廊下の真中を悠々と歩いていた男は、後ろから近づく足音に気がつき、何気なく振向いた。
―――が、振向いた途端、男の顔は強張る。


「やぁ、マドック。いい朝だな」
「・・・・・閣下」


そこにいたのは、リザとハボックを従えた大総統、ロイ・マスタングだった。
搾り出すように名を呼んだ後、ハッと我に返って、マドックは顔に愛想笑いを貼りつけた。

「おお、これはこれは!ここしばらく体調がお悪いと聞き及び、心配しておりました!・・・お加減はもうよろしいのですか?」
「ああ。この通りもう大丈夫だ。・・・心配をかけたな」
「いえ、そんな。ですが、アメストリスにとって大切な御身。大事にならなくて良かった」

そんな白々しいやり取りの後、ロイは再び歩みを進めはじめる。
マドックは笑みを浮かべたまま脇によけて道を譲った。
しかし、ロイの視界から外れた途端、その顔は苦虫を噛み潰したように歪む。


「ああ、そういえば」


マドックの横を過ぎてから、ロイはまた立ち止まった。
彼の背中を忌々しげに見つめていたマドックは、慌てててまた愛想笑いに表情を戻す。

「君の企画した『パーティ』だがね。私の一存で中止にした」
「は?・・・パーティ?」

怪訝な顔でロイを見つめたマドックだったが―――
ロイの眼光をみて、一瞬にして顔色を青くした。

「――――鬼のいぬ間に・・・というわけだろうが。少しはしゃぎ過ぎたな」
「かっ・・・閣下!!」

取り縋ろうと駆け寄るマドックだったが、その前に側近二人が壁のように立ちふさがる。
壁に阻まれ立ち止まったマドックを一瞥してから、ロイは彼に背を向け、また歩き出した。



「・・・・・浮かれた企画の後始末は、きっちりとしてもらおう」



覚悟しておきたまえ。
背中越しに落とされた言葉に、マドックはガクリと膝をつく。
そのうしろには、いつの間にか憲兵達がズラリと並んでいた――――




 拍手ログG  『大総統閣下の愛犬』・・・23  




そのまま執務室に向い、ロイは久々に人間の体でそのイスに腰を下ろした。


「ふむ。やっと戻れたと実感するな・・・」


ギシリとイスを鳴らして、ニヤリと笑うロイ。
それを見つめてリザは微笑み、ハボックは「閣下ぁ〜」と情けない声を出した。

「なんだハボックその顔は?」
「うれしーんスよ、一時はどうなる事かと・・・・・ううっ」
「ははは、案外心配性だな。この私が犬の姿で一生を送るなど、ありえんよ」

この美貌が失われるなど、世のお嬢様方が許すまい。
しかも、可愛い恋人がいるのに犬などで過ごせる訳がないではないか。
はははと高らかに笑い、「心配無用」と、不敵な笑みを浮かべた。

「なにせ、私は強運の持ち主だからな」
「強運、っスか・・・」
「そうだろう?」

望み通り大総統になったのもしかり、世界最高の恋人を手に入れたのもしかり。

「だから最初からお前には『心配するな』といっていただろう?」
「はぁ・・・(ため息)」
「私の器からすれば、これが当たり前。凡人のものさしで測り心配するなどナンセンスだよ」
「ホント、アンタって大物っスよ・・・・・・・」

疲れたように肩を落とすハボックからさっさと視界を外して、ロイはリザを見上げた。

「さぁ、早速溜まった仕事を片付けるとしようか。ああ、その前に――――大佐」
「はい」
「早速だが、セントラルにいる将軍達に緊急召集をかけてくれ。マドック更迭の説明をせねばなるまい」
「了解しました」
「まぁ、準備は万端だったから証拠も十分過ぎるほどあるし、不満も出んとは思うがね」
「はい。ですが、その前に・・・」
「ん?」


ドン!


音と共に、ロイの頬を何かが掠めた。
冷や汗と共に後を振りかえると、後ろの壁に真新しい穴。

「た、たい・・・・・っ」
「祝砲です」

リザは、表情一つ変えずにそう言った。

「・・・は?」
「このたびは無事のご復帰おめでとうございます。おめでたいことですので、気持ちを込めて祝砲をあげさせていただきました」
「そ、そうか・・・だ、だが祝砲なら外か・・・せめて、水平射撃はやめてほしいのだが・・・」

逃げ腰のままそう言い募るロイの言葉は無視して、リザは続けた。

「長年閣下のお側近くにお仕えして、貴方の強運は良く分かっているつもりでしたが・・・それでも今回の件は凡人の私の理解の範疇を超えておりましたので、不安を感じずにはいられませんでした。貴方の支える側近として、この程度で動揺するとは我ながら不甲斐ない事です。申し訳ありません」
「し、心配かけてすまない・・・が、君はけっして、凡人とは呼べな・・・」
「貴方は実力と運を併せ持つ偉大な方。今回の件で私はそれが骨身にしみて分かりました。ですから、これからは何があっても悠然と構えていたいと思います」
「そ、そうか」

冷や汗を掻きながら、一応そう答えたロイだったが・・・ リザの次の言葉に、ピキリと固まった。

「悠然と構えて見守り・・・強運の貴方があっさりと難問を乗り越えるたびに、感嘆と敬意を込めて祝砲をあげさせていただきましょう。・・・・ああ今回も、先ほどの一発だけではとても私の気持ちを伝えることはできませんね」

チャキ・・・と音をさせて、再び銃口がロイに向けられた。

「閣下、どうぞ私の気持ちを受け取ってくださいませ」
「ま、まっ!・・・大佐!私が・・・・・っ!」



私が悪かった!!もうしません!!!ごめんなさい!!!!



ロイの謝罪は、おびだだしい銃声にかき消されて、消えた―――



******



「あ、大佐、中佐・・・アイツ真面目にやってるか?」
「ええ、今打ち合わせが終わった所です。・・・一時間後に、将軍職の方に召集がかかります。少将も宜しくお願いしますね」
「ああ、マドックのおっさんの件だな。了解だ。・・・って、中佐、なんか顔色が悪いぞ?」

まぁ、疲れてるだろうからな・・・大丈夫か?
気遣うエドに、ハボックは答えずただ弱弱しく首を振るのみ。
そんな彼の様子に首を傾げていると―――対照的にすっきりとした表情のリザに、頼まれごとをされた。

「あ、少将・・・少しお願いがあるのですが」
「え、なに?」
「閣下の執務机の後ろの壁が少し壊れてしまったのですけど、直していただけないでしょうか?」
「壊れ・・・?うん、そりゃかまわないけど」
「宜しくお願い致します」

では、一時間後に会議室で。
凛々しく敬礼をして去っていくリザと、よろよろとついていくハボックを見送って。
首を傾げながら大総統執務室に入室したエドの目は・・・・・・点になった。



「ああ・・・確かに――――――――『少し』壊れてる、なぁ」



ま、自業自得だ。つか、大佐ずるいぜ。オレも誘ってくれればいいのに。
金髪をカリカリと掻いてから、エドはパンと小気味良い音を立てて両手を合わせた。



******



「さ、閣下!いつまでも屍になってないで生きかえってください。会議室に移動しますよ!」
「・・・・・奇跡の生還を果たした恋人に、もう少し優しい言葉はないのかね・・・」
「――――大佐に迎えにきてもらうか?」
「行く!行くとも!!今すぐ行くとも!!!」

青ざめて立ちあがり、せかせかと歩き出すロイに、エドは苦笑する。



『やっと・・・・・もとの日常がもどったって、実感するなー』



忙しくて、振りかえることさえままならなかった日常だけど・・・・
その『あたりまえの日常』が幸せなのかもなぁ。


エドはそんな事を思いながら、やっと帰ってきた愛しい背中を見つめて、目を細めた――――





お仕置きは番外でやるか迷ったのですが、結局本文に入れてしまいました。
ロイには気の毒ですが、エドに愛されてるので・・・ま、いいですよね?(笑)
もう1回で終わりたいと思います♪


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