リザは、静かにハヤテ号の前に進み出た。


「ハヤテ号・・・・・」

名を呼ばれたハヤテ号の体が、あからさまにビクリと跳ねる。
毛むくじゃらであるから、顔色は分からないが・・・彼の顔色を見ることが出来たのなら、間違いなく蒼白だろう。
『助けてやりたい・・・・・でも、怖い』
周りの者達は、息をつめて見守るしかない。
―――そんな中、リザは片膝をついて、ハヤテ号と視線を合わせた。

「ダメじゃないの、ハヤテ号・・・・・」

うわ、やっぱりこれから身も凍る説教が!?
自分が怒られる訳でもないのに、震える男達。
だが、リザが言葉を続ける前に、それを遮る者がいた。

「まちたまえ、大佐―――」

遮った者――――それは、大総統ロイ・マスタング。
黒犬の姿の彼は、リザとハヤテ号の間に、すっくと立ちはだかる。



『勇者だ・・・・・!』



犬の姿になってからガタリと目減りしていた彼の人への尊敬の念が、久々に上がるのを感じる側近達だった。




 拍手ログG   『大総統閣下の愛犬』・・・20   




男達が羨望の眼差しを向ける中、ロイは笑みを浮かべ、諭すようにリザに話しかけた。


「彼としても反省しているようだし、ここは穏便にだね・・・」
「閣下はだまっててください」

これは私とハヤテ号との問題です。うちのしつけに口を挟まないでください。
―――――冷たい視線で見下ろされ、ピシリと言い返されてしまった。

「・・・・・はい」

こんなリザに歯向かえる者などいるわけもなく、ロイは頭を垂れた。
『ぜんぜんっ、勇者じゃない・・・・・(ため息)』
でも、気持ちは痛いほど分かる。
ロイと共に頭を垂れた男達は、遠巻きにリザとハヤテを見つめた。

「ハヤテ号、中庭を離れて一人でうろうろしちゃだめだって言ったでしょう?」
「くぅん」
「あなたをここ置くのは閣下から許しを得ているのだけれど、それを良く思っていない人だっているのよ?それに、そんな人意外にも単純に犬が苦手な人もいる。今回の事は遊びに行った訳ではなくて、ちゃんと理由があっての事のようだけれど・・・あなたが建物内を好き勝手に歩き回わるだけで無用のトラブルになることもある。・・・それを忘れないで?」
「くぅ・・・・・ん」

項垂れるハヤテ号に、リザは手を伸ばす。
それにピクリと体を揺らすと・・・思いがけず、頭を撫でられる感触。
ハヤテ号は顔を上げ、リザを見つめた。

「分かればいいわ」
「くぅん」
「この頃相手してあげられなくてごめんなさいね。あ、閣下にもらった肉・・・我慢できて偉かったわね?中佐にもらったジャーキーも。ちゃんと私の言いつけ守ってくれたのね」

―――良く出来たわね、偉いわハヤテ号。
にこりと笑って頭を撫でるリザに、ハヤテはうるうると瞳を潤ませて叫んだ。



「わわわわわん!わわわわん!わわゎわんわわわん!!(ごめんなさい!ありがとう!ごしゅじんだいすき!!)」



しっぽをブンブンと振って喜びを現すハヤテ号。
そんな彼とりザを見比べて、ロイもにこりと笑った。

「・・・・・通訳しようか?大佐」
「結構ですわ、閣下。・・・聞かなくても、わかります」

リザは、目の前のハヤテ号をぎゅっと抱きしめた。


「私も大好きよ、ハヤテ号」


ハヤテ号を抱きしめて微笑むリザに、ロイは「・・・やはり、君には敵わないよ」と呟いて。
その呟きに、他の者達も揃って肩の力を抜き・・・微笑んで頷いたのだった。



******



感動のシーンが繰り広げられている後ろで、ハボックはエドにこそりと囁いた。


「それにしても緊張したなぁ〜。閣下の件で、ハヤテの奴、もっと怒られるかと思ってたからさ」
「さすがホークアイ大佐だな。厳しい中にも愛があるっていうかさ?」
「・・・・・そんな彼女だからこそ、私も頭があがらないだよ」

声の方向に視線を向けると、二人の側にいつの間にやらロイが並んでいた。

「閣下の場合は、全面的に自分が悪いからぐぅの音もでないだけでしょう?」
「あと、しょっちゅう怒られてるから・・・パブロフの犬みたいみたいに条件反射であげたくてもあげられなくなってるとかなー?」

はははーと笑う二人に、ロイのこめかみにピクリと皺がよる。

「お前達・・・私は大総統なんだが?」
「はっ、閣下ごぶれーいたしました!」
「失言お許しくださーい!」
「・・・・・・・全然、尊敬してないだろう?」
「まぁまぁ、そんな顔しないでくださいよ?ハヤテ号、怒られなくてよかったじゃないですか!」

なんか、閣下・・・ハヤテを助けてやりたそうでしたもんね?
―――恨みがましく見上げるロイに、ハボックはしゃがんでそう言った。
だが、治まらぬロイが何事か言い返してやろう口を開きかけた時、突然声が掛けられた。


「あら、ハヤテ号の失態分はちゃんと叱りましたけど?」


躾はキチンとしなければいけませんからね?
いつの間にやら側に来ていたリザはそう言った。

「・・・大佐」
「あとの失態は、ハヤテ号ではなくて閣下ですし」
「えっ、私か!?」
「当然です。元はと言えば、鎖を繋ぎ忘れなければハヤテは歩き回る事もなかったんですよ?そして、あなたが居眠りをしていなければ起こそうとしてコーヒーに足を入れる事もなかったし、閣下があんな馬鹿な練成陣など作らなければ、ハヤテ号が足跡をつけたところで練成が発動する事もなかったんです」



全ての元凶は、閣下です。



スバリと言われ、たじたじになるロイ。
リザは、そんな彼を冷たく見下ろし、ホルスターの辺りを触った。

「躾は、その場でキチンとしなければ・・・・・」
「!!!」

全身の毛を逆立てるロイ。・・・だが、リザは銃を抜くことなく、手を下ろした。

「・・・と、言いたい所ですが。とにかく今は元の姿に戻っていただくのが先決です。・・・少将、アル君、すぐにとりかかってもらえるかしら」
「うん、大佐。すぐやろう」
「はい。僕も頑張ります」

リザの言葉に二人は頷いた。
そして、エドはロイとハヤテ号に振りかえった。

「ハヤテ号、一緒にきてくれ。足形が必要だからな」
「わん!」
「閣下、通訳してもらえますか?足形がついた位置とか、詳しく知りたいので」
「分かった」

からくも、銃の標的という恐怖から逃れたロイは、その言葉にいそいそとエドの側に寄る。
そして、二人と二匹が部屋続きの隣室に向った後。リザは、側近達に振向いた。

「私達も準備をしましょう。まずは今日明日にやらなければいけない仕事を急ピッチで片付けなければ」
「はい」

にわかに慌しくなった面々は、次々と持ち場へと向かっていく。

「それと、練成場所の確保もしなければ。ここで練成するのはマズイでしょう」
「ああ、そーっスね!どこがいいかなぁ・・・」

残ったリザとハボックは練成を行う時のうち合わせなどをし始めた。

「あー、益々忙しくなりますね!」
「ええ。でも、それももうすぐ終わりよ。練成陣が出来て、閣下が元に戻れば途端に解決する案件も沢山あるし、少しは楽になるわ。それには、とにかく早急に戻って頂かないと」
「ええ、そうっスね!」

苦笑しながら頷いて、自分も持ち場に戻ろうとドアに向ったハボックだったが。
後ろから聞こえたリザの呟きに、思わずピキりと固まった。


「それに、あの姿だとちょっとやりづらいのよね・・・動物虐待みたいで。早く元に戻って頂いて・・・・・元にもどったら、その時は・・・ね」


やはり、躾はちゃんとしなくては。
悪いことをした時は、その場でちゃんと怒らないとダメなのよ。
忙しさにかまけてうやむやにされない内に、元に戻ったら即座に対処しなくては。

リザの呟きに、固まったままダラダラと冷や汗をたらしたハボックだが。
・・・・・しばしの間の後、何事もなかったように歩き出した。



こんな時は、聞かなかったフリが一番だ―――



・・・・・過激な職場で彼が身に付けた、『生き残るための知恵』の一つのようだった。





ハヤテ号大好きなので、こういう事になりました(笑)
また戻らなかったよ、ロイ・・・;


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