まばゆい光が彼女の全身を包み込む―――
光に包まれ、姿が全く見えなくなってしまった彼女だったが・・・
程なく、その光ははじけるように霧散した。
はじけて粒となった光の玉の中から、再びエディの姿が現れる。
金の髪、金の瞳・・・確かに、エディ。
だが、その姿は先程とは僅かに違っていた。
「・・・さっさと着替えねぇとな」
己の格好を一瞥して、嫌そうに顔を歪めたエディは屋敷の裏口へと足を進める。
ドアを開けようとして手を伸ばしたのだが、手が触れる前にドアは静かに開いた。
ハッとして顔を上げると、中からゆっくりと人が歩み出てくる。
「・・・・・・・・・おかえり」
そこにいたのは、エディとよく似た面差しの少年だった。
―――少年の顔を見るなり、エディは顔を顰める。
「夕べも出かけてたんだね。・・・朝帰りは初めてだけど」
己の前に立つ彼を見つめ、エディはバツが悪そうに顔を歪めた後、彼の脇を縫ってドアの中に入ろうとした。
だが、横を通り過ぎようとした時・・・腕を掴まれ止められてしまう。
「離せよ・・・・・・・・・・・・アル」
エディは少年を見上げて軽く睨む―――
少年の名は、アルフォンス・エルリック。
エディ――いや、『エドワード』の弟だった。
『見知らぬ、君』・・・12
アルは、自分を睨む兄を見下ろしつつ、口を開いた。
「・・・・・その服、可愛いね?」
―――大佐もそう言ってくれた?
その言葉に、エドは苦虫を噛み潰したような顔をした。
だが、その目はすぐに気まずそうに伏せられる。
『さすがに、バレてるよな・・・』
弟は全てを分かっているのだろう。
そして、心配しつつ帰りを待っていたのに違いない。
『折角存分に眠れる体になったってのに、徹夜させちゃったな・・・』
エドは溜息をつきつつ、呟くように答えた。
「・・・心配かけたな、ごめん」
「別に謝って欲しい訳じゃないよ・・・」
ただ、兄さんが一人で悩んでるのが辛くて―――
そう言って、こちらの腕を掴んでいた彼の手が、力をなくしたようにパタリと落ちる。
それを見て眉を下げたエドは、今度は反対に彼の腕を掴んで引いた。
「兄さん?」
「とりあえず中に入ろうぜ?・・・オレ、着替えないと」
着替えてから、話しよう。
見上げてくる兄の瞳を見つめ、アルは頷いた。
******
アルが自室の椅子に座っていると、ガチャリと隣室に繋がるドアが開いて、兄が姿を現した。
その姿は、先程の可愛いワンピース姿ではなく、白いシャツとジーンズという出で立ち。
・・・でも、こちらが普段の兄の格好だ。
今まで、あんな服を着た事も、着たがったこともなかった。
あれを着たのは、ひとえにあの人のためだろう・・・
―――あの人・・・自分達の恩人、ロイ・マスタング大佐の為だけに。
「・・・やっぱり、大佐と会ってたんだね?」
「ああ・・・」
「・・・事情は、話したの?」
「・・・・・いや」
やっぱり・・・。
アルは溜息をついた。
わざわざ着たくもない女物の服を着て会いに行ったという事は、兄はあの人に事情を話していないのだろうとは思っていた。
「じゃあ、大佐は兄さんの事、別人だと思ってるの?」
そう聞くと、兄はピクリと肩を揺らしてこちらを見つめて。
でも、すぐに所在無げに視線を彷徨わせた。
「・・・疑ってはいる。だけど、確信も持ててないみたいだ」
「だろうね。だって、兄さん・・・夜は本当に女の子になってるから」
「・・・・・」
「まぁ・・・それが本来の姿なんだけど」
ねぇ?・・・・・・・・姉さん。
アルがそう言って見つめると、エドはバツが悪そうに視線を逸らした。
俯き加減でそっぽを向く姉の旋毛を、アルは静かに見つめた。
―――アルフォンスのただ一人の肉親、エドワード・エルリック。
軍には男として登録してあるし、胸の膨らみもなく・・・一見、男。
けれど、本来のエドワードの性は、女性だ。
少なくても、あの時までは男っぽいとはいえ完全に女の子だった。
あの時―――人体練成するまでは。
母を生き返らせる為に、人体練成をした。
自分は全身。姉は左足を持っていかれた。
その後、僕の魂を取り戻す為に姉は右腕を犠牲にしたが・・・
持っていかれたのは、腕だけじゃなかった。
姉は、女の部分をごっそり、真理に取り上げられていた。
だから、一見男である姉は、実は男でもない。
女の部分を失い・・・かといって、男の部分を手に入れたわけでもない。
つまり、男とも女ともいえない状態だった。
でも、自ら他人に体の全てを晒す事などないから、身内以外はその事を知る者はいないし。
軍へも・・・軍属とはいえ、正式な兵士として入隊した訳ではないから、セックスチェックなどは受けずに済んだ。
しかも、軍が名前だけで男と判断して書類を作成していたので、そのまま男として通していたのだ。
『元々男勝りの人だったけど・・・』
女の時も、やんちゃで、男勝りだった姉。
こんな体になってからは、ますます『男前』に磨きがかかった。
元々の性格が半分。
女の部分を無くしてしまった悲しみを素直に表せなくて、強がりで・・・が半分。
―――姉は、本当の男のように振舞うようになっていった。
男として生きるようになった姉は、やがて本当に男のような気持ちになっていったらしく、上半身くらいなら晒すのに躊躇しなくなった。
胸の膨らみのない上半身は、確かにまるっきり男。
だからか―――もちろん自ら見せる事などはないが、何かの拍子で他の人に見られて、それが男の人でも、全然平気な顔をしている。
それを見て、僕は『手足を取り戻しても、女を取り戻すのは無理なんじゃ?』と酷く心配になったものだ。
だが、そんな風に『男』として生きだした姉に、変化が訪れた。
姉が十五歳の誕生日を迎えた辺りから、大佐に対する態度に微妙な変化があったのだ。
面と向かっては悪口雑言ばかり吐くくせに、遠くから彼をじっと見つめていたりする。
イーストシティに立ち寄る時、口では文句ばかりなのに嬉しそうだし、離れる時は『清々する』と言いつつ、寂しそうだ。
『もしや、大佐の事、好きなのかな?』
そう思い出した矢先、自分の予想が外れていないのを確信させる出来事があった。
それは、東方司令部の医務室で、姉が怪我の治療をしてもらっていた時の事。
その場には、男の医者と、僕・・・その他にあまり面識はないが、もう一人怪我の治療をしてもらっている男性兵士がいたのだが・・・。
躊躇もせずに姉は上半身裸になり、背中に負った傷を治療してもらっていた。
そこに、突然大佐が入室してきたのだ。
そこからは大変だった。
大佐の姿に驚愕し動揺した姉は、服で体を隠して、訳の分からない事を叫びつつ大佐を追い出してしまったのだ。
大佐を追い出して、真っ赤な顔で肩で息をする姉に、医者も兵士も唖然としていたが・・・僕はこれで確信した。
―――あの人は、姉にとっては特別な人なんだと。
そして、僕にとっては・・・
『男になりかけてる姉さんを女性に戻してくれるかもしれない救世主』に思えた。
『だから、姉さんの恋を及ばずながら応援しようと思ってたんだよね』
姉さんの体がちゃんと元に戻ったら、姉の恋を応援しようと思ってた。
―――それなのに。
『これも、神の領域を侵した報いなのかな・・・』
でも、それなら僕も同じなのに。
何故、姉さんの贖罪だけ終わらないんだろう・・・・・。
アルは、姉を見つめて、唇を噛んだ―――