シンデレラの夜・13

 
「なー、アイツってマヌケだろ?」

オレだって気付かないで一生懸命言い寄ってくるんだぜ?馬鹿丸出し!!
兄はそういい捨てると、ははっとわざとらしく笑う。
それを聞いていたアルフォンスは、複雑そうな顔をした。

兄を問い詰めて、今日大佐と何があったか、あらましを聞き終えたとこだが・・・・・・
兄のことだから、大事なとこは隠して喋ってるってことも考慮に入れたとしても、
どう考えても、やっぱり兄は勘違いをしている気がする。
って言うか、絶対そうだ。
天才錬金術師と言われるほど、頭のいい兄なのに・・・
何故、恋愛関係になると、これほど頭が働かないのだろう?
恋は盲目?
いや、兄さんの場合、致命的に鈍いだけだ・・・・
兄とは違い、そっちの方にも聡い弟は、密やかにため息を付いた。

「兄さん・・・・僕思うんだけど、それって・・・・・」

兄さんが勘違いしてるだけじゃないの?
そう言おうとした途端、エドはそれを静止した。

「何があったかは話した。これで、この話は終わりだ」
「えっ?!ちょっと待ってよ、僕の話を・・・!」
「聞かない」
「兄さん!!」
「よく考えてもみろ!」

怒鳴りつけられるように言われ、アルは驚いたように兄を見つめた。

「俺たちには、成し遂げなければならない目標がある」
「うん・・・」
「一刻早く、元の体に戻るために、軍の狗にもなったんだ。
・・・・・・・・・・・・愛だの恋だの言ってる暇なんか無いんだよ、元々」
「それはそうかもしれないけど・・・でも」
「でも、じゃない!そうなんだ!!この話はこれで終わりだ!」
「兄さんは・・・・本当にそれでいいの?」

伺うように首を傾げるアルに、エドは一瞬言葉に詰まるものの、すぐに頷いた。

「いいんだよ。これで。」

妙なこと口走る前に目が覚めてよかったぜ。
よく考えりゃ、この俺様が何であんな無能に捕まんなくちゃなんないんだ?
勿体無いってもんだろ?

・・・そうエドは笑ってみせる。
なおも、アルは何か言いたそうにしているが、それを目で制した。
「兄さんが、いいのなら・・・・」
とうとう、アルはそう言って、諦めたように黙った。
それに安心したように、エドは密かに息をついた。

オレはバカだ―――
元々、オレには恋なんてしている暇なんか無いじゃないか!
しかも、アルのことを考えたら・・・・・・オレには、アルを元に戻すまで、恋なんてする資格も無い。
アルを元に戻すまで、オレはアルのために生きると、自分自身に誓ったじゃないか?
心も体も・・・・・髪の毛一本まで、アルのために使うと決めた。
他の奴のことを考えるなんて許されない。
兄思いの弟は、こんな決意を知ったら怒るだろうから、言わないけれど。

―――これは、俺の中の決意―――

昨日、雰囲気に酔って、そんなことも忘れてしまうところだった。
アイツに・・・気持ちを伝える前に、目が覚めてよかった・・・・・・
そう考えると、さっきまでの胸の疼きが、少し軽くなった気がした。
『そうだ、これで良かったんだ』
改めて自分にそう言い聞かせると、顔を上げる。
そして、話題を変えるべく、キッとアルを睨みつけた。

「それよりも・・・・・俺はお前に一言言いたいことがあるんだがな?」
「えっ、なに?」
「あのパーティ、伯爵の息子の『嫁探し』だったんだってなぁ?」
「あ!・・・・そ、そうなの?・・・知らなかったなぁ〜」

しどろもどろであさっての方向を見るアルに、エドは青筋を浮かべて詰め寄った。

「ウソ付け!!・・・お陰で、もう少しで嫁にされるとこだったぞ!!」
「えっ?!やっぱりっ!!」
「なんだ、そのやっぱりって!!・・・って、やっぱ知ってたんじゃねえか!」
「ご、ごめん兄さん!言おうとは思ったんだけど・・・でも、まさか兄さんが見初められるなんて」

思ってたけど・・・とは、言わずに飲み込んだ。

「じゃ、ご子息にも口説かれたの??」
「違う。言ったろ、伯爵に気に入られたって。伯爵から言われたんだよ『当家の嫁に』って」
「うわー、玉の輿だねっ」
「・・・・それはちょっと思った。女だったらこんな苦労しなくて済んだかもなぁ」
「・・・・・・・・じゃあ、お嫁にいく?」

ピキッ
エドの額に更に青筋が浮かび、真顔でそう聞くアルを一発殴る。

「行けるか!!アホッ!!!」
「兄さんひどいよ〜!!ちょっと言ってみただけじゃないかー?」

情けない声を出すアルに、自業自得だ!と笑う。
笑いながら思う。
ホラ、ちゃんと笑える。
このまま、忘れてしまおう。
それが、一番いい。

―――アルのためにも、オレのためにも、
              ・・・・・・・そしてアンタのためにも―――――






次の日の午後、エドはまたプライス邸を尋ねていた。
客間に通され、プライス卿が来るのを、豪華なソファーに座って待つ。

「・・・しかし、来るたび女装ってのは・・・やっぱり泣けるよな・・・」

執事が主を呼びに出て行った後、エドはガックリと肩を落とした。

今日のエドの服装は、ロングフレアの白いワンピースと上着のアンサンブル。
所々に刺繍があしらってある、上品で可愛らしい服だ。
ストレートのまま後に流した髪に巻いた白いリボンは、頭の上でリボン結びに結んである。
それはまさに『清楚なお嬢様』といった感じである。
また伯爵邸に行くと言ったら、セシルが嬉々として選んでくれた服だ。

「・・・リボンは不必要だったと思わねー?」

もう邸内に入っているにもかかわらず、エドはまだグズグズと文句を言っている。
それを、アルが諌めた。

「折角選んでくれたんだから、文句言わないの!・・・って言うか、すっごく可愛いし♪」
「お前なぁ・・・・・人事だと思って」
「でもちょっと心配だなぁ」
「なんだよ・・・?」
「そんなに可愛いいと・・・・・また嫁にって言われない?」
「可愛い可愛いいうなっ!!・・・・・やっぱ帰るかな・・・・」
「そんなぁ、姉さん!!」
「!?・・・ね、ねえさ・・・・・・」

姉と呼ばれたことにショックを受けて、エドはまたガックリと肩を落とし、俯いた。
そんな兄に少し同情しつつも、アルの声はどこか楽しげた。

「・・・・・おこられるの覚悟で、正体ばらしちまおうかな・・・」
「ええっ?!セシルさんがガッカリするよ〜?!」

だって、向こう一週間分のコーディネートしたって言ってたよ?!
アルの言葉にエドはギョッとした。
い、一週間?!
た、確かに、調べるのはそのぐらいはかかりそうだけど・・・と言うことはつまり!!
『少なくても、一週間は女装しなくちゃなんね―のか?!』
しかも、毎日人形のように、衣装をとっかえひっかえ遊ばれながら?
本気で資料を諦め、帰りたくなってきた時、扉が開いた。

「待たせてすまなかったね」

プライス卿の姿を見て、エドとアルは慌てて立ち上がった。
室内に入ってきた伯爵の後には、20代前半くらいであろう青年。
柔らかい栗色の髪と、緑の瞳。
ロイとはタイプが違うが、なかなかの美男子だ。
伯爵はエドの前に来ると、笑いかけながら声をかけた。

「よく来てくれたね」
「お言葉に甘えて、早速押し掛けてしまいました」

ニッコリとエドはプライス卿に微笑んだ。
そんなエドに頷いた後、伯爵はアルフォンスを見上げた。

「こちらの鎧の騎士は・・・どなたかな?」
「私の弟です。すみません、勝手ながら連れてきました」
「アルフォンスです。昨日は姉がお世話になりました」

『弟』という説明に、少々驚いたような顔をしたものの、
握手を求めるアルの手を、伯爵は警戒した様子も無く、握り返した。

「弟さんが居られたのだな。・・・・では、私も紹介するとしよう」
そう、隣の青年を見上げる。
「私の息子、ギルバートだ」
「初めまして。お会いできて光栄です、セシル嬢」

先ほどの青年は爽やかな笑顔で、優雅な仕草でエドの左手をとり、その甲に軽く口付けした。
手袋の上からとはいえ、ピキッと固まってしまったエドだったが・・・・・
ロイの時のように振り払うわけには行かず、引きつりながら何とか笑顔をつくった。
アルはそんな兄を横目で見て苦笑しながら、今度は自分の方に手を差し出した彼と握手を交わす。

「立ち話もなんだ、座ってくれたまえ」

伯爵に促され、エドたちは再びソファーに腰を降ろす。
その向かいの席に伯爵たちも、座った。

「よく来てくれたね。・・・・・もしや、もう来ないのかと、心配していたんだよ?」
「・・・すみません。昨日はご挨拶もしないで帰っちゃって・・・」

言われるだろうなぁとは思っていたことだが、早々に触れられたこの話題に、エドは俯いた。

「いや、そんな事は気にしなくてもいいんだが・・・言ったろう?私はあなたが気に入ってね」
もう来ないのではないかと思ったら、残念で仕方なかったんだ。
そう言って、プライス卿は柔らかく微笑んだ。
思いがけない言葉に、エドは思わず顔を上げ、彼を見つめた。

「あの後、マスタング君に訳を問いただしてみたんだが、はぐらかされてしまってね」

彼が君に何か酷い事でもしたと言うなら、一言言ってやろうと思ったんだが・・・
そこまで言うと、伯爵は苦笑した。

「なんだが、彼の落ち込みようも尋常じゃなくてね?それ以上聞けなかったんだ」

エドは驚きの表情でその言葉を聞いた。
大佐が落ち込んでた?それも、尋常じゃないくらいに??
親しい者の前ではそれほどでもないものの、それ以外の人の前では大佐は常にポーカーフェイスだ。
巧みな言葉に、食えない笑顔。
軍などという特殊な組織の中で、若いのに高い地位を有する彼は、処世術に長けている。
それなのに、会って間もない伯爵に、そんな姿を晒すなんて?
確かに、言い寄った女に振られたら、少々ヘコミもするだろうが・・・
いつも、掃いて捨てるほど言い寄る女が後を絶たない彼だ。
遊びなれてるアイツにとっては、恋愛関係の駆け引きはお手の物だろう?
それなのに、そんなに動揺しているってのは、どういうことだろう・・・・
あんまり拒否されたことがなかったので、口説き落とせなかったのがショックだとか?

「いったい、何があったのかな?」
「・・・・・ちょっと、ケンカをしてしまいまして・・・・・」

曖昧にそう答えて黙ってしまったエドをみて、ギルバートはやんわりと父を諌める。

「父上、私にはよく事情はわかりませんが・・・無理に聞くのはよくないですよ?」
「ああ・・・!すまんな、つい」
「・・・いえ」
「セシルさん・・・本当に父はあなたが気に入ってしまった様ですよ?」

普段は、そんなに人の事を気にする人ではないんですけどね?
そう言って、ギルバートは微笑んだ。
人付きのする笑顔。本当に『好青年』といった感じの人だな・・・そうエドは思った。
その笑顔につられて、自分も彼に微笑みを返す。
ギルバートは、自分に向けられたエドの笑顔に少し見とれた後・・・
じっと、エドの顔をみつめた。

「・・・父だけでなく、私も残念ですよ」
「え?」
「こんな素敵な方なら、私のほうからもお願いしたかったな・・・」
「あの・・・?」
「あなたのような方が妻になってくださると言うなら、この上ない幸せだったんですけどね?」

「 !!! 」

エドは驚いて目を見開いた。
チラリ・・・と横目で弟を見ると。
『やっぱり〜!!』とでも言っているような顔だ。
女装しているだけでも恥ずかしいのに、弟の前で男に口説かれるとは・・・・・
『オレって・・・・・・(涙)』
自分の男としての存在に、少々自信がなくなりかけながら、なんとか口を開く。

「あ、あの・・・・・」

なんて言ったらいいか、戸惑っているエドをみて、ギルバートは『ああ』とすまなそうな声を出した。
「すみません、困らせるつもりはないんです」
断られたのは、知ってますし・・・と、苦笑交じりで話す。

「ただ、あまりにあなたが美しいので、つい・・・・・」

美しい・・・・・などと言われて、エドは戸惑う。
『つーか、顔だけで口説くなよ・・・』
男って奴は、わからん・・・いや、オレも男だけど、顔見ただけでは口説かないぞ?!
大佐といい、こいつといい・・・・・これが普通なんだろうか??
簡単に人に惚れるタイプではないエドは、どうにも理解に苦しむ。

「特に、その髪がお美しいですね。・・・今日は梳いていらっしゃるんですね?」

梳いて?ああ、昨日は結っていたからなぁ?
あれ、でも昨日この人と会わなかったんじゃ?
少々疑問に思いながらも、適当に相槌を打とうとしたエドだったが・・・
次のギルバートの言葉に氷つく。

「いつもは、三つ編みなのでしょう?」
「!!」

さぁっと、顔面から血の気が失せていくのを感じるエドだった。

『シンデレラの夜・13』




ドレスエドの次は、お嬢様エドだっvvv
・・・・・アホですかね?(聞くな)



  back     next      小説部屋へ