シンデレラの夜・9

 
「残念だよ。・・・・・・本当に」
伯爵は、そう呟くと肩を落とした。

「・・・・・すみません」
ちょっとした罪悪感に苛まれながら、エドは小さく謝った。

いや、気にしないでくれ・・・そう、呟くように伯爵は言って、エドを見つめた。
「では、私は会場に戻るとするか・・・・・」
パーティが終わるまで、しばし間がある。
ゆっくりしてくれ・・・と、2人の方を見て、力なく笑った。
「はい・・・・あの、お・・・・私、本当にまた来てもいいんでしょうか?」
伯爵のあまりの落胆振りに、流石のエドも遠慮がちになる。

「ああ、かまわないよ。気にせずにまたおいで」
そう言ってから、やっと思いついたように聞いてきた。
「そう言えば、まだ名前もお聞きしていなかったな?」
名前も知らず、ただ『嫁に!』と一生懸命に口説いていたのだった。
伯爵は、己に苦笑した。

「はい。セシル・・・・」
あれ?セシル・・・・なんだっけ?!あ、ライトだライト!!
「セシル・ライトと申します」
「セシルさんか・・・。門番には伝えておくから、いつでも来てくれてかまわないよ」
チラ、とテーブルの上に視線を走らせる。
「日を開けずに来るというなら、その本もそのまま置いておきなさい」
そう言って、プライス卿は、やっと本当の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
伯爵は頭を下げたエドに頷き、今度はロイの方に向き直った。
「君も、また来てくれたまえ」
「ありがとうございます。ぜひ」
そう、短く挨拶を交わすと、伯爵は踵を返し、書庫から出て行った。




「・・・・・・・・」

しばしの沈黙。
『そ、そういや、2人きりになっちゃったんだ!!』
エドは内心焦りまくっていた。
ロイへの気持ちを自覚した途端、2人きりにされてしまい、どうしていいやら分からない。
しかも、今は『身元を隠して女装中』という、複雑な状況である。
でも・・・・だからこそ、ロイにとっては『ちょっと知り合った女の子の告白話』にしか過ぎないはず。
『残念ですよ』とか、軽口は叩いてくるだろうが、突っ込まれることは無いはずだ・・・・
そう思っていたのに、いくら待ってもロイは言葉を紡ぐことも無く、動く気配も無い。

『な、何で黙ってんだよ?』

その表情を確認したいものの、本人の前で告白大会を繰り広げてしまったエドとしては、
とてもまともに顔を見られそうにもなく。
ただただ、2人の沈黙は続く。

『大佐・・・・・・?』
いい加減しびれを切らし、勇気をだして顔を上げたとき。

―――ロイは、不意にその視線から逃れるように背を向けた――――

そのまま、一言も無く、極端に窓が少ないこの部屋の入り口以外の開放場所、
バルコニーに向かって歩いて行ってしまった。

「・・・・・・・」
その後姿を、エドはただ見つめていた。

『・・・・なんで?』

その表情は見えなかったものの、明らかに態度がおかしい。
再び、椅子に座って本をひらいてみるものの、もう全然頭に入らなかった。
ため息を一つ。そして、本を閉じる。
『どうせ、今がっつかなくったって、明日以降もゆっくり調べられるわけだし・・・』
エドは椅子から立ち上がると、バルコニーに向かった。

開け放たれたままのガラス扉から、身を滑り込ませる。
今の季節、寒くとどうしようもないといったことはなかったが
やはり、夜の風はひんやりとしていた。

広いバルコニーに視線を移動させて、ロイの姿を探す。
そんなに奥に行く前に、手すりに両腕を付き、そこに体を持たれかけさせているロイがいた。
ゆっくりと、そこに近づいていく。
そして、おそるおそる、声を掛ける。

「・・・マスタングさん・・・?」
声に反応するように、ロイはこちらをゆっくりと振り向いた。

『う・・・・・わっ///』

思わず、エドは息を呑む。
振り向いたロイの顔は、先ほど軽口を叩いていた時とはまったく違い・・・
どこか、憂いを帯びた真剣な表情だった。
月の光に照らされ・・・・・その光が、漆黒の姿の輪郭を縁取るように浮かび上がらせる。
それを見た途端、エドの胸は再び高鳴リ始めた。
・・・・好きだという気持ちを、自覚してしまったからだろうか?

『・・・いつもより二割増くらい・・・・かっこよく見える///』

ふたたび、自分の顔が赤らんでいくのがわかる。
なんだって、こんなにドキドキするのか・・・?
室内じゃなく、薄暗い外で、心底良かったと思った。
ここなら、表情はなんとかわかっても、顔色までは分からないはず。
それが勇気に繋がる。
エドは、もう少しだけ、ロイに近づいた。

「あの・・・・・どうか、したんですか?」
遠慮がちに、声を掛ける。
すると、今度はいつもの低音の声が帰ってきた。
「どうか・・・・とは?」
「えっと・・・なんだか急に外に出て行ってしまったから・・・・」

ロイがこちらに近づく。
思わず、エドは壁際まで数歩下がった。
『あんまり近づいたら・・・・・』
いくら暗くても、顔色を気付かれてしまうかもしれない。
おまけに
『心臓の音、聞こえちゃいそう・・・・・』
そう思いながら、ロイの顔を見上げる。

そこには、なぜか苦しげな顔―――
『な・・・・んで?』
何故、そんな顔をしているのか?
先ほどのドキドキが消え、エドの頭には疑問が広がっていく。

ロイの腕が不意に伸び、エドの頬を触る。
エドは、ビクリと体を振るわせた。

「先ほど言ったことは、本当ですか?」
「・・・・・え?」
「伯爵様の話を断る為だけではなく、本当の気持ちですか?」
真剣な表情に、エドは素直に頷いた。
「・・・・・はい」

急に、体を引き寄せられたかと思うと、目の前が真っ暗になる。
少しして、やっとロイの腕の中に抱きしめられたことに気付いた。
「!!!」
途端、また羞恥心が戻ってきて、エドは腕から逃れよう身をよじる。

「離っ・・・!」
「誰だ?」
「え・・・」
「その相手は、誰なんだ?」

耳元に聞こえてきた声は、切ない苦しげな音だった。

『シンデレラの夜・9』




大佐、苦悩中。・・・・よっぽどこのシチュエーションが好きなんだなぁ、私(笑)



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