「・・・よお、大佐」
「鋼の・・・・・・」
遠慮がちなノックの後、現われた彼に、ロイは至極驚いていた。
幻影か?!と、疑いたくなるほどだったが、自分を呼ぶ彼の声に、本物だと分かる。
何しろ、プライス邸に行ったのは、一昨日の夜である。
あんな風に別れてしまったのだから、彼はしばらくここには近寄らないと思っていたのだ。
そんなロイの心中など知らぬように、エドはソファーの近くまで進むと、デスクの上を一瞥した。
「すごい量だな・・・相変わらず、サボりまくってんの?」
「この頃は、そんなにためることもなくなっていたのだがね・・・」
だが、ここ数日、デスクワーク以外の仕事が忙しかったので、未処理の書類が貯まりはじめていた。
それなのに、一昨日は強引にセントラルに行ってしまった為、書類は昨日に持ち越しに。
しかし昨日のロイは、ホークアイ曰く『全然使い物にならない』状態だった。
そのため、当然のごとくデスクにある書類は一向に減らず・・・・
昨日まで貯め込んだ分の書類に、今日の分を重ねられ・・・デスクの上はえらい事になっていた。
「ちょっと仕事が手につかなくてね?」
「・・・ふ〜ん。でも、仕事が手につかないのは、いつもの事だろ?サボり魔。」
含みのあるロイの言葉を、嫌味で返して、ソファーに腰を降ろす。
そんなエドに、ロイは顔を顰め、そしてため息を吐いた。
エドはロイの顔をしげしげと見つめた後、拳を握り締めた。
『アルの奴!!!』
列車に揺られながら、会ったらどう話そうなどと、悩みながら来たのだが、
やはり、ロイの『青く腫れ上がっている』という傷のことが心配だった。
自分のやったことへの責任ということもあるが、何より好きな相手の怪我が心配だったのだ。
なのに、恐る恐る執務室のドアを開けてみれば、いつもとかわらぬ『スカした顔』。
目が開かないどころか、青あざなど何処にも見当たらない。
「私の顔が、どうかしたか?」
睨むように、人の顔を不満そうに見つめるエドに、ロイが問う。
「怪我したって聞いたんだけど、ガセだったみたいだな・・・・・無駄に元気そうだ?」
「元気そうに・・・見えるかね?」
「・・・・・具合悪いっての?」
「怪我ならしたよ。ほら?」
前髪を上げると、額には確かに少し青あざがあった。
「そんなちっぽけな傷で大げさだな?」
「重症なんだが?」
「どこが?!」
「額の傷は小さいが・・・・・ここが苦しいんだ」
そう心臓の辺りに手をおくロイ。
エドは、少し泣きそうな顔をした後、目を伏せた。
次のロイの言葉を俯いたまま待つが、彼はそれ以上何も言ってこない。
ふと、紙をめくる音が聞こえて、俯いた顔を上げると・・・
ロイが、デスクの上の書類をめくっていた。
唐突に仕事を始めてしまったロイに、エドは不機嫌になる。
ロイはそんなエドを知ってかしらずか、書類に目を落としたまま、声をかけてきた。
「ところで・・・今日は何しに来たんだね?見ての通り忙しいんだが?」
「・・・・・・」
突き放すような、事務的な台詞に、エドの額に青筋が浮かぶ。
『なんだよ、その態度』
ムカムカと胸が疼き、不機嫌指数が上がっていく。
『”なかったこと”に決定ってことか?!』
話を振られても困るのは自分なのに、無かったことにされるのもしゃくだった。
何しろ、あれから自分は散々悩んで、この恋を諦める事に決めた。
イーストシティに向かう列車の中でも、どうやって断ろうか、本当に思い悩みながら来たのだ。
それなのに、ロイはあの時の事を匂わせながらも、知らない振りを決め込んでいる。
理不尽だとは思いつつも、ふつふつと怒りが湧くのを止められない。
そっちがその気なら・・・・
エドの顔に、黒い笑みが浮かんだ。
「大佐にさ、相談があってきたんだよ」
「相談?」
以外な返事に、さすがにロイも顔をあげた。
「オレさ、好きな人が出来たんだよ」
「・・・・・・」
「でさ、アンタに口説き方教えてもらおうと思って?」
「・・・何故、私に」
「知り合いの中で、アンタが一番経験ありそうだから」
な、得意分野だろ?もったいぶらずに教えろよ?
そう、ニヤリと笑うエドに、ロイは顔を顰めた。
「やっぱさ、お茶とかに誘うわけ?」
「・・・まぁ、そうだな・・・・相手は君の気持ちを気付いてるのか?」
「う〜ん、オレの気持ちは気付いてないと思うけど・・・・・・」
でも、相手も絶対オレに惚れてるね
ふふんといった感じで、言い切るエドにロイはますます顔を顰めた。
「随分な自信だな?・・・両思いなら、話は簡単だろう?後は、『好き』だと伝えるだけだ」
ああ、両思いなら行動で示してもいいかな?キスでもしてみたらどうだ?
それとも、いっそのこと思い切って押し倒してみるのも、手だ。
そう皮肉っぽく言うロイに、今度はエドが顔を顰めた。
「なんか、投げやりだな・・・・・まぁ、いいや。」
コレ、礼だ。
そう言って、コートのポケットに入っていた薬をロイの方に放り投げる。
「なんだ、これは?」
「塗り薬。打ち身に効くんだと。たまたま持ってたから、やるよ。」
コレ塗って、早く直せば?アンタ、顔しかとり得ないんだから?
心配していたことは微塵も出さず、毒を吐いてから立ち上がった。
そしてドアに向かって歩き出す。
ちゃんと伝えることは出来なかったけれど・・・・・
コレで大佐もオレのこと呆れるだろう。
こんな可愛くないガキより、綺麗な女の人の所にいけよ?
顔が歪むのを、ぐっと堪える。
ここで泣いたら、お終いだ。
さっさとこの部屋を出て、司令部も出て、アルのところに帰ろう・・・
「鋼の、待ちたまえ」
呼び止められて、ビクッと体が揺れる。
ロイが立ち上がり、こちらへを近づいてくる。
『今、触れられたら、泣いてしまいそうだ・・・・・』
エドは焦った。一刻も早く、ここから立ち去ろうと、ドアに向かう。
「忙しいから」
そう言ってかまわず部屋の外に出ようとした時、意外な言葉を言われ、立ち止まって振り返った。
「リゼンブールに帰るのかね?・・・告白をしに」
「・・・どうして、リゼンブールに行かなきゃなんだよ?」
「君の好きな相手というのは・・・あの幼馴染じゃないのか?確か・・・ウインリィ?」
「えっ・・・?ちげーよ・・・・」
思わずそう言ってから、しまったと思った。
ここで頷けば、会話はそこで終わったのに、自ら先に繋がるような言い方をしてしまった。
恐る恐る、ロイの顔を見上げる。
ロイは呆然としたような顔をしてから、声を落として聞いた。
「では、誰なんだ?私の知っている者かな・・・・・」
「えっと・・・・・」
「口説き方を教えてもらっておいて、相手も教えないというのはあんまりじゃないか?」
「よく考えたら、あんまりアドバイスにならなかったから、教えない」
「鋼の!」
逃げ出そうとドアに手をかけるが、素早く伸ばされた大佐の腕に、右手を捕まれる。
手を引かれ、体が回転させられると、2人の立ち位置が逆転する。
ドア側に立ったロイに、ドアに自分の背を持たれかけさせ、退路を塞いだ。
右手はまだ彼に拘束されたまま。
そのまま腕を再び引かれると、2人の距離は縮まる。
エドは、悔しそうに顔を歪めた。
「・・・・・どけよ」
「駄目だ。まだ返事を聞いていない。」
「大佐!」
睨みつけてみるが、ロイは怯んだ様子も無く、同じ質問を繰り返す。
「君が好きな人とやらは、誰なんだ?」
「・・・・・何で、アンタに言わなきゃいけないんだよ?」
「私には知る権利があるよ・・・・・何度も言っているだろう?」
君の事が好きだと――――
エドはビクッと肩を揺らした。
「どんな女性なんだ・・・・・?」
「・・・・・・」
「まさか、虚言じゃないだろうね・・・・・」
「・・・!嘘じゃない!オレには好きな奴がいる!!」
「奴?・・・・・まさか男じゃないだろうね?」
途端、エドは動揺を表に出してしまった。
そんなエドを見逃すはずもなく、ロイは目を見開く。
そして少しの間の後、今度はロイの目が鋭く光り、細く閉じられた。
黙り込んで表情を険しくするロイに、エドは身を竦ませた。
「・・・・・・大佐?」
「そいつの名前を言え」
「え?」
「焼き殺してやる」
「!!!」
どこか狂気をはらんだようなロイの目に、エドは震えた。
怯えたように自分を見るエドを、ロイは掻き抱いた。
「エドワード、愛してる」
「!」
「だが、君に好きな女性が出来たというのなら、身を引くべきだと思った」
「・・・・・・」
「それでも諦め切れていなかったのが・・・男と知って手を引けるわけが無い!!」
「大佐」
「エド、どうしてもそいつでなくてはいけないのか?私では駄目なのか?!」
「たい・・・・さ」
「君が他の男の手を取るなど・・・・・考えるだけで、気が、狂いそうだ・・・・」
本当に、そいつを焼き殺してしまいそうだよ
そう枯れた声で呟くロイに、エドは静かに目を瞑った
自分を抱きしめる腕が震えているのを感じる
いつも余裕綽々で自分をいいように翻弄する彼が
なりふり構わず自分にぶつかってくるのに、エドは喜びを感じていた。
こんなにも、激しく愛されている――――
その甘美な鎖は、振り切ろうとしていたエドを、簡単に絡め取ってしまう。
もがいてももがいても、余計に絡まって更に自分を動けなくする、甘い罠。
エドは、とうとう陥落してしまった自分の心を知った。
ごめん、アル。
オレ、捕まっちゃったみたい・・・
もう、この手、振り払えそうもないよ?
酷い兄貴だよな?でも、もう・・・・・・
――――抗えない―――――
エドはもう一度金の瞳を開いて、自分にしがみ付くように抱きしめるロイの胸を押す。
体を離そうと自分を押し返すエドに、ロイの顔は歪む。
顔を上げ、その顔を見ると、泣き笑いのようなエドの顔。
「・・・・あんたはきっと焼き殺すことは出来ないよ?」
「どういう意味だ?相手が私より強いということか?それとも・・・・・!!」
ロイはハッとエドを見つめる。
「私にとっても身近な者・・・ということか・・・・軍の者か?」
こくんとエドが頷くのをみて、ロイは痛そうに顔を歪める。
手を出せない相手。つまり、自分にとっても大事な者ということだ。
「私の側近か・・・?ハボック?」
エドは首を振る。他の側近の名をあげてみても、やはりエドは首を振った。
「まさか・・・ヒューズ?!」
エドは苦笑した。
あんな、マイホームパパに惚れるわけが無いじゃないか?
仮に惚れたとしても、絶対オレに靡くわけがない。
そう言うと、ロイはお手上げとばかりに、天を仰ぐ。
「じゃあ、誰なんだ?」
「ヒント、やるよ」
「・・・・エドワード・・・・・」
真剣に聞いているのに、突然クイズのような軽い口調で返され、ロイは脱力する。
しかし、エドは構わず続ける。
「いつも偉そうな態度で人をこき使う、嫌味な奴。しかも、自分は部下に仕事押し付け遊びまくり。」
「・・・・・・・」
「下半身節操なしな、タラシ。部下の彼女さえも寝とって、恨み買いまくりな奴」
「・・・・・本当に君は、そいつを愛してるのか?」
好きだという割に、酷い言いいようなエドに、思わずつっこんでしまうロイ。
「黒髪」
「・・・・・・・・・・大総統?」
「アホかっ、アンタはっ!!!」
ロイのボケに、エドの鉄拳が飛ぶ。
分かってて、わざと言ってるだろ、この無能!!
「最後のヒントだ!!これで外したら後がねーぞ?!」
エドはロイの胸倉を自由になる左手で掴む。
「国家錬金術師だけど、雨の日無能でっ・・・・んっ?!」
全部言い終わる前に、唇を塞がれる
そして、再び抱きしめられた
ロイの胸に押し付けられたエドの頭
聞こえてくる、ちょっと早い鼓動
暖かい体温
彼の匂い
現実なのに、夢の中にいるようだ・・・・
ふわりと意識が飛んでしまいそうな感覚。
そう思った時に、頭上から声が降りてくる。
「まるで、夢の中にいるようだ・・・・・」
ああ、アンタも同じ気持ちなんだ・・・?
微笑んで、頭を胸にすり寄せると、再びロイの唇が降りて来て・・・・・
愛しむような優しい口付けに、エドは静かに目を閉じた。
『シンデレラの夜・16』
やっと最後が見えてきた〜!!
とりあえず、無事くっついて良かった良かったv
くっつけようとしても、なかなかエドが思い通りになんなくて、困ってたのでした(笑)