バレンタイン・2005
『トラブル・バレンタイン』後編・・・『公約』番外編



胸より少し下の位置にあるそれを確認して、エドは顔色を失った。

『な、なんなんだ、これ?!』

内心で急激に慌てだす。
こんなもの、覚えがない。
確かにチョコレートは女子職員にもらったりもしたが、普通に手渡されただけだ。
大総統と違い別に有名人ではないので、町で女の子に群がられた時に付いた、ということもない。

もちろん、浮気などしたこともないし・・・・・・

もう一度、そおっとシミを確認してみる。
本当にうっすらとしたもので、色だけなら何かの塗料がついてしまったものと思える。
が・・・・・・問題は、その『形』なのだ。
それは、どう見ても唇で・・・・・エドの背中に冷たい汗が落ちる。

チラリとロイの顔を伺い見てみると・・・・・その顔は怒りに燃えている。
背にマーブル模様の嫉妬のオーラが見えそうなほどだ。

「説明、してもらおうか?」

地を這うような低い声で、答えを促す男。

『マズイ・・・・・・・よな、コレ』

自分の顔から血の気が引いていくのをありありと感じて、エドは焦った。
・・・・・22歳にして、初めて浮気を追及される時の怖さが分かった気がする。
『ロイもいつもこんな思いをしてるのか?・・・・・・今度からもう少し優しくしてやろうかな;』
などと思いつつ、必至に頭を働かせた。

いつ、どこでついた?

朝は、クリーニングしたての新しいものを着たのだから、朝の時点ではなかったはずだ。
仕事中はこのシャツを脱いで軍服に着替えていたし。
仕事が終了して再びコレを身につけたときも、確かこんなものは見当たらなかったはずだ。
もしも、その時点でついているのを見落としたとしても、今日は帰りにいつもの八百屋に寄った。
何かと目ざとく、しかも遠慮を知らない八百屋のおばさんが、コレを見のがすはずがない。
あの時点でコレがあったとしたら、散々からかわれているだろう。

と、なると・・・・・買い物を終えた後、ということになるのだが。

確かに、女性の家に立ち寄った。
が、もちろんオレとあの人がそんな関係であるはずもない。
『・・・・・って言うか、子供の頃から知ってるせいか、未だに子ども扱いなんだよな』
未亡人と若い男。
浮気のシュチュエーションとしてはバッチリだが、実際は親子関係の方がよっぽど近いのである。
しかも、あの人の口紅はピンクじゃ・・・・・

その時、ふと思い出した。
あの家から帰ろうとした時のちょっとしたハプニングを。

『あれか!!・・・・・・・・でも??』

思い出した可能性。
だが、それはどうにも腑に落ちなくて、エドは眉を寄せた。



「・・・・・どうやら、思い当たる事があったようだね」

再び低い声で呟かれて、自分の考えに入っていたエドは、ビクリと肩を揺らした。
その、少し怯えたような様子が、浮気疑惑の確信を深めてしまったようで―――
ロイの顔にさっと怒気が走る。

「え?ちがっ、そうじゃなくて・・・・・・つっ!?」

否定する前に、天と地がひっくり返った。
打ち付けられて痛む背中。
眼前には鬼のような男の顔と、その背に見えるのはダイニングの天上。
―――――そこで、漸くダイニングの床に組み敷かれたのが分かった。

軍人として、こんなに簡単に組み敷かれてしまったのは悔しいが、
不意打ちだったのと、相手がこの男だったのだから、仕方ない―――――
ともかく誤解を晴らそうと、男の下から逃れようともがいた。

「ちょっ・・・・・!!なにすんだっ?!離せよっ!!」
「離したらどうするつもりだ?・・・・・その女の所にでも、逃げ込むのか?」
「・・・・・人の話を聞けよっ、この馬鹿っ!!」
「・・・恋人とその浮気相手の情事の様子など、聞きたくもない!!」

言うが早いか、噛み付かんばかりに荒々しく口付けられる。
逃れようにも、ガッチリと押さえつけられていて、どうにもならない。
それでも何とか右手だけを振りほどいて、自分の上に圧し掛かっている男の頭を叩いてやった。

だが、それはますます怒りを買ってしまったようで―――――

「―――――随分と余裕があるじゃないか、エドワード」

憎憎しげに顔を上げたロイは、口の端をゆがめて笑った。
その顔に、ゾクリとエドの背筋に冷たいものが走る。
『ヤバイ!!』
そう思った時は既に遅くて、ビリッと布が破かれる音が室内に響く。
エドが着ていたキスマークつきのシャツは破られ、そのままたくし上げられて両腕ごと縛りあげられてしまった。
頭の上で両腕を縛られた格好で睨み上げてみるが、ロイは怯む様子もなくエドの首筋に顔を埋めてくる。

『つっ・・・!!!』

こんな一方的な行為など、冗談ではない!
しかも、完全に誤解だと言うのに!!
エドはまたジタバタと暴れて抵抗を試みてみたが。
自由にならない体での弱い抵抗など、全てからめとられてしまう。
その上、ロイに慣らされた体は彼から与えられる刺激に酷く弱くて・・・・・
こんな不本意な状況なのに、体の内からジワリと熱がわいてくるのが分かる。

「ロ・・・イ・・・やめっ・・・・・!」
「・・・・・・・・・・・・・・・エドワード・・・私のものだ。心もこの体も・・・・・・・・・・全て」

――――誰にも渡すものか―――――

「いっ・・・・・!!」

狂気を含んだような言葉とともに、肩口に噛み付かれて、エドは声を詰まらせた。
嫉妬と凶暴なまでの自分への執着心。
それでも・・・気づいてしまった。
その言葉も、荒々しく触れてくる手も・・・・・・・・・・・・・・・僅かながら震えていることに。

『――――ったく、馬鹿・・・・・なんだから』

いつも冷静沈着な判断でこの国を動かす男が。
こんな些細な疑惑に我を忘れるほど取り乱して――――


本当に、馬鹿な男だと思う。


『オレが誰のものかなんて、アンタはとっくに知ってるはずなのにな』

でも、些細なことでいつも不安になってしまうのは、自分もだから。
『コイツばかりを馬鹿に出来ないな』
そうエドは苦笑した。
たかだか、バレンタインのチョコごときでどうしようもない嫉妬にかられていたのは自分もなのだ。

エドは、フッと体の力を抜いた。

この嫉妬に狂った男に、今何を言っても無駄だろう。
怪我をさせる覚悟で抵抗すれば抜け出せるかもしれないが、コイツは仮にも大総統なのだ。
簡単に傷つけるわけにもいかないし・・・・・・・・・・・傷なんてつけたいわけもない。
・・・・・ここは少し不本意ながら、好きにさせてやろう。
そして、気が済んだ辺りに弁明すればいい―――――

エドは諦めにも似た気持ちで、その瞳を閉じた。
抵抗が止んだエドのタンクトップをロイが捲りあげた、その時――――


ジリリリリィン


頭上で電話のベルが鳴る。
そこで、ロイは電話を置いてある台すぐ横の床にいることを思い出したが・・・無視する事にした。

だが、なかなか鳴り止まないベル。

ロイは、興がそがれたようにため息をつき、エドの腰を両膝で挟んだまま上体をおこした。
まだあまり一般家庭で電話が普及していないため、エドのところに来る電話など、限られている。
弟か、軍。
こんなにしつこく鳴らしているところをみると、帰宅している事を知っている軍からの可能性が大きい。
幾ら我を忘れているとはいえ、ロイは軍の・・・・しかも、トップなのだ。
非常呼び出しかも知れない電話を無視する事は出来い。
膝立ちのまま、忌々しげに受話器を取る。

途端、聞こえてきたのは、どこか焦ったような・・・・・・女の声。



『もしもし、エドワード君?ああ、よかった・・・・・あ、さっきは楽しかったわ』

さっき・・・・・・?!では、この女が・・・・・・・・・・!!
浮気相手からの電話か?!と、ロイの眉がつり上がる。
キスマークの色や大きさから見て、若い10代の女だと思っていたが、
声や『君』付けなところを見ると、どうやらエドより年上のようだ。
『この年上女が、女に免疫のない初心なエドワードを誘惑したのか!!』
怒りに言葉を詰まらせていると、訝しげな女の声が再び聞こえる。

『・・・エドワード君?』
「・・・・・エドワードは・・・」

いない。そういって切ってやろうと思った時

『その声は、マスタングさん?・・・・・いえ、大総統閣下、ですわね』

思いがけず親しげに声をかけられ、ロイは目を見開いた。

「は?・・・あの、失礼だが・・・・・」
『お久しぶりですわ、ヒューズです』
「ヒュ―・・・?・・・グレイシア?!」
『ええ。この間はエリシアにクリスマスプレゼントをありがとうございました』

とても喜んでいましたわ。そう言って朗らかに笑うグレイシア。

「あ、いや・・・・・喜んでもらえたなら、なりよりですよ」
『ところで、エドワード君は帰ってます?』
「・・・・・今はちょっと・・・手が離せなくて。・・・彼に、なにか?」
『実は、先ほど買い物途中でエド君にばったり会って、家に誘ったんです』
「あ・・・・・ああ、そうなんですか・・・・・」
『一緒にお菓子を作って、別れたのですが・・・・・・・』

そこで、グレイシアは困ったように言いよどんだ。

「グレイシア?」
『あの・・・彼が帰宅してて、あなたがいらっしゃるということは・・・もしや、喧嘩になってません?』

ズバリと言い当てられ、しかも知ってる素振りの彼女の口調に心臓が早鐘を打つ。
『まさか、彼女が?!』
親友の夫人がまさか・・・。内心の焦りを押し隠して、なるべく冷静な口調で。

「いや・・・別に。何故?」
『ああ、そうですか。よかった!実は・・・エドワード君のシャツに紅をつけてしまって』
「!!・・・・・あなたが?」
『いえ、エリシアが』
「は?」

グレイシアの答えにロイは目が点になった。
エリシア・・・確かに女の子だが、まだ確か10歳くらいだったような?

「エリシアが・・・・・口紅を?」
『いえ、正確には『色つきリップ』なんですけど』
「色つきリップ・・・・・??」
『リップクリームなんですけど、薄く色がつくんです』
「・・・・・そんなものがあるなんて、知りませんでした」
『殿方はご存知なくて当然ですわ・・・エリシア、この頃おしゃまになってきてしまって』
「いつもエリシアはそんなものを?」
『いえ・・・・・今日はバレンタインデーでしょう?』

エリシアも気になる男の子がいるらしく、張り切って手作りチョコを持って出かけた。
おこずかいでこっそり買った色つきリップまで塗って。
首尾よく渡せたようで、エリシアは上機嫌で帰ってきて。
しかも、帰ってみたら大好きなエドワードが来ていたので、ご丁寧に塗りなおしたらしい。
楽しく過ごして、別れ間際エドワードにもチョコレートを渡そうと慌てて部屋からチョコを持ってきて。
既に外に出て歩き出したエドを追って走ったせいで、雪で滑ってしまった。
それをエドワードが抱きとめた時に、付いてしまったらしいのだ。

『エリシアは気づいたらしいんですけど、恥ずかしくて言い出せなかったみたいで』
「なるほど・・・」

ロイは全身の力が抜ける思いだった。
確かにキスマークの色は酷く薄くて、しかもかなり低い位置についていた。
グレイシアは嘘などつく女性ではないし、真実なのだろう・・・・・・
あんなに激高し高揚していた気持ちが急速に静まっていく。

『先ほど様子がおかしかったので、問いただして分かったんです。
今日はこれからあなたに会うと聞いていたので、誤解されて喧嘩になってないかと心配になって』

喧嘩どころか、嫉妬に狂って今組み敷いてる所です・・・・・とはいえない。
ロイは顔を引き攣らせながら、わざとおどけたような口調で取り繕った。

「酷いな、グレイシア?・・・・・私がそんなに狭量な男だとでも?」
『フフフ、ごめんなさい。そうですわよね、私ったら馬鹿みたいに焦ってしまって・・・』
「それにしても、あの可愛い唇の痕がエリシアのものだったとはね」
『ああ、やはり気づいていらっしゃったのね?』
「ええ、さっき彼を『君もすみにおけない』とからかったところでね」
『あらあら、あまりからかっては可哀想ですわ」

グレイシアとロイはひとしきり笑いあって。
そして彼女はエドにも謝っておいてくれといい置いて、電話を切った。

ロイは、ホッと息を吐いた。
『そうだったのか・・・・・・良かった』
とんでもない誤解をして、嫉妬しまくっていた自分が滑稽に思えて、思わず笑ってしまった。
その時、自分の下で何かがもぞもぞと動いた。

ハッとした。そして今の状況を思い出し、急激に青ざめていくロイ。

おそるおそる下を見ると、床に寝たままのエドが、絶対零度の氷の視線でこちらを見ていた。
瞬間冷凍されそうになりながらも、とにかく謝らねば・・・・・と慌てて声を掛ける。

「エ、エディ・・・・・・っ、その」
「重い」
「す、すまない!!」

慌てて彼の上から退く。
すると彼は上半身を起して、ずいっと縛られたままの両腕をロイに向かって突き出した。

「なぁ、”からかい終わった”のなら、コレ、外してくんねぇ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・す、すまな・・・・・・・」

しっかりバッチリ電話の内容も聞かれていたようで。
エリシアのリップクリームが原因だった事も、取り繕って言った内容も把握しているようだ。
(上に乗っかったまま話をしてたのだから、当り前だが)
慌てて拘束を解くと、エドはスッと立ち上がり、捲れたままのタンクトップを直すと縛られていた個所を手で擦った。
手を動かした時に顔を顰めたと思ったら、肩口の歯形に視線を降ろした。少し痛んだらしい。

「エディ、本当にすまないっ!!・・・・・痛かった・・・・・だろうね」

すがるように近づくと、エドはこちらを一瞥して、触れる前に身をかわされてしまった。
触れようと持ち上げた手が宙で止まったままだが、エドは無視して買い物の袋を漁りだした。

「エディ・・・・・・・・・・・」

ロイは情けない声を出して恋人を呼んでみるが、彼から返事はない。
『完璧に怒らせてしまった・・・・・・・』
勘違いの挙句に乱暴までしてしまったのだから、あたりまえだ。
ロイは、深くうな垂れた。

ああ、せめて今日がバレンタインでなかったなら。

他の日だったならば、自分はもう少し冷静でいられたのではないだろうか?
毎年『もらえない』とはわかっていても、期待をしてしまうこの日。
今年も同じだろうと諦めているはずなのに、心のどこかに待っている自分がいて。
せめて、例年のように喧嘩だけは避けようと・・・ちょっとした秘策を用意していた。

それなのに、なかなか帰ってこない恋人。
やっと帰ってきたと喜んだら、キスマーク付きのシャツが目に止まり。
・・・・・・・・・なんだか、自分でもどうしようもない気持ちになってしまったのだ。

『いや、言い訳・・・・・・だな』

自分は彼にどうしようもないほど、惚れているのだ。
たとえ他の日だったとしても、同じ結果になったかもしれない――――
ため息をつき・・・・・それでも、ロイは顔を上げてエドの背中を見詰めた。

『今更言い訳してみても仕方がない。とにかくここは謝るしかない!』

殴られようと、とにかく許してくれるまで謝るしか―――――
ロイは土下座も覚悟の面持ちで、エドの背中に近寄った。
袋から食材を取り出してテーブルに並べるエドを、背中からそっと抱きしめる。
エドはピタッと作業の手を止めた。だが、ロイの腕を振り払う事はしなかった。
それにホッとしつつ、ロイは抱きしめる腕に力を込めた。

「エディ・・・・エドワード。本当に悪かった――――君を疑ってしまって・・・・・」

額を彼の肩に預けるようにして、俯き目を閉じる。

「君が私以外の誰かと肌を合わせたかもしれないと思ったら、自分の中で何かが切れてしまった」

許してくれ――――そう何度も懇願する男に、エドはため息を吐き、力を抜いた。

「・・・ったく、オレがそんなに尻軽にみえるのか?」
「いや!!もちろんそんな事は思ってもいないがっ!!・・・だが、君はとても魅力的だから―――」

いつか誰かにさらわれてしまうのではないかと、気が気じゃないんだ。
そう弱弱しく呟くロイに、エドは呆れる。
人に『君は自分の魅力を分かっていない!』などと力説するが、コイツの方がよっぽど分かっていないと思う。

焔の銘を持つこの男は、本当に焔のようで

その火に一度でも焼かれた者が、そう簡単にこの男から離れられるわけがないではないか。
自分は彼の恋人になって7年。
こんなに長い間アンタに焼かれつづけたオレが、他の誰に心を奪われるというのだ?

呆れを通り越して、エドはなんだか可笑しくなって肩を震わせて笑った。
それに気づいたロイが、おそるおそる顔を覗きこむ。
エドは、自分を抱きしめている手を外して、袋の中から一つ小箱を取り出しロイに向き直った。

「エディ・・・・・・?」
「エリシアが、アンタにって」
「あ、ああ、そうか・・・・・・・」
「俺も同じのもらったから、間違いなく『義理』だけどな」
「・・・そうだろうな。本命だったら、今ごろ天国から落ちてきたナイフが私の頭に刺さってるはずだよ」

舌を出してみせるエドに、少しホッとしつつ、軽く冗談で返すが――――
ロイの心中は再び波立っていた。
先ほどのチョコレートケーキと思しき箱。
グレイシアが『エリシアがエドにチョコを渡した』と言っていたから、あれがそうかと思っていたのだが・・・
今のエドの発言からして、アレは別の誰かからもらったものだろう。

気になる。
すごく、気になる。

だが、さっきあんな事があったばかりだ。
折角許してくれそうな空気になっているのに、そんな事を聞いたら一気に彼は怒り出すだろう。
ロイが心の中で葛藤しながらエドの次の台詞を待っていると、その箱をひょいとエドが手に取った。

「んで、これもアンタに」
「私?・・・・・・・誰から??」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・オレ。」
「!!!」

『グレイシアさんが作り方教えてくれてさ』
そう言いながら、エドは照れくさそうにそっぽを向いた。
ロイは目を見開いて『信じられない』といった表情で、エドの顔と赤いリボンのついた箱を交互に見た。
あんまり長いこと驚いて固まっているので、エドはなんだか逆に面白くなくなって、つい眉間に皺がよる。
その時、やっとロイが口を開いた。

「・・・・・・・もらってもいいのかい?」
「アンタにやる為に作ったんだから、当然だろ」


エドの言葉に、ロイはふわりと微笑んだ。


目を細め、蕩けるような表情で微笑むその顔。
『愛しい』と言う言葉を表情で表現するとしたら、まさにこんな顔だろう。
エドは、かぁっと顔中に熱が集まってきたのを感じて、俯いた。

ロイは、まるで宝物を扱うように、そっとその箱を受け取る。

「嬉しいよ、エドワード。・・・・・・・・・・・・・・・・・・本当に、嬉しい」
「そっか・・・・・・・」
「開けても?」
「ああ」

しゅるっとリボンが外され、出てきたのはシンプルな丸いチョココーティングされたチョコレートケーキ。
上に書いてあるメッセージはたった一文、―――TO ROY―――。
自分の名前さえ入っていない、ハ―ト型でもない、シンプルなケーキ。
でも、逆に彼らしくて、ロイはますます微笑みを深めた。

顔を赤くしていたエドだったが、そんな様子のロイに、再び顔を上げて彼を見詰めた。
幸せを噛み締めているといった感じで愛しそうにケーキを見詰める彼を見て、ポツリと呟く。

「なんか・・・・・・損しちまったなぁ」
「え・・・?」

まさか、くれた事を後悔してるのか?!と表情を曇らせるロイに、エドは笑って。
ケーキの箱を奪って横のテーブルに置き、彼のいつもよりボタンが外されたシャツから覗く胸元に口づけた。

「・・・・・っ!エディっ?!」
「アンタのこんな顔みれるんなら、意地張らないで毎年あげればよかった」

そう言って、ロイを見上げて微笑む。
ロイはあっけにとられたような顔をして。
そしてもう一度本当に幸せそうに微笑んだ。

「さっきの・・・・・・許してくれるかい?」
「・・・おとしまえは、後でつけてもらうからな?・・・しゃーねぇから、今は許してやるよ」
「ありがとう」

かるーく睨みがはいりつつも、許してくれた恋人に感謝して。
そして、自分も渡すものがあったのを思い出す。

「それなら、私からも受け取ってもらえないかな?」

リビングに彼の肩を抱いて誘う。
サイドボードの上に、リボンのかかった箱。
リボンにはエドが大好きなケーキ屋のロゴ。

「君みたいに、手作りでなくて悪いがね」そう言いながら、エドに手渡した。

「オレに?」
「ああ、いつも強請ってばかりだったなと反省してね。今年は私から渡そうと思ったんだよ」
「・・・・・・さんきゅ。嬉しい」

面食らったように受け取ったエドだったが、その顔に笑みがこぼれていく。
その顔は、さっきのロイと同じように幸せそうで。

「・・・・・本当だ。私も、こんな君の顔が見れるなら、毎年あげればよかったよ」

気づかないで、損をした――――
エドと同じ台詞を感慨を込めて言うと、「だろう?」とエドは可笑しそうに笑った。

二人でひとしきり笑うと、ゆっくりと身を寄せ合って触れるだけのキスを交わした。
そして、額を合わせて視線を合わせて・・・・・

「じゃあ、今夜は今までの分も合わせた甘い夜にしよう」
「・・・・・なんか、さっき乱暴された時より酷い目に合いそうなのは、気のせいか?」

色気をたっぷり含んだ熱い視線を送られて、赤面しながらもエドの顔は少々引き攣る。

「嫌かい?」
「・・・・・明日、特別休暇をもらえますか?大総統」
「いいとも!君の業務は私が代行してあげよう♪」

やる気満々で胸を叩く男に、ため息をつきつつ観念して。
そして、エドはロイの首に腕を回したのだった―――――




―――――初めてプレゼントを贈り合ったバレンタインの夜は、チョコより甘い夜だった―――――



『トラブル・バレンタイン』・・・終わり




あとがき

終わりました〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!って、もう19日だよ(汗)
でも、とりあえず終わったので、よし!(オイ)
あまあまで終りましたが、タイトルが『トラブル・・・』だから、もう少しオチをつけてみました。(いらん?)
甘いだけで終わりたい方、これ以上ロイのヘタレっぷりを見たくない方はここで止めといてくださいね(笑)
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