会った時から惹き付けられた――――

でも、そんな気持ちを無意識に否定して。
しかし、そんな押えがいつまでも続くわけがなく。
自覚してしまったら、あっと言う間に溢れ出し、
押さえも自制も効かない思いに、陥落するしかなかった。

心が決まれば、後は君を求めるだけ。

君を驚かせてしまわないように、この愛しさを少しづつ伝えよう。
大切に、大切に、大切に。
だが、そんな気持ちが一瞬にして粉々に砕け散る・・・・・・
君のたった一言で、胸の中にしまいこんだ凶暴な自分が覚醒する。
自分の中に巣食う、黒いモノ。



―――ユルセナイ、キミガホカノダレカヲオモウナド――――




シンデレラの夜・19



ロイは、眼前に広がる闇を、ただ見つめていた。
この闇は、今の自分の心の中を映しているようだ・・・と思う。
好きな人がいるという、君。
それを聞いて、逃げ出した。
問い詰めたい気持ちと、
聞くのが恐ろしいような気持ちとが入り混じり、ついとってしまった行動。
そして、実はもう一つ―――奥の方に、首をもたげたモノから君を守る為。

こちらに来ないで欲しい。

今、君に何かを言われたら、とんでもない事をしてしまいそうだから。
それを押える自信がないんだ。
だから、今はここに来ないでくれ。
ロイは、瞳を閉じて、そう懇願した。

だが、その願いが叶わなかったことを知る・・・・
近づいてきた足音は戸惑ったような音をさせながら、止まった。



「マスタングさん・・・・?」

遠慮がちな声に、自嘲的な笑みが一瞬ロイの口元に浮かんだ。

『マスタングさん・・・か』
心が冷えていくのを感じながら、ゆっくりと振り向いた。
君が、息を飲むのがわかった。
無理もない・・・・・・・
今の私は恐ろしい顔なのだろう?
・・・・・君を怯えさせたくなんかない。
だが、とても笑えそうにないんだ。

お願いだから、それ以上近づかないでくれ。

だが、2度目の願いもあっさりと破られる。

「あの・・・・・どうか、したんですか?」
また、少し近づく君。
「どうか・・・・・とは?」
「えっと・・・なんだか急に外に出て行ってしまったから・・・・」

『私が何故部屋を出たか、君は分からないんだね。』
また一つ、腹の中に黒いものがたまる。

事あるごとに、君に『愛してる』と囁いてきた。
君を驚かせたくないから、君が怯えたそぶりを見せると、冗談っぽく誤魔化してはいたけれど。
それでも、いつか君が俺の真意に気付いてくれるようにと、気持ちをこめて。
君に愛を囁きつづけてきた。

だが、君には全く伝わっていなかったらしい。

君に愛を囁いてきた男の目の前で
『好きな人』とやらの存在を認めたのに
その男が、何故動揺しているかが分からないなんて
鈍すぎるのにも、程がある。

「先ほど言ったことは、本当ですか?」

いまだ、私が騙されたままだと思っている彼に、皮肉を込めて、騙されたままの口調で聞いてみる。
「伯爵様の話を断る為だけではなく、本当の気持ちですか?」
いつ本当の事を言ってやろうかと思いつつも・・・・・期待した。

『ああ、アレはあの場の言い逃れで・・・』

君に、そう答えて欲しかった―――
なのに、君の口からでた言葉は、君のものとは思えないほど、短く素直な肯定。

自分の中の、何かが切れた――――――。



*****



君を引き寄せ、身動きが叶わないほどきつく抱きしめて
責めるような、懇願するような、そんな口調で問いただす。
もう、ここがどこだとか、格好がどうだとか。そんなことは頭の中に存在しなかった。
それでも答えず、ただ怯えたように震える君に、残っていた僅かな理性も飛んでしまう。

無理矢理口付け、驚いた君を更に貪る。
きっと、こんな経験など、まだないのだろう。
息をする事さえままならない君は、解放した途端、崩れ落ちた。
それさえも許せず、抱きとめてまた腕の中に囲う。

「私では・・・・・・だめか?」

いつもの私を知っている者は、驚愕するだろう台詞。
だが、計算も戸惑いもなく、そんな懇願が自然と口から滑り出た。

「君を・・・愛してる」

いつも、冗談めかしていっていた台詞を、祈るような気持ちで口にした。
この気持ちが君に伝わるようにと、きつくその体を抱きしてめて・・・


―――その時、二人の間を一陣の風が吹き抜ける―――


突然、我に返ったように、君は私の束縛を振り払った。
よろけた体をなんとか起し、君を見つめてハッとする。

その瞳から流れるのは、透明な涙。

『そんなに、嫌なのか?』

けっして泣かないはずの君の涙に、絶望感が押し寄せてくる。
だが、君が叫んだ言葉は、軽蔑したような台詞。

「会ったばかりの女にも言うんだ?!」

会った、ばかリの・・・・・女?
そこでやっと、君の正体を知っていることを伝えないまま思いをぶつけていたのに気が付いた。
種明かしをしようと思っていたのに、君の肯定に理性が飛び、そのままだったのだ。
君に好きな人がいようとも、私が本気で愛しているという事だけは伝えたい。
この誤解だけでも、解かねば!!

「待ちなさい!」

逃げる君を追いかけて、書庫の中を走る。
ヒールでは走れない。追いつける!!・・・・・そう思った時、額に鈍い痛みが走った。
あまりの痛さに、思わず立ち止まり、額を押える。
それでも何とか顔を上げると、彼は既に入り口の外まで逃げていた。
入り口のところで振り返った彼が、吐いた棄て台詞は、

『大嫌い』

その言葉が重石となったように、それ以上追いかけられずに、ただ立ち尽くす。
彼が走り去る音が、遠くなっていく・・・・。
俯いた時、視界に入ったのは、華奢な水色の靴。それに手を伸ばす。

まるで、先ほど戯れに持ち出した、物語のようだ。
靴を片方だけ残して、走り去る・・・・・・・・・シンデレラ。
ただ、落としていったのではなく、渾身の力でぶつけられた物だが・・・・

でも・・・・・君らしい―――

そのまま、ドサリと椅子に腰掛けると、ロイは目を閉じた。
まるで、体が鉛のように重かった―――――



*****



東方司令部の執務室。

ロイは、いつもの椅子に座って、ぼんやりと手の中の物を見つめていた。
それは、水色のハイヒール。
エドが、あの夜残していったものだ。
それを持ち帰り、執務机の引き出しに忍ばせているなど、女々しいのもいいとこだ。
だが、とても捨てる気にはなれない。
ロイは、深いため息をついた。



あの後、怒った様子のプライス卿に、なにやら少し責められたが・・・・・
なんだか、よく覚えていない。
一つだけ覚えているとすれば

『君は、女性の扱いに慣れている筈だろう?何故、彼女をあんなに怒らせたのだ?』

という、私を責める言葉。
それに、私はなんと返したのだったか・・・・・?・・・・ああ、

『・・・経験など、何の役にも立たない時もあるんですよ』

――――だっただろうか?
だってそうだろう?
女タラシと言われようが、幾人の女性と付き合って来ようが
『愛した人』はいなかった。
そんな私が、どうしようもなく、彼に溺れてしまった。
本気の恋の前では、今までの経験も、今までの手管も、何の意味もなさなくなってしまった。
狂おしいほどの愛しさが、私の理性を麻痺させる。
彼の前では、私は恋を知った、ただの男に成り下がってしまうのだから・・・・・

返した言葉は一言だったのに、卿は、それ以上何も言わなくなったのだったな。
私としたことが、とんだ醜態だと思う。
それでも、どうしようもなかった。そのぐらい堪えていたのだろう。

その後、そのまま伯爵の前から辞して、宿泊予定だったホテルも引き払い、最終列車に乗り込んだ。





イーストに帰ってからも、仕事が手につかず、あの日のことを考え続けている。


あの時、やはり追いかけるべきだったろうか?
追いかけて捕まえて・・・・・・・・
あの言葉は紛れもなく『エドワード』へ向けての言葉だったと、誤解を解くべきたったかもしれない。

それでも、やっと冷えてきた頭で考えると・・・・・・
君の好きな人。
あの時は、思いつきもしなかったが・・・・・あの少女なのではないだろうか?

君の幼馴染の、金髪の少女。

本人とは殆ど話した事もないが・・・・・健康的に美しい女性だった。
自分の昔話など特にする事もない君が、彼女の事だけはよく口にしていたように思う。
乱暴だとか、色気がないとか、憎まれ口を叩いていても、そこには情が感じられた。
それを勝手に、友情か、家族への情かと思っていたのだが・・・・・違っていたのかもしれない。
目を瞑り、二人の姿を思い浮かべる・・・・・
それは、微笑ましい幼馴染の恋人たちの姿。

『今は、鋼のの方が少々背が低いようだが・・・・・・』

もう、数年もすれば、彼の背も伸びてバランスがとれるようになるだろう。
そうなれば、ますます似合いの二人になるに違いない。
気心が知れた彼女には、君も素直な態度をとるのだろうか?
いや、意地を張っても、『しっかり者』だという彼女は、優しく受け止めて・・・・・・

皺が寄ってきた眉間を隠すように、手で顔を覆った。

『あんな、可憐な少女にまで嫉妬するなど、本当にどうしようもない・・・・・』

ここは、引くべき・・・・・・・なのだろうな。
どう考えても、私より彼女の方が似合いだろう・・・
誰にも、渡したくはない。
だが君の幸せは、私ではなく、彼女の隣だろう。

幸い、君は私がセシルの正体を気付いていないと思っているようだし。

このまま知らぬ振りをすれば、彼にとってあの夜の出来事は、
『女タラシが、たまたま会った少女を口説いた』だけであり、
いつも、私が君に口説き文句を言っていたのは
『大佐が、オレをからかって遊んでいるだけ』
ということになるだろう。

少々、軽蔑はされるだろうが、今までの関係はそう大きく変わる事はない。
国軍大佐と国家錬金術師という関係は、変わりようがないのだから。
今まで通り、君は私のところへ、報告がてら新しい資料をねだりに来て、
私は、それの等価に色々仕事を押し付けて。
君は相変わらず、不遜な態度で憎まれ口をきき、
私はそれに嫌味で返して、やり込める。

今までと変わらない、関係。

君にとっては、それが一番いいんだろう・・・・・・?



だが、この私の胸の苦しさを、消し去る事ができるのだろうか・・・・・?
次に君がここを訪ねた時、先ほどの気持ちを胸に、自分を抑えて語りかけられるだろうか?

自信が持てない・・・・・・そう思った時、小さくドアをノックする音が聞こえた。

ハッとして、それから手に持っていた靴を、また引き出しにしまい込む。
入室を許可すると、遠慮がちに開けられたドアから現われたのは、君だった。

「鋼の・・・・・」

まぼろし、かと思った。
だが、それは紛れもなく本物で。
何故、彼が?!しばらくここには近寄らないと思っていたのに?

だが・・・よく考えてみれば。

彼にとっては、あの夜のことはそれほど気にする出来事でもないのだろう。
何しろ、彼にとっては私がいつものように『女に声を掛けただけ』の出来事になっているはずだ。
もちろん、抱きしめて、キスしてしまったし、彼もそれに驚いたのか涙をみせてしまった。
その事への気まずさはあるだろうが、私が気づいていないと思えば、気に病むほどではない・・・か?

話をしてみると、どうやら靴をぶつけたのを気にして来たらしいことが分かった。
彼が少しでも、自分を気にかけていることが、嬉しい。
だが、それは罪悪感だけであろう。
苦い思いがこみあげてくる。

「ところで・・・今日は何しに来たんだね?見ての通り忙しいんだが?」

わざと、突き放すような言い方をして、書類に目を落とした。
彼はそんな私に腹を立てて、帰ってしまうだろう。
だが、そのほうがいい。
そして、彼は彼女のもとにいくのだろう・・

そう思っての態度だったのに・・・・・・ 彼の口から出た言葉は、挑発するような台詞。


『人の気も知らないで・・・・』

何を思っての態度かわからんが、これ以上俺を挑発するな!
そう憤る気持ちを押えて、投げやりに受け答える。
そんなやり取りが続いたのちに、小さな包みが投げてよこされる。

『コレ、礼だ・・・・・打ち身に効くんだと。たまたま持ってたから、やるよ。』

そう言って立ち去ろうとする彼を、少し呆然と見つめて―――
次の瞬間、引き止めていた。

「リゼンブールに帰るのかね?・・・告白をしに」

やはり、どうしても聞きたかった。
『そうだよ』
そう、返されるだろうと思い、身構えるる。
しかし、君の返した答えは

「えっ・・・?ちげーよ・・・・」

呆然とした。
彼女なら仕方ない。そう思って諦めかけた思いにまた焔がつく。
問いただす私から逃げようとする彼を、力ずくで押さえつける。
責めるように問う私に、君が口を滑らせた一言が、私を愕然とさせた。

「奴?・・・・・まさか男じゃないだろうね?」


ロイの問いかけに動揺するエド。ロイの瞳が見開かれる・・・・・・


男だろうと女だろうと、誰にもエドを渡したくは無かった。
・・・・・だが、彼も男だ。
まともに女性を好きになったのなら、彼のためにはその方がいいこともわかっている。
誰にも渡したくない。
でも、彼の幸せを思うと、引くしかないとまで、思った。

それなのに、男だと?!

女性だと思ったからこそ、手を引く覚悟をしていたのだ。
男なら、自分と同じ条件。遠慮などする必要など無いではないか!!

―――自分の目の色が変わるのを、自覚した―――

「そいつの名前を言え。・・・・・焼き殺してやる」

怯えて震える君を見とめても、抑えることが出来なかった。
身動きが叶わないほど抱きしめて、あの夜のように、思いをぶつけてしまう。

「エドワード、愛してる」

彼は、息を呑んで・・・・・・そして、瞳を閉じた。
どの位そうしていたのだろうか、抵抗を止めていた彼が、ゆっくりと胸を押し返してくる。
『やはり駄目なのか・・・?』
苦い思い出見つめたその顔は、泣き笑いの顔で・・・更に、残酷なことを告げてくる。

―――好きな人は、軍の人。あなたは彼を燃やす事など出来ない。―――

目の前が暗くなるのを感じながらも、その名を聞かずにはいられなかった。
言い募る私に、苦笑する君。

そして、あのクイズ。

ヒントで自分と分かっても、すぐに信じられなかった。
わざとハズすと、君は怒ったように掴みかかってきて、

―――――そして、疑いようも無い答えをくれた―――――

口付けて・抱きしめて・・・・・・・・・君も抱き返してくれて。




――――――そして、切ない片思いは終わりを告げる
             腕の中に残ったものは、金色に輝く温もり――――――



『シンデレラの夜・19』




やっと終わった、大佐サイド!!・・・・・・長かった(苦笑)
次こそ、ラブラブ(?)エンドに持っていきたいです!!



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