シンデレラの夜・15

 
「結局、バレちゃったね・・・・」

プライス邸を出て、宿に戻る為に歩きながら、アルは兄に話し掛けた。
あの後、「正体がばれた以上、女装で居たくない」と兄が言い張り、
後日また改めて訪ねる事にして、そのまま文献も探さず屋敷を後にしたのだった。

「でもさ、早いうちでよかったかも。やっぱり女装で何日もってのは、無理があるだろ?」

そう言う兄に、『いや、全然無理ないし?』などど、心の中で突っ込みを入れた。
だが、女装から開放される事になって、兄は見るからに嬉しそうである。
アルとしては、ちょっと残念な気もするけれど、それを言ったら殴られるだろう。

「閲覧許可を取り消されなくて、よかったよね・・・・」
「ああ、寛大な親子で助かったよ。絶対怒られると思ってたからな」
「男を嫁にもらうとこだったんだもんね」
「・・・・・・言っとくけど、知り合いに言ったら許さないからな?」
ギロリと睨む兄に、『わかってるよ』と慌てて両手を振った。
『忘れんなよ?』そう、念を押してから、エドは先頭にたって歩き出した。
その後姿をアルは心配そうに見つめた。

何ともない振りをしてはいるが・・・・・・・
大佐がセシルの正体を気付いていたことに、兄はまだ動揺しているだろう。
昨夜の兄は、気付いたばかりの恋心を忘れてしまおうとしていた。
無理矢理自分を納得させて、自己完結したのだろう。
朝には、思ったより元気な兄の姿があり、ホッとしたのだったが・・・
折角納得させた気持ちを、再びかき乱されて今は動揺しているに違いない。

『なにしろ、大佐が「兄さんと知ってて口説いてた」っての、分かっちゃったからね』

今日は早々に、退席して来てよかったと思う。
こんな状態じゃ、資料検索しても上の空だろうし・・・・
っていうより、この問題が解決しないうちは、前に進むのは難しいかな?
でも、兄さんの事だから・・・大佐の気持ちがわかった今も、告白に行ったり出来ないだろう。
それは、たぶん僕のせいなんだろうなぁ。
アルは、そっとため息を付いた。

兄が、自分の体がこんなになってしまったのを、自分の責任と責めつづけているを知っている。
確かに言い出したのは兄だし、理論を完成させたのも兄だ。
その上、僕の方が持っていかれたところが多かったから、兄は罪の意識に苛まれている。
だが、アルはこんな結末になってしまったのは、2人の責任だと思っている。
だって、母を欲したのは、自分も同じだったから。
また母さんに会えるかもしれない可能性があるのなら、それにすがりたかった。
だから、兄さんと自分は同罪。
兄が一方的に罪の意識に苛まれることはないのだ。

だが、兄の性格からは、そんな風に割り切ることは出来ないだろう。
だから、今回のこの恋も、諦めてしまおうと考えているに違い無い。
すべてを自分に捧げてくれようとしている兄。
それはとてもうれしいことではあるけれど、とてもつらい事でもある。
兄が自分に注いでくれている愛情と同じように、自分だって兄を愛しているのだ。
大好きな兄に、幸せになってほしい。
そのためには、ここで背中を押してあげるべきだろう。
でも・・・・・・

『本当に、あの人に兄さんを任せても良いんだろうか・・・』

アル個人としては、あの人がそんなにひどい人だとは思っていない
だが、色々と恋愛関係では、派手な噂を持つあの人
今は本気だとは思うけど、手に入れた途端変わるなんてことはないだろうか?
しかも、世間一般から見ても、後ろ指刺されそうな恋である。
粗雑な振りして、実は傷つきやすい兄だから、できれば障害が少ない恋をさせてあげたかった。
でも、こればかりは第三者がどうこうできるものでもないし・・・

『大佐!!信じますからね!?』

イーストシティにいるであろう大佐に向かって、心の中で叫んでから兄に振り返った。

「兄さん、僕ちょっと用事があるから、先に宿に帰ってもらってても良いかな?」
「えっ?ああ・・・・・かまわないけど?」
「すぐ戻るから、着替えておいてよー?」
「ったりめーだ!!もう、一秒だって着てたくねぇよ、こんな服!」
そう言うと、兄は本当に嫌そうに、スカートをつまんだ。
その姿に、思わず苦笑してしまう。

「はは。あ、お化粧落とすのも忘れないでね?そのまんまにしてると、肌荒れちゃうから」
「・・・・・別に、オレの肌荒れまで気にしなくてもいいって・・・・(脱力)」
「ダメだよ、荒れてたらがっかりするかもしれないし」
「・・・誰が?」
「いや、こっちの話。ともかく、まっすぐ帰ってね、ナンパされてもついてっちゃダメだよ?」
「ばっ!!さっさと行けっ・・・!!」
「いってきま〜す」

殴られる前に、脱兎のごとく走り出すアルを、エドは見送った。
そして、一人きりになったことにホッとしつつ、顔を俯かせた。
ホッとした途端、体が密やかに震えるのを感じる。
同時に目頭が熱くなってくるのも。

『バカ大佐・・・気付いてたなら、そう言えよ』

無駄に苦しい思いをしたじゃないか?
いや、でも・・・・・
あの場で、オレに言われてるとわかっていたなら
きっと自分は、彼に好きだと伝えてしまっていた
そんなことになったら、今ごろもっと後悔しているに違いないのだ
アルのことを忘れて、自分の幸せに酔っていたに違いない
だから、これで良かったんだ
でも・・・・・

『痛かった・・・かな?』

思いっきりハイヒールをぶつけてきたのを思い出す。
モロ顔面にヒットしていた靴・・・・・青あざになっていないと良いけれど?
勘違いして、まくし立ててきたし。やっぱり少し悪かったかも。
でも、それより・・・・・・

本気でアイツがオレの事を思ってくれてると気付いてしまった、今。

次、どんな顔をしてアイツに会えば良いんだろう?!
会ったら、アイツは何か言ってくるだろうか?
アイツの思いには答えられないから、できるならこの話題には触れないで欲しいけど・・・
それとも、オレに好きな人がいるって思っているだろうから、もう諦めてしまっただろうか?

バカだよな、大概。
自分に嫉妬してどうすんだよ、アホ大佐?
でも・・・・・

答えられないと自分から決めたのに、
『大佐がもう自分の事を諦めて、次の恋をさがしているかもしれない』
そう思ったら、胸がますます苦しくなってくる。
こんな状態じゃ、会えるはずない・・・・・
しばらく、東方には近づかないようにしよう。そう思ったとき、

「ねぇ、君どうしたの?」

軽薄な声に思わず顔を上げると、そこには声にたがわず顔も軽薄そうな若い男。
「なんかさ、考え事してるみたいだけど?」
「・・・・・」
「今、一人?良かったら俺が聞いてあげるよ?」
「いえ、いいです」
そう言って立ち去ろうとした途端、肩を抱かれる。
「遠慮しなくっていいって!あの店にでも入ってさぁ」
「・・・・・んな」
「え?なに?」
男がよく聞こえないといった風に、エドの顔を覗き込もうとした時

「汚い手で触んなっていってんだ!!!」

機会鎧の右手で、思いっきり殴られて、男が尻餅をつく。
「何すんだ、このアマ!!」
そう怒鳴りながら、ヨロヨロと男は立ち上がろうとしたが

ガシャン

閃光がきらめいたと思ったら、地面から突然現われた檻の中に閉じ込められていた。
「え?なに?!・・・おい、まってくれよ〜!!!」
悲痛な男の叫びを背に、エドは宿へ向かって早足で歩き出した。





「何これ・・・・?」

用事を済ませて、宿へ向かって歩いてきたアルだったが・・・・・・
道々、所々に檻があり、そのどの檻の中にも半泣きな若い男がいる。
それを沈痛な面持ちでアルは見つめた。

『兄さん・・・・付いていくなっては言ったけど、何も閉じ込めなくても良いのに』

冗談のつもりだったのに、どうやら一人になった途端ナンパにあいまくっていたようだ。
たぶん、今ごろ鬼のように機嫌が悪いに違いない。
ため息をつきつつ、一人一人を檻から出してやりながら、宿に帰る。



「ただいま・・・・・」
「遅い!」

恐る恐る帰ってみれば。
やっぱり、兄は思いっきり機嫌が悪かった。

『失敗したなぁ・・・』

なるべく機嫌がいいときに話したかったのに・・・
手に持った封筒をチラリと見てから、ため息を付いた。
こんなことなら一人にするんじゃなかったと思いつつ、
男に真剣に口説かれ、男に嫁にと乞われ、ついでに男にナンパされまくっている兄って?
幼い頃から、いつもいっしょに行動してきた二人。
同じ血を持ち、同じ道を歩き、同じ経験をしてきたはずなのに・・・・・・
『どこで道が違っちゃったんだろうなぁ?』
ちょっと遠い目をしてしまうアルフォンスだった。

「何処に行ってきたんだよ?」
「ちょっと、電話ボックスと駅」
「なんで」
「確認と、切符の手配」
「・・・・・しばらくプライス邸に通うんだろ?切符は必要ねーだろ?」
「僕は必要ないけどさ、兄さんは必要だろ?」

そう言ってアルフォンスが差し出した切符は、イーストシティ行きだった。

「・・・・・・なんだよ、これ」
「大佐、昨日のうちに帰っちゃってもうセントラルにいないんだって。だから・・・」

行って来なよ?
そう言う弟に、エドは顔を顰めた。

「妙な気ぃまわすんじゃねえよ!・・・行く必要ねぇだろ?」
「もう少し、素直になったら?・・・・大佐に話すこと、あるでしょ?」
「ない」
「兄さん・・・」
「確かに、昨日の事は・・・その、オレも大佐も行き違いがあったみたいだけどさ・・・・・
でも、『愛だの恋だの言ってる暇なんか無い』のには変わりが無い」
「それでいいの・・・?」
「昨日も言ったろ?『いい』って。何度も同じことを言わせるな」

頑なな兄の言葉に、ため息を一つ吐く。
絶対そういうとは思ったけどね・・・・・そう心の中で呟く。
頑固な兄は、一度決めたことは簡単に翻したりしないことは分かっていた。
だが、自分で言うほど簡単に割り切れる性格でないことも、熟知している。
このまま放置すれば、兄は確実に落ち込んでいくだろう。
そのため、電話ボックスにも寄って色々と聞いてきたのだ。
兄をイーストシティに出向かせる策を、実行する。

「分かったよ、兄さんがいいなら『愛の告白』とかはしなくてもいいけど」
「あ、愛の・・・・?!」

途端、ボンと音を立てる勢いで赤くなる兄に内心で笑う。

「うん、それはしなくてもいいけど、『お見舞い』くらいはしてきたら?」
「お見舞い?!」
「ホークアイ中尉に聞いたんだけど、大佐の顔・・・青く腫れ上がってるみたいだよ?」
「!!」
「心当たりがあるんじゃないの?」
「・・・・・・」

まさか、まさか・・・あの時ハイヒールをぶつけたのが、そんな酷いことになるなんて?
でも・・・確かに、機械鎧の方の腕で、渾身の力を込めてぶつけたような・・・?(汗)

「なんかね、右目の辺りに何かぶつかったらしくて、目が開かないみたいだよ?」
「えっ!!」
「悪いと思ったら・・・お見舞いぐらいはしてきたら?」
「でも・・・」

どんな顔して会えばいいんだ?!
大佐はもう、オレがセシルだって知ってるわけだし。
行ったら、絶対昨日の話を持ち出されるだろうし。
エドはそう小さい声でブツブツ呟くのを見て、アルは思案した。

「でもさ、いずれ会うときは絶対あるんだし、早めに決着つけちゃったほうが良いんじゃないの?」
「決着って・・・・・」
「気持ちに答えられないなら、早めにきちんと振ったほうが、相手のためだと思う」
「お前・・・・・時々きついよな?(汗)」
「曖昧な優しさは本当の優しさじゃないでしょ?」

それにさと、アルは続けた

「大佐は、兄さんがまだ『自分の正体がばれてないって思ってる』って、思ってるんでしょ?」
「ああ、まぁそうかな・・・・・」
「それにさ、兄さんに自分以外の『好きな人』がいるって思ってるわけだよね?」
「たぶん」
「なら、大佐ってプライド高そうだし・・・・2回も振られたくなくて、
『兄さんが気付いてないなら昨日の事はなかったことにする』可能性が高いと思うな、僕」
「・・・・・・」

なかったこと・・・・という、アルの言葉に少々傷つきながらも、そうかもしれないと思う。

「だからさ、さり気なく行って、これで手当てしてあげなよ?」
「なに、これ・・・?」
「塗り薬」

差し出された袋の中には、瓶に入った塗り薬が入っていた。

「この近くに漢方薬を取り扱ってる店があって。これ効くんだって!目の近くに塗っても問題ないし」
「・・・・・」
「適当な理由でっち上げて尋ねて、もし大佐が昨日の事を口に出すなら、謝って断ればいいし、
出さない様なら、兄さんも偶然持ってたふりして、手当てしてあげればいいよ」
「アル・・・・・・」
「大佐が真剣だと知って、その上で振るなら・・・そのぐらいはしてあげなよ?」

そう優しい声で言うアルを見つめてから、エドは無言で頷いてチケットと薬を受け取った。
いつもの赤いコートを翻して駅に向かう兄の背を、宿の窓から見送りながら、

「ほんと、手間のかかる・・・・・」

そうアルは苦笑したのだった。

『シンデレラの夜・15』




自分で書いてて訳がわからなくなりました・・・(オイ)
皆さんは、わかっていただけたでしょうか?(滝汗)
前回、エドが殊勝過ぎたので、ちょっと暴れさせてみたり(蛇足だよね・汗)
だって、ナンパされるエドが書きたかったんだもん(笑) でも、やっと次回大佐を出せるvvv
やっぱり、ロイエド小説って位だから、2人で出ないと寂しいし・・・私が。(笑)



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