・・アンタとさ、ゆっくりと街中歩いた事なんてないし・・・歩いてみたいかなって」

ほんのりと顔を赤くして、恥ずかしそうに視線を落としている。
つまりは―――――

「なるほど、デートに誘ってくれてるんだね?」
「ばっ!ちがっ!!」
「そう言えば、私とした事がちゃんとデートにも連れて行ってあげていなかった。すまないね」
「だから、違うってばっ!!」

真っ赤になって怒り出すエドにクスリと笑って、少し屈んで彼の肩に手を置き、視線を合わせた。

「うん。歩こうか。・・・・・私も君と歩きたいよ」

・・・・・本当は攫って行きたいほど、彼を求めているけれど。
こんな可愛らしいお願いを断れるわけがない。
ロイは内心の葛藤を押し隠して微笑み、エドの頬を一なでして姿勢を戻した。

「アンタって・・・・・やっぱ、底意地わりぃ」

そして、顔の赤みを残したままふて腐れる彼の背中を押して、歩き出した。



******



それから、二人並んで歩いた。
途中の公園に寄ったり、
屋台を見つけて、アイスクリームを食べたり。
急ぐでもなく、あちこちと寄り道しながら家路につく。
段々と日が暮れてきて、辺りは薄闇に包まれてきていた。



並んで街を歩く――――

なんでもないことのようで、今までありえなかったこと。
いや、何度か歩いた事はあったけど・・・・・仕事がらみとか、アルも一緒とか・・・だけだった。
食事には帰るたびに誘ってくれたりもしたんだけど、余裕がなくて断ってばっかだったし。

よくよく考えると、本当に『二人きり』なった時なんか、執務室で話をしている時ぐらいだった。

そう思い当たると、今更ながらにわかに緊張してきた。
ドキドキと五月蝿くなった鼓動を感じつつ、隣りを仰ぎ見る。
端整な横顔。
いままで『スカした面』などと詰ってばかりだったが・・・・・・・整ってるのは、認めてた。


『女が群がるわけだよな・・・・・・』

整った顔
高い地位
それに伴って稼ぎもいいだろうし
背だって、いつもハボック中尉といるからそんなに高いとは思わなかったけど
こうやって並んでみると、結構ある。
加えて、女の人にはすご〜く優しい。
――――――――これで、もてない訳がない。

「なんでオレなんか選ぶかな・・・・・」
「君がこの上なく魅力的だからだよ」

返された答えにギョッとして顔を上げる。
そこには、優しくこちらを見つめる瞳。
・・・・・・どうやら、心の中で喋っているつもりだったのに、途中から口に出ていたようだ。

「君がどう思っているか知らないが、私は君以上の人はいないと思っているよ」

夕暮れの中で、微笑む顔。
言葉の通り、その視線や声色からは『愛しさ』がこれでもかってほどあふれている。
それを見て、ハボック中尉と古本屋の老主人の言葉を思い出した。

『あんな甘ったるい声と視線で口説かれて、冗談だなんておもわんぞ、普通?』
『確かに彼はその人に恋焦がれていたよ。からだの全てからその人への愛しさがあふれるくらいに』

・・・・・・教えられた時は、どうにも信じがたいと思ったが。

今は、彼らの言う通りだと思う。
って言うか、なんでこんなあからさまな態度に気づかなかったんだ、オレ?
これじゃあ『鈍い』と言われるのも、無理がない。
カアッと赤くなりながら、それでも嬉しい態度を見せるのは恥ずかしいので、
ついいつものように憎まれ口を叩く。

「アンタの欠点がわかった・・・・・・・趣味がわりぃとこだ」
「おや、それはおかしいね。人にはよく『趣味が良い』と誉められるのだが?」
「お世辞なんじゃねーの?」
「ふふん、なんとでもいいたまえ。そのうち時間が私の選択が正しい事を証明するから」
「・・・・・んだよ、それ?」
「魅力的な君が、時と共にますます魅力的になるだろうって事さ・・・・・ああ、ここで食事しないか?」

指差された店は、家庭的なこじんまりとしたレストランだった。

「本当は記念の日だし、最高級レストランのフルコースといきたいところだがね・・・・・・・・。
君、こっちの方が好きだろう?」
「うん!・・・・・ここ、美味しいの?」
「ここのお勧めは女将ご自慢のクリームシチューだよ」
「うわっ!!食いたいっ!早く入ろうぜ?!」

途端に満面の笑みを浮かべ、入り口までダッシュして手を振るエドに苦笑する。

『やはり、まだまだ色気より食い気なのだな・・・・・』

まだまだ固くて青い蕾のようなもの・・・・・それを無理矢理開花させようとしている自分。
なんだか、今更ながらとんでもなく悪い大人な気がして、ロイは自嘲的な笑みを浮かべた。
だが思いに浸る暇もなく、『早く早く』とエドに急かされて、思考を中断して店のドアをくぐった。



******



おいしいおいしいと、幸せそうに食べる彼。
微笑ましいのだが・・・・・・・・5杯目のお代わりをした時は、少し呆れた。

「君の胃袋には小宇宙でもはいっているのかねぇ?」
「うっさいな、育ち盛りなんだよ!それに、昨日からほとんど・・・・・・・」

そこまで言って、エドは口を噤む。
ロイは驚いたように瞬きをして・・・呟くように口を開いた。

「もしかして、昨日からほとんど食事をしてないのかい?」
「―――――ちょっとは食べたよ。今朝」
「君が文献に夢中の時以外に、食事を忘れる事があるなんてね?」
「別に忘れてたわけじゃねーよ・・・・・・・第一、アンタのせいじゃねーか!」
「私の・・・・?」
「アンタが、『さよなら』なんて・・・・・言うから・・・・だから」


もう、アンタには会えなくなったんだと思って・・・・・


段々小さくなって、最後の方は消え入るような声。
それは、ロイと会えなくなることが、食事が喉を通らなくなるほど辛かったという事で。
ロイは騙し騙し押えていた体内の熱が、ぶわっと上がるような気がした。

「アンタのせいなんだからなっ!ここは奢れよっ!?」
「エド・・・・・・」

突然真剣な顔でスプーンを持っていた手を取られて、エドはキョトンと驚いたように瞬きをした。

「あ?もしかして、金持って来てないの?これ以上食べちゃダメ・・・・・とか?」
「違う。金は持ってるし、支払いはもちろん私がするよ・・・・・だが、食事はここまでにしよう」
「へ?まぁ、腹は大体膨れたからいいんだけど・・・・・・なんで?」

エドの言葉には答えず、店員を呼んで清算すると彼の手を引っ張るようにして店を出る。
人の腕を引っ張って大またでずんずん歩いていくロイに小走りでついていきながら、
路地を曲がった所で、エドはとうとう不満を口にした。

「おいっ、突然なんなんだよ?!ひっぱんなよ、歩き辛いっ!!」

そう文句といった途端、ぴたりと足が止まって彼がこちらを振り向く。
その感情を押し殺しているような表情に、エドは息を呑んだ。
何処かピリピリとしたロイを恐々見つめ返すと、急に後ろの壁に押し付けられ――――

「んうっ!?」

突然のキス。
路地裏とはいえ、こんな街中で信じられない!!
だが、押し返そうとした手は掴まれて後の壁に縫いとめられてしまった。
深いキスは眩暈がしそうなほどで、再び思考を真っ白にしていく――――

しばらくして、我に返った時にはしっかりと彼の胸に抱き締められていた。

「無意識なんだろうが・・・・・・恐ろしいくらいだ」
「・・・なに?」
「煽るなと、いっているのに」
「!?・・・・・べ、別にオレ煽ってなんか!!」
「今日はこのままでもいいかなと思い始めていたんだが、無理そうだ」

並んで歩くだけで楽しそうに笑う彼
色気より食い気で美味しそうに夕食をお代わりする彼
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つまりは、やっぱりまだ子供で。

急に手折ってしまうには、いささか気が引け出して、
『今日のところは、添い寝でも・・・・・・・・いいか』
などと、思い始めていた。

だが、もうダメだ。

悪い大人だろうがなんだろうが、かまうものか!
こんな無意識・無邪気に人を煽るような子供を、これ以上野放しになんかしておける訳がない!!
さっさと手に入れてしまわなければ。

「愛してる、エド。・・・・・・・・・・・・・・・・早く家に帰ろう?」

すりっと、甘えるように彼の肩に額を擦りつけた。



『なんか、子供みてぇ・・・・・・・・』

擦り寄られてくすぐったさを感じながら、呆れる。
確かこの男は、オレより14も年上だったはずだ。
それなのに、今、目の前にいるこの男は。

我慢が出来ないと人を引っ張って
文句を言おうとすると、喋るなとばかりに口を塞ぎ
最後にはねだるように擦り寄ってくる。

『これのどこが ”スマートなエスコートがお嬢様達に大好評!な恋愛エキスパート(ハボック談)”
だってんだ?』

それでも、なんだか可愛げのないはずの大人が、可愛く見えて。
しょうがねぇなぁ・・・・・などと思ってしまう。
これが世の言う所の、『惚れた弱み』ってやつなのかもしれない。

「うん・・・・・。帰ろうぜ?」
「エド!」
「ほら、へばり付いてないで歩けよ」
「ああ♪」
「・・・・・・・その顔止めろよ、恥ずかしいから」
「どんな顔だい?自分じゃ分からないよ」
「どんなって・・・・・・いや、いいや・・・///」

嬉しさを隠さずに満面の笑みを浮かべる男に、赤面しながらため息一つ。
どうにも逃げようもない状況(別に逃げてたわけでもないけど)だし、腹をくくらないといけないらしい。
・・・・・と、なると。

「あ、やっぱりもう一軒だけ寄る!」
「エドワード・・・・・・」

途端に恨みがましい視線を寄越す男に苦笑する。

「そこの角曲がった所にあるパン屋に寄りたいんだよ」
「パン?まだ、食べたりないのか?」
「だってさ、あんた一人暮らしだろ。冷蔵庫空っぽなんじゃない?」
「・・・・・・ああ、まぁそうだな」
「だろ?だから・・・・・・・明日の朝飯調達してから帰ろうぜ」


だって、今夜・・・・・・・・泊めてくれんだろ?


照れくさそうに笑って、『オレ、朝はちゃんと食べたいし』などといい訳めいた事言うエド。
それは、逃げる気などないということ。
ちゃんと受け止める気持ちでいてくれると言うこと。

嬉しい、とても嬉しいが。
彼が何か言うたびに、限界への挑戦をさせられている気になる・・・・・・・
ロイは、また赤面するのを感じながら、風前の灯な理性を何とか繋ぎとめて微笑んだ。

「もちろん、そうしてくれると嬉しいよ。じゃあ、買って帰ろう」
「うん!オレ、メロンパンとチョココロネとドーナッツと・・・・・・」
「メロン・・・・・?朝からそんなものを食べる気かね・・・・・・」
「大丈夫だって!ちゃんと甘いのだけじゃなく、その他にサンドイッチとカレーパンと・・・」

ずらずらと並べ立てる彼に、先ほどの緊張も忘れて、笑う。

「―――――いっそ、店ごと買い取っていこうか?」
「いいねぇ♪店ごとテイクアウトってね!」

二人で笑いあって
軽くキスをして歩き出す。

途中でパンを買って、二人で大きな紙袋を抱えての帰り道。
なんだか不思議な、何処か面映いような気分・・・・・・

だけれど、たぶん、これからは。



これが二人の日常になるのかもしれない。



エドはそうぼんやりと思った。
そして、これからの生活を想像して、ちょっと笑った。

「何が、可笑しいんだい?」
「いや、あんたが買い物袋持ってる姿ってにあわね―なと思って」
「君、私を間違ったイメージで捕えていないか・・・・・・・・・・・・?
私だって、買い物する時もあれば、家事するときだってあるぞ?」
「え、家事できんの!?」
「う・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・できないことは、ない」
「・・・へたくそなんだな?」
「・・・君は?」
「家があった頃はやってたけどなぁ、ほら・・・今根無し草だし?」
「じゃあ、お互いへたくそ同士って事で。・・・・・まぁ、そのうちなんとかなるだろう?」
「言っとくけど、俺はあんたよりは上手だと思うぜ〜?」
「む・・・。じゃあ、今度どっちが美味いか料理してみよう!」
「その勝負受けてたつぜ!」

睨みあって、舌を出して見せて・・・・・・そして、笑った。



喧嘩して
笑って
――――――――そして、寄り添って。


これから、ずっとそうやって一緒にいよう。



「な・・・・・・暗くなったからさ、手・・・・・繋いでいい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・だから、煽るなと・・・・・」
「煽ってね―って!!・・・つーか、いちいちそっち方面の反応すんなよ」
「わかってない・・・・・君は、分かってなすぎる(涙)」

なんだか重たいため息を吐きながらも、
握ってきたエドの手を、ロイは紙袋を片手で持ち替えて、きゅっと握り返した。



そして、しばらくして・・・・
閑静な住宅街にある、一軒の家に手をつないだままの二人が入っていく。


静まり返った家に、灯りが灯り・・・その光が窓からこぼれる。



――――カーテンに映し出された2つの影が、幸せの象徴のようだった―――――――










そして、後日

『約束』が果たされた事を伝える教会の鐘が、アメストリスの空に響き渡った――――



『約束』終わり



終りました!!!
最初だけ決まってて、行き当たりばったりで進めたこの連載。
途中で一回決めた方向性が崩れてきて、迷いつつ放置したりもしましたが。
皆様の温かいお言葉に支えられて、何とか完結を迎えることが出来ました!!
はじめの頃は自分の中の盛り上がりがいまいちだったのに、最後の方は思いいれも深くなって、
ノリノリで進める事が出来て、自分としても感無量♪
ここまで読んで頂いて&最後までお付きあいくださって、ありがとうございました!!


back      小説部屋へ