”MOONTAIL”の小林桜様からの頂き物ですv

 『軍豆』・・・2



   広い会場の何処からでも、その色は眼から離れない。
   金と青。
   18になった彼は可愛いという言葉が躊躇われる位美しい姿に成長した。
   ところが自分の魅力に全く理解を示さないエドワードは、ロイのように必要に応じて
  それを使い分けるということを知らない。
   故に、周囲に惜しげもなく輝きを振り撒いているのだ。
   そっちの方が余程始末が悪いとロイは思う。

   ああまた―――。

   恋人に近付く人影をとらえ、黒眼がすっと細められた。
   頬を赤らめ話し掛けているのはハミルトン家の令嬢。確かエドワードよりひとつ
  年下。
   柔らかな笑顔で応対する様子に、随分とまたフェミニストになったものだと揶揄
  してやりたくなる。
   程なくハボックが彼女をエスコートして事なきを得たかと思えば、今度は男。
   いやらしく値踏みするあの視線に、どうして気付きもしないのか。

   「失礼、皆さんとの楽しいお喋りはまた後ほどさせて頂きます」
   取り巻きの女性たちに微笑みかけてから、ロイは歩き出していた。
   


   「これは、大総統自らのお出ましとは」
   大げさに手を広げてみせるマーカスに、ロイは軽く会釈する。
   「退屈させてしまい申し訳ありません、Mr。ようやくご婦人たちに解放して頂きま
  したので、ご挨拶に」
   「なるほど、羨ましい限りで。まるでハーレム、いやこれはいささか下世話な表現で
  したな」
   はははと笑う男の科白に、エドワードは思わず顎の先で相槌を打っていた。

   「ところで私の部下が何か失礼を?」
   「いやいや。これほどの逸材に巡り合うことは滅多にありませんのでね。つい口説い
  ていたところですよ」
   「ほう…」
   自分のことは棚に上げ、氷のような視線を注いでくる恋人に、疚しいところは何も
  無いのにエドワードの口元が引き攣る。

   やばい…今夜俺、殺されるかも…。

   少なくとも、眠らせて貰えないことは確定だ。
   
   「どうでしょう、彼を軍籍から抜いて、私の秘書にでもお譲り頂けないですかな」
   雰囲気を読めない男の発言は、更に事態を悪化させる。
   表面上は飽くまでにこやかにロイが答えた。
   「折角ですが、彼は大総統付きの補佐官です。彼が居ないと私は何も出来ない
  有様ですので」
   「ほう、閣下の…」
   マーカスの眼が、量るように二人を見比べる。
   「では、私の持つライズ・カンパニーの株を半分、閣下にお譲りしても良いと言ったら
  どうされますかな?」
   「……!」
   エドワードは呼吸を潜める。
   それが大陸有数の軍需企業の名であることは、彼でさえ知っていた。

   「閣下が飽くまで手放せないと仰るなら、私がこの国に滞在している間だけでも
  お貸し頂ければ良いのですがね」
   「―――」
   琥珀の瞳が一瞬揺らぎ、だがすぐに真っ直ぐロイを見た。

   自分にそれ程の価値があるとは思わない。
   けれどもし、ロイが必要とするのなら。
   この命は既に彼のもの。どう使われようと、従う覚悟は疾うにある。

   「お断りいたします」
   少しの動揺も無く、声は返された。
   「一晩、では?」
   尚もマーカスは食い下がる。
   「一晩手放すということは、永遠に手放すということと同じです」
   ロイは言った。
   「目先の餌に釣られて部下を売る大総統などと、国民に失望されたくありません
   からね」
   「ははは、これは参りましたな」
   乾いた笑いを浮かべ、マーカスは手にしていたグラスの中を一気に煽った。
   
   「少将、君はもう行きたまえ。Mr、私の補佐官は、すっかり貴方のジョークに当て
  られたようですよ」
   「ジョーク?」
   眼を見張るエドワードに、そうだよとロイが重ねる。
   「Mrには、それはもうお美しい奥方がいらっしゃるんだ。美貌もさることながら名門の
  お家柄でね。貴婦人と呼ぶのに相応しい、気高い精神も持っておられる。そのような
  素晴らしい女性を差し置いて、誰かに眼が写るなどということがあるはずないだろう?」
   「も、勿論ですとも。私は妻を誰よりも愛しておりますからね」
   冷や汗をかきながらマーカスが慌てて話を合わせて来る。どうやら見掛けによらず
  恐妻家のようだ。
   「そうでしょうとも。サラ夫人も事あるごとに貴方のお噂ばかりで、羨ましい限りです」
   「そ、その、閣下は、サラ―――、家内とは」
   「先日知人の紹介で、オペラをご一緒させて頂きました。いろいろと興味深いお話
  を伺えて、楽しい時間を」
   「ほ、ほう、そうですか。では、私はこれにて失礼させて頂きますかな」
   挨拶もそこそこに、マーカスは逃げるようにその場を立ち去った。

   「やれやれ」
   見送ったロイの唇が皮肉そうに歪んだ。それから彼は恋人を見下ろす。
   「君とは後でゆっくり話をしよう」
   「説教かよ」
   「何ならこの場で今すぐでも構わないんだがね」
   眼を細めて一瞥され、エドワードは睨む。それから顎を軽く反らしてロイに尋ねた。
   
   「…お訊きしてもよろしいでしょうか」
   「何だね」
   注がれる黒い瞳が金眼とぶつかる。
   「閣下にとって、最高の贅沢とは何でしょうか」

   「―――そうだな。愛する者がそばに居て、いつも私を見つめてくれる。これこそが
  最高の贅沢だと私は考えているよ」
   「……」
   「君はどうかな、エルリック少将」
   「…私もです」

   やっぱりこの男には叶わない。




next     back    宝箱へ