「う・・・・・キモチワリィ・・・」
早朝、着替えをしていたエドワードは、途中で顔を顰めた。
昨夜、徹夜で文献を読み漁っていたせいで、頭が痛く、体がだるい。
しかも・・・頭痛のせいで、吐き気までしてきた。
『いや、これって徹夜のせいだけじゃねぇな・・・・』
鈍い痛みを下腹部に感じて、エドはますます顔を顰めた。
こんな時に忌々しい・・・・・エドは、舌打ちをする。
アルがいれば、鎮痛剤を買ってきてもらえるのだが、アルは昨夜から出かけていない。
昨日、イーストシティ駅についた途端、腰を痛めた老婆にあって、彼女を家に送っていったのだ。
もちろん送り届けてすぐ戻るつもりだったのだろうが、突然の雨。
鎧の体は錆びるだけでなく、濡れると大事なけ血印が消えてしまう。
小雨程度ならまだしも、バケツをひっくり返した様な土砂降り。
不用意に雨の中に出る訳にもいかず・・・・・
一人暮らしの老婆の強い懇願もあって、一晩世話になると電話があったのだった。
弟が居ないのをいい事に、怒られる心配もないと夜中まで文献を漁っていたエドだったが、
止める人がいないために、気がついたら一睡もしないうちに朝だった。
それに気がついて、やっと本から顔を上げれば、この頭痛。
シャワーを浴びれば少しは和らぐか・・・そう思ったが、あまり変わらなかった。
とりあえず、新しい下着をつけて、いつものように布を手に取ったエドだったが、どうにも気分が悪く。
そして、冒頭の呟きになる。
ベットに腰をかけ、手に持ったものを見る。
それは、真っ白なサラシ。いつも自分が胸に巻いているものだ。
『エドワード』などと、男らしい名前をつけられてしまったが、エドはれっきとした『女の子』である。
病弱で産まれた為、『元気に育つように』と男名をつけられた赤子は、
周囲の心配をよそに、すくすくと育った。
『やはり、男名にしたのが良かったのだ!』と名づけを頼まれた村の年寄り達は喜んだのだが・・・
そのあまりの元気のよさと、わんぱくぶりに手を焼く始末。
今度は『やはり男名はマズかったか?!』と肩を落とすほど、彼女は『男らしく』育ってしまった。
それでも、村に居る時は自分の性別を隠すような事をしていたわけではない。
隠し始めたのは禁忌を犯し、国家錬金術師になってから。
書類不備で、自分が軍に『男』として記録されていると知ったのは、国家資格をとってすぐの事。
しかし、これからの旅を思うと『男』の方が何かと便利だし、
軍の中においても『男』でいたほうが、有利らしいことを聞いて黙っていたのだ。
元々、自分は女らしいところは全然ないので、騙し通せる自信もあった。
だが・・・・・・
機械鎧装着のせいで色々と成長が遅かったエドも、14歳の誕生日を迎えて間もなくの頃、
少々遅めの女性的体の変化があった。
確かに面倒だが、月一回のこと・・・・・・これのせいでバレるような事はない。
だがそれは、他にも体に変化をもたらした。
ほとんどまっ平らに近かった胸が、急激に膨らみだして、どうにも誤魔化せなくなってきたのだ。
そのため、サラシで抑えるようになったのだが。
こう体調が悪い日に胸を圧迫されると、辛い・・・
我慢して巻こうと思ったのだが、吐き気までしだして断念。
一枚だけ持っているチューブトップを身につける。
髪は編まずに背中に流したまま、いつものタンクトップと上着を着て、
そして、いつもはただ羽織るだけのコートの前をしっかりと止めた。
『本当は動きたくないんだけど・・・・・』
薬だけなら、アルが帰ってから、買ってきてもらえばいい。
だが、もう一つ。
いつもはある程度買い置きしてあったものが、1つしか残っていなかったのだ。
『さすがに、アレをアルに買ってきてもらうわけにはいかないしなぁ・・・』
鎧姿とはいえ、かれも思春期の男の子。まさか生理用品買ってきて下さい・・・とは言えない。
自分でさえ買う時は、髪を下ろし『女の子』をアピールしながら買っているのだ。
残った一つを身につけ、痛む頭を押えつつ、宿の部屋を後にする。
髪を下ろして、コートの前をちゃんと止めたその姿は、エドを知らない人が見れば女の子に見える。
軍の知り合いが多いこのイーストシティで、この格好は不安があるが・・・・・仕方ない。
まだ朝早いし、司令部から距離もあるし大丈夫だろうと思って外に出たのだが・・・
ものの数分もたたぬうちに、エドは自分の軽率さを後悔する事になる。
「よう、大将!!こっちきてたのか?」
「!!!」
薬屋の方向に歩き出した途端、止まった車の運転席から手を振るのはハボックだった。
「ハ、ハボック少尉・・・・・」
何とか、声を絞り出したとき、後部座席の窓が開く。
ギギギ、とぎこちない仕草で振り向くと、そこには予想した通り・・・・
「おはよう、エドワード君」
「やぁ、鋼の。おはよう」
「中尉。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大佐」
何故、よりにも寄ってこんな時に一番合いたくない奴に会うんだ・・・?!
己の不運を呪いつつ、この場を何とか離れようと考える。
「いつ帰ってきたんだね?」
「昨日の夕方。もう定時過ぎてたし、司令部には寄らないで宿取ったんだよ」
「そうか」
「あ、報告書は後で持ってくからさ、じゃーな!」
そう言い置いて、さっさと路地に入ろうとするが、止められる。
後部座席から下りて自分の前に立つ男に、不意に腕を掴まれた。
「な、なんだよ?!」
「顔色が悪い」
「寝起きだからだろ?平気だって」
「でも、本当に悪いわよ?顔色?」
今度は中尉まで降りてきて、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「いや、ちょっと夜更かししちゃったからだろ?心配しなくていいって!」
「何を焦ってるんだ?君は?」
「焦ってなんて、ねぇ!!」
「そうか?・・・・・・・それにしても、そんな格好をしてると、まるで女の子だね?」
「!!」
ニヤリと笑うロイに、エドの焦りは最高潮になる。
「だ、誰が女の子みたいにちっちゃいって?!」
「いや、可愛らしいと思ってね?」
「か、かわっ・・・?!朝っぱらから、オレで遊ぶな!!・・・・・もう離せよ!!」
掴まれた腕を、思いっきり振りほどき、駆け出そうとした途端、
貧血気味なせいか、バランスをくずして前につんのめり、倒れそうになる。
「鋼?!」
咄嗟に、腕を伸ばし、エドの体を支えたロイだったが・・・・・
むにっ!
「!?」
「!!!」
掴んだ胸のあたりから伝わる、覚えのあるこの柔らかい感触は・・・・・・?!
呆然とそのままの体勢のまま、固まる2人。
先に我に返ったのは、エドだった。
「やっ・・・・!!///」
思いっきりロイをつきとばし、胸を押えて後ずさる。
「バカ!!変態!!エロ大佐!!!」
真っ赤になって、涙目で抗議する姿は、自分の疑問を肯定していて。
ロイは、呆然としたまま、搾り出すように言葉を発した。
「鋼の。・・・・君は・・・・・・・女の子だったのか・・・・?」
「え?」
「ええっ!?」
ロイの言葉に、ホークアイは目を見開き、車から下りてきたハボックも驚きの声をあげた。
大人3人に見つめられた少女は、たまらず視線をそらす。
無言の静寂が続く中、エドは今にも泣きそうに顔を歪め、唇を噛んで俯いた。
『どうしよ・・・・・・バレちゃった・・・・・』
******
「説明してもらえるか、鋼の?」
あの後、車に乗せられて司令部に連れてこられた。
具合が悪そうな自分を中尉が気遣ってくれて、まずは医務室で鎮痛剤をもらい休ませてもらった。
薬が効いて少し楽になった頃・・・呼ばれて、執務室へ。
そこには先ほどの大人、3人が待っていた。
「・・・・・・・」
中尉が入れてくれた紅茶のカップを持ちながら、どう答えようか迷っていると、
隣に座った中尉が、労わるように優しく背中を撫でてくれた。
それに、促されるように言葉をポツリポツリと紡ぎだす。
「・・・・・別に、嘘ついてたわけじゃねーよ。そっちが勝手に間違えたんだろ?」
「確かにな、書類不備はこちらのミスだ。・・・だが、偽名は不味いぞ?」
「偽名じゃねーよ。産まれた時弱かったから・・・故郷の慣わしで、男名つけられたんだ」
「そうなのか?・・・・・だから、間違えたんだな・・・・だが、何故黙っていた?」
「・・・旅は男の方が何かと便利だろ?それにさ、やっぱり軍って男社会だし・・・」
色々と都合よかったから特に訂正しなかった。
そう言うと、大佐は一つため息を吐いた様だった。
しばしの沈黙の後、ロイはポツリと呟いた。
「・・・・・すまなかったな」
「え?」
突然のロイの謝罪に、エドは目を瞬きさせる。
「・・・なんで、アンタが謝るんだよ?」
「気付いてやれなくてすまない。・・・男として扱われるのは、辛かったろう?」
エドはその言葉に目を見開いた。
この男が謝罪する、という行為にも驚いたが、
会えばいつも嫌味ばかり寄越す彼が、自分を気遣うのにも驚いた。
女と知った途端の、この態度の豹変はどうなんだ?!
『やっぱり、真性のタラシなんだな、コイツ・・・・・・』
「女」と名がついただけで、無節操に優しくなれるんだ?・・・すげえなー!(感嘆)
エドは呆れを通り越して、妙に感心しつつロイを見つめた。
「都合よかったって言ってるだろ?別に、辛くなんかねえよ」
「だが・・・・・」
「大佐、勘違いしてるだろ?オレ、別に演技なんてしてないぜ?」
「勘違い?」
「だからぁ、無理して男の振りしてるわけじゃなくて、前から言葉も態度もこんななの!」
小さい頃から『自分は男』と思って過ごしてきた。
だから、男扱いされても気にならない、かえって女扱いされると気持ち悪い。
そう言い棄てて、エドは立ち上がった。
「書類はそっちで訂正しといてくれよ」
立ったまま、ロイの方を見て悪戯っぽく笑った。
「ただ・・・・このまま誤解されていた方がこっちとしてはありがたい。
なるべくなら、書類はこっそり訂正して、誤解されたままに出来ないかな・・・・?」
ロイはその言葉にまた深いため息を吐くと、小さく「わかった」と告げた。
「さんきゅ・・・・・じゃあ、アルが心配すっかもしんないから、帰るぜ?」
「エドワード君、体のほうは平気なの?送りましょうか?」
「平気。頭痛も治まったし、吐き気もなくなったから・・・・・ありがとう、中尉」
そう言ってドアに向かうべく、歩き出したエドだったが
「 」
ロイの横を通り過ぎようとしたときに、聞こえた呟きに歩を止める。
「え?大佐、なんか言った?」
足を止め振り返ると、彼も立ち上がってエドに向かい合った。
見つめられ、やはりなんか小言を食らうのかと、身構えたエドだったが・・・・
何故か、彼の表情は沈痛なものだった。
「大佐・・・・・・?」
「本当に、すまなかったな」
「は?・・・・・だから、別にそれは良いって言ってんだろ?」
「・・・・・気付けなかったとは、我ながら不覚だ――――」
「もしもーし?」
眉間に手を当て、首を振る彼は・・・・・なにやら、自分の世界に入り込んでいるようだ。
「魅力的な女性は速攻で口説くのがポリシーなのに・・・・・なんてことだ!!」
おーまいーごーっと!!とでも、叫びそうな勢いである。
「・・・・・・・は?」
「「・・・・・・・・・・」」
訳分からんとばかりに、首を傾げるエド。
・・・訳わかっちゃった側近2人は、次に来る言葉を予想して、こめかみの辺りを押えた。
「3年以上も怠っていたのだからね、これからは全身全霊を込めて口説かせてもらうよ?鋼の!!」
「!?」
両手を、胸の辺りで握り締められ、エドはやっと事態が飲み込めた。
つまり・・・女と分かったからには、一度は口説いてやらないと・・・ってこと?
・・・・・・・こいつ、妙に自信過剰だとは思ってたけど、よもや・・・・・・・・
『世界中の女性という女性は、自分に口説かれるのがこの世の幸せ』
なんて、馬鹿なこと思ってんじゃあ・・・・・・・・・・・・・?(呆れ)
『馬鹿?』
思いっきり、呆れ顔でそう呟こうとした途端、握られた手に力がこもった。
わざとらしいほどの沈痛さは消え、目の前の男は、ニッコリとエセくさい笑顔を寄越した。
「まずは・・・・・・」
まず?・・・・・茶にでも誘われんのか?
速攻で断ろうと、彼の顔を見つめた途端。
チュッ
唇に、一瞬、柔らかい感触。
呆然とするエドに、ロイはニッコリと笑った。
「まずは、軽いキスから・・・かな?」
き・・・す?きす。・・・・・・・・・・・キスぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ?!
赤くなって、
青くなって、
そして両手を合わせた。
「な、なんてことしやがんだ、このエロ大佐〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!(泣)」
練成の光りが瞬いたのと、有能な副官の辺りから銃声が響いたのは、ほぼ同時だった。