「最後のヒントだ!!これで外したら後がねーぞ?!」

噛み付くように言い放つ彼の言葉が、なぜかスローモーションのように、ゆっくりと聞こえる。

「国家錬金術師で、雨の日無能な・・・・」

クイズの答えが想像どおりだと知った途端、
無意識の内に彼の腕を引き寄せ、その唇を塞いでいた――――



シンデレラの夜・17



どの位そうしていただろうか?
・・・彼の唇を解放し、その体をきつく抱きしめてから、やっと絞り出した言葉は

『まるで、夢の中にいるようだ』

”女たらし”と噂されたこの自分が、
常に相手をクールにリードできるはずな自分が、
甘い言葉で、相手を虜にしてきた自分が・・・・・・・

ずっと追いかけていた子猫を手に入れて、最初に口を突いて出た言葉が、
恋を知ったばかりの少年の、のぼせ上がった頭に浮かぶような台詞なのには、我ながら笑える。
でも、仕方ない。
実際、今自分はとんでもなくのぼせ上がっているのだろうから。
そうでなければ、酔っ払っているわけでもないのに『ふわふわとした浮遊感を体に感じる』など、
説明がつかない。
このまま、空でも飛べそうな・・・・そんな気分だ。
そんな私を、彼はからかうでもなく、その金の頭を胸にすり寄せてくる。

幸福感が自分を包む。
眩暈のしそうなほどの、たまらない愛しさ。
エドワードが、自分の腕の中にいる。
その事実が、ただただ嬉しくて。
そっと、壊れ物を扱うかのように・・・・・大切に大切にキスをした―――――

『まさか、あの時セントラルに向かった結果が、こうなるとは思ってもみなかった・・・』
そうしみじみ思いながら、エドワードを再び抱きしめ、頭の上に唇を落とした。



*****



プライス卿と知り合ったのは、軍主催のパーティの会場だった。
気乗りのしないパーティだったが、出ない訳にも行かない。
『これも仕事』と割り切って、愛想笑いの安売りをしていた時だった。

「マスタング大佐、ちょっとこちらにきたまえ」
「は。」

東方の将軍に手招きされて近づいてみれば、将軍の隣には白髪混じりの紳士。
何度かパーティで来ていたのを見たことがある。確か・・・・

「これは、プライス卿。おいでになっておられたのですね?」

紹介される前に名前を呼ぶと、プライス卿は目を見張り、将軍は怪訝そうに見あげた。

「おや、顔みしりだったのか?」
「いえ、直接お話させていただいた事はありませんが・・・・ご高名はかねがね」
そう一礼すると、プライス卿は笑みを浮かべ、手を差し出してきた。
「レックス・プライスだ。」
「ロイ・マスタング大佐であります」
握手を交わすと、卿は可笑しそうに笑った。
「私を見知っていてくれたのは光栄だが・・・・・高名は君の方だろう?マスタング大佐」
「ご冗談を。・・・・・まぁ、少々悪名は高いかもしれませんが?」

レックス・プライス伯爵。由緒ある家柄の大貴族だ。
上層部のお偉方と交流があるだろう彼だ、ろくな噂は聞いていまい・・・
なにせ、自分はお偉方にえらく煙たがられているだろうから。
そう思いながら、少し皮肉っぽく返した。

「はは、そう身構えんでくれよ。・・・・・確かに色々と聞いてはいるが?」
「やっぱりですか?・・・・・自分は、可愛がられやすい性格のようで。」
含みのある言葉を、苦笑いで返すと、伯爵はまたも可笑しそうに笑う。
「確かに聞いてはいるが、それを判断するのは私だよ。鵜呑みにしているわけじゃない」
そういった後、伯爵は声を少し顰めた。
「・・・信用の出来ない相手が言う噂話を信じるのは、馬鹿らしいだろう?」
悪戯っぽくそう言う彼に、ロイは目を丸くした。
どうやら、自分の彼へのイメージは少々間違っていたらしい。
伯爵はロイの肩をポンと叩くと、将軍の方を振り返る。
将軍は伯爵に笑いかけると、こちらを向いた。

「彼は20年来の私の友人でな。信用できる男だよ」
まぁ、ちょっと変わり者ではあるがね。
そう、飄々と笑う将軍に、伯爵はわざと顔を顰めながら「あなたに言われたくないよ」と返す。
2人の気さくなやり取りに、本当に仲がいいのがわかる。
この将軍の友人と言うのであれば、あのタヌキたちとは違う人種だろう。
ロイは内心、ホッと息を吐いた。

「実は彼も錬金術師でね」
「ええ、お噂は伺っています」
「君なら話が合うのではと引き合わせたんだ。話し相手をしてやってくれ」
わしは席を外さなくてはいけなくてね、頼んだよ?
そう言うと、将軍は伯爵と握手を交わすと、会場を出て行った。

パーティ会場の壁際にある椅子に、伯爵と並んで座り、錬金術談議に花を咲かせる。
将軍に言われた通り馬が会うらしく、2人の会話はとても弾んだ。
伯爵は上機嫌でロイをその日のうちに彼の屋敷に招き、ロイはそのコレクションを目の当たりにする。

『錬金術師として、これは感動せざるを得まい・・・・』

素晴らしい蔵書の数々を見て、ロイは感嘆のため息を付いた。
これは一度じっくりと読ませてもらいたい。錬金術師として心底そう思う。
それと同時に、もう一つの感情。

彼に・・・・・これを見せてやれたら。

ここに案内したら、あの金の子供も感嘆の声を上げるだろう。
瞳をキラキラと輝かせて、夢中で見て周り・・・
机に分厚い本を重ねて・・・・後は、呼んでも返事もしないに違いない。
容易に想像できて、ロイはクスリと笑った。
そして、伯爵に申し出る。

「プライス卿。このコレクションを後日、改めてじっくりと閲覧させていただけないでしょうか?」

ロイの申し出に、伯爵は微笑むと一通の封筒を取り出した。



******



招待状をもらって、ロイは再びプライス邸を訪れた。
仕事が詰まっていたのだが、無理を押してやってきたのだ。

「帰った後の・・・中尉が少々怖いな・・・」

だが、折角のチャンスを棒に振る気はなかった。
今日はとりあえず、どんなものがあるか検索して・・・・
いいものが見つかれば、彼の為に貸し出しを願い出てみるつもりだ。
いや、それよりも彼にも閲覧させて欲しいと願い出た方が早いかな?
それには、伯爵ともっと親密にさせてもらったほうが良い。
まずは、ご機嫌を伺わなければ・・・・・と屋敷の主人を探す。
歩きながら、苦笑する。
結局、あの子の為に来たのか、私は?
自分の研究の為でも、もちろんあるのだが・・・・・どうやらそれの方が二の次だったらしい。

まぁ、惚れた弱み・・・・・と言う奴だろう

14も離れたあの子が、どうにも愛しくてたまらない。
彼の笑顔が見れるなら、どんな事でもしてやりたいと思ってしまう自分は滑稽だろうか?
こんな自分は、今まで会ったことも見たことも無かったから、自分自身で困惑してしまうが・・・
それでも、そんな自分も『悪くない』と思ってしまう辺り、すでに末期だろう。
この感情に抵抗する気持ちは既になくなってしまった。
今は、素直に彼を愛しいと思う気持ちだけ。

『・・・・・彼にこれを告白すれば、「キモチワルイ」と顔を顰める事、請け合いだな。』

苦笑しながら、やっと見つけた伯爵の側に歩み寄った。

軽い挨拶の後、伯爵に一人の青年を紹介された。
ギルバート・プライス。伯爵の一人息子だ。
息子を紹介すると、『後でゆっくりと』と言い置いて、他の客の接待に伯爵は足早に立ち去る。

「お誕生日だそうですね?おめでとうございます」
このパーティは、確かこの息子のバースディパーティだったはずだ。
自分が蔵書目当てなのは、先ほど伯爵が説明してはいたが、祝いの言葉位は言うべきだろう。
そう思いながら、笑いかける。

「すみません、こんなパーティに招待されても、ご迷惑だったでしょう?」
父は少々強引で・・・と、苦笑しながらそう言う青年は中々の美青年だ。
年の頃は22・3といったところか?
栗色の髪と緑の瞳。
好青年といった印象の笑顔。

「いえ、招待を受けて光栄ですよ。確かに、蔵書を閲覧させていただく為に来たのですが・・・・・」
まさか、目の保養もさせていただけるとは思いませんでした。今日は『花』がいっぱいですね?
そう女性たちを方をみながら、悪戯っぽく言って見ると、ギルバートはクスリと笑った。

「・・・『花』はお好きですか?」
「美しい花を嫌うものなど、いないでしょう?」
それはそうですね。とギルバートも笑う。
「しかし・・・・・随分と女性が多いパーティですね?」
パーティには普通、パートナーを連れて出る事が多い。
もちろん、自分は『本の閲覧』が目的なので、連れなどいないが。
バースディパーティだから、この息子の友達かもしれない。
・・・・彼なら、さぞやもてるだろう。この女性に山もおかしくはない。
そう思いながら聞いてみると、彼は困ったような顔で笑った。

「・・・・・父のせいなんですよ」
「伯爵の?」
「私は友人達と楽しいパーテイがしたいだけだったのですが、父が勝手に妙な事を言い出しましてね」
「妙な事?」
「招待客以外の方も、今日は自由に出入りさせると言うのです。・・・条件付きで」
「・・・条件?」
「20代前半くらいまでの、独身女性。」
「・・・それはそれは、つまり選り取りみどり・・・・というわけですかな?」
「まぁ、そうです。父はどうやら私の伴侶を探すつもりらしいですね?」
彼はそう言って、ため息を付いた。
少々、伯爵の行動に呆れているらしい。

「しかし・・・・・あなたなら、伯爵が気をもまなくても女性には困らないでしょう?」
「・・・・父は、出来れば自分の気に入った女性を迎えたいようですね・・・・・」
「君は、それでいいのかい?」
「良くはありませんが・・・特に心に決めた人もいませんしね」
少し、父に付き合ってあげるのもいいかと思って。・・・ちょっとした親孝行ですよ。
そういって、ギルバートは笑った。

なるほど。と相槌を打って、会場に目を向けた時だった。
入り口の扉が開き、また女性が一人入ってくる。
『まさに選り取り緑だな・・・羨ましい事だ』
そう思いつつ、その女性を何気なく見た。

途端、ロイは固まってしまった。

そこにいたのは、水色の可憐なドレスを纏った少女。
はちみつ色のみごとな金髪を結い上げ、会場をキョロキョロと見回している。
その瞳も髪と同じ、ハニーゴールド。
それは、自分が愛しく思っている彼と酷似している。

『鋼の?!』

まさか・・・彼?!
ロイは呆然とその少女を見つめた。
ただ、似ているだけの少女だろうか・・・・・?
髪型も服装も彼とは違うせいか、かなり印象が違う。
顔立ちも、化粧をしているせいもあるだろうが、他人の空似といわれれば、そう言う気もする。
・・・・身間違えているだけ?

いや、違う。

自分が彼を間違うわけが無い。
遠目で見ただけなのに、すぐにそう確信した。

「・・・お知り合いですか?」
ギルバートの問いかけに、曖昧な笑みを返した後、

「・・・いつもの三つ編みじゃないので、見違えた・・・・」

知らず知らずのうちに、そう、呟いていた。

しかし・・・何故、彼がここに?
そもそもあの格好は何なのだ?!
確信した途端疑問が次々に頭に浮かぶ。
そんなロイを訝しげにギルバートは見つめた。

「マスタング大佐?」
「いや、失礼――――」

そう答えながらも、エドワードから目が離せないでいると、わらわらと男供が周りを囲みだした。
ぴくっ。
眉間に皺が寄るのがわかった。

「ギルバート殿」
「何でしょう?」
「彼・・・彼女が、あなた目当てでここに来たのでなければ、私がさらって行ってもよろしいか?」



*****



私の腕につかまって、しおらしく隣を歩く彼の頭を見つめる。
いつもきっちり編みこんでいる金髪は、丁寧に梳かれてゆるく結い上げられている。
あらわになったうなじに、はらりと落ちる後れ毛が、なんとも艶っぽい。
そっとその表情を盗み見ると、かなり緊張しているのがわかった。
緊張の為、その顔はいつもより白く、でも化粧を施された唇は花が咲いたように艶やかなピンク色で。
そのコントラストに、目が奪われる。

『美しい・・・』

先ほど、会場に彼が入るなり、取り囲みだした男供の気持ちが良くわかる。
元々彼は綺麗な顔をしているが、態度が態度な為、あまりその事実は認知されていない。
『美少年』と思う前に『生意気なガキ』と言う認識が脳にインプットされてしまう為だろう。
だが、彼は間違いなく綺麗な顔をしていて・・・今はそれに化粧まで施している。
いつもの生意気な態度も、変装している事で押し込めているらしく、大人しい。
しかも、緊張の為に不安げに揺れる眼差しは・・・・・はっきり言って犯罪級である。
あの場から、速攻連れ出してきて正解だった。そう思う。
そんな事を思いながら歩いていると、エドワードは視線に気付いたのか、顔を上げた。
多分『正体がばれるんじゃないか』と不安が募ってきているのだろう、
見あげる瞳は、やはり不安げに揺れていて、なおかつ少々潤んでいた。

『・・・・・だから、その瞳はやめなさい・・・・心臓に悪すぎだ』

そう内心ため息をつきながら、目的の扉に手をかけた。
「さぁ、ここがあなたのお目当ての場所ですよ」
扉を開き、彼を中へと誘う。
おずおずと部屋の中へ進み出たエドワードは、部屋の中をぐるっと見回すと、目を見開いた。

「わぁ・・・・」

案の定、小さく感嘆の声を上げてから、目を見開いて立ち尽くす彼に、目を細める。
さっきの不安げなものから、きらきらと期待に輝くように変わっていく瞳。
こちらまで、嬉しくなる。
『・・・本当は、私が連れてきて驚かせてやりたかったが・・・』
とにかく、彼もここに入れてよかった。
ロイは、柔らかく微笑んだ。

『しかし、こんなに可愛い姿を見られるとは思わなかったな・・・』

先ほど交わした会話で、彼が何故こんな姿で現われたのかが、わかった。
どこで聞いたのかは知らないが、女装すれば怪しまれずここに入り込めると思ったのだろう。
彼にしてみれば、ここの蔵書はたまらなく魅力的なものであるだろうから、
なりふり構っていられなかったのだろう。
彼の性格からすれば、この格好はかなり抵抗があるに違いないから。

『だが、「嫁探しパーティ」とは知らなかったみたいだがな?』

さっきの慌てぶりを思い出して、内心で笑う。
全く知らなかったのか、アルフォンス辺りに言いくるめられたのかは知らないが、
自分にとっては、ラッキーだったと言える。
こんな姿、今見逃したら、一生見ることは無いだろうから。
彼に気付かれないように、小さく笑った。

先ほどから、騙されたふりをしているのは・・・・・
バレたと分かれば、私の前でこの姿でいるのが耐えられず、
検索もせずに彼は逃げていってしまうだろうことが一つと、
もうひとつは―――

『やはりこのシチュエーションが楽しいからだろうな?』

そう、クスリと笑った。
滅多に会えない彼との偶然の出会い。楽しまなければ損と言うものだろう?
いつもは、逃げ出してしまうか、鉄拳が飛んでくるかで、最後まで言わせてもらえない愛の言葉。
この状況をを利用して、思う存分囁かせてもらうのもいいかもしれない。
思いのたけを、すべて言い尽くして、帰路に着く間際、
種明かしをしたら・・・・・・君はどんな顔をするだろうか?

とりあえず、彼の目的に協力してやりながら、少しづつ突付いてムードを盛り上げようか?
そんなことを思いながら、ロイは悪戯っぽく笑った。

「さぁ、あなたのお探しのものはなんですか?お手伝いいたしますよ?」

そうロイはエドに手を差し伸べる。

―――思いついた悪戯が、彼と自分をすれ違えさせてしまうとも知らずに―――

『シンデレラの夜・17』




ああっ、また長くなってしまった・・・・!!
もう少し続いていいですか?!(聞くな・・・)
もうちょっとだけお付きあいくださいませ(^_^;)



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