『軍豆』・・・1
アメストリスは軍事国家である。
従って、国軍を統べる大総統府の最高責任者である大総統の地位にある者は
国家元首と同義であった。
現在その地位にあるのは、国家錬金術師であり、かつてのイシュヴァールの英雄、
そして国家を根底から揺るがすウロボロススキャンダルを見事に納め、ドラクマの
脅威から国を救った焔の将軍、ロイ・マスタングである。
史上最年少で大総統となった彼は若干三十歳を過ぎたばかり。しかも数多くの
浮き名は流したものの、未だ独身である。
切れ長の神秘的な黒い瞳や人並み外れた美貌の持ち主である上に、自分の
魅力を知り尽くした仕草や巧みな話術を兼ね備えたフェミニストとくれば、立って
いるだけでも女性が群がってくるのも無理は無い。
もてる。とにかくもてる。嫌になる位もてる。むかつく。
「…無能」
つい零れてしまった一言は、横に居たハボックの耳まで届いてしまったようだ。
怯えたように横目で見られ、ポーカーフェイスを取り繕う。
黒髪の男は相変わらず、輪の中心に居る。
そもそも一国の大総統があんなにへらへらしてていいのか。威厳が無さ過ぎるとは
思わないのか。
べったりとあの男の横に張り付いている大使夫人は人妻だ。手を出したら国際
問題。その隣に居る娘だって確か婚約者がいたはずだ。
唇をむっと結んで、金眼が睨む。
彼が何か言う度に、女性は笑ったり、声を弾ませたり、うっとりとした眼差しで見
上げたきりになる。
それはエドワードが彼のことを「いけすかないクソ大佐」と呼んでいた頃からの光景
で、見慣れたものではあるけれど。
笑って許してやる程、まだ大人じゃない。
ああもう、気安く笑顔を向けるな。振りまくな。
あれは―――俺のもんなのに。
「あのぅ…」
「はい?」
おずおずと掛けられた声に、瞬時に笑顔を張り付けていた自分に気付き、
エドワードは内心舌打ちした。
女性と見れば紳士ぶる、あのいけすかない男の影響だ。
「どうなさいました?」
パーティドレスに身を包んだ相手に、礼を欠かない程度に丁寧に答える。
「あの…私、ちょっと気分が悪くて・・・」
レースのハンカチで胸元を押さえながら彼女が言う。
「それはいけませんね。ハボック少佐、控え室にご案内するように」
「イエッサー」
「いえ、私…」
てきぱきと指示をするエドワードを、縋るように大きなグリーンの瞳が見た。
「その辺でちょっと休めば、よくなると思うんですけど…。一人じゃ心細くて…」
「では中庭で少し涼まれるとよいでしょう。彼がご案内いたします」
「え…でも」
「こちらです」
「……」
渋々とハボックに連れ出される彼女が、何度もエドワードの方を振り返るのを見
送っていると、
「失礼、君」
今度はタキシードの中年の紳士だった。
事前に眼を通した出席者名簿と、見事な口髭の特徴から、国際的な投資家で
あるスティーブ・マーカスの名が浮かぶ。
「君みたいな子が軍人なのかね。驚いたな。幾つだね」
「…18になります」
俺も大人になったな〜と思いながらエドワードは答えた。
昔の自分なら、「誰が軍人には見えない豆粒ドチビかあ!」と暴れていただろう。
「金髪金眼とは珍しい。アメストリスには多いのかね?」
「どうでしょう。まあ、珍しいかもしれません」
光の色だねと慈しんでくれる恋人の面影が浮かび、エドワードは無意識に微笑
していた。
「ほう、これは」
感嘆したような相手の声に、何かと表情を引き締める。
「私は投資家でね。これはと思ったものを誰よりも早く手に入れて、自分の元で
その価値が、10倍、100倍と上がっていくのを見るのがこの上ない楽しみでね」
「はあ…」
それは素晴らしいですね、とでも言えばいいのか。
「どうだね、君。私に投資されてみないかね」
「は?」
「いや勿論、100倍の値がついたからと言って、売りに出したりはせんよ。ゆっくりと
熟成させてみたいものだ」
このオッサン…!
エドワードはこめかみがひきつるのを覚えた。
「軍人の給料などたかが知れているだろう?私の元に来れば、最高の贅沢が
出来るぞ」
「貴方のおっしゃる最高の贅沢というのはどういうものでしょうか?Mr.マーカス」
「―――」
主役が入れ替わる。総資産100億の男が霞んで見える。
圧倒的な存在感を持ちながら、こんなに傍に近付くまでは、自分の気配を全く
消し去ることが出来る男の登場で。
『MOONTAIL』様の50万HIT記念リク小説を頂いてまいりましたvvv
リクを受付されていた時、迷わず『軍豆を!!』とお願いしに行った私です(笑)
だって、軍豆大好きなんですもの♪桜様、採用頂きありがとうございました!!幸せですvvv