ここは、セントラルのとあるホテル。
ドアマンが開けたドアから、カツカツという靴音と共に姿をあらわしたのは、鋼の少将。
軍服姿ではあるが、いつもとは違う裾の長い礼装用の物。
一歩外に出た途端、少し強めの夜風がエドの軍服と金髪をなびかせる。
彼が乱れた前髪をうっとうしそうにかきあげる姿に、思わず見惚れるドアマン。
だが、そんな視線には全く気がつかずに歩きながら、エドは疲れたようなため息を吐いた。
「ああ、やっと終わった」
「名代ご苦労様です」
心底疲れたような上官の顔に、後ろを歩いていた副官が苦笑気味に声をかける。
「でも、本日の”業務”はこれで終わりですので」
「そうだな。これで今日はやっと研究を・・・・・・あっ!!」
マリアの言葉にやっと笑顔を見せたエドだったが、突如声をあげて眉を寄せた。
拍手ログG 『大総統閣下の愛犬』・・・11 
「忘れてた・・・あの件は今日中に片付けないと不味いな・・・・・・くそっ」
エドは忌々しそうにそう吐き捨てる。
表立って何も出来なくなってしまったロイの代わりを勤めなくてはならなくなったエドは、多忙を極めていた。
自分の業務にロイの分の業務。
裏方の仕事は他の側近達にも頼めるが、大総統の名代を務めるとなるとそれ相応の地位が必要になる。
そうなるとやはり将軍職についているエドが出ざるをえなくなり、
今日も朝から忙しく外を飛びまわった上、夜は大総統の代理として、あるパーティに出席していた。
辞退したいところだったが、要らぬ憶測が流れるのは不味い。
不本意ながらも出席し、なるべく早めに切り上げてきたのだが、すでに10時を回っていた。
それでもこれからでもロイが元に戻るための研究を・・・と思っていたのだが。
「え!?急ぎの物は片付いてる筈ですが・・・」
「閣下が溜め込んでたやつだよ。出掛けに見つけたんだが、錬金術関係だから他に任せる訳にもいかないんだ」
「そうですか・・・・・」
「ったく、あのクソ大総統!!どれだけ迷惑かけりゃ気が済むんだ!?」
「・・・・・ご機嫌ナナメですね」
足を踏み鳴らしながら近づいてきたエドに、苦笑しながら軍用車のドアを開けたのはブロッシュ。
開けられたドアから後部座席に乗り込んで、エドはドンと足を組んだ。
「ったりめーだ!!・・・・・腹いせに本当に浮気でもしてやろうか!?」
イライラとそう言い放つと、助手席の辺りからクスリと笑いが漏れる。
誰も乗っていないと思って乗りこんだエドはぎょっとして顔を上げた。すると―――
「やめた方がいいんじゃない。今回どころじゃなく大騒ぎになるから」
第一、浮気相手の人が可哀相過ぎるよ?・・・後でどんな目に遭うのかと思うとね。
クスクスという笑い声と共に助手席から振向いて顔を見せたのは、アルフォンスだった。
******
エドは面食らったように瞬きをして声をあげた。
「アル!なんでここに!?」
「久しぶり、兄さん。
今日はずっと軍部にいたんだけど、ブロッシュ大尉が兄さんの迎えに行くって言うからついてきちゃった」
早く兄さんの顔が見たかったからね。
そう穏やかに微笑む弟に、先ほどのイライラもかき消えて、ほんわかと気持ちが暖かくなってくる。
「アル・・・・・・。いや、そうじゃなくて――――なんで軍部に?」
そう聞くと、アルは助手席のドアを開けて一旦車を降りると、後部座席のエドの隣に改めて座りなおして。
そして、エドを見つめて少し声を押えて言った。
「ちょっとお手伝いしにね・・・・・大変そうだから」
「・・・・・・ロイに呼ばれたのか!?ったくアイツ!!」
軍人じゃないアルにてめぇの尻拭いさせる気か!!
がるるっと牙をむいて怒るエドだったが・・・
弟は賛同するどころか、兄をじとっと見つめた。
「・・・・・酷いのは大総統じゃなくて兄さんの方でしょ?」
「え?」
「困ってるなら呼んでくれればいいのに。・・・水くさいじゃない」
「アル・・・」
「確かに僕は軍人ではないけどね。国家機関で働いているから全くの部外者って訳じゃないと思うし。
なにより、兄さんが困ってるなら僕は助けてあげたいよ。
・・・あの人だって『もう一人の兄』のように僕は思ってる、だから力になりたい」
それなのに関係無いみたいな言い方は酷いんじゃない?それとも僕ってそんなに頼りにならない!?
咎めるようにそういう弟をじっと見つめて・・・少ししてからエドは困ったように笑った。
「お前より頼りになる奴なんていねぇよ・・・・・・・・すまねぇな、助かるよ」
オレは軍務で手一杯だし、アイツもあの体じゃ出来ない事も多いしな。
研究になかなか手を付けられなくて参ってたんだ。
オレからも頼むよ・・・・・・・・・・・・手伝ってくれるか?
そう言って微笑むエドに、アルもにっこりと笑顔を返した。
「もちろん手伝うよ!」
「わりぃな・・・・・」
「本音言うとさ、僕も手伝えるのが嬉しいんだ」
「え?」
「だってさ、このごろお互いに忙しくてなかなか会えなかったでしょ?
これで久々に兄さんと一緒にいられるもの」
「アル・・・・・」
はにかんだようにそういうアルに、エドは感激したように声を詰まらせて。
そして、感極まったように弟を抱きしめた。
「うん・・・・・オレも、お前と会えて嬉しい。すっごく、嬉しい」
「兄さん・・・・・」
兄と弟はしっかりと抱き合う。
ああ、麗しき兄弟愛!!
だが―――――
「なんていうか・・・ほほえましい筈なのに、ほほえましく見えないですねぇ」
「・・・・・・・・そうね」
兄は中性的な美貌
弟は兄よりも背が高い美青年
―――――抱き合う姿はどう見ても、『兄弟』というより『恋人同士』である。
「出発してもいいんですかねぇ・・・・・」
「いいけど、軍部近くになっても離れなかったら、一旦停車した方がいいと思うわ」
「ですね」
大総統が見ちゃったら、大変ショックを受けそうだからね・・・
側近二人は心の中だけでそう呟いて、ため息をついたのだった。