「お帰り、兄さん!どうだっ・・・・・?!」
12時を回った頃、やっと帰ってきた兄の姿をみて、一度はホッとしたアルだったが・・・
兄の表情をみて、息を呑んだ。
暗い顔。
お目当ての資料が見つからなかった・・・などという理由ではないことはすぐに分かった。
兄の澄んだ金色の目は、赤みを帯びて濁り。
頬には、拭ったような涙の後が、行く筋も見えたからだ。
「・・・・・・」
アルは動揺した。
兄が泣くなど、ただ事ではない。
前々から意地っ張りな兄は、なかなか人前で涙を見せることなど無かった。
禁忌を犯してからは、尚更だ。
後戻りできない道を踏み出してしまったからの兄は・・・
常に強くあるように
弱い所など見せないように
何より、弟である僕に心配をかけないように
強い自分であろうと、気を張っているようだった。
そんな兄なのに・・・・今は、泣きはらした後がはっきりと見える。
辛い目には、何度も何度もあっている。
今更、そんなに簡単に兄が泣くわけが無い。
よっぽどのことがあったのだろう・・・
でも、それは・・・何?
「兄さん、なんかあったの?」
「・・・別に、なんにもねぇよ」
「靴、履いてないけど・・・どうしたの?」
弟の言葉に、もっていた片方のハイヒールを、ポイと床に投げ捨てる。
「これ・・・・片方だけじゃない。もう一つは?」
「なくした」
「なくしたって・・・・・」
兄は、ブスッした顔でそう言うと、ベットにドレスのまま横になると、壁際の方を向いてしまった。
その背中は、自分に理由を言うのを、拒否している。
こうなると、何を聞いても無駄なので、アルは黙って原因を考える
怪我をした?
でも、そんな様子も無いし、この落ち込みようは変だ。
人の死に立ち会った?
でも、今日行って来たのはパーティだし。・・・知り合いだったら、僕にも言ってくれるはずだし。
ひどい言葉を投げかけられた?
これは泣かないで、怒るだろう。
どれもこれも、兄がこんなに泣く理由にはならない気がする。
『まさか、決定的に元に戻れないって分かったとか?!』
一瞬青くなるが、これこそ自分に言わないわけがない。
どうにも理由がわからず、アルは頭をかかえた。
とりあえず、一人にしてあげたほうが良いか・・・と立ち上がる。
「兄さん・・・・お腹すいたろ?宿の下の酒場、まだ開いてるから・・・何かもらってくるよ」
「・・・・・・・」
返事はないが、そう兄に一声かけて部屋を出た。
階段を下りながら、今の状況を整理する。
とりあえず、パーティに行く前は、いつもの兄だった。
ということは、パーティで何かあったに違いない。
それは、泣いてしまうほど、大変なことで。
でも、それを自分に明かしてくれないということは・・・・
僕には関係なくて、兄さんには大きな問題ってことだ
つまり、今日閲覧した文献や『賢者の石』には関係ないことで。
大切なことなら、打ち明けるはずなのにそれをしないということは、僕にもいいたくないこと。
しかも、ただ悲しんでるだけじゃなくて・・・
なんか、怒ってるし、拗ねている。
それは・・・・・・
アルはそこまで考えて、ため息を付いた。
『全然わかんないや・・・』
まさにお手上げだ。
あの状態の兄が何か話してくれるとは考えにくいし。
落ち着いてから探るしかないか・・・と、一階にある酒場のドアを開ける。
もう12時を過ぎたというのに、にぎやかな店内。
大抵はもう出来上がってしまって、わけのわからない大人でいっぱいである。
カウンターに近づき、ここの女将に声をかける。
「あのー」
「あら、お客さん?どうしたの?」
「ちょっと、軽く夜食が欲しいんですけど、お願い出来ますか?」
「簡単なものしか出来ないけど、いいかしら?」
「はい、かまいません」
「じゃ、ここに座って待っててね?」
女将はそういい残すと、奥の厨房にはいっていった。
それをカウンターの席に座って、大人しく待つ。
隣は、中年の男性と、連れらしい水商売風の女性。
その2人の視線がこちらを向いているのに気付いて、アルは会釈した。
「こんばんは」
「!?」
鎧から聞こえてきた、思いがけない可愛い声に2人は驚いた様だった。
「こんばんは、・・・意外にお若い方のようだね?」
「僕、14です。」
「14歳?!それでこのがたいとは、すごいねぇ!」
「はは・・・・」
「何で、鎧なんか着てるのぉ?」
舌ったらずの声で、女が聞く。
「え・・・っとお・・・・」
「なんか、理由があるんだろ?そんなの聞かないでやれよ」
中年の男は意外にも、それを嗜め、人懐っこそうに笑った。
「でも、子供がこんなとこに一人でどうしたんだ?」
「あ・・・一人じゃないんです。兄さんと一緒で・・・」
「兄弟2人旅かぁ。」
「はい」
「で、その兄貴のほうはどうした?」
「今出かけて帰ってきたばかりだから、疲れたみたいで・・・・横になってます」
その時、ふと思い付いてアルは聞いてみた。
「おじさん、兄弟とかいますか?」
「ああ、弟がいるよ」
「わぁ、うちと同じだ!良かった・・・・ちょっとお聞きしたいんですけど」
「なんだ?」
「兄が、悩んでる様なのに、何も僕に言ってくれないんです」
「ほぉ?」
「大事なことなら、いつも言ってくれるのに、今回は僕にも言いたくないみたいで」
「うん?」
「理由がわからないんです。・・・弟にいえない悩みってなんですか?」
なんか、泣いてて、おこってて、拗ねてるみたいなんですけど?
2人きりの兄弟だから、何でも分かち合ってきたのに・・・・
そう言うと、男はおかしそうに笑った。
「そりゃあ、あれだね!」
「え?!なんですか?」
「恋の悩み・・・さ」
「恋?・・・・・えええっ?!」
恋??あの兄が恋!!
大人ぶってるくせに、そっち関係はまるっきり幼稚園児並の兄が?!
・・・・そっか、でも、それなら納得がいく。
兄さん恋愛関係は大の苦手で、どう対処して良いかわかんないのだろう。
免疫無いから、どうしようもなくて・・・・・泣いてしまったのか。
大人の階段を、一歩上がってしまったんだね(ホロリ)
ああ、家にいたのだったら、僕が赤飯を炊いてあげたのに!
・・・・・・って!そんな暢気なこと考えてる場合じゃなかった!!
つい、父親のような考えに耽ってしまったアルは、慌てて頭をふった。
相手は誰だろう?
四六時中一緒にいる僕達だけど、そんな話は聞いたことが無い。
兄の性格を考えると、ちょっと知り合った人・・・って事はまず無いだろう。
結構用心深いというか、心を完全に開くまで時間のかかる人だから
よく知りもしない人に、ひとめぼれするってのはありえない。
知り合い・・・となると、僕も知っている人の中の誰か・・・って事になるだろうけど。
きっと、パーティでその人に偶然会って、なんかあったんだ!
でも、誰??
まさか、ウインリィ?!
いや、でもここはセントラル。彼女がここにいるわけはない。
大体、リゼンブールにはしばらく帰ってないし・・・・
リゼンブール以外の知り合いって言うと、軍関係?
そこで、一つ思い出した。
プライス卿は、軍にコネのある人だった。
パーティに軍関係者が呼ばれていたとしても、不思議じゃない。
セントラルにいる知り合いって言うと。
ヒューズ中佐とアームストロング少佐。
アルは、また頭を振った。・・・・あの2人なわけは無い。
第一、2人とも男の人だ。
女の人って言うと、ホークアイ中尉。
確かに兄さん彼女には懐いているけど・・・アレは、どうみても恋じゃないよなぁ・・・
その時、一人の顔が思い浮かんだ。
「・・・・・・・!」
いた!
何ですぐに思いつかなかったんだろ?!
あの人も男の人だけど・・・たぶん間違いない。
兄に会うたびちょっかいを出しているあの人・・・・・
兄さんは『間に受けるな!』っていってたけど、絶対アレは本気だと思う。
それに、兄さんも『人の事からかいやがって!』とか言いつつ、かなり意識してたような?
そっかぁ、兄さんもいつの間にかあの人の事が好きになってたんだね?
あんまり一般的な関係じゃないけど・・・・・・兄さんが幸せなら、いいや。
母さん、エルリックの血は僕が元に戻ってから残すから良いよね!?
いや、そんなことを考えてる場合じゃなくて!!
またもや脱線しそうになりながら、また考えを戻す。
あの人なら、パーティとか来てそうだし。
そこで、ばったり会っちゃったってのは、ありえる話だ。
でも、何で泣いてるんだろ?
兄さんが自分の気持ちを自覚したなら、両思いのはず。
でも、あれはどう見ても、嬉し涙じゃない。
「あの・・・・泣いてたみたいなんですけど?」
「振られたんじゃないか?」
「振られた??」
あの、兄にベタ惚れ軍人が、当の本人を振ったりすることはあり得るだろうか?
いや、無い!!(キッパリ)
そ、それとも、兄さんが自分の気持ちを自覚したわけじゃなく・・・
我慢できなくなったあの人が・・・体だけ無理矢理?!
そんなの許さない!!
兄も彼を『好き』というのなら、仕方がないけれど、そうでないのなら、最愛の兄はやれない!!!
フルフルと震えだしたアルだったが、またふと気付く。
でも、別に服乱れてなかったしな。
それに・・・あの兄が、気持ちのない人にそんな事簡単に許すはずも無い。
(暴れだしたら、猛獣並だし・・・・・)
考え込んだまま、表情も無いのに百面相しているアルを、男は不思議そうに眺めた。
「思い当たる人がいたのかい?」
「いるにはいたんですけど・・・どうも泣いてた理由がわかんないんです」
「どうして?」
「相手のほうがベタ惚れなんで。兄が振られることなんて無いと思うんですよね・・・」
「じゃあ、相手の浮気現場でも、見ちゃったんじゃないのぉ?」
「!!」
女の一言で、アルはすべて分かった気がした。
『あの人・・・・・兄さんが来てるとも知らずに、女の人口説きまくってたんじゃあ?』
絶対、そうだ。
アルフォンスはため息を付いた。
あの人にとっては社交辞令と言うか、条件反射というか・・癖みたいなものだろう?
どうせ、本気じゃないんだから、流せばいいんだろうけど・・・兄には無理だ。
きっと、兄さんそれを見て、ショックで。
ついでに、自分の気持ちも自覚してどうしようもなくなっちゃったんだ・・・
当たらずも遠からず(笑)
勝手にそう思い込んだ弟は、話を聞いてくれ他男女に礼を言うと
夜食のサンドイッチを受け取って、どう慰めようかと、思案しながら部屋に戻っていった。
『シンデレラの夜・11』
アルにばれちゃった(笑)
いや、エドには家族公認で幸せになって欲しくて・・・(やっぱり腐れてる・・・)
アル、エドよりかなり中身が大人のようです(苦笑)