バン!と、派手な音をさせて扉は開いた。
顔を上げてその音の元をみてみると・・・・・そこにはやはり、金色の子供。
怒りの形相で足を踏み鳴らして近づいてくる彼に、ロイはやれやれと読みかけの書類を机に戻した。
「鋼の。何度言ったら分かるんだね・・・ドアはノックしてから静かに開けなさい」
だが、それに答えることなくエドはロイの机の前に仁王立ちで立った。
その腕には両手いっぱいに色々なものが抱えられている。
ドーナッツ、ケーキ、キャンディ、クッキ―・・・・・果ては、ハートマークがついた手紙まで。
それを抱えた腕をわなわなと震わせて、エドはロイに詰め寄った。
「東方司令部ってのは、女日照りなのかっ!?」
「―――――――モテモテだねぇ、鋼の?」
ロイはニヤニヤと意地の悪い微笑を貼り付け、エドを見る。
ブチッ。
何かが切れる音と共に、エドは怒鳴り散らした。
「うるせ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!アンタここの司令官なら、変態を一斉排除しろっ!!!」
『アイドル!?』・・・・・・1
噛み付かんばかりの怒気を撒き散らすエドの肩を、後から優しい手があやすように撫でた。
「エド君、まずは落ち着いて?旅から帰ったばかりで疲れているでしょう。
話はお茶を飲みながら・・・・・・ね?」
「中尉・・・・・・・」
優しい手の持ち主は、リザ・ホークアイ中尉。
ここの司令官ロイ・マスタング大佐の副官で、エドが姉と慕っている女性である。
彼女に宥められ、エドはコクンと頷くとパタパタとソファーに向かい、長椅子にちょこんと腰を降ろす。
腕に抱えた物をテーブルにドサドサと落として、リザを見上げてきた。
「あ、中尉も一緒にのもー?お茶菓子いっぱいあるからさ?」
さっきの怒気はどこへやら。
にっこりと邪気のない笑顔を寄越す。
『ほんと、強烈に可愛いわ・・・・・これなら無理ないわねぇ』
リザは、内心でクスリと笑うと、上司にお伺いを立てるべく視線を送る。
ロイが了承の返事を寄越すと、「待っててね」とエドに声をかけて彼女は出て行った。
「今着いたばかりなのか?」
「ああ。アルは宿を取りに行ったから、その間に報告書を出してしまおうと思ったんだけど・・・」
「いきなりの洗礼を受けた訳か」
ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべる上司に、エドは盛大に顔を顰めた。
「今日来るの、アンタが言いふらしてたんじゃねーだろうなぁ!?」
「まさか・・・・・・大体君は『○日に伺います』なんて連絡、寄越したことないじゃないか?」
「そうだよなぁ・・・・・じゃ、ここの兵士達はいつも甘い菓子を持ちあるいてんのか?」
「さて?」
「それにしても・・・前回来た時はこれほどじゃなかったのに、何で・・・・・・・?」
ブツブツと呟いて首を捻る子供を、ロイは楽しそうに眺めた。
エドワード・エルリック 15歳。
最年少の国家錬金術師である彼は、ロイが見つけて推挙した少年だ。
そのためロイが、監督・後見人をしているが・・・・・・
どうにも相性が悪いのか、ちっとも子供は自分に懐かなかった。
会えば憎まれ口を叩く子供を上から下まで一瞥して、ロイは自分の考えにふける。
会った時は、ボロボロに傷ついた子供だった。
再開した時、瞳に光を取り戻した生意気なガキになっていた。
そしてこの頃の彼は―――――――――――――やたら、美しくなった。
金髪金目・小さいが均整の取れた体。
最初からその片りんを見せてはいたが、ガキ過ぎて周囲にはそう認識されていなかった。
だが、思春期を迎えて成長の遅かった彼も少しづつ変化を見せてきた。
もともと美しくはあったが、フニフニと丸い子供子供した頬は、だんだんとシャープになり、
伸びた髪は、大して手入れもしていなそうなのに艶やかな輝きを見せる。
大きな瞳、可愛い鼻、柔らかそうな唇。
まだまだ綺麗というよりは可愛いといった感じだが、
年を追うごとに少年の容姿は甘やかに変わっていく。
そして――――甘めな容姿とは裏腹な・・・・・・キツイ眼差し。
それは、確かに”そそられる”要素を多大に含んでいて
――――――――――――それを、周りの者達も気づき始めたのである。
その結果、彼はよく立ち寄るこの東方の軍人達のアイドルになった。
最初は、さすがに大っぴらにするのが憚られたのか、こそこそと。
だが、他にも仲間が居ると知ったら、段々大胆に。
そして、それが日を追うごとに増殖してしていって、東方司令部内に蔓延した。
今では、『みんなのアイドル』と祭り上げられつつも・・・・・・・
水面下では激しい『エドワード争奪戦』が行われているのだった。
ロイはというと・・・・・・彼の側近達と共に『傍観者』の立場にいた。
彼に危険が及びそうな時はさすがに止めようとは思っていたが―――――
彼は普通の子供とは違いとにかく腕が立つし、その辺の一般兵ぐらいでは敵わない。
危険がなければ、正直この状況は―――――――楽しい。
生意気で野良猫みたいに懐かない子供が赤くなったり、照れて怒ったりしているのを
『いい娯楽』として日々楽しんでいるロイであった。
「東方に女の人・・・・・・・少ないのかなぁ?」
「そんな事はないと思うが?とりあえず、私は『女日照り』など、感じた事はないがね?」
楽しさで笑い出しそうなのを堪えつつそう返すと、途端に釣りあがる蜂蜜色の瞳。
「わかった・・・・・・・」
「何がだ?」
「アンタのせいだ!!」
「は?」
「アンタが女を独り占めするから、あぶれた男がオレんとこにくるんだ!!」
「いいがかりはやめたまえよ?」
「うっせー!!諸悪の根源!」
エドがパンと両手を打ち鳴らし、
ロイが発火布の手袋を嵌めた手をスッ・・・とあげた時。
ガチャリと音がして扉が開いた。
「お二人とも、その辺で止めてくださいね?」
書類を汚したら・・・・・・怒りますよ?
氷の声にピキンと固まってから、二人はすごすごと手を下ろし、ソファーに腰を降ろした。
ソファーに三人で座って、ティータイムが始まる。
「これ、みんなプレゼントされたのね?」
「うん。なんか・・・・・司令部内に入った途端、どっから湧いたのかあっという間に囲まれて」
断る暇もなく、次々にもたされたのだという。
「ありがたくもらっておけば良いじゃないか?もらうのが憚られるような高価なものならともかく
さすがに君のことを良く分かってるようで、菓子ばかりだし?」
「それはオレが前に怒ったからだよ。『消費できないものなんかいらねー』って。」
「なるほど。でも好物の菓子をもらえて、優しくされて・・・・・・・・・・
特に実害ないなら、放っておきたまえよ?」
「別に菓子はいいんだけどさ・・・・・・菓子についてくるこれが嫌なんだよ!!」
エドの指差した先には、菓子にくっついている・・・・・・・ラブレター。
「オレには、こんなもんに関わってる時間はない!!
なのに、『読んでくれましたか?』とかしつこく聞かれるし、後つけられるし・・・気持ち悪いし。」
「ふむ・・・・・・・・」
ストーカーまがいの行為まで始まってしまっているのか。
さすがのロイも、少々事態を収拾した方がいいかと・・・・・思いを巡らせる。
「それに・・・さ」
「ん?」
「なんで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・男ばっかなんだよっ!!」
エドは不本意そうにそう叫ぶ。
なんだかんだいって彼も年頃の男の子。そこが一番不満のようだ。
「それは・・・・・君が『可愛いらしいから』じゃないか」
「それは・・・エド君が『可愛いらしいから』じゃないかしら?」
聞いていた大人の言葉がハモる。
だが、慕っているリザまで同じことをいっているので・・・・・・・・・
怒るに怒れないエドはもんのすごい複雑な表情をした。だが――――
「君、『容姿だけ』は可愛いからなぁ」
先ほど怒るのを我慢したエドは、付け足されたロイに言葉に『待ってました!!』とばかりに
噛み付いた。
「誰が、『性格悪いけど容姿だけちっちゃくて可愛い』って!?(怒)」
「小さいだなんていっていないだろう?・・・その身長に対して過剰反応するところも
奴等にとっては可愛いのかな?」
「まだ言うか!!」
「それにしても・・・・・・お互い苦労するな?」
「へ?」
「私も女性の誘いを断らねばならない場面に遭遇するたびに思うのだよ・・・・・美しさは罪だとね」
少々芝居がかった調子で、ロイは眉間に手を当てて首を横に振る。
「今までその苦悩を分かり合える同士が居なかったのだが、仲間ができて嬉しいよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・まさか、唯一分かり合える同士がこんな豆粒だとは思わなかったがね?」
ニヤリと笑ってこっちを見るロイに、エドはとうとう押えていた箍が外れて立ち上がった。
「だぁれが、豆粒ドチビかぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
ドンガラガッシャ―ン!!と、
今度こそ執務室内に派手な音が響いたのだった――――――
『アイドル・1』終わり・・・2に続く。
新連載を書こうと思ったんですが、その序章になりそうな話が欲しいと思い立ちまして、書いてみました。
序章なのに、一回で終らない所がなんともかんともですが(^_^;)
・・・・・・こんな関係から、二人の新しい物語が始まります。