隣りに腰を下ろして、男はいつものように胡散臭い笑顔を寄越した。
「まさか君の方から呼ばれるとは思わなかったよ」
「いや、やっぱり・・・・・さっきはオレが悪かったかなと思ってさ」
微笑みつつそう言うと、男はきょとんとしてからこちらをまじまじと見つめた。
次にピタ、と人の額に掌を当てて首を傾げる。
「熱は無いようだな・・・・・」
「ンだよ、その言い方・・・・・!」
思わずカッとして『さわんな』と手を払いのけそうになるが・・・・・何とか押え、エドは作戦を決行する。
一度ロイに睨み付けてから、しゅんとした様子で俯いた。
「やっぱさ・・・・・・・・オレ、嫌われてる?」
『アイドル!?』・・・・・・3
寄越された言葉に、ロイは一瞬ポカンとして、次にマヌケな声を出してしまった。
「は?」
「大佐、いっつもオレのことからかってばっかじゃん。・・・・・嫌いだから、だろ?」
「・・・・・・いや、別に嫌いではないが・・・・・」
明らかに動揺したような仕草にほくそえみつつ、上目遣いでエドはロイを見上げた。
「じゃあ、好き?」
「あ?・・・・・・・・まぁ、広い意味では」
「ホント!?」
にっこりと微笑んで、ロイの腕に自らの腕を絡めるエドを見て、周りがざわつく。
それを見て、エドの態度に面食らっていたロイはピンときた。
『ったく、この私を虫除けにしようとは、小ざかしい――――』
私に気があるフリをして寄り付く虫を撃退しようとしているのだろうが、こっちは迷惑極まりない。
大体、そんな事をしなくても、今から私が奴等に釘を刺す予定なのだ。
こんな猿芝居に付き合う気はないと、返す言葉を捜しつつ彼を見つめると――――
ロイの腕に抱きつくようにして、自分の腕を絡ませていたエドも視線を上げた。
間近で交差する、視線。
その状態のまま、ちょっとした『間』。
その後――――エドは一度口を開きかけてからそれを飲み込み、ウロウロと視線を彷徨わせた。
「?・・・・・鋼の?」
「あー・・・・冷める前に食べろよ?」
言いよどんでからそれだけ言うと、エドは絡めていた腕をするりと放した。
そして、自分のスパゲティをフォークを絡ませ、食べ始める。
『なんだ?気があるフリは結局止めたのか??』
突然もくもくと食べ始めたエドに訝しがりながらも、とりあえずロイも自分の皿と向き合った。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱ、オレには無理だ(涙)』
もくもくと昼食を食べながら、エドは心中でため息を付いた。
大佐を困らせ、更に虫も退治してしまおうと『仲良しv』な振りをすることにして、
とりあえず大佐の腕に抱きついてはみたが・・・・・・・・・・。
視線が合った途端、次にどうしていいやら分からなくなった。
フリとはいえ『好意が有る態度』など、これ以上どう現したらいいのか?
しかも、相手は『好き』どころか『大嫌い』な大佐だ。
これが別の奴なら、もう少し甘える振りくらいはできると思うのだが、如何せんコイツ相手じゃ難しい。
『うう・・・・・作戦失敗したかな。とてもコイツを好きな振りなんかできねーや』
諦めるか、とため息を付きつつ、チラリとロイの方を見た。
ロイが頼んだのは日替わりランチのA定食。
ポークソテーにポテトサラダとニンジンのグラッセ、ゆでインゲンなどがつけ合わされていて、
それにパンとスープと果物がセットになっている。
優雅にナイフとフォークを使いそれらを口に運ぶロイを、エドは横目でしばし観察した。
『けっ、食べ方までスカしてやがる・・・・・・・・・って、あれ?』
目に留まったのは、ニンジンのグラッセ。
均等に平らげられていく食材の中で、それだけは手付かずで残っている。
『グラッセ、嫌いなのか?』
そう思いつつ更に観察すると、野菜スープの皿にも手付かずのニンジン。
これって、もしかして・・・・・・・・?
「大佐・・・・・・・・・・・・・ニンジン、嫌いなのか?」
ビクリ。
掛けられた言葉に肩を揺らした男は、次に眉間に皺を寄せてこちらを振り向いた。
「・・・・・・・食べられないわけじゃない」
「嫌い、なんだな?」
回りくどい言い方をする男に呆れつつそう返すと、ムッとした様子で睨んでくる。
「だから、食べられないわけじゃ無いと言ってるだろう!」
「でも、食べてないじゃん。
人にはいっつも牛乳飲めとか言うくせに、自分もダメな物あるんじゃないか!」
「君と違って全くダメというわけではない!・・・必要なければ食べなくてもいいという程度でっ」
「なら、食べて見せろよ?」
「今はそう言う気分じゃない」
「――――――――結局、食べられないんじゃね―か!」
ニンジン食べられねーなんて、子供かっつーの!
からかい口調でそう言うと、男は頬を引くつかせた。
『虫除けにはなんなかったけど、凹ませんのは成功だなー!』
こちらを睨みつける男を無視しつつ、エドは上機嫌でスパゲティの残りを平らげ始めた。
そして、最後の一口を飲み込んだとき―――――
「・・・・・・・食べてやろうじゃないか」
「は」
怒り交じりの低音に振り向くと――――
ロイは意を決したように、フォークにニンジンのグラッセを突き刺し、それを口元に運ぶ。
そして――――
「ほら!食べられただろう!!」
勝ち誇ったようにエドに向けてフォークを差し出して見せるロイ。
得意満面といった感じで見せ付けてはいるが・・・・・・そのフォークの先には、ニンジン。
だが、突き刺さったままのニンジンのグラッセの端っこに、ちょっとだけ噛みとった痕があった。
パタッ。
途端、テーブルに突っ伏すエドをロイは訝しげに眺める。
よくよく観察してみると、震える肩。
「・・・・・くっ・・・・・くくっ」
「鋼の・・・・・・・・・・・・・・(怒)」
「はっ、あははははっ!!!あははははははは―――――――!!!」
声を殺して笑っているエドに怒り交じりの声を掛けると、今度は盛大に笑い出す。
テーブルを叩きつつ笑い転げているエドに、ロイの額に怒りマークが幾つも浮かび・・・・・
「おい、いい加減にしないか!!」
とうとう耐えられなくなって怒鳴ると―――――
やっと笑いを収めたエドが、目尻に浮かんだ涙を指で拭い取りながら顔を上げた。
「お前が食べろと言うから食べて見せたのに、その態度はなんだ!」
「いや、ごめん・・・・・うん、オレが悪かった」
憮然と睨んでくるロイに、ククッと堪えきれない笑いで肩を振るわせつつ、エドは一応謝った。
確かに嫌いなものを食べるのは、その本人にとっては大変勇気がいる事だ。
自分もだいっ嫌いなものがあるので、その辺はよ〜〜〜〜〜く、分かる。
分かる、が―――――まさか、このいけすけない上司がこんな可愛い態度をとろうとは!?
嫌いなものに挑戦した勇気には敬意を表すが・・・・・・・まだとてもじゃないが、笑い足りない。(笑)
さっさとここから離れて思う存分笑おうと、エドは立ち上がって空になったトレーを持ち上げた。
「!?――――鋼の、ちょっと待て!」
笑われた仕返しをしていないというのもあるが、ここに来たのはエドを付回す輩に釘を刺すためだ。
その話をする前に行かれては困る!と思いつつ呼び止める、と。
エドは引き止めた男に振り向き、しばしじっと見つめてから――――腰をかがめた。
ぱくん。
小さい唇が咥えたのは、未だ持ったままだったロイのフォークに刺さった、ニンジン。
薄紅の唇がフォークからニンジンを抜き取ると、小さい口元がもぐもぐと動き、
そして、ロイの歯形がついたニンジンはこくんという音と共に、飲み込まれた。
その光景を、ロイは唖然と、外野は息を呑んで見つめる。
完全に飲み下すと、エドはまた姿勢を起して、ロイに向かって微笑んだ。
「アンタってさ、喰えないし嫌味だし・・・嫌な大人だけど―――――たまに、可愛いよな♡」
本当に可笑しそうにクスクスと笑って。
『残りは自分で食べろよなー』などといいつつ、エドはその場から去っていった。
残された男は、未だ唖然とその後姿を見送っていた―――――
『14も年下の子供に、『可愛いもの』扱いされてしまった・・・・・・・』
信頼する副官に『無能』呼ばわりされた時と同じぐらいショックである。
怒るよりも脱力しつつ、ロイはノロノロと姿勢を戻し、テーブルに向き直る。
が。
嫌な気配を感じて顔を上げると、そこには殺気だった複数の瞳。
ドロドロした嫉妬の視線に、一瞬目が点になる。
『どうしてくれるんだ、鋼の?』
意図したわけじゃないらしいが・・・・・結局虫除け代わりになってしまったじゃないか!
『むやみに周りを刺激するんじゃない・・・・・あの天然系豆アイドルめ。(怒)』
突き刺さる視線に盛大にため息を付きつつ、ロイはポケットから発火布の手袋を取り出したのだった。
******
「どう責任をとってくれるのだね?」
「・・・・・・・・・・・わりぃ」
自分を冷たく見下ろすロイに、エドは不本意ながらも小さく謝った。
が、そんなものでは全然機嫌が治るわけも無く―――――ロイはブツブツと文句を言った。
「ったく、自分の立場もわきまえずに、不用意な行動をするからこんな事になるのだ!」
「なんだよっ、オレは別にそんなつもりじゃ!!」
エドはカッとなりながらも、弁明した。
フォークのニンジンを食べたのだって、別に間接キスとかそんなアホな事を考えていた訳ではなく、
給食時間に、隣の子の食べられないものをこっそり食べてやる・・・そんな感覚だったのだ。
なのに、あの行為は多大なる誤解を生んだらしい。
「フン、最初は故意に人の事を虫除けにしようとしていたくせに?」
「うっ!!(バレてた!?)」
「全く厄介な事をしてくれたものだ」
ロイはむっつりと目を閉じて、腕を組んだ。
あの後―――――
殺気だった嫉妬の視線に晒されたロイは、発火布の手袋を嵌めて、その手を高々と上げて見せた。
途端、蜘蛛の子を散らしたように、集まっていた者たちが消え去った為、あの場は事なきを得た。
もちろんその後もここの司令官であるロイに表立って手を出せるものなど、この東方にいるわけも無く、
何事も無く、以前のように日々が過ぎていく――――――――筈だったのだが。
・・・・・・実は、あの事がきっかけで司令部内にある噂が広がった。
最初は、「軍部のアイドル!のエドワード・エルリックが、ロイ・マスタング大佐に惚れたらしい」。
次に、「エドの告白に、大佐もまんざらでは無いらしい」で。
そして最後は、「二人はとうとう恋人同士になったようだ」――――――だった。
エドが滞在していたこの3日間で噂はここまで進化した。
そこまでなら、この東方内のこと・・・・・と、無視してもいいのだが。
この噂はどこをどう流れたのか・・・東方だけに留まらず、軍部全体に広がってしまったらしいのだ。
セントラルの将軍から『本当なのかね!?』と電話で問い合わされた時は、目が点になった。
――――東方のアイドルだと思っていたのだが、どうやらエドワードは軍部中のアイドルだったらしい。
それ以来、ロイは自分より階級の下の者からは、恨みがましい視線を送られ、
階級が上の者からは、真実を追究されたり、嫌味を言われたりし続けているのであった。
「全く、私がこんな豆と付き合うはずがないじゃないか!!それを・・・・・・」
「誰が、豆かっっっ!!!」
「逆切れするんじゃないっ!誰のせいで被害を被っていると思っている!!」
「ぐっ・・・・・・」
エドも男と付き合ってるという汚名を着たという点では同じだが、
この場合、直接的な被害を被っているのは、ロイ一人だけなのだ。
エドもそのことを重々分かっているだけに、今回は黙らざるを得ない。
「・・・・・なぁ、これからどうすればいい?」
司令部回って否定して歩けばいいのか?
そう問い掛けると、ロイは首を横に振った。
「こういうものは、言い訳すればするほど噂に拍車がかかったりするものだ。
・・・・・・・『人の噂も七十五日』というだろう?ここは下手に動かない方がいい」
「うん・・・・・・」
「君、もうここを出るつもりだったのだろう?丁度いいから、今回はいつもより長く旅をしなさい。
そうだな、3・4ヶ月はここに近寄らないように。そうすれば噂などそのうち自然消滅するさ」
「え、でも・・・報告書とか、許可が必要な書類とかどうすればいいんだよ?」
「報告書は郵送したまえ。許可証も郵送できる物は送ってやってもいいし、
セントラル辺りにいる時はヒューズにでも頼んでくれ、訳を話しておくから。」
「・・・・・・・わかった」
「いいか?他の司令部に立ち寄って、噂の真相を聞かれた時は怒ったり暴れたりせず、
なるべく冷静に、なおかつ笑い飛ばすような余裕の態度で否定するんだ。そうすれば・・・・・」
ジリリリリン・・・
「私だ。・・・・・ヒューズ?」
突然鳴った電話に出ると、電話から聞こえるのは悪友の声。
『いよぅ、ロイ!お前とうとうショタコンホモに走ったんだってなー!』
「・・・・誰が、『ショタコンホモ』かーっ!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・冷静に否定しろよ」
人にアドバイスしたのとは全然違う応対をするロイに冷たい視線を送りつつ、
エドは深いため息を付いた。
そして、次の日。エドは弟と共に旅立って行った。
エドは、とりあえずうっとうしい軍部から離れられる事にホッとして。
ロイも、本人がいなければすぐに噂も立ち消えになるだろう・・・と、息を吐いた。
その時には思いも寄らなかった。
この後、『この噂』を自分達自ら、思いっきり”肯定する”事態になろうとは―――――――――
『アイドル・3』終わり。
新連載前フリ小説(笑)『アイドル!?』はこれで終わりです。
この事件を受けて、次の連載が始まりますv