「アル・・・?」
割って入った声に、エドは訝しげに弟を見上げる。
アルはそんな兄を苦笑気味に見つめて続けた。
「確かに事の発端は大総統だけど、これは予想外の事態でしょ?
寝不足と疲労でイライラするのも分かるけど、一番辛いのは大総統なんだから、そんなに責めちゃ可愛そうだよ」
兄さんだって分かっているんでしょう?
そうおっとりとした口調でいいながらアルは進み出て、ロイの傍らで片膝をついた。
拍手ログG 『大総統閣下の愛犬』・・・13 
アルはロイと視線をあわせて、慈愛に満ちた顔でにっこりと笑った。
「ね、大総統閣下?」
「アルフォンス・・・・・・・・君は、いい子だなぁ」
先ほど嫉妬の矛先を向けていたのを忘れたかのように、ロイは感動の面持ちでアルを見上げた。
だが、アルはというとロイの言葉尻を捕らえて、少々不満げな声を返す。
「いい『子』はないでしょう?閣下。あなたにとって、僕は相変わらず子供のままなんですか?」
「う・・・すまん。君を侮っているわけではないんだよ?長年の癖だな・・・」
意表を突く切り返しに、ロイは困ったように耳を下げた。
それを見て、アルはおかしそうにクスクスと笑った。
「いいですよ、許してあげます。貴方から見れば僕はまだまだ若造なのも確かですしね。
・・・・・閣下、ちょっと失礼しますね」
そう言うと、アルはロイの顔を両手で包むとじっと見つめた。
医者の手つきで下瞼を指で下げ、眼球の様子などを見る。そして。
「すみません。今度はこっちに良いですか?・・・ええここに乗って、頭はここに」
先ほどまで自分が座っていたソファにロイを誘うと、彼もソファに座るように言って。
そして、優しく手で彼の頭を自分の腿の辺りに乗せて寝そべらせる。
――――――――つまり、膝枕。
「ちょっと触らせていただきますね」
その状態でアルは彼の全身をチェックするように優しく触れていく。
背中、首、尻尾、足裏・・・次に口を開かせる。
「うん、口内は大丈夫そうですね・・・でも、少し汚れがあるからガーゼで磨きましょうか。
体の状態は概ね悪くなさそうですが、毛が少し汚れてきています。シャンプーした方がいいでしょう。
それと・・・・・・やはり少しお疲れのようですね、閣下も睡眠をとられていないのでしょう?」
そう言って、アルは優しくロイの喉の辺りを撫でた。
「閣下、焦る気持ちも分かりますが、貴方が体調を崩されたら元も子もありません。
研究も進んできましたし、ここは一旦お休みになられませんか?
よろしければ、僕がこれから散歩にお供しますよ?」
少し散歩をしてストレスを発散して、今日は家に帰って休まれては?
官邸では人目があって不自由でしょうから、兄の家がいいでしょう。
歯磨きと・・・体も洗って差し上げます。僕、獣医の勉強もしていましたので、お任せ下さい。
・・・・・そう言って、喉をもうひと撫で。
「・・・ああ、耳のケアもしなくちゃ。お風呂上りにここも手入れを・・・」
「アルっ!!」
耳に手を伸ばしたアルは、聞こえた焦ったような声に手を止める。
声の主は、兄・エドワード。
何?といった風に首を傾げて見せると、なんだかしどろもどろな言葉が返ってきた。
「いや・・・その・・・・・あんまり甘やかすなよ」
「そうかなぁ?体に大きな変化があったんだもの。いくらタフな閣下とはいえ、休養が必要だと僕は思うな」
「だ、だとしても・・・お前にそこまで手間をかけさせる訳にはいかねぇって・・・っ!」
「何言っての、水くさい事言わないで昨日言ったばかりじゃない?
僕の事なら気にしないで、全然手間じゃないよ?・・・・むしろ嬉しいかな。」
必要なんじゃないかと思って、ケア用品一通り持ってきたんだ♪
―――そう、ニコニコと嬉しそうに、なんだかとろけそうに目を細めて、ロイを撫でている。
それを見て――――昔、捨て猫達にデレデレになっていた時の弟の姿を鮮明に思い出した兄は、
更に焦ったような声をだした。
「で、でもさ・・・・・・その、いくら今は犬だとはいっても、中身は大総統だしっ!」
「うん?」
「だからその・・・なんつーか、一緒に風呂ってのは・・・いやっ、そうじゃなくて!
軍人じゃないお前にそこまで頼るわけにはいかないっていうか・・・」
「ああ!」
ようやく思い当たったといった風に声をあげるアルに、
エドは悪戯が見つかった子供のように、ビクリと体を跳ね上げた。
「な、なんだ?」
「―――――――――――そうだね、うっかりしてた!
いくら外見が犬だからといって、護衛も無しに軍施設外に出てもらうわけにはいかないよねぇ!
僕も腕には割りと自信があるけど、確かにここ数年実戦はしてないしね。
有事の際に対処しきれないかもしれないな。仕方ないね・・・残念だけど、僕は遠慮しようかな」
・・・・・・・・じゃあ、兄さんに僕の代わりにお願いできる?
アルはそう言って、ロイの体を起こして座らせてから立ちあがると、
部屋のすみに置いていた自分の手荷物の中から何やら袋を取り出した。
そして兄の前でその袋を開いて説明する。
「シャンプーは人間のを使っちゃ駄目だからね。これ使って?
こっちは耳の洗浄液。ブラッシングはこの毛足が短い子用の・・・・・」
「ちょ、ちょっと待てよ!なんでオレが!!」
「だって、僕じゃ駄目なんでしょ?しかも、閣下に休んでもらうのは兄さんの家だし・・・
兄さんが行かなくて誰が行くの?」
「いや・・・・・だって、仕事・・・」
困ったように眉を下げるエドだったが、横から凛として声が響いた。
「少将、一度お宅に帰られてかまいませんよ?」
「・・・大佐?」
「少将もあれからまともに休まれていませんよね。いい機会ですから、一度休息を」
「でも・・・・・それは皆もじゃ?」
「私達も交代で休ませていただきますので。
一日ゆっくり休息・・・と言う訳にはいかなくて申し訳ありませんが、
今夜一晩だけでもゆっくりお休みになってください。――――――大総統閣下も。」
エドににこりと笑いかけてから、リザは思い出したようにロイを見た。
今まで事の流れを只見ていたロイだったが、さすがにそれには顔を引きつらせて、口を開く。
「大佐・・・・・・・・・あからさまに、付け足した感が・・・」
「あら、やはり閣下には休息はいらな・・・・」
「いや!欲しい、欲しいぞっ!!ありがたく休ませてもらうとも!!!」
「帰るぞ、少将!」――エドの軍服を端を噛んで、ぐいぐいと引っ張ってドアに向かうロイ。
「ちょ、ちょっと待って!」―――それを慌てたように制して軍服を離させたエドは、
ケア用品を取りに戻りアルに使い方を確認する。
説明しながらアルがふと視線を感じて目線を上げると、ドアの所で留まっている犬と視線が合った。
・・・パチンとウインク一つしてから、小首を傾げるような肩を竦めるような仕草。
それに、視線で答えて笑って見せてから、アルはまた兄に視線を戻した。
「・・・ま、こんな感じかな?わからない時は電話して?」
「うん、サンキューな!」
エドは弟に笑いかけてから、やっとロイと共に部屋を出ていった。
二人の足音が聞こえなくなってから、リザはアルに微笑んだ。
「ありがとう、アルフォンス君」
休んで頂かなくてはいけないと思っていたの。
そう言って、どこかホッとしたように肩を竦めるリザに、アルは苦笑を返した。
「いえ・・・こちらこそ、手間の掛かる兄ですみません」
あんなに張り詰めてたら、そのうち倒れちゃいますからね・・・
元気そうなフリをしてても、かなりこたえているようですし。
いつもならそれを諌めてくれる大総統も、今回は勝手が違いますから苦労してるみたいですしね?
―――アルはそう言って肩を竦める。
いつも、自分の体のことなどお構いなしに、自分を追いこんでしまう兄。
それに息を抜かせ・・・ダメな時は強引にさらって休ませてしまう大総統なのだが・・・
今回は自分が事の発端であるし、犬の体では強引に攫う訳にもいかないしで、苦戦しているようだ。
「それに・・・休息という事以外にも、二人で過ごして欲しかったんですよ」
「は?そりゃ・・・どう言う事だ?」
ハボックの問いに、アルは先ほどまで兄と組み立てていた構築式を書いた紙に視線を落とした。
「あんな練成・・・通常じゃ考えられないですよ。
・・・偶然の何か想定外のものがかきこまれてしまったとしてもね?」
「え、じゃあ・・・?」
「―――何か強い『想い』みたいなものが作用してしてしまった気がするんです」
「つまり、閣下の『想い』ってことかしら?」
「ええ・・・となれば、どうせ兄さんがらみでしょ?」
アルは肩をすくめて見せてから、ぺコリと皆に頭を下げた。
「うちのバカップル兄・義兄(予定)がいつもご苦労お掛けしてすみません」
「いやいや、こちらこそうちの色ボケ大総統と天然小悪魔少将がご迷惑を」
おどけて敬礼して見せるハボックに、アルが吹き出して。
大総統執務室は、ここ数日振りに笑いに包まれた――――
******
リザとブレダとフュリーが仮眠に入り、アルとハボック二人きりになった執務室。
「・・・・それにしてもさっきの大総統、可愛かったなぁv」
「あ、アル・・・?」
「あの大総統なら、僕・・・・・・・・愛せるかも」
「オ、オイ・・・・・・・(冷や汗ダラダラ)」
「でも・・・一人の人を兄弟で取り合うって、なんかお昼のメロドラマみたいだしなぁ。
ドロドロしそうだし・・・・・・やめておきます」
「そ、そうしろ!!っていうか、一人の『人』じゃなくて、『犬』・・・・・」
「あ、でも!!もとの姿に戻る前に、絶対ブラッシングはさせてもらおーっと♪」
それぐらいは、良いですよねぇ?
そうニコニコと笑うアルに、ハボックの背中にいやーな汗が流れる。
「お前って・・・・・ホント、大物だよな」
再び研究に戻ったアルの背中を見つめつつ、引きつった顔でそう呟くハボックだった――――