「やめたって・・・・・」
「うん、もうやめた!」
キッパリハッキリ言う、エドの突拍子もない言葉に、ロイは唖然と彼女を見つめる。
やめたって・・・何を!?
旅に出るのをやめた?・・・・いやいや、それはありえない。
まさか・・・・・恋人をやめ――――――!
「エドワード、待ってくれ!!」
無理強いしたのは謝るから、そんなあっけらかんと捨てるのはやめてくれ!
本気で青くなって肩を揺さぶるロイに、今度はきょとんとエドが首を傾げた。
「へ?捨てるって何を??」
ピンとこないようなエドに、ロイは動きを止める。
訳の分からぬまま、恐る恐る金の瞳の覗きこんだ。
「違うのか?・・・・・では、何をやめるんだ?」
「うん・・・・・・・・・・・・あのさ、さよなら言うの、やめた!」
「え・・・」
「ついさっきまではさ、今言ったような事考えてたからお別れ言うつもりだったんだけど。気が変わった」
夕方、あの公園でハボック少尉に会ってから、気持ちが揺れてたんだけど。
ここでアンタと話しているうちに、気持ちがハッキリと変わったんだ。
「ハボック?」
「うん。アンタがオレを口説き出した日の事二人で話したんだ―――
女だってバレた日、帰ろうとしたオレの横でアンタが何かを呟いて、気になってオレは足を止めた。
―――――――――――――まさか、あん時アンタが神に祈ってたなんて、思いもしなかった」
「ああ・・・奴は隣にいたからな、聞こえていたのか・・・・・」
「それを聞いて、アンタがいつからオレを好きでいてくれたんだろうって思って。
そして、さっき・・・・・・・アンタがずっとオレを思っててくれたって知って、嬉しくて」
「エドワード・・・・・・」
「運命を感じてたって、言ってくれた・・・・・なら、オレもその運命を信じてみる」
だから、さよならをいうのはやめる。
エドは腕を伸ばし、両手でロイの胸の辺りの服をぎゅっと握って、彼を見上げた。
「オレ・・・必ずアンタの元に帰ってくるから―――――――――――――まってて」
未練を断ち切ってから、旅立つべきだと思ってた――――
だから、ウィンリィやばっちゃんや、師匠のところにも何気ない風を装って電話した。
みんなに・・・さりげなくさよならを、言った。
大佐には、そんな誤魔化しは効かないと思っていたから、ちゃんとさよならを伝えなくちゃと思ってた。
だけどやめた。
アンタが待っててくれるというのなら――――
オレは未練を断ちきるんじゃなくて、アンタに未練を残していく。
・・・・・・・・・そうしたら、絶対帰ってこなきゃ行けないから、もっと強くなれる。
強い心で成し遂げて―――――――――――この胸に必ず帰る。
「時間がかかるかもしんないけど、必ずここに帰ってくるから・・・・・・・まっててくれる?」
先ほどのすがるような瞳ではなく―――――決意を込めた強い光を秘めた瞳で。
此方をしっかりと見て問いかける彼女を見つめ返し、ロイは笑った。
「それでこそ、鋼の錬金術師だ」
「大佐・・・・・」
「待っているよ」
君が必ず私の元に帰るというのなら・・・・・きっとそうなる。
君にはその力がある。
君のその力と、そして―――――――感じた、君と私との運命を、信じる。
「待ってる・・・・・・・・必ず無事で帰ってきなさい」
微笑んで見せると、彼女は花がほころぶように笑って。
そして、彼女は彼の胸に飛び込んだ。
抱きしめて、抱きしめられて・・・・・・・唇を重ねて。
二人の想いが一つになって、幸福が体中に満たされていった―――――
******
「遅いな・・・・・本当にこの時間だったのか?」
ハボックの言葉に、アルはカシャンと音をさせて首を傾げて見せた。
「はい。本当は一旦兄さん宿に帰ってくる予定だったんですけど・・・
朝電話で『寝坊したから直接駅に行く』と言われたんです。・・・それにしても遅すぎますけど」
「・・・・・名残惜しんでるんだろうなぁ」
「大佐がエド君を無理に引きとめていないといいんだけど」
「まぁまぁ、もう少し時間がありますし・・・待ってみましょう?」
「ああ。でも覚悟して待ってたほうがいいぞ。デロ甘な光景を見せつけられるの必至だからな」
「ええ、そうですね・・・・・」
エドがロイの家に泊まった次の日の朝。
駅にはロイの側近達+アルが集まっていた。
今日エド達が旅立つと知って、しかもそれが長い旅になると聞いて、見送りに来たのだ。
だが、そろそろ列車が到着するという時刻になっても、当のエドと・・・一緒にいるはずのロイが現れない。
「やっぱり迎えに行った方がいいんじゃねぇか?」
「ならお前が行けよ?・・・・オレは、今あの家に踏み込む勇気はねぇぞ?」
「オレもねぇな・・・・・・あ、来た!」
「よーし!甘さに耐える為に今日は少しきつめのタバコを!」
ハボックはいつもよりタールの多めなタバコの箱を取り出すが、
タバコを咥える前に、その手を止めた。
聞こえてきたのは甘い睦言・・・・・ではなく、派手な怒鳴り声。
「・・・・・・・・・・なんで、喧嘩してんだ?」
聞いてみようかと思うのだが、白熱している二人に口を挟む勇気はなくて。
(というか、怒鳴っているのはエドで、ロイは何やら恨みがましく文句を言っているようだ)
一同は困惑顔で二人を遠巻きに見つめる。
そんな側近達に目もくれることなく、二人はまだ言い合いを続けていた。
「だーかーらー!仕方ねぇだろ!?すっげー眠かったんだから」
「とはいえ、普通あそこでは寝んよ・・・・・」
「オレ、ここ数日ほとんど寝てなかったんだって!」
エドはロイの恨みがましい視線を受けて少々バツが悪いながらも、売り言葉に買い言葉で怒鳴り返した。
あの後―――――――――長い抱擁といくつものキスの後。
幸せなぬくもりを感じながら、ロイは微笑んだ。
愛しい恋人に、ちゅ・・・と、軽いキスを贈りながら少しからかい口調で問いかける。
「それにしても・・・・・さっきの君の科白は、プロポーズみたいだったなぁ?」
「え・・・?」
キスの余韻でぼんやりとしながら、エドがロイを見上げる。
「私としては、やはりプロポーズは男から言わせてもらいたいのだけれどね」
からかい半分、本気半分。
ロイはゆっくりとエドの体をベットへと横たえなから、そう囁く。
このままプロポーズもしてしまおうか?
そんな事を考えながら、エドのネグリジェに手をかけると・・・
「いーんじゃね?オレ男だし・・・・・」
「えっ?やっぱり、アレは君からのプロポーズだったのか!?いや、そうじゃなくて・・・君は女性だろう?」
「・・・・・・そう・・・だっけ?」
「???」
明らかに、エドの言動がおかしい。
慌ててエドの顔を改めて見つめると・・・・・とろんとした、表情。
「オレ、女だっけ・・・?まぁいいか、どっちでも」
頬に当てられているロイの手の平に、エドは猫のようにすりっとぽっぺを擦りつける。
幸せそうに擦り寄ってくる彼女に、ロイは嬉しいような困ったような複雑な気持ちで、問い掛けた。
「エドワード・・・・・もしかして君、眠いのか?」
質問に言葉での答えは無かったけれど、ふあぁと一つ、大きなあくびがかえってくる。
「エド!」
「ん〜?」
ここで眠られるのは!!
ロイは困惑したように、エドを呼ぶが・・・返ってくるのは、生返事。と、噛み合わない会話。
「たいさ・・・おとこでもおんなでも・・・どっちのオレもすきでいてくれたって・・・いったもん」
だから、どっちでもいいや。
そう言って、またスリスリ。
「エド・・・・・頼むからそんな可愛い科白を吐きつつ、人を置き去りにして眠るのはやめてくれ!」
このまま放置は辛い!のと、寝ぼけたエドの態度や科白があまりの可愛いさに、板ばさみ。
ロイの困惑をよそに、エドはますます気持ち良さげにロイの胸にぺタリとくっついた。
挙句の果てに。
「たいさ・・・・・・・すき。さよならしなくてよくなって・・・・・・・・うれしい」
聴いた事の無いような甘い声で、再度告白。
そして、満足そうに微笑むと、エドはとうとう寝息を立て始めた。
残された男は、唖然呆然。
「・・・・・・・・・それはないだろう?エドワード・・・」
アメストリス一の色男も、彼女にかかってはどうやら形無しのようで。
少々情けない響の声が、こぼれる。
「本当に君にはしてやられてばっかりだ・・・・・」
ロイ・マスタングともあろうものが・・・情けない。
ロイはそう呟くと、彼女の頬にキスをして。
そして、先が思いやられると嘆きつつ、深い深いため息をついたのだった。
******
「そうはいうが・・・・・・アレはあんまりだよ、君」
ロイの背中には哀愁まで漂っている。
一向に浮上しない男に、エドは恥ずかしいのと責められて面白くないのとで・・・フイとそっぽを向いた。
『だって・・・・・仕方ないじゃん』
ここんとこ思うことがあったせいで、いつもは眠たがりの自分がほとんど眠れない日が続いていたのだ。
昨日などは、大佐の家を訪ねるとあって・・・よけい眠れなくて。
その結果・・・・・・どうやらホッとした途端、這い上がれないほどの眠りに突入してしまったらしいのだ。
・・・・・結果、当然のごとく朝目覚めたらロイは不満げで。
おまけに、『すぐに発たなくてはならない』と起きがけに伝えたら、拗ねたり嘆いたり大変なことになってしまった。
何とかなだめつつここまできたのだが、道すがらずっと恨みがましく文句を言われる始末。
確かに自分としても少々後ろめたいのだが、済んでしまったことは仕方ないだろうとエドは口を尖らせた。
「せめて、出発を延ばしてくれれば・・・・・」
「それも言ったろ?あの人の親戚が来るんだよ・・・。
それまでにあそこに戻って、『研究室と研究物を譲る』ってあの人が書いてくれた書類を見せなきゃなんだから!
勝手に処分されたら困るだろ!?石だってこれ以上放って置けないんだ、力が消え始めてしまう。」
エドが言う事はもちろん理解はしているし、仕方ないとは思っているのだが――――
ロイとしては、やはりため息を出すのを止める事など、出来そうも無い。
「はぁ・・・・・これでしばらく会えなくなるというのに」
「だからっ!必ず帰ってくるっていってんだろ?あ・・・もしや、本当は昨日のオレの言葉信じてないのか!?」
「そんなことない。信じているとも」
「なら、それは、その・・・・・・・・帰ってからでいいじゃん?」
「君は分かってない・・・分かってないよ」
「あーもうほんとしつっこい!もうオレ行くからなっ!!アルさがさねぇと」
プリプリと怒鳴るエドに、アルはおずおずと前に進みでる。
「あの〜。さっきからここにいるんだけど?」
「へ?あ、アル!!って、皆なんでここに?」
エドの言葉に、ロイも此方を振り返って少し驚いた顔。
どうやら此方もやっと存在に気がついてくれたようだ。
『つーか、アンタらお互いしか目にはいってないんですか?』
思わずクサりそうになる男たちを尻目に、エドはリザに駆け寄った。
「中尉も来てくれたの!?」
「もちろんよ。昨日は大佐に譲ったけど、今日はちゃんとあなたの顔を見て送り出したかったから」
「アルに聞いたんだね・・・。ありがとう!でも、心配しないで。オレ、必ず帰ってくるからね?」
「ええ。・・・・・心配はしてないわ。あなたはきっと帰ってくるって、信じてるもの」
「中尉・・・・・」
見詰め合い、ぎゅっと抱き合う二人。
・・・誰かさんより、よっぽど恋人同士の別れの場面っぽかったりする・・・・・
しばしの抱擁の後、リザから離れたエドは、側近達に向かってニッと笑って見せた。
「皆も大げさだぜ?オレ達すぐ帰ってくんのに。・・・でも、ありがとな」
「おう、とっとと帰って来いよ!」
「待ってますからね!」
側近達の激励を受けていると、列車がホームに滑りこんでくる。
「んじゃな!」
「行ってきます!」
アルが最初に列車に乗り込んで、エドが続いて足を一歩踏み入れる。
「気をつけて行って来なさい」
聞こえた声に振りかえると、すぐ後ろにロイが立っていた。
もう拗ねた表情はしてはおらず、ただ真っ直ぐに此方を見つめている。
エドは踏み入れた足を一旦戻して、ロイに向かい合った。
彼を見上げて、一度口を引き結んだ後・・・口を開いた。
「うん、行ってくる。・・・・・・・・・・なぁ」
「ん?」
口篭もったかと思うと・・・うろうろと視線をさまよわせて。
そして、しばしの間の後・・・・・少し潤んだ瞳でロイを見上げた。
「オレ、しばらく帰ってこれないけど・・・・・その・・・・・・・・・・・できるだけ、浮気しないで?」
泣きそうな顔で此方を見つめる彼女に、ロイは目を丸くする。
ロイからすれば、まったく心配する必要の無いような事なのだが、
今朝方ついつい文句を言ったせいもあるのか・・・・・エドからすれば少々心配らしく。
・・・しかも、やはり置いていく身としては少し後ろめたいのだろう。
『できるだけ』という言葉に、その気持ちが見えて・・・・・・ロイは苦笑した。
『そんなに信用が無いのかな、私は。まぁ置いていく方からすれば、心配か・・・・・』
そんな心配はまったく必要無いと言ってやろうと口を開きかけて・・・ロイは、また口をつぐんだ。
すぐに、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべたかとおもうと、もったいぶったように返事を返す。
「・・・・・・・・・・・そうだな、『なるべく』我慢するよ?」
その言葉に、エドは一瞬あっけに取られたように口をポカンと開き。
そして、みるみる怒りの形相で怒鳴り出した。
「てめぇ、人が下手に出てりゃあ・・・・・!」
「私はもちろんそんな気は無いんだが、持って生まれたこの美貌のせいで世の女性達が放っておいてくれないしね」
しれっと明後日の方向を向いてそんな事を言う男に、エドは怒り心頭。
『ここは、たとえ嘘でも”心配ない”って言うとこだろ、この真性タラシ男!!』
そう、ギャ―ギャ―と食って掛かる彼女に、ロイは意味深にチラリと視線を向ける。
「心配か?」
「え?・・・・・そりゃ、アンタもてるし、女タラシだし・・・・・・」
途端、本当に心配になってきたのか、眉を寄せてもごもご言う彼女に、ロイは腕を伸ばす。
腕をとって、引き寄せて、細腰を抱いて。
そして、近くなった顔を覗きこんで、言った。
「ならば・・・・・・早く帰ってきたまえ」
浮気性な私が心配ならば、さっさと片付けて・・・・・・帰ってきて、側で見張ったらどうだね?
彼女を見つめて微笑んで――――そして、ポケットから銀の鎖を取り出した。
「本当は、クリスマスに渡そうと思ってたんだがね・・・渡しそびれていた」
そう言って首にかけてくれたその細い鎖をエドはじっと見つめた。
鎖の先には・・・・・・・・普通のペンダントトップではなく、銀色に輝く指輪。
シンプルだが、上品なデザインのそれはプラチナで。
そして、上質なキラキラと美しい輝きを放つ石がついていた。
「指には、帰ってからはめてあげるよ」
悪戯っぽくウインクして寄越すロイ。
エドはその指輪を驚いたようにをじっと見つめ・・・そして、顔を上げて男を見つめて。
もう一度指輪を見てそれを大事そうに手の平に包み込むと―――目を一旦閉じてから、微笑んで。
そして、彼を見上げてニッと笑った。
「ああ、そうする!速攻帰ってくるからな!んで、浮気してたらボコボコにしてやる!!」
「ははは、それは怖いな」
二人して、ひとしきり笑って・・・・・・見詰め合った時、出発を知らせるベルが鳴る。
ロイが名残惜しそうにゆるりと腕を緩めると、エドはゆっくりと離れて列車に乗り込み・・・
ドアの前に立ってもう一度ロイに向き直った。
「いってきます・・・・・」
「ああ、まっているよ」
見詰め合って・・・・・・どちらからともなく、唇を寄せて。
そして、一時の別れを惜しむように口づけた。
汽笛が鳴り、汽車はゆっくりと動き出す。
『がんばれよ!』と側近達が拳を上げる。
アルも顔を出し『いってきま〜す!』と明るい声をあげる。
ロイが静かに微笑んで見送って、
―――――エドは、親指をぐっと立てて、悪戯っぽく笑って見せた。
列車はどんどんスピードを上げていき、お互いの距離は離れて行くけれど。
それでも、心は近くにずっとあるから、大丈夫。
エドはもらった指輪をぎゅっと握り締めて、前を見つめた。
最後にかわしたキス・・・・・・・
それは、別れのキスではなく、必ず戻るとの約束のキス――――
『3月 ・・・・・一緒にどこまでも・12』
そして、また春が来る