家に帰り、夕食を済ませ、風呂に入った。
エドがバスルームからリビングに戻ると・・・・・
最初に入浴をすませた犬が、ぺったりとくっつく様にソファーの上に横になっていた。
その瞳は閉じていて、眠っている様に見える。
『寝たのかな?ブラッシングまだなんだけど・・・・・』
アルフォンスからもらったブラシを片手に考えていると、突如犬が身じろいだ。
「ふう」
彼の口から漏れたのは、犬の容姿に似合わぬ・・・悩ましげな吐息だった。
拍手ログG 『大総統閣下の愛犬』・・・15 
「・・・・・なんだ?そんなに気持ち良かったのか?」
やっぱり、毛が汚れてて不快だったんだな?
アルの言う通りだった・・・・・もっと早く風呂入れてやればよかったな、ごめん。
彼の吐息を『風呂上りの気持ち良さから出たもの』だと思ったエドは、そう言って犬を見た。
だが――――言われた犬ははじかれたように身を起こして、エドを非難の目で見つめた。
「違う!」
「え?じゃあ・・・なんだよ」
「私は今深く傷ついているんだよ・・・・」
「は?・・・・・・・もしかして、痛かった?」
わりぃ、オレ犬なんて洗った事ねぇから、力加減わかんなくてさ。
―――――――どこか、傷つけちまったか?
近寄って顔を覗きこんできたエドに、犬は首を横に振った。
「それも違う」
「・・・・・・・んじゃ、なんだよ」
「君と風呂なんて、どのくらいぶりだと思う?」
「は?」
「一ヶ月!一ヶ月ぶりだよ!?」
「あ――――・・・」
エドはロイの言いたいことがなんとなくわかって、気の抜けたような声を出した。
このところお互いに本当に忙しく・・・なかなか恋人らしい触れ合いなどできずにいた。
それでも、この一ヶ月の間も何度かベットは共にしていたのだが、言われてみれば、ゆっくり風呂まで一緒というのはなかったような気がする。
一緒に入るともれなく悪戯されてしまうので、元々風呂の誘いは断ることが多い。
それでもロイがしつこく言い寄ってくるので、一月に何度かは応じてやっていた。
―――――それがこの頃の忙しさもあって、どうやら一月丸々お預け状態だったらしかった。
「久しぶりの君との風呂なのに、何もできないなんて!!」
「・・・つーか、普段から『何かをする前提』で入る方が間違ってるつーの」
「それどころか、君・・・・・今日は服も脱いでくれなかったし」
「・・・・・普通、犬と一緒に湯船につかったりしねぇだろ」
実は――――
犬をシャンプーしてしまってからゆっくり入ろうと思ったエドは、Tシャツ短パン姿でロイをごしごしと洗った。
『犬だから湯船にはつからないよな?』
そう勝手に判断して、洗い終わったらすぐに脱衣所に連れていき、バスタオルをかぶせわしゃわしゃと拭いて。
そして、『居間でまってろよ、オレが風呂すんだらブラッシングしてやるから』と言い置いて、風呂から放り出していた。
『・・・満足の吐息じゃなくて、拗ねたため息だったのか』
エドは、呆れた様に自分もため息を吐いた。
だが、そのため息を聞きつけたロイの機嫌が更に悪化するのを感じて・・・内心でもう一度ため息をついてから、エドはロイの顔を覗きこんだ。
「・・・・・気がつかなくて悪かったよ」
犬の喉の辺りを撫でながら、甘えるような声で言う。
「でもさ・・・・・それはもとに戻ってからの方がいいだろ?」
このままじゃ、妙なプレイみたいじゃねーか。
――――さっきの甘さから一転、じっとりと睨んでから・・・ふいっとそっぽを向いて。
「・・・・・・オレだって、我慢してるのに・・・さ」
ワザと拗ねた口調で言って、俯いた。
それは、こんなやり取りでロイの機嫌が治るのを計算づくの上での言葉で。
――――言い終わってから、思う。
『オレも丸くなったよなー。前だったら「フザケンな変態佐!」とか、怒鳴りつけるところだ』
だが、コイツの側近になってからは、それではダメなことを学習した。
側近になりたての頃は以前のように接して、つい凹ませすぎて――――色々大変だった。
その時、凹ませすぎては業務に差し障りがあるのを痛感したエドは、ある事を学んだ。
『躾の基本は―――――アメとムチ』
このバランスが大事な事を知ったエドは、何とか己のブチ切れ体質を押えてそれを実践するようになった。
ダメなことはしっかり叱って。
でも、凹み過ぎない様に、フォローを必ずいれる。
浮上したら、励まして、やる気を出させて。
うまくいったときは、めいいっぱい誉めてやる。
――――これが一番いいと、学習したのだ。
『そうなんだよな・・・全てはやる気なんだよ。やればできる子なんだから――――って』
・・・オレは、母親か?
――――オレが産んだ訳でもないのに・・・(涙)
なんとなくやるせない思いにさいなまれていると、犬がすりよって来た。
「すまないね・・・」
苦労をかける。
そう言った犬は―――どうやら苦笑しているようだ。
いつもそんな言葉で上機嫌になる男だが、今回はエドにあやされてるのを自覚してるらしい。
・・・・・・まぁ、この男のことだから、いつもわかってノッていたのかもしれないが。
それなら――――と、エドも白々しい言葉遊びはやめて、舌を出して見せた。
「わかってんなら、さっさともどれよ、馬鹿」
「私としてもそろそろ元に戻りたいんだけれどね」
本当にすまない。
――――そう言って鼻先を首筋にすり寄せる犬を、抱きしめる。
久々のスキンシップ。
聞こえる心臓の音に安らぎを感じながらも、いつも抱きしめてくる逞しい腕がないことに、寂しさを覚える。
『我慢してるのは、本当だっつーの・・・』
抱きしめた腕に、我知らず力がこもった。
『なんで、オレに断りもなく犬なんかになるんだよ』
オレだって・・・アンタを求めてるのに――――
ぎゅっと目を瞑ると――――慰めるように、すりっと柔らかい感触が首筋をすべっていく。
気持ちがよくて・・・・・・でも切なくて、エドの口元が歪んだ。
いつものような力強い腕も、意識のかすむような甘いキスも、激しい熱もない・・・・・二人だけの夜。
二人は、お互いがお互いを求める心を感じながら――――ただ、静かに抱き合っていた。