「ちょうど見頃だな・・・・・・」
ロイは、司令部の裏手に植えられた一本の桜の木を見上げた。
それは既に満開で、ピンク色の花を枝中に着けて、誇らしげに咲き誇っている。
以前、この木の事を教えた時『そんなにきれいなのか!?なら、来年は絶対見る!!』
そう息巻いていた少女の笑顔が目の前に浮かんだ。
―――――彼女が旅だってから、一年が過ぎた。
だが、彼女は未だロイの元へは帰らない。
連絡も碌に取れぬような辺鄙な山の奥の奥。そこにある小さな研究室に彼女と弟はいる。
簡単にいけるようなところではないが・・・連絡をとる気ならなんとかとれたかもしれない。
だが、彼女に『待つ』と約束したから、ロイは彼女の帰るのを待ちつづける。
「でも、もう一年過ぎてしまった」
ロイは、桜の前でポツリと呟いた。
目を閉じると、彼女の笑う顔・怒った顔・泣きそうに歪んだ顔・・・色んな顔が浮かんでくる。
彼女の面影をしばし思い描いて・・・・・・・・・小さくため息。
彼女がいなくて自分の心の中はどんどんと冷えていく気がする。
だが、やらなくてはならない事は山済みで、日々淡々と過ぎていく。
そろそろこの休憩時間も終わり。戻らねば、誰かが探しに来てしまうだろう。
ロイは名残惜しげにもう一度桜を見上げた。
「エドワード・・・早く帰って来ないと、散ってしまうぞ?」
もう二・三日もすれば、この桜は散り始めてしまうだろう・・・・・
そして花びらが散るごとに自分の心もまた、ぬくもりを失っていくのだろう。
ロイは目を伏せ、執務室に戻るべく踵を返した。
だが。
「へぇ?もうすぐ散っちゃうんだ?んじゃ、ギリギリセーフってとこかな?」
声にハッと顔を上げると、目の前に天使が見える。
『・・・・・そろそろ精神的にヤバイのか?』
幻覚なのか?と、あっけにとられた表情で天使を見つめると、それは軽やかに近づいてきた。
たった今見ていた桜のような淡いピンクのワンピースの裾が、揺れる。
白いカーデガンが風をうけて、ふわりと広がる。
下ろされた金髪も、それに合わせてさらりと揺れた。
いや・・・・・・天使じゃない。桜の精だ――――――
「なぁ、浮気してなかった?」
からかうような響で寄越された言葉に、ロイは目を見開く。
桜の精にあるまじき科白・・・・・・・そうだ、これは桜の精じゃない。
このワンピースは彼女が初めて私の為に着てくれた、あの時の・・・・!
そして―――胸に輝くのは、銀色の光を放つ、見覚えのある指輪。
・・・・・・・・・やっと現実にもどって来れた男は、目を細めて苦笑した。
「最初の科白がそれかね?」
その言葉を合図に、エドはトン地面を蹴った。
地面を蹴ったのは、両足ともすらりと伸びた白い足。
胸に飛び込んできた体を受けとめると、背中に回わされた両手の温かい体温が背中越しに伝わる。
そして、金の瞳が此方を見上げた。
「ただいま、大佐!!」
「おかえり、エドワード・・・・・・」
万感の思いを込めて、抱きしめる。
エドも、一瞬泣きそうに歪めた顔をロイの胸に摩り付けてから、微笑んだ。
そして――――――――――――――――――――――――これから、二人で一緒に歩む一年間が始まる。
『ロイエド一年間・完』
「なぁ、ところで・・・本当に浮気してなかった!?」
「この感激の再会の時に、君ねぇ・・・・・(ため息)」
ひとの魂を丸ごと持って旅だっていってしまった君が、それをいうかね?
・・・・・・・する気にもならなかったよ。
そうため息をつくと、エドはにっこりと満面の笑み。
「よーし、えらいぞ!!なら、ごほうびに・・・・・」
「ご褒美?」
「オレ、進呈v」
「・・・・・・・・・・それは、最高のご褒美だ」
ロイは満面の笑みで、進呈された最上級のご褒美に、熱いキス。
どうやら、いつもスルリと逃げていく子猫を、今度こそ捕まえる事が出来たようだった。