ある日の昼下がり、大総統府の廊下を下士官が二人、談笑しながら歩いていた。
2人の手には、前が見えないほどの大きなダンボールが一つづつ抱えられている。
「しかし、今年もすげ―なぁ」
「ホントだぜ。少しこっちにも分けて欲しいよな(泣)」
「だよな・・・・・っと、こっちは駄目だ。あっちから行こうぜ?」
「なんだよ、こっちからの方が近いだろ?」
「馬鹿、よく考えろよ。こっちは少将の部屋の前通らなきゃだろ?鉢合わせしたらどうすんだよ!」
「少将?・・・・・ああ、エルリック少将か!そりゃマズイよな!?」
下士官二人は進路を変えるべく、通り過ぎたばかりの横道まで戻ろうと、踵をかえした。
その時、振り返った先から声がかけられる。
「なんでマズイんだ?」
「そりゃ、大総統宛のバレンタインチョコの山持って、少将に会えるわけ・・・・・・」
そう答えかけた下士官は、途中で口を噤む。
『この声って・・・・・・!?』
お互い顔を見合わせた2人は、おそるおそる大きなダンボールの横から声の主を覗き見ると・・・・・
「エ、エルリック少将!!」
今しがた噂をしていた人物の登場に、二人は顔面蒼白になって、ダラダラと冷や汗を垂らした。
しかし、当のエドワードは合点が言ったとばかりに頷き、微笑んで見せた。
「なるほどね。だけど、そんなに気を使わなくていいよ」
「は・・・・・・はっ!!」
「それより、チェックはちゃんとしたんだろうな?」
「はい、それはもちろん。コレは全てチェック済みの物です」
プレゼントと称して、爆弾が届けられないとも限らない。
大総統宛の物は、本人に届けられる前に全てチェックされるのだ。
「ならいい。・・・こっちから行ったら?結構重そうだし、遠回りすることないよ」
そう言って笑うエドに2人はホッとしつつ礼を言うと、エドは2人を追い越して自室に入っていった。
その背中を見送ってから、2人は廊下を進みつつ小声で話す。
「・・・・・焦ったな」
「寿命が縮んだぜ・・・・・」
「しかし・・・・・余裕だったな」
「まぁな、大総統と少将って付き合い長いって聞くし、今更なんじゃねぇの?」
「そりゃそうか。毎年コレだもんなー」
「そうそう。少将自身も沢山貰うらしいし・・・それに、その辺の女じゃ少将の敵になんないだろ?」
「ああ・・・・・確かに男だけどさ、この頃ますます美人度増してるよな///」
「大総統もいまだにメロメロだっていうし・・・こんなの気にするほどでもないんだろ」
そう納得した2人は大総統執務室に向かって歩いていった。
パシィーン、バチッ
二人の下士官が去ってから少し後―――
ドアをノックしようとしたマリア・ロス中佐は、室内から聞こえてきた音に、その手を止めた。
が、その音はすぐに止んだので、もう一度ノックをするべく手を動かす。
「少将、よろしいでしょうか?」
「中佐?いいよ」
室内に入ると、エドが机の前で立ったまま、こちらを振り向いた。
素早く室内に視線を走らせると・・・・・執務机が微妙に新しくなっているのに気づく。
「・・・・・さっき、練成反応の音がしたのですが?」
「――――チョットね、机、壊しちゃって。・・・・・・直したとこだ」
笑ってはいるが、長い付き合いだ。彼が不機嫌なのは感じとれた。
ムカつく事があって机に八つ当たりをし、壊れた机を練成し直した・・・・といった所だろう。
『ま、今日は例の日だし、仕方ないわね』
マリアは内心でため息をつきつつ、午後の予定の変更を伝えるべくファイルを取り出した。
******
その頃、ロイは執務室でチョコレートの山と格闘していた。
先ほどまた2つ届けられたダンボールを、ウンザリした様子で見る。
ため息を付いたのを有能な副官は見逃さなかったようで、苦笑混じりに声をかけられた。
「2月14日にあなたが大忙しなのは昔から変わりませんが、心情は少々違うようですね?」
以前、この日の彼は実に楽しそうだったのだ。
だが、『彼』と付き合うようになってからは、それが一転したらしい。
今では『彼』以外からの物は、全くもって要らなくなってしまったようだが、
本人の心情とは相反して、毎年確実に数が増えている。
「当り前だ。あれ以外からのチョコなど、もう別に欲しくない」
あれ、とはもちろん愛しい恋人のこと。
もちろん、自分とて男。この日にチョコをもらえるのは実は結構気分がいいものだ。
もてる男の証明とでも言うべきか。
今では鬱陶しがってはいるが、全くもらえないとなると寂しいものだろう。
だが・・・・・・この日、確実に自分の恋人は不機嫌になるのだ。
大人になった彼は子供の時のようにストレートな嫉妬をぶつけたりはしないが、その分怖さが増した。
笑顔が、怖い。
おまけに冷たい視線を浴びせられる(涙)
別に私が頼んでもらって回っているわけではないのだからそんなに怒らなくても・・・とは思う。
が、裏を返せばそれほど愛されてる、ということで。
ケンカにもなるのだが、そう思うと最終的にはロイが折れて、彼のご機嫌をとりつつ仲直り。
それがいつものパターンになっていた。
「では、これもご迷惑でしょうか?」
そう言って机の上に置かれたのは、上品な色でラッピングされた小箱が二つ。
リザは毎年、手作りの物をロイとエドワードにくれるのだ。
「いや、君からのは嬉しい。エドワードも喜ぶし」
リザに懐いているエドは、彼女からのプレゼントは無条件で大喜びするのだ。
・・・・・・・今度は、こっちが嫉妬するほどに。
小箱を手に笑ってみせると、彼女も珍しく柔らかい微笑みをくれる。
「今日は早めに帰って、ご機嫌を伺ったらいかがですか?」
「・・・・・・いいのかい?」
「ええ、この本日決済の書類さえ目を通していただけたら。
・・・・・後のチョコレートの仕分け作業は、根性で何とかしてください」
そう言って渡された書類は、1時間も頑張れば終わる量だ。
これを最初に片付けて、このチョコレートの山を返事をする・しないに分別して寄付に回せば終了。
何とか定時には帰れそうだ――――。
「ありがとう、そうさせてもらうよ。・・・・・ところで、例の物、用意してくれたかな?」
「はい」
リザの返事にロイは満足そうに頷くと、リザのチョコレートだけを引き出しにしまい込み、
再びペンを握った。
******
「んじゃ、これよろしく」
「了解しました。お疲れ様です」
書類をマリアに手渡すと、エドは私服に着替え、家路についた。
送迎の車を断って、歩いて街へ向かう。
「ちゃんと帰って来るのか、わかんねぇけど」
誰にともなく言い訳じみた言葉を呟きつつ、今夜多分来るだろう恋人の為、夕食の材料を調達する。
馴染みの店で色々と買い漁り、袋をかかえつつ家への道を歩く。
歩きながら、ぼんやりと考えた。
『アイツ・・・・・いつまでモテる気なんだろう?』
いや、本人がモテる気でいるからモテてるというわけではないんだろうけど・・・・・
でも、アイツももう36歳。
もっと若い奴にその座を明渡してもいいころではないだろうか?
なのに、何故か毎年チョコは増えていき、相変わらず軍部内ナンバーワンをキープしている。
もちろん義理や敬愛をこめたものが大半なんだろうけれど。
だが、確実に『本気』がつまった物が、いまだに多数届けられるのはどういうわけか。
『まあ、独身で見目もいい、国家最高権力者様―――だもんな』
軍部内では、ある程度自分達の関係は知られているようだが、一般市民までは知らない。
だから、彼に恋人が居るなんて、チョコを届けるお嬢さん達は知らないわけで。
・・・・・・知らず知らずに、ため息が出た。
ふと、人が群がる一軒の店が視界に入った。
店先に並べられたワゴンの上には、色とりどりの可愛いラッピングの小箱達。
それに群がっているのは、小箱と同じように色とりどりのドレスを纏った娘達。
きゃあきゃあと笑い声を上げながら小箱を手にする彼女達は、手の上にある小箱より愛らしい。
頬を上気させて真剣に選んでいるのは、やはり恋人へのプレゼントだからだろうか?
もらった恋人は、やはり嬉しいんだろうな・・・・・と思う。
『たまには・・・・・あげてみようかな』
実は、エドは一度もロイにバレンタインチョコをあげた事がなかった。
自分には関係のないイベントだと思っていたから。
例え恋人が男だろうと、その恋人との関係の中で・・・なんというか、自分が『女性側』の位置だろうと。
自分は確かに『男』なのだから。
もらう立場であって、間違ってもあげる側ではないはずなのだ。
照れも手伝って、付き合い始めて最初のバレンタインにそう宣言してから、
毎年懲りずに寄越される、ロイの物欲しそうな視線を突っぱねてきたのだ。
『あんなにもらって、まだ足りねーってか?!』
『私が欲しいのは、君からのチョコだけだ!!』
『オレは女じゃない!!』
そんなやり取りも毎年の事で。
繰り返されるやり取りの鬱陶しさと、大量に届けられるチョコの山を見せ付けられるのも手伝って、
実は、毎年この日は愛を囁くどころか、軽くやりあっていたりする。
恋人達の年に一度の恋の祭典なのにもかかわらず、毎年ケンカしている俺達って?
『やっぱ、普通の恋人達とは違うのは、確かだろうなー』
そう思うとなんだか更に空しくて・・・・・もう一度ため息。
自分が変に意地を張らずにチョコを上げればいいだけなのだろうけど・・・・・
そう思いつつ、もう一度ワゴンに目を向けるが、すぐに逸らしてしまった。
『あんな中に、どうやって入っていけばいいっつーんだ?!』
首尾よく手に入れたとしても、どの面下げて渡せというのだ?
色とりどりの娘達のように、頬を上気させ、ちょっとはにかみながら・・・・・?
「・・・・・・気持ちわりぃ・・・・・」
自分で想像して、気持ち悪くなってしまった。
やめやめ、とっとと帰ろう!!・・・そう決めて、足早にそこを過ぎ去ろうとした時、声をかけられた。
「エドワード君?」
「あ・・・・・グレイシアさん」
「どうしたの?こんなところで・・・・・」
グレイシアはそう言いかけて、エドが先ほど凝視していた店に視線を送る。
そして『ああ』と納得したように声を上げた。
「マスタングさんに?」
「えっ?!違いますよ!!オレ、男ですしっ・・・・・!」
それに、アイツ・・・・・オレがやらなくても毎年腐るくらいもらってますから。
そう言って笑ってみせると、彼女は思案するような表情をして――――
「ね、エドワード君。これから家に来ない?」
そう言って、グレイシアは柔らかな笑みを浮かべた。
******
「遅い・・・・・・・・!!」
ロイはエドワードの家のリビングでイライラとそう呟いて時計を見上げた。
早めに仕事を切り上げて、一緒に帰ろうとエドを迎えに行ってみれば・・・・・
予定が変更になリ早上がりになったとかで、もう彼は帰った後だった。
それならば・・・と、家に直接来てみたのだが、まだ帰っておらず。
夕食の買い物でもしているのだろうと、上がって待っていたのだが。
一時間たっても、二時間たっても帰ってこない。
「エディ・・・・・・何処に行ったんだ?!」
もしや、来る途中になにか・・・・・・?
彼も将軍と言う立場にあるのだから、何かと狙われる危険性もある。
なるべく護衛をつけるように常々言って聞かせているのだが、彼は未だ一人でウロウロと歩き回る。
腕に覚えのある彼だから、小物程度にどうにか出来る人物ではないが、やはり複数の敵に狙われたら厄介だろう。
ロイはにわかに心配になって、軍に連絡しようかと電話の前まで歩く。
だが・・・・・ふと受話器に伸ばした手を止めた。
エドワードの地位を踏まえて拉致をもくろんだ輩が居れば、必ず成功後は犯行声明を出すはずだ。
リザはまだ軍部に残っている時間だし、彼女は私が今日ここに居るのを知っている。
何かあったのなら、ここに連絡が来ないわけがない――――
ならば・・・・・彼の地位目当てでないとしたら?
彼は美しい――――――それはもう、堪らなく美しいのだ。
そんな彼に身のほど知らずにも懸想して、バレンタインだからと強引な展開に持ち込もうとする不届き者が?!
『・・・・・・・・・・・許さん!!黒コゲにしてやる!!!』
怒りに任せて、ポケットから発火布の手袋を取り出して――――また、手を止める。
その程度の奴らに、彼ほどの使い手が好きにされるわけがない。
では・・・・・他の可能性は?
『も、もしやっ!!』
今日はバレンタインデー。
そして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・彼も男だ。
街中でショッピングをしていると、不意に女性から声をかけられ・・・・・・・
『あのっ、これ受け取ってくださいっ!!』
『えっ・・・・・・あの、ごめん。これはもらえないよ』
『・・・・・・好きな人、いらっしゃるんですか?』
『ああ、いるよ』
泣き出す女性、慌てたエドワードは彼女の肩を抱き、家まで送ってやる。
家の中に入り、リビングのソファーに彼女を掛けさせ、膝を着いて彼女の顔を覗き込み・・・・・
『落ち着いた?』
『はい・・・・・ご迷惑、お掛けしました』
『いや・・・・・・オレこそ、ごめんな?』
今は、そいつの事しか考えられないんだ。
そう言って再度謝ると、立ち上がり玄関に向かうエド。
その時女性が立ち上がり、背中にすがりつく。
『お、おいっ?!』
『1度だけでいいんです・・・・・・お願い!』
『ちょっとまって、だからオレには・・・・・・!』
『わかってますっ!これっきりで諦めますからっ・・・・・お願いです』
―――――――抱いて――――――――
柔らかな胸を押し付けられ、女性に免疫のないエドは、頬を染める。
若い彼は本来の男としての性の欲求に逆らえず、ゴクリと唾を飲み込み。
そして、ゆっくりと彼女の腰に手を回し、ソファーに押し倒して・・・・・・!
「ぐああっ!!!許さん!浮気は許さんぞ?!エディ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
自らの妄想に悶えながら、ガシガシと頭を掻き毟るロイ。
その時、背後から声を掛けられた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何してんの?ロイ。」
慌てて振り向くと、そこには紙袋を抱えたエドが呆れ顔でこちらを見詰めている。
愛しい彼の登場に、ロイは乱れた髪のまま、歓喜の声をあげて抱きつこうと走りよる。
「エ、エディ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「うわっ、ちょっとタンマ!」
エドに寄せたロイの顔は片手で受け止められ、押しとどめられる。
つれなく避けられたロイは不満そうにエドを見詰めるが、そんな視線は意に介さぬように、
エドはあっさりと身を離しダイニングに入っていく。
仕方なく後から着いていくと、彼は食材の入った紙袋をテーブルに置き・・・・・・
そして、袋の中から食材の上に乗せるように置かれていた白い箱を大事そうに取り出した。
さほど大きくない箱だが、その箱はケーキなどを入れるタイプの物。
ご丁寧に、可愛らしく赤いリボンが掛けられている。
それを微笑みながら、崩さぬように慎重に彼はテーブルに乗せた。
それを見たロイの顔はみるみる色を失っていく。
それは、どう見ても中身はバレンタイン用のチョコレートケーキだと思われた。
彼がそれを自分のために買ってきてくれたのなら、嬉しいが・・・・・・
悲しいかな、自分は付き合ってから一度もエドにバレンタインにプレゼントをもらったことはない。
という事は、あれは彼が誰かからもらったもの?!
途端、先ほどの妄想が再び脳内にフィードバックされる。
『いや、しかし・・・・・エディに限ってそんな事があるはずは!』
ロイは浮かんだ疑惑を否定すべく、頭を横に振る。
それを目の端に見咎めたエドは、首を傾げてこちらを振り向いた。
「ロイ・・・・・・さっきから、変だぞ?どうしたんだ?」
不思議そうにそう口にする彼に、『何でもない』と、そう言おうとして彼を見詰めたのだが。
ロイはある一点を凝視して、息を呑んだ。
「・・・・・ロイ?」
その不自然さに、もう一度エドがロイの名を呼ぶ。
だが、ロイはそれに答えず、ただただ恋人の顔を凝視した。
その顔は蒼白で。
色を失ったロイの顔が、段々とゆがめられて―――瞳が細くほそめられる。
怒りの滲むその顔にエドは訳も分からず、身を振るわせた。
「ロ・・・・・・・・イ?」
「・・・・・・・だ」
「え?」
「そのシャツに付いているものは、何だと聞いている!!」
いきなり浴びせられた罵声にエドは身を竦ませながらも、慌てて自分のシャツを見た。
そして一点で視線が止まり、エドの目が大きく見開かれる。
彼が見つけたのは、自分の白いシャツについた一点のシミ。
それは、ごく淡いピンク色で――――――――――――――――唇の形をしていた。