「・・・それにしても、酷いじゃないか?エドワード?」
エドは預けていた頭を、起してロイを見つめた。
すれ違った心を告白し合い、誤解を解いて、改めてお互いの思いを確認した後の執務室。
エドは自分の椅子に座るロイの膝の上に、向かい合うように座らせられていた。
嫌だと暴れて抵抗したのだが、
「やっと思いが実ったんだ。この位は許してくれないか?」などと、
いつになく下手に出られ、その上蕩けるような顔で見つめられて。
その顔を見たら堪らない気分になり、つい頷いてしまったのだ。
最初こそ、緊張して身の置き場がないような気分だったのだが・・・・・
座るなり抱きしめられて、何度も口付けられて力が抜けた。
そのまま、頭をロイの胸に預けて大人しくしていると、何度も髪を撫でられる。
その気持ちよさに、うっとりと意識を飛ばしかけた時、先ほどの質問をされたのだ。
酔ったようにはっきりしない頭で、何とか問い返した。
「酷いって・・・・・なにが?」
ロイは、彼の髪を梳く手を止めて、彼の頭に口付けを落としながら、答える。
「プライス卿の前で、あんなに私のことを否定しただろう?」
「・・・あ―――・・・」
「だから、君の『好きな人』が自分だとは思いもしなかった」
かなりのショックだったんだよ?と、少し恨みがましい目で睨まれる。
「・・・・・仕方ねぇだろ。否定した後に、気付いたんだから・・・・」
「否定した後・・・・・って、確か伯爵が好きな人を聞いたのは、否定した直後じゃないか?」
「だからっ、伯爵に好きな人って聞かれた途端、頭の中にアンタが浮かんでっ・・・・っつ!」
そこまで言ってから、ロイの顔を見て真っ赤になり、その顔を隠すようにロイの胸に顔を埋めた。
「・・・・それは、嬉しいね」
伯爵に感謝しなければ・・・そう嬉しそうに笑うロイの声を聞きながら、
エドは、ますます自分の体温が上がるのを感じていた。
「恥ずかしい事・・・・言わせんなよ」
耳が熱い。きっと真っ赤だろう・・・・
恥ずかしくて顔が上げられずにいたのだが、顎に手を掛けられ上向かされて、また口付けられた。
深い口付けに驚いて抵抗するエドだったが、たちまち力が抜けてきて、後はされるがままに。
もう何も考えられなくなってから、やっとエドは解放された。
「も・・・・やめ・・・ろって!」
上がった息のまま、エドは抗議した。
睨みつけては見るものの、相手には全く通用していないようだ。
それもそのはず。
すっかりロイに翻弄されているエドの瞳は潤み、白い頬はほんのりと色づいて。
どこか扇情的な表情は、ロイを諌めるどころか、煽るのものでしかない。
それを、自身では全く気付かぬまま、エドは口を尖らせる。
「大佐だってさ・・・・酷いじゃん」
「ん?」
「セシルがオレだって知ってたんなら、そう言えよ!だから勘違いして、オレ・・・・・」
泣いたり、靴をぶつけたり・・・あの時の醜態を思いだし、口ごもる。
「ああ・・・それは私としても失敗したと思っているよ。すまなかった」
ロイは素直に謝罪してくる。
ちゃんと言うつもりではいたんだがね。
そうバツが悪そうにロイは言った。
「君に好きな人がいると聞いて、余裕がなくなってしまっていたんだな・・・」
その時を振り返りながら、ロイは自らに行動に苦笑いを浮かべる。
本当に、あの時は余裕がなかったのだ。
彼の正体を知っていると告白するのを忘れるくらい、思考が止まってしまっていた。
その位、衝撃的だったのだ―――――
改めて、彼の存在が自分の中でどれほど大きいのか、思い知らされてしまう。
「でも・・・・・君のあの行動が、ヤキモチからだなんて、思いもしなかったよ?」
決して泣かないはずの、君の瞳から流れ出た、透明な涙。
「や、やき・・・・?!そ、そんなの妬いてなんかない!!」
「じゃあ、どうしてあんなに怒ったんだい?」
「う・・・・・」
「去り際に『会ったばかりの女にも言うんだ?』と叫ばれた気がするんだがね?」
「・・・・・・」
「つまり、君は私に・・・・・・・」
―――自分以外に『愛してる』と言って欲しくなかったんだろう?―――
それをヤキモチ・・・『嫉妬』というんだよ?
そう耳元で囁くと、ビクッと体を震わせて、潤んだ瞳で睨み上げてくる。
その顔は、首筋まで朱にそまっていて。
ロイは、そんなエドを見て微笑むと、その頬に手を添える。
そして悪戯っぽく笑うと、頬から肩、背中、腰、そして太ももへと手を滑らせた。
エドはギョッとして身じろぐ。
「ば、馬鹿!!妙なとこ触んな!!!」
エドの抗議に、ロイはしぶしぶ手を止め、目じりに口付ける。
そして、またエドの頭を引き寄せ自分の胸に持たれかけさせると、再び髪を梳きだした。
ロイの手が止まったのを見て、エドはホッと胸を撫で下ろす。
もちろん、自分は彼が好きだ。
それを自覚した為に、こういう展開になったわけで・・・
だけれど、その思いを自覚したのは、つい一昨日で。
しかも今までまともに恋愛経験もない自分。
こういった甘い雰囲気は慣れていない上に、大の苦手なのだ。
それなのに、熱っぽい視線を向けられて、性急に求められて・・・頭がついていかない。
腕には自信があるのに、こういうときには丸っきり役にたたないと知った。
『だって・・・・・見つめられただけで、体が動かなくなっちまう・・・・・』
彼の漆黒の瞳は吸い込まれてしまいそうで。
嫌味っぽい笑顔がついているならいざ知らず、あの眼差しに熱が加わったら・・・・
心臓、バクバク。意識、朦朧。
触れられた時には、頭真っ白。である。
しかも流石に慣れていて・・・・・認識する間もなく、そんな状況にもちこまれている。
その辺に少し面白くないものを感じながら、どうする事もできず、ただ流されそうで、怖い。
大体、今まで彼のこんな顔を見たことなど無いのだ。
元々美形なのに、それになんだか艶が加わって、心臓に悪い事この上ない。
『これ以上なんかされたら、マジ、死にそう・・・・・・』
いつまでたっても落ち着かない鼓動と、上がりつづけている(ような気がする)血圧。
・・・・・慣れてないんだから、もう少し手加減してくれ!!
そう思いながら、この体勢から解放してくれ・・・と懇願する。
「な・・・もういいだろ?降ろしてくれよ・・・」
「そんなに嫌なのかい?」
「嫌って言うか・・・・・ガキじゃないんだから、だ、抱っこってのは・・・・・」
「何を言う?子供にこんな事はしないよ?」
ちゅっ、とまた軽く口付けられて、エドは再び真っ赤になる。
「・・・っつ!!だから、もうやめろって!!」
「どうして?」
「どうして・・・って、誰か来るかもしんないだろ?」
「ここは、私が許可を与えなければ、誰も入ってこないよ」
ここに、私の許しも得ず入ってくるのは、君ぐらいだよ?
そう言ってロイは笑う。
それでも、エドは気が気ではない。
だって、そろそろ昼休みが終わる時間だ。
そしたら、彼の副官のリザがこの部屋に仕事を持ってくるだろう。
こんな所を見られたら・・・と思うと落ち着かないのだ。
「いいから、もう・・・!!」
降ろせよ?!そう言おうとした時
コンコンと、扉をノックする音が聞こえて、ギョッとする。
「大佐、ホークアイです」
『ほら!!やっぱり中尉が来ちゃったじゃないか〜〜〜〜〜?!』
内心焦りながら、それでもさっき大佐が言った通り、大佐が入室を許可する前は入ってこないだろう。
大佐が彼女を待たせておいている間に、膝から降ろしてもらえばいいのだ。
当然、ロイが『少し待て』と言うだろうと思いながら彼を見上げると、
ドアに目をやったまま、ロイの発した言葉は、あろうことか・・・・・
「入れ。」
「!!!」
あまりの言葉に、二の句が次げずに口をパクパクされるエドに、
ロイはそれをチラッと眺めると、ニヤッと笑ったようだった。
「失礼します・・・・・あら?」
来ていたのね、エドワード君?
そう中尉に微笑まれるも、エドは今だ、口もきけない状態である。
ただ、顔を真っ赤にしたまま、目を見開いて固まってしまっていた。
そんなエドに、リザはクスリと笑うと、ロイの方に向き直った。
「おめでとうございます・・・と申し上げた方がよろしいでしょうか?」
「ああ、ありがとう。中尉」
「な・・・・?!」
何でそんなに冷静なんだ?!
おめでとう・・・・って、なにがめでたいの?!
リザの言葉に、エドの頭の中はパニック状態である。
でも、混乱しながらもエドは色々と思考を巡らせる。
もしかして、オレが子供だから・・・抱っこされてるのに違和感が無い?!
いや・・・子供とはいえ、オレは15。
しかも大佐は家族とかじゃないし・・・あるだろ、違和感?!
ぐるぐると考えていると、大佐が可笑しそうに声を掛けてよこす。
「何を百面相しているんだ、君は?」
「だ、だって・・・・・」
チラ、とリザを見あげると、優しく微笑まれる。
「こ、こんな妙なとこ見られて・・・・その・・・・・」
恥ずかしくて俯くと、やさしく声をかけられる。
「気にしないで。どうせ大佐の我侭でしょう?」
両思いになった途端これじゃあ、大変ね?
苦笑交じりに言われ、やっぱり『子供だから』と思っている訳じゃないのがわかった。
「そうそう、気にするな」
「アンタがいうなっ!!」
一発殴ってから、今度こそその膝の上から下りて、素早く離れてリザの元に行く。
ロイは殴られた頬を擦りながら、残念そうにそれを見送った。
「・・・・・驚かないの?」
「大佐があなたに好意を持っているのは、知っていたから」
「え・・・・?!そうなの?」
「そうなの・・・・・って、所構わず口説かれていたじゃないの」
アレでわからない訳がないわ。・・・大佐の側近は皆知ってるはずよ?
クスクスと笑われて、顔が赤くなる。
何?じゃあ・・・・冗談だと思ってたのって、オレだけ・・・?
だから、その・・・・おめでとう・・・なのか・・・(赤面)
知ってたのはわかったけど、
「あの、反対しないの?」
「本当は、反対したいところなのだけど、ね」
「・・・・・」
やっぱりそうだよな。
オレ、自分の事ばかり考えていたけれど・・・
大佐だって、オレと付き合うのはリスクがあるんじゃないだろうか?
男同士だし、オレはまだ未成年。
後ろ指を差されるだけでなく、バレれば罰せられる関係なんじゃ?
法律には詳しくないけれど、たぶんその時制裁を受けるのは、自分ではなく大佐だろう。
軍人、しかも上を目指している彼には、リスク以外の何ものでもない気がする。
無能とかいわれつつも、側近達は皆、大佐に心酔して付き従っているのを知っている。
その筆頭が彼女だろう。賛成な訳が無い。
「ごめん・・・・・・」
「両思いっていうなら、仕方ないわ・・・ちょっと悔しい気もするけれど」
「!?」
悔しいって・・・まさか中尉も大佐の事・・・?
そう思って、ハッと顔を上げると、続けられて言葉は予想に反して。
「あなたが大佐のものになってしまうのは、残念だわ」
滅多にないほど将来有望なのに、勿体無いわ・・・とリザはため息を付く。
「え?」
悔しいって・・・・・大佐をオレにとられたのが悔しいんじゃなくて、
オレを大佐にとられたのが、悔しいの??
混乱したように、目を白黒させているエドに、リザは微笑む。
「あなたには、こんなサボってばかりの大佐より、明るくて可愛い女の子の方が似合うのに・・・」
もう一度『残念だわ』と軽く首を振りながらリザは言った。
「それは・・・・ちょっと酷くはないかね?」
ロイは顔を引き攣らせながらそう言い募る。
「でしたら、これからは素行を改めてくださいね?」
ピシャリと容赦なく言われ、午後の分の書類の山を目の前に置かれて、ロイはため息を付いた。
「エド君、後でお茶とお菓子を持ってくるわね?」
ゆっくりしていって?そう微笑まれる。
「・・・・ありがとう、中尉」
その綺麗な笑顔に少々赤面しながら、エドは素直にお礼を言った。
退室していくリザの後姿を見送った後、ロイは面白くないような口調でエドに声をかける。
「君は、中尉には素直なのだな・・・・・・」
私にはいつも憎まれ口ばかりなのに・・・・そうぼやくロイに舌を出してみせる。
「日ごろの行い、だろ?」
先ほど腕の中にいた時の可愛らしさはどこへやら?
いつもの調子に戻ってしまったエドに、ロイは不満そうに立ち上がって側に行く。
「な、なんだよ?」
思わず後ずさるエドを捕まえて、また腕の中に囲う。
「私以外の者に微笑まれて赤面するのは、許せないね」
そう耳元で囁くと、エドはピクンと体を揺らした。
「大佐って・・・・・結構ヤキモチ妬き?」
「嫉妬深い男は嫌いかい?・・・・だが、君限定だよ」
今まで『少しは妬いてくれてもいいじゃない!』と言われた事はあっても、『ヤキモチ妬き』とは言われた事がないからね?
そう意味深に笑うロイにエドはカチンとくる。
「ふ〜ん、まぁ、焔の大佐はモテモテだそーだから、一人に固執しなくても次々寄って来て嫉妬なんぞする暇もなかったんだろっ!」
皮肉を込めてそう言ったのだが、返って来たのは満面の笑顔。
「それも・・・・・ヤキモチかな?」
「なっ!?・・・違うだろっ、嫌味だ嫌味!!都合よく解釈するな〜〜〜〜〜〜!」
「嬉しいよv」
「だから、違うつってんだろ!アホ大佐!!」
「愛してる、エドワード・・・・」
「・・・・・人の話、聞けってば・・・・・」
愛しげに、またこめかみの辺りにキスを落とすロイに赤面するエド。
な、なんて恥ずかしい奴なんだ?!
どうして、恥ずかしげもなくこんなにサラッと言えるんだ!!
・・・・・これから、ずっとこの調子なんだろうか・・・・・・・・?
耐えられるかな、オレの心臓・・・・・?!
想像して、エドは赤くなった後、青くなった。
「・・・オレってば、やっぱ早まったかなー?今なら、なかった事になんないかな?」
ブツブツと爆弾発言を呟いているエド。
そんなエドを見て、ロイはフッと不敵に笑うと、おもむろに彼を抱き上げた。
「うわっ!!なにすんだよ、離せって?!」
いわゆる『お姫様抱っこ』をされて、今度こそジタバタと暴れだす。
だが、ロイはエドを抱いたまま、また自分の椅子に戻って座ってしまった。
『またかよ〜〜〜〜〜〜〜〜///』
またまたロイの膝の上に座らせられてしまったエドは、泣きそうである。
だが、そんなエドの心中を知ってか知らずか、ロイはエドの腰にしっかりと片腕をまきつけたまま。
そして、何を思ったのか、ひょいとエドの右足からブーツを脱がすと、床に落とす。
「ちょっ、大佐、何やって・・・・?!」
「・・・・・今更、なかった事になど、させないよ?」
「へ?」
引出しから取り出したのは、水色のハイヒール。
それをエドの足に履かせる。
「ぴったり、だね?」
「これって・・・・・」
なんで、ここに?!・・・見覚えのある靴に、エドは少々面食らう。
「シンデレラが落とした靴を拾った王子は、私だからね?もう、離してやる気などないよ」
「誰がシンデレラかっ///?!・・・って言うか、自分で王子とかいうなっ!」
赤くなりながら、怒鳴るエドにクックッとロイは喉で笑って。
そして、抱きしめた――――――
「私のものだ、エドワード・・・・もう、離さない」
「・・・たい、さ・・・・・」
ロイの顔が下りてきて、こつんと額同士をあわせられ
間近に見える漆黒の瞳は、愛しさと情熱を湛えていて
『あの夜と、同じだ・・・・・・』
見つめていると吸い込まれそうな、漆黒の瞳。
「・・・シンデレラと王子は末永く幸せに暮らすと、昔から決まっている」
観念したまえよ?
そう笑う大佐に、オレも笑い返して。
「・・・メルヘンな29歳って、どうかと思うぜ?」
相変わらずの、可愛げのない軽口を返した。
「酷いな」
そう苦笑する大佐の声を聞いて、可笑しくなる。
そして、2人でまた笑いあって、どちらからともなく口付けた――――――
色々と、考える所もあるけれど
永遠の幸せなんて、想像もつかないけれど
今は、ただこの幸せに浸っていたい・・・・・・そう思いながら。
『シンデレラの夜』・・・・・・終わり
終わった、終わったよ〜〜〜〜〜〜!!(号泣)
ホント、予定外に長くなってしまった、この話。
途中で『ちゃんと終われるのか?!』と不安になったりもしましたが・・・・・(苦笑)
何とかシンデレラ物語と絡ませられながら、終える事が出来ました。
(最終話、自分で書いてて砂糖吐きそうになりました・・・・裏にいくようなものは書けないので、表に置けて、あまあまになるように頑張りました・笑)
この話を書いてから、私の拙いロイエド小説を<読んでくださる方も増えて、自分的にも思い出深い作品になりましたv
ダラダラと長いこの物語に付き合ってくださった方に、感謝致します!ありがとうございました♪