シンデレラの夜・10

 
「君は・・・だれを思っている?」

怒っているような声。
でも、それは何故か苦しげで
切ないような音を含んでいた。

「答えて、くれないか・・・」

何でそんな顔をするの?

「誰・・・なんだ?」

アンタだよ・・・

「君は・・・・・」

オレ・・・・アンタの事が・・・・好き。
だから、そんな顔しないで?

  「た・・・・・・」
思わず、大佐・・・と呼びそうになったとき、不意にロイの腕の力が緩んだ。
胸に押し付けられるような格好になっていた顔を、上げる。

「!?」

唇に押し付けられた、柔らかい感触。
それが、ロイの唇だと気付くのに、しばし掛かってしまった。

「・・・やっ!!」

咄嗟にロイを突き飛ばそうとした腕は、また絡め取られ、動きを封じられる。
そして、強引にまたも、唇を塞がれる。

「んっ・・・ふ・・・」

先ほどの触れるだけのキスとは違い、息苦しいほどの深い口付け。
頭の中が真っ白になり、潤んだ瞳からは涙がこぼれそうになる。

やっと開放されたときには、足に力が入らなくなって、その場に崩れそうになる。
それを、ロイにきつく抱きしめられて、支えられた。

「私では・・・・・・だめか?」
「・・・なに・・・いって・・?」

まだ整わない息のまま、途切れ途切れに何とか言葉を搾り出そうとするが、うまくいかない。
せめて、その顔を見ようと、胸から顔をあげようとするが、押えられてしまった。
押さえつけられた頭に、ロイの顔が近づくのを感じる。
またキスされるのか?と、目をギュッと瞑った時、耳元にロイの声が届く。

「君を・・・愛してる」

苦しげに、切なげに、そして真剣に。
囁かれた、愛の告白。
エドは自分の体中の血が沸騰してしまったのではないかと思うぐらい、体中が熱を帯びるのを感じた。
好きな人からの、告白。
歓喜が体中を支配していく。
会うたび囁かれてはいたけれど、いつものように冗談とは思えなかった。
だって、そう言って抱きしめる彼の腕は、痛いくらいで。
真剣だと、そう自分に訴えている様だった。
いつもは素直じゃない自分だけれど。
自分の気持ちを自覚した今、その思いに答えたいと素直に思う。

上気していく頬。
振るえるからだ。
からからに渇いてしまった喉。
それでも何とか自分も思いを伝えようと、エドは震える唇を薄く開きかけた。

『オレも・・・好き・・・』

そう、伝えようとした時に、夜風がエドの着ていたドレスの裾を、軽く舞い上げた。

―――その瞬間、ハッとした―――

『オレ・・・・?』

違う。

ここにいるのは、エドワード・エルリックじゃない。

セシル・ライトという『女』だ。

大佐が今愛を囁いているのは・・・

オレじゃなくて、セシル?!

その瞬間、エドは物凄い力でロイを突き飛ばしていた。
ロイはよろけながらも、何とか体勢を立て直して、立ち上がりこちらを見る。
その表情は、戸惑いと驚愕だった。

エドは、ヨロヨロとあとずさっていく。
その瞳からは、透明な涙が、後から後からあふれ出ている。

「そんなに・・・・」
そんなに、嫌なのか?そう苦しそうに、ロイが言葉を続けようとした途端、
エドは、叫ぶように言い放った。

「会ったばかりの女にも言うんだ?!」
「!」
「誰にでも・・・・・・・」

―――言えるんだ?―――

その言葉はエドの口から出ないまま飲み込まれる。
俯いたまま、唇をかみ締めた。
ロイが慌てたように近づいてくるのに気付いて、エドは踵を返して走り出す。

「待ちなさい!」
書庫にロイの声が響いた。
歩幅も違う上に、今日のエドはドレス姿だ。
おまけに、足はなれないハイヒールのため、書庫を出る前に追いつかれそうになる。

逃げ切れない!?
でも、こんな状態で、自分の正体をばらしたくない!
捕まって、泣き顔を見られるのも、我慢がならなかった。
咄嗟にエドはハイヒールを脱ぐと、思いっきりロイに向かって投げつけた。

「っつ・・・?!」
思いがけない行動に、よける暇も無く、ロイはまともにそれを額に食らってしまう。
痛さに顔を顰め、立ち止まって額をさする。
その間に、エドは書庫の扉のところまで、逃げていってしまった。
そして、扉の外に出てから、振り返る。

「・・・・・大嫌いっ!!」

そう叫ぶと、エドは飛び出していった。
後に残されたロイは、ただ呆然と立ち尽くしていた。

『大嫌い』

さっき投げかけられた言葉が、重い重石となって、その足をここに縫いとめているように、動けない。
ジンジンと疼く額を持ち上げ、天を仰ぐ。
自分の不覚さを後悔しながら、瞳を閉じて、ため息を付いた。
そして、何気なく視線を落とすと、そこにはさっき投げつけられた、ハイヒールが落ちていた。
水色の華奢な靴が、片一方。
それを手にとった。

「まさに・・・・シンデレラだな」

ただ、『落としていったのではなく』、投げつけられた物だが。

「ひどいシンデレラだ・・・」



でも・・・・・君らしい―――



苦笑の表情をつくろうとしたが・・・・・うまく行かなかった。
ロイ肩を落とすと、先ほどまで2人で調べ物をしていた椅子に、ドサリと身を沈めた。









「はぁはぁはぁ・・・」

どのくらい走っただろうか?
夜の路上、エドは膝に両手をつくような形で、肩で息をしていた。
夜とはいえ、大きな通りのため、人影がほかにもチラホラ見受けられる。
その人々は、皆エドに好奇の目を向けていた。
エドは、そんな視線に気付かないのか、よろよろと街灯の下に設置してあるベンチに腰かけた。

「は・・・・ぁ」

やっと、呼吸が落ち着いてきて、ベンチの背もたれに体を預ける。
一生懸命に走ったお陰で、額には汗が噴出してきていて、前髪が額に張り付いている。
エドは、それを鬱陶しげに手でかきあげた。

書庫を飛び出した後、皆の視線も意に介さず、エドはパーティ会場を走り抜けて、屋敷を出た。
プライス卿が何かを言ったようだったが、無視してただひたすら走って出てきたのだ。
今ごろ会場は、ざわついているかもしれない。
プライス卿も気付いたみたいだったから、今ごろ大佐は責められているかも?
なんてったって、あんなに自分は彼に気に入られていたから。
ありえないことではないだろう。

「だとしたら、いい気味だ」

エドは、小さく悪態をついた。
でも、その顔はすぐに泣きそうに歪む。

『大佐の・・・・・バカヤロウ』

女タラシなのは知ってたけど、あそこまでとは思わなかった。
会ったばっかの女、よくもあんなに真剣に口説けるな?!
エドの表情がイライラとしたものに変わる。
愛してるだって?!
あの調子で今までも、何人もの女を口説き落としてきたのかと思うと、無償に腹がたつ。
あんなんじゃ、真剣なのか、ただの口説きの手段なのか、区別がつかないじゃないか?
きっと今までだって、甘い言葉を本気にした女の人が沢山いるに違いない。
『絶対、アイツそのうち女に背中から刺されるぞ?!』
大佐が遊びのつもりでも、あんな顔で告白されれば、誰だって本気にして・・・

そこまで考えて、はっとする。
『オレも・・・・本気にしてた?・・・・』
繰り返される言葉が、最初はちゃんと 『冗談』 だって分かっていたはずなのに
いつの間にか、それを本気だと思い込んでいた?

―――大佐とっては、ただの暇つぶしみたいなものだったんだ―――

エドの頬を涙が伝う。
くやしい
泣きたくない
あんな奴のために、泣きたくないのに!
あふれ出る涙を止めることが出来ない。
せめて、声を出さないようにと、押し殺した。
でも、肩の震えまではとめること出来ない。
―――そして、チリチリと痛みつづける、胸の痛みも―――

『痛いよ・・・・・大佐・・・』

エドの顔は苦痛に歪んでいた。

『シンデレラの夜・10』




すれ違い・・・・・って、萌えv(笑)
そして、何となく『シンデレラ』をクリア?(いや、違うだろ・・・)



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