「ん・・・・・・」
エドは、目を擦りながら、上半身を少し起した。
『少し・・・眠ってたのか?』
キョロキョロと周りを見回してみる。
『アル・・・・・?』
部屋を見回してみるも、弟の姿は何処にも見えない。
どうやら夜食を取りに行ったまま、まだ戻ってないようだ。
時計を見てみると、横になってから、15分も経っていない事が分かった。
『本当に、ちょっとうたた寝しちゃっただけなのか・・・・』
エドはため息をついてから、完全に起き上がって、ベットサイドに座る。
そこで、自分がまだドレスのままなのに気がついた。
立ち上がって、忌々しげにそれを脱ぎ捨てると、タンクトップを着た。
洗面所に向かい鏡を覗き込むと、結い上げられた髪も、すでにぐちゃぐちゃになっていて。
髪飾りを取り、それをほどく。
するりとほどかれた髪が、自分の肩に落ちてきた。
そして、涙のためにほとんど取れてしまった化粧を、乱暴に洗い流す。
顔を上げると、鏡の中にいつもの自分がいた。
でも、その顔は何となく情けない顔になっており・・・・唇にはまだピンク色の口紅が残っている。
『お化粧はなかなか落ちないから、これを使ってね』
セシルにそういわれたのを思い出し、洗面所の棚に目をやると、クレンジングの瓶をみつけた。
すぐ使えるように、アルがここにおいて置いてくれたのだろう。
それを使って、もう一度洗いなおす。
そして、『とれたかな?』と思いつつ、鏡に顔を近づけて自分の唇を触った時、
―――ロイに押し付けられた、彼の唇の感触がよみがえる―――
途端、鏡の中の自分が見る見る赤くなっていくが見えて、たまらずそこを飛び出した。
ベットに戻って、うつぶせに身を投げ出し、枕に顔をうずめる。
頬がまだ熱い。
エドはギュッと目を瞑った。
思い出したくない!
思い出したくないのに・・・・!!
自分の気持ちとは裏腹に、さっきまでの場景が頭の中に次々と浮かび上がってくる。
バルコニーで振り向いた大佐の顔
突然抱きしめてきた腕
重ねられた唇
もっと深く重ねられた時の熱さ
苦しげな彼の顔
そして、切なげに囁かれた言葉
『君を・・・愛してる』
エドはますます枕に顔を押し付け、それを抱きしめた。
胸には、さっきロイによって施された熱さと苦さが渦巻いている。
『女たらしっ・・・!』
いつも、あんな風に女を口説いているのかと思うと、胸の中が焼け付くような感覚に襲われる。
それと同時に、本当にただのナンパなのか?と言う、疑問も湧いてきた。
だって、あの時の大佐の顔は、本当に真剣で。
いつもの、飄々とした余裕が感じられなかった。
こういうことに疎い自分だから良く分からないけれど・・・・・
彼のように口説きなれてる奴が、あんなに切羽詰ったような、余裕のない口説き方をするだろうか?
『一瞬で私の心をさらってしまった―――』
彼の軽口を思い出す。
まさか・・・・・本当に、セシルに一目惚れ?!
ぼぼっ、とまた顔が赤くなる。
エドは、頭をぶんぶんと振った。
『んなわけないか・・・』
それに、どちらだとしても・・・・
―――オレに、言ったわけじゃない―――
また、ジワリと涙が浮かんできて、焦る。
アルがもうすぐ帰ってくるのに、泣いてなんかいられない!
そう思えば思うほど、涙はたまってきて
ポトリと枕にシミが出来た。
おかしいよ・・・オレって、こんなに弱かっただろうか?
もっともっと辛い目に会ってきたはずなのに、もっともっと泣きたい場面はいっぱいあったはずなのに。
アイツが真剣に女を口説いたってくらいで、何でこんなにも悲しいんだろう?
別に、オレはアイツの恋人ってわけでもない。
怒る権利も無いはずだ。
それに、いつも口説いてくるアイツを邪険に扱ってきたのは、他ならない自分だ。
彼が他の女の人を好きになったからって、今更何を言えるというのだろう。
でも・・・もしも。
いつもよこされる口説き文句に、素直に頷いていれば今ごろ彼の隣で笑っていられたのだろうか?
そこまで考えて、自分の女々しさに腹が立った。
同時に、悲しみをこらえ切れなくなり、また、涙が頬を伝う。
『ばっか、みてえ・・・・・』
・・・・・こんなに、好きになってたなんて、気付かなかった。
今ごろ気付くなんて、マヌケだ。
でも、やっぱり自分への言葉が冗談だったと気付いた今、もう伝える勇気は残っていない。
『アイツが悪いんだ・・・・・』
人の気持ちを勝手にかき乱しておいて
自分はいそいそナンパに励んでるし
責任取れないなら、あっちこっちに焔(ひ)付けて歩くな!!この放火魔!!
ナンパ師!
女たらし!
エロ大佐!
無能!
それからっっ・・・・・!!
思いつく限りの悪態をついてみるものの、
胸の中につけられた焔はなかなか消えてくれない・・・
苦い思いに、また涙が出来くる。
くやしいけど・・・悔し涙じゃない。
何で、あんな奴のことが・・・・
「なんで・・・・・こんなに・・・・好きなんだよ」
いつも、どうでもいいときにはベタベタ抱きついてくるくせに
必要なときには、どうして受け止めれくれないの?
こんなに好きって分かったのに・・・・・
「大佐・・・」
エドの口は、知らず知らずの内に彼の名前を呼んでいた。
「・・・・・・」
部屋の外で入るタイミングを伺っていたアルフォンスは、その場でしばし立ち尽くしていた。
兄の呟きを聞いてしまった。
やはり、自分の考えは当たってたらしい。
やっぱり、大佐だったのか・・・・
そして、やっぱり兄さんは自分の気持ちを自覚してしまったんだ。
酒場から部屋に戻る途中、アルフォンスはどう兄を慰めようか考えていた。
でも、ふと考えてみると・・・・・
確かに、失恋は悲しいものだし、できるなら思いを成就させてあげたい。
しかも、今回は失恋って言うよりも、兄の勘違いの可能性が高い。
それを指摘して、背中を押してやればいいのだ。
だが・・・・・
このまま勘違いさせたまま、この恋を終わらせてしまえば・・・・・
そんな思いが頭をよぎる。
確かに、大佐は恩人だし、悪い人ではない。
自分だって、別にあの人を嫌いなわけではないのだ。
だけど・・・・・
今、止めさせれば、兄はまっとうな恋愛をして、幸せな家庭をつくって。
そう思うと、肉親としてはやめて欲しいという気持ちが大きくなってくる。
兄さんが幸せであればいい。
でも・・・・不毛な関係なのも確かなのだ。
その複雑な思いの中に、兄を盗られる寂しさもあるのだが、そこにはまだ気付かなかった。
悲しいのは一時。それなら、知らないフリをしておいたほうが、兄の為か?
そんな風に、階段を上りながら考えたアルだったが・・・・・
兄の辛そうな顔を目の当たりにすると、どうしようもなくなってしまった。
アルは、意を決し、部屋のドアを開ける。
突然開いた戸に、エドはビクッと体を揺らして顔を上げた。
その頬は、やはり涙に濡れている。
アルフォンスなのを確認し、エドはそんな顔を隠すようにうつむいて、慌てたように腕で涙を拭う。
「兄さん・・・・・・」
「アル。わりぃな、俺ちょっと疲れちゃって・・・さ」
「うん。・・・慣れないとこ行ったから、大変だったでしょ?」
「ああ、女の人っていうのは、良くあんなの着てるよなー。肩凝った」
無理矢理微笑む兄を、アルは痛々しく見つめた。
「あ、肝心の報告忘れてたよな!」
「疲れてるのなら、後でゆっくりでもいいよ?」
「平気だって!」
そうエドは笑うと、今日読んだ文献の内容を話し始める。
そして、明日以降も閲覧できることを教えた。
「すごい!それならゆっくり調べられるね!!」
「ああ、オレと一緒ならお前も入れてもらえると思うし、よかったよ」
なにせすごい量だったからなぁ、とても一人じゃ調べきれねぇよ。そうエドは苦笑する。
読みきれないほどの錬金術書というのを聞いて、アルは嬉しそうな声を出した。
「本当によかったね!それにしても・・・今日も一人で調べたにしては、随分頑張ったんだね?」
兄が今日調べて来たという内容を聞くと、あの短時間によく・・・という量だった。
そう思い何気なく聞いたのだが、その途端兄の表情がみるみる曇る。
「あ・・・いや、思いがけずに知り合いに会ってさ・・・手伝ってもらったんだ」
「知り合い?」
「うん・・・・・・大佐・・・がさ、来てたんだよ」
大佐・・・と呼ぶときの声が少し震えていたのを、アルは聞き逃さなかった。
涙をこらえるように兄の顔が歪んだとき、アルはつい叫んでいた。
「兄さん!!」
「え?」
アルの金属の体がエドを抱きしめる。
エドは戸惑ったように、されるがままにしていた。
なんとか顔をあげるものの、鎧に表情は無い。
だが、何となくアルが自分を慰めようとしてるのは分かった。
「ごめんね、兄さん・・・・・僕、ちゃんと兄さんの気持ちをわかってあげられなくて」
「な、なにを??」
「もう隠さなくていいから、我慢しなくても良いから!僕、知ってるから!!」
「アル、落ち着けって!・・・いったい、何の事言って・・・・・」
「兄さん、大佐の事・・・・・好きなんでしょ?」
その言葉を聞いた瞬間、エドは大きく目を見開いた。
まるで、時が止まったように感じる。
喉がからからに渇いて、なかなか声が出ない。
それでも、何とか掠れた声を絞り出した。
「な、なに言って・・・・」
誤魔化そうとするが、どう言葉を繋げたらいいかわからない。
二の句が次げず、固まるエドの体を離し、アルはエドを見つめた。
「隠さなくてもいいよ。僕達、いつも一緒だろ?気付いてたよ」
「・・・・・・」
「僕反対しないから。兄さんが幸せなら、別にかまわないよ?」
「アル・・・・・」
「ねぇ、何があったかだけでも、話してよ?」
労わるように声をかける弟に、また涙が溢れそうになる。
「お前には・・・かなわねぇな・・・・」
エドは観念したように、呟いた。
『シンデレラの夜・12』
ちょっと女々しすぎでしょうか?(汗)
可愛いエドを目指してるんで・・・・良いよね?(苦笑)