差し出された前足をじっと見つめて、エドは顔を顰めた。
「これ・・・って」
「まぁ、これ以上ここで話すのはマズイだろう。私の執務室に移動しようか?」
周りを見ると、窓の向うからこちらをチラチラと気にしている視線がいくつもあった。
あの距離から会話までは聞こえないだろうが、用心する事に超した事はない。
エドは、ロイの提案に頷いた。
「わかりました」
他の面々も頷き、皆連れだって大総統執務室へと移動した―――
拍手ログG 『大総統閣下の愛犬』・・・18 
部屋に入室して扉が閉められるなり、エドはロイに聞いた。
「前足・・・ってことは、つまり、後で書き入れられたものがハヤテ号の足形だったってことか?」
「ご名答」
「いつ・・・・・」
「私が練成陣を作成してそのまま寝入ってしまった後だ。その時部屋を訪問した者がいて・・・それがそこにいるブラックハヤテ号だった、ということだな」
ハヤテ号が居心地悪そうに身を竦て、エドとアルが顔を見合わせ、他の者がざわつく中―――
ロイは執務椅子に歩み寄って、とん・・・と優雅な仕草で椅子に飛び乗る。
「つまり、こういうことだ」
そして、事の経緯を説明しだした。
******
事の経緯は、こうだった――――
ロイがハヤテ号の懐柔に失敗し、執務室に戻って練成陣を作成し・・・そして、うたた寝をしてしまった後―――部屋にこっそりと侵入した者があった。
ドアの隙間から顔を覗かせたのは、ブラックハヤテ号。
彼は部屋に侵入すると、軽い足取りで執務机に近づき、両前足を机の上にかけて伸びあがった。
『ねてる・・・・・』
ボクのごしゅじんがおつかえしているひと・・・『だいそうとうかっか』。
このひとは、このくにでいちばんえらいひと――――――らしい。
いっつもごしゅじんにおこられてばっかだから、ボクにはあまりそうはおもえないけど。
でも、ごしゅじんがまえに、「あの方に何か危機が迫った時は、必ずお守りしてね。私とあの方と同時に危険な目にあっていたとしても、あの方の方を助けるのよ?」そういっていたから、だぶんそうなんだとおもう。
ごしゅじんがあんなふうにいうんだから、このひとはすごくえらいひとなんだ。きっと。
ハヤテ号は、じいっとロイの顔を見つめる。
このひと・・・さっきボクとあそびたそうだった。
でも、ボクはあそんであげなかった。
だって、ごしゅじんに「閣下が遊びに来ても、誘いに乗っちゃだめよ」っていいつけられていたから。
なんであそんじゃいけないのかは、よくわからないんだけど。
ボクはごしゅじんがだいすきだから、だいすきなごしゅじんのいいつけは、きちんとまもるんだ!
ハヤテ号は誇らしげに少し胸を反らしてから・・・顔を曇らせた。
でも、ことわったあと・・・『かっか』、なんだかさみしそうにしてた。
それがきになってそわそわしてしていたとき、ボクのくびわについていたくさりがはずれているのにきがついた。
たぶん、さっき『かっか』がはずしたあと、つけるのをわすれたんだ。
ぼくはなやんだ。
かってにうろうろしちゃだめってごしゅじんにいわれているから、あそこをはなれちゃだめなんだ。
ボクは、ごしゅじんのめいれいは、ぜったいまもらなきゃ。
・・・・・でも、さっきのことがなんだかきになって。
なやんで・・・ちょっとだけ、ようすをみにいくことにした。
だれにもみつからないようにこっそりいって、すぐにかえってくればおこられないよね・・・たぶん。
ボクは、いをけっして、そっとなかにわをはなれて――――ここにきた。
だって、『かっか』・・・なにかぼくにききたそうだったんだ。
ハヤテ号はロイの顔をみつめながら、首を傾げた。
『いったい、なにをききたかったんだろう?』
でも、ねちゃってるし―――やっぱり、きけないみたい。
前足を下ろそうとしてから、ハタ・・・とハヤテ号は気がついて動きを止めた。
『かっか』、このままねてたら、ごしゅじんにまたおこられるんじゃないかなぁ?
ボク、『かっか』のこともけっこうすきだから、おこしてあげようかな?
ハヤテ号は身を乗り出すと、ロイの指をぺロリと舐めた。
『かっか、おきて!ごしゅじんや、えどわーどさんにおこられるよ?』
でも、ロイはよほど疲れているのか、なかなか目を開けない。
『かっかってば!!』
ハヤテ号はもっと身を乗り出そうと前足を踏み出して・・・そして、慌てた。
『ひゃっ!?』
前足が濡れた感覚―――見ると、テーブルの上にあったコーヒーカップに足を突っ込んでしまっていた。
少ししか入ってなかったからこぼれなかったし、もうぬるくなっていたので火傷などはしなかったが足をつっこんでしまったのは、まずいだろう。
慌てて足をカップから出して・・・また慌てる。
『わわわっ!?』
足を下ろした先には、なにやら変な模様が書かれた紙。
それの真中に、茶色い足跡がくっきりとついてしまっていた。
おろおろとあわてていると、ロイがもぞりと動く気配。
ハヤテ号は思わずそこから飛びのいて、ドアの影に隠れた。
ロイは寝ぼけたような顔でうっすらと目を開けた後少し顔を起こしかけたが・・・何やら呟いて、また紙の上に突っ伏してしまった。
ホッとするハヤテ号。
だが・・・その時ロイの手の平が動き、練成陣の上にのった。
『うわっ・・・かっか!!』
ハヤテ号の目の前で、ロイがまばゆい青い光に包まれた―――。