シンデレラの夜・14

 
『いつもは三つ編みなのでしょう?』

何気ないようなギルバートの言葉に、背筋が凍りつくのが分かる。
背中に、冷たい汗が落ちていく・・・・・
エドは、蒼白になった顔をアルの方に向けた。
鎧の顔にもちろん表情は無いけれど、アルも内心青くなっているだろうことが感じとれる。
2人で、しばし顔を見合わせた後、エドはゴクリと唾を飲み込んだ。

いつも三つ編みにしているのを知っている―――

それはつまり・・・・・自分の正体を知っていると言うことだ。
『いつ、バレたんだろう?!』
エドは混乱する頭を、何とか働かせて考える。
・・・ということは、さっきの口説き文句は嫌がらせ?!
確かに、『嫁に!』などと言ってしまった手前、正体を知ったら怒り心頭だろう。
もしや、出入り禁止になるんじゃあ・・・・・・?!
内心焦ってはいるものの、エドは慎重に言葉を選んで、口を開いた。

「・・・どうして、それを?」
エドの様子がおかしいのに、ギルバートは戸惑ったような顔をして答えた。
「あの・・・・・何か、おかしなことを聞いたでしょうか?」
「いえ・・・でも、初対面だと思っていたのですが?」

いつかお会いしたでしょうか?私が三つ編みの時に?
そう、恐る恐る聞いてみると、ようやくギルバートは合点がいったとばかりに、微笑んだ。

「お会いしたことがあるわけじゃないんですよ、ただ・・・・」

――――――そう聞いたんです――――――

その言葉に、エドの心臓は早鐘を打ち始める。
誰に・・・・・?
まさか?・・・・・・まさか!!


「昨日、あなたが大広間に入っていらした時、私はマスタング大佐と丁度話をしていましてね」

入ってきたあなたをみて、彼が驚いたような顔をしたので、聞いてみたという。
『お知り合いですか?』と。
それにロイは曖昧な笑みを浮かべると、こう呟いた。

『いつもの三つ編みじゃないので、見違えた―――』と。





「ん?・・・・・マスタング君とは、初対面ではなかったのかね?」

昨日の様子から、てっきりそうだとばかり思っていたが?
そう伯爵は首を傾げて、エドに聞く。
でも、エドはそれにすぐ答えることが出来なかった。
頭の中は、今しがたの伝えられた言葉の衝撃に、愕然としていた―――

大佐は見抜いてた?
しかも、最初から?
知っていて、アイツの事だから、からかってやろうとでも思っていたのだろう。
そ知らぬ振りをして、オレの芝居に騙された振りをして・・・
そして――――

「!!」

なら、あの時も大佐はセシルがオレだと知っていた?!
あの口付けも
問い詰めながら歪んだ、苦しそうな顔も
切なく囁いた、愛の言葉も
全部・・・・・・

―――――俺に向けられたものだった―――――?

エドはただただ呆然と、スカートの上で握り締めた自分の手を見つめていた。
そんな兄をみて、アルフォンスはそっとため息をついた。

『やっぱり』

兄から事情を聞いた時、おかしいとは思った。
確かに昨日の兄の姿は本当に女の子そのもので、知り合いでも簡単には見抜けなかったろうと思う。
だけれど、相手はあの大佐。
勘がいい上に、兄を溺愛しているあの男が、間近で見て気付かない訳が無い。
そうアルは思っていたのだ。
だから、昨日兄が『オレだとも知らず、真剣に口説いた』というのを違和感をもって聞いたのだ。
案の定、兄の勘違い。
彼は『はじめてあった女』ではなく、確実に『エドワード』を口説いていたのだ。
そうとも知らず、気付いてしまった恋心と、嫉妬で兄は取り乱していた。

『まったく、不器用と言うか、鈍いと言うか・・・・・』

世話の焼ける兄貴にため息を付きつつ、その顔をもう一度見てみると・・・
兄は、いまだフリーズ状態である。
向かいの伯爵親子は、そんな兄を不思議そうにみている。
『どうしようかな・・・・・』
アルは、この状況をどうしようと思案し始めたとき、ギルバートが先に口を開いた。

「あの、セシル嬢。私は何か失礼なことを言ってしまったのでしょうか?」
「・・・バレてたんだ・・・」
「え?」
「・・・大佐に、謝ってこなきゃ・・・」

ギルバートの声も耳に入らない様子のエドは、思いつめた様子で小さく呟いて立ち上がった。
そして、ドアに向かって数歩歩き出したのだが、

「ど、どうしたの?どこに行くの?!」

聞こえてきたアルの声に、エドはハッと我に返った。
「アル・・・・」
そうだ、アルフォンス。
不安そうに自分を見上げる、弟を見つめる。
弟の存在を思い出し、エドは立ち止まった。

オレ、何しに行くつもりだったんだ?
アイツのところに行ってどうするつもりなんだ!?
謝るって・・・・なんて謝るんだ?

―――勘違いしてごめんなさい。
   貴方は偽りの俺に愛を囁いていたのかと思った。
   本当の俺に向けられた言葉だとも知らずに・・・・・・・・?――― 

『馬鹿なこと、だ・・・』

そんな事言ってどうするって言うんだ?
勘違いをして拒絶したと言ってしまったら、
本当の答えはどうなのか?と求められるだろう。
あの時のように真剣に聞かれてしまったら、
今度こそ、隠れていた気持ちがあふれ出て・・・・・・

――――今度こそ、あの腕から逃げ出せなくなる――――

ダメだ。
オレには余裕がない。
アル以外を心に住まわせる余裕がないんだ。
あいつの気持ちに答えられないのに、
会った所で・・・・・何も言える訳がない。

エドは呆然とした表情のまま、緩慢は動きで弟の元に戻る。
そして一度俯き、再び顔を上げると、弟に向かって微笑んだ。

「どこにも行かない」
「え?」
「オレ・・・ずっと、アルの側にいるから」
「・・・・兄さん?」

どこか悲しげな微笑でそう言う兄に、アルは困ったように首を傾げた。
腕を伸ばして、兄の手を取り・・・・とにかく落ち着くようにと、言葉を掛けようと思った時
不意に、向かいから聞こえてきた声に、2人は振り向いた。

「・・・・・『オレ』?」
「・・・・・『兄さん』??」

呆然としたようにそう呟いたのは、プライス卿と息子のギルバート。
エドとアルは、2人の顔をしばらく眺めた後

「「 あ! 」」

二人声を揃えて、そう声を上げたのだった。





「騙して、ごめんなさい」

そう言ってエドは、バツが悪そうに2人を見つめた。
「・・・・・なんだか、まだよく分からないんだが・・・」
さっきの会話は何なのだ?『兄』とはいったい??
状況が飲み込めていないらしい伯爵に、エドは意を決したように口を開いた。

「オレ、エドワード・エルリックって言います」
「エドワード・・・?じゃあ、セシルというのは?」
「偽名です。・・・こんな格好しててなんなんですけど・・・オレ、男です」

「!!!」

口をあんぐりと開けたまま、自分を見つめて呆然としている親子。
「本当にごめんなさい」
そうエドはもう一度謝ると、ペコンと頭を下げた。
隣にいるアルもすまなそうに、がしゃんと音をさせて頭を下げる。

「どういうことか、説明してもらえるかな?」

怒っているというより、いまだ信じきれてないような伯爵。
そんな彼に、エドはどうしてこの姿で来る羽目になったかを説明した。

自分は賢者の石を探して弟と2人、旅をしていること。
以前来た時、門前払いだったこと。
昨日なら『女性限定』で招待客以外も入れると聞いたこと。
どうしてもここの文献が読みたくて、女装して入り込んだこと。
それを一つ一つ説明していった。

「なるほど・・・・・そういうわけだったのか」
「ハイ・・・・・やむをえずとはいえ・・・・すみません」
「いや、なんと言うか・・・・いまだに信じきれんのだが・・・・」

伯爵は息子の方を向いて、苦笑いをする。
ギルバートのほうもどうやらそのようで、そんな父に自分も苦笑いを返した。
なんてったって『男だ』と告白された今も、目の前にいるのはどうみても『美少女』にしか見えない。
ともすると『自分との結婚話を持ち出されるのが嫌でそんな嘘を?』などと勘ぐりたくなる。
でも、目の前の彼女・・・いや、彼の表情は真剣だ。

「そういえば・・・マスタング君とはどういう知り合い・・・?ん?待てよ」
そこまで、言ってからふと思い出したように、伯爵は顎に手を当て、考え込む。
「エドワード・エルリック・・・どこかで聞いたことがある・・・」

まさか!!と驚いたような顔で伯爵は、身を乗り出した。
そんな父とエドを、交互に見つめ、ギルバートは困惑したように口を開いた。

「父上?」
「君が・・・・『鋼の錬金術師』か?」
「はい」
「えっ?!」

『鋼の錬金術師』という言葉に、ギルバートは驚いた様だった。
錬金術に詳しくない彼だが、父が軍の高官達と交流があるので、二つ名で呼ばれる錬金術師が
『国家錬金術師』だということぐらいは、知ってるのだろう。
しかも、エドは結構な有名人である。名前ぐらいは聞いたことがあるに違いない。
自分で言ったのにもかかわらず、伯爵もやはり驚きを隠せないようだ。

エドワード・エルリックといえば、最年少国家錬金術師。
年若い錬金術師だということは知ってはいたが・・・まさか、こんなに可愛らしい少年とは?!
厳つい二つ名のせいで、年若いと知りつつ、勝手に厳ついイメージを持っていた伯爵だった。
『何故、こんな子にそんな名を?『弟』だと紹介された彼なら分かるが・・・』
戸惑いながらも、どうやら今度は嘘をついているわけではないらしい彼を見つめる。
マジマジと見つめながら、マスタングも国家錬金術師なのに気付いて、口を開いた。

「なるほど・・・・・それならマスタング君も知っているわけだな」
「大佐は・・・オレを国家錬金術師に推挙してくれた人なんです。オレ、未成年だから・・・・・
後見人もしてもらってて・・・・・・」
「なるほど、意外に近しい間柄だったのだな」
それで、あんなに派手に喧嘩をしてたのか、と思う。

「本当にすみませんでした!お怒りだとは思いますが、オレどうしてもここの文献を見たいんです」

閲覧を許可してください!!
そう、真剣に許しを乞うエドを、伯爵親子はマジマジと見つめた。
心の中では『本当に男の子なのかなぁ?』と、いまだに疑問が残るものの、
『ここまで真剣に謝られるってことは、やっぱり男なんだろうなぁ』
と、2人同時に残念そうなため息をついた。
そうなると、親子2人で男を『嫁に』と口説いてたことになるのだが・・・
いまだに、可愛い少女にしか見えない彼に、怒る気も起きない。

「ああ、もう頭をあげてくれ。・・・閲覧は許可するから」
「本当ですか?!」
「事情があったことだし・・・それに君が優秀な錬金術師だということに変わりはない」

そんな人にこそ、あの本を読んでもらいたいしね?
そう微笑む伯爵に、エドは嬉しそうに笑ってもう一度頭を下げた。

「今日はこれで・・・」と並んでさっていく2人の後姿眺めつつ、
伯爵親子は、同時に深いため息をついたのだった。

『シンデレラの夜・14』




なんか、エドが殊勝過ぎて、ニセモノくさい。いや、ニセモノだけどさ(笑)
伯爵親子も、いい人過ぎ?(苦笑)



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