あっさりと彼の側から離れる振りをする。

彼が緊張を解いたのを見計らって戻ると、まずは、姫君にするように手の甲に口付けた。

・・・その後、少々図に乗って抱き寄せてしまったのは、仕方のないことだろう?

だって、あの反応は可愛すぎだ!



・・・よって、アレは君のせい。



シンデレラの夜・18



抱きしめてしまったものの、もちろんこのままどうこうしようというわけではないから、
誤魔化す為と、彼の反応が楽しみなのとで、名前を聞いてみる。
中々言わない所をみると、どうやら考えていなかったらしい・・・・

『仮にも、変装して潜り込むなら、偽名くらい考えておきたまえよ・・・』

大人を降参させるぐらいに頭がいいのに、やはり子供と言う事か・・・
ここにいれば伯爵に会うだろう。自分の名前でつまっていたら、不審過ぎだ。
内心ため息をつきながら、考えさせる為にちょっと突付いてみる。
御伽噺を持ち出して甘い言葉を囁くと、盛大に反応してくれる。
彼が絶対嫌がるだろうと、その主人公の名前で呼んでみると、案の定慌てて・・・・・
やっと何とか、適当な名前をひねり出したようだ。
言われた名前は、思いのほか可愛い名前。
身近に思い当たらないところをみると、彼の故郷の友達か、はたまた旅の途中で知り合った人か?

・・・・・・・なんとなく、面白くない。

が、それを表に出す事はなく(少し間が開いてしまったが・・・)ニッコリと微笑んだ。
「可愛らしい名前ですね」
そういってから、資料検索の為に、ロイは踵を返して本棚に向かった。
本を手に取りながら思う。

『セシルとは、誰なんだ?鋼の・・・・・!』

自分から聞いたくせに、自分の知らないところでエドが会っただろう女性を思い、
ロイは内心でふて腐れていた。
大人気ない大人は、それでも何とか資料検索をし始めたのだった。



*****



検索し、少したまるとエドワードが本を読んでいる机へと運ぶ・・・それを繰り返す。
自分が近づき、本を置いても、気付かず本を読みふける君。
相変わらずだと苦笑した。
『これでは、突付いてムードを盛り上げる暇もないな』
だが、彼の必死な気持ちは知っているから、邪魔は出来ない。
パーティが終わり、この部屋を追い出されるまで、彼が本から顔を上げることは無いだろう。
・・・・・・結局、今日も甘い夜は無理らしい。
そうため息を付きながら、また資料検索すべく、書棚に戻ったロイだったが、

ふと、背中に視線を感じた。

本で顔を隠して、そっと自分を見つめる視線の先を窺う。
そこには、資料読むのも忘れ、ぼぉっと自分を見つめるエドがいた。
彼が読書の途中で他を気にするなど、滅多にないことだ。
しかも、なんだか呆けたようにこちらを見ているのに、体温が上がる。

『そんな視線を贈られると・・・・・・期待してしまうじゃないか?』

音を極力立てないように、彼の方へと少しずつ近づいてみる。
なのに、彼は何事かに心を囚われているのか、相変わらずぼーっとしている。
瞳は確かにこちらを見つめているのに、彼の脳内では別の映像が映し出されているのだろうか?

・・・・とうとう、目の前に来てしまった・・・・・

なのに、彼はやはり自分の瞳を見つめたままだ。
もう一歩近づけば、キスが出来る距離で体を止めた。

『やっぱり、心ここにあらず・・・・か』

そうでなければ、彼がこんなに自分を近づけさせてくれるわけが無い。
不意打ちでその唇を奪ってやろうか?
だが・・・そんなことをして、ここで暴れられて貴重な本を粉々にされては堪らない。
内心残念に思いながら、どこかに行ってしまっている彼の心を呼び戻す為に、口を開いた。

「そんなに熱い視線を送られると、さすがに照れますね・・・」
「!!!」

途端、彼は椅子から転げ落ちそうになる。
それをロイは咄嗟に支えた。
思いがけなくも、再び自分の腕に収まった小さい体。

「私のことを気にかけてくださっているのですか?・・・可愛い方だ」

これ幸いとばかりに口説き文句をいってみる。
そして、腕の中の温もりを抱きしめようか・・・とその顔を覗き込んでみると。

『?!』

彼の顔は、熟れたトマトのように真っ赤になっていた。
・・・・・・正直驚いた。
絶対に速攻で殴られるかと思ったから。
なのに、彼は小さな抵抗は示すものの、それ以上はしてこない。
というより、なんだか腕に力が入らないようだ・・・・・
もしや、私は・・・・・

『・・・・・本当に、期待しても良いのか?』

抱きしめようとした手を止めて、彼を椅子に腰掛けさせる。
そして、マジマジと彼を見つめた。
女装しているので、大人しくしているだけなのか?
それとも・・・・・本当に、私のことを気にかけてくれているのか?

検索の成果など聞きながら、ロイはエドを見つめる。
体を離されたのに、ホッとしたような顔をしながらも、エドもロイを見つめかえして。
そして、視線が絡まった。

もう少しで、彼の心が覗けそうな気がする・・・・・

そう、ロイが瞳をわずかに細めた瞬間、ドアが開く音がする。
現われたのは、ここの主人。プライス伯爵だった。

『残念・・・・だな』

エドワードの心を内を覗き損なって、ロイは内心ため息を付ながら、立ち上がった。
そして、顔に笑みを張り付かせて、伯爵に向き直る。

「これは、プライス卿。」



*****



エドワードとの仲を冷やかされたりもしながら、3人の会話は進む。
楽しげに話しながらも、彼を見る伯爵の視線になぜか嫌な予感がした。
予感的中、伯爵が1つ目の爆弾を落とした―――

「当家に嫁にきたまえ?」

伯爵の爆弾発言に、大声を出してしまうエド。
エドワードでなくても思わず叫びそうになるのを、ロイはすんでで飲み込んだ。

『なんてことを言いだすのだ、このオヤジはっ!!(怒)』

表情には出さないものの、内心では思わず怒りが込み上げる。
よりにもよって、彼に目をつけることはないだろう?
・・・・・まぁ、確かに・・・・彼は会場にいたどの女性よりも可愛らしいが・・・・

『やっぱり、君が可愛すぎるのが悪いんだ・・・・・』

ため息を一つ。
そして、不本意ながら伯爵がエドワードを口説くのに聞き耳を立てた。

聞いてみて、こんなパーティを開いた伯爵の意図がやっと分かった。
エドワードに声をかけたのは、単に可愛いからだけではないらしい。
器量が良くて、錬金術について詳しい知識を持っている、息子の年齢につりあう女性。
確かに、あまりいないだろう・・・・・・
しかも、エドワードが家名につられてきたわけではないというのが、余計に気に入っているようだ。
少々幼いが・・・それは時間が解決するし、化粧のせいか実際の年齢より今は上に見えている。
息子の意見も聞かずに話を推し進める辺り、かなり本気で気に入ったのだろう。
・・・・・まさに伯爵にとっては『理想の嫁』と言う事らしい。

でも、伯爵の願いが叶う事はない

こんな格好はしているが、彼は紛れもなく男性なのだから。
立て板に水の勢いで口説く伯爵に、エドの困ったような声が答える。

「・・・・・折角のお話ですけど・・・・」
「何故かね?マスタング君とは、なんでもないんだろう?」

こっちに話をふらないでくれ・・・・・
チラリと自分の方を見る伯爵にため息をつきつつ、内心でちょっとは期待したりしていたのだが。

「もちろんです!!」

・・・即答かい・・・・・
しかも、そんな大きな声で、キッパリ言わなくても(涙)
せめて、はにかむとか、言いよどむとか・・・少しくらい気を使うとか・・・
こちらを気にするようなそぶりは、幻だったのだろうか?
さっきまでの高揚した気持ちが、急降下していくのを感じながら、ロイは苦笑いを返した。
ロイが凹んでいる間にも、伯爵は諦めきれないらしく、本日2コ目の爆弾を落とす。

「それでは・・・・・誰か、好きな人でもいるのかな?」

その言葉にはっとして、ロイはエドを見つめた。
『そんな人はいない』
そう答えるだろうと想像して、彼の唇が言葉を紡ぐのを待つ。
それなのに・・・・・

――――彼は、一瞬呆けたような顔をした後、顔を赤くした――――

そのまま黙り込んで見る見るうちに真っ赤になっていく彼に、伯爵がため息混じりの声をかける。

「・・・・・どうやら、いるらしいね」
「・・・・・はい」

彼の返事に胸が苦しくなる

「たぶん・・・・・好きなんです」

その苦しさは、締め付けられるような痛みに変わる

「きっと・・・・・・」

そう言って俯くエドを見ながら、ロイは目の前が暗くなるのを感じた。



*****



彼の視線を逃れるようにバルコニーに、出てからどのくらいの時間がたったのだろうか?
随分と長い時間がたった気分だが、多分、そんなに経ってはいないのだろう。
バルコニーの手すりに、両腕を預けたまま、ロイは眼前に広がる薄暗い闇を見つめていた。
先ほどの伯爵とエドのやり取りが頭の中で、繰り返し浮かんでくる。

好きな人がいると言ったエドワード。
その者を思い出しているのだろう、彼の顔はみるみる赤くなって・・・
そんな彼を見て、堪らなくなって、ここに来た。

それは誰なんだ?
すぐにでも問いただしたかった。
それをしなかったのは、ここがプライス邸であり、プライス卿がいたからだ。
だが、伯爵が居なくなってからも聞けずに、逃げるようにここに来てしまった。
ショックが大きかったのはもちろんだが・・・聞くのが怖かったのかもしれない。
――――自分ではない、その名前を――――

「私では・・・・ないのだろうな」

苦々しい思いで呟く。
先ほど速攻で否定していたし?

そう口に出した途端、腹の中に黒いものが落ちる気がした。

『シンデレラの夜・18』




やっぱり終わらなかった・・・どうにもこの話は長くなる運命のようです(^_^;)
この小説『キザでカッコイイ大佐』を意識してたのに、大佐サイドを書いた途端木っ端微塵に(涙)
余裕こいた振りして、内心余裕の余の字もなかったみたいです(ヘタレだ・・・)



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