「そして・・・後は知っての通りだな?」

そう言って、はははと笑うロイ。
事の顛末を聞き終えたエドは呆然と彼を見つめた。


「・・・そんなことで、犬になったのか?」


唖然としたような呟きを落とし。
そして、ふつふつと湧き上がってきた怒りに、ふるふると震えだした―――




 拍手ログG   『大総統閣下の愛犬』・・・27   




ふるふると震える拳を握り締め、ついにエドは怒鳴った。


「そんな事の為に、あんな危険を冒したのか!?」


そんなことの為に、犬なんかになり・・・
皆を心配させ、迷惑をかけたのか!?
エドはそうロイを詰った。

「しかも、アンタは大総統だろう!?・・・この国を潰す気かよ!」

やっと安定してきたこの国。
もちろんそれは国民一人一人が希望を持って頑張ってきたからに他ならないが・・・
―――だが、やはりこの男の存在は大きい。
混乱し、不安を抱える国民を、力強い言葉で、発揮される指導力で、
そして・・・人を惹きつけてやまないそのカリスマ性で、この男が引っ張ってきたのだ。
この男が急に姿を消してしまえば、国はまた少なからず混乱するだろう。
そんな危険を、あんな取るに足らない事の為に、犯す気だったのか?
そう考えると、腹立たしくて仕方なかった。
収まらぬ怒りに、エドはまた怒鳴り声を上げた。だが。

「そんなくだらない事の為に、身を危険に晒していい立場じゃ・・・!」
「くだらなくなどない!」

帰ってきた強い口調に、エドは目を見開いた。
ロイは真剣な顔でじっとこちらを見ていたが、ふぅ・・・と息を吐くと、苦笑した。

「くだらなくなどないよ、大切なことだ」
「ロイ・・・?」
「私は大総統である前に、ロイ・マスタングという一人の男だ。・・・そして、君の恋人だ」

とはいえ、望みひとつ言ってはもらえない、情けない恋人ではあるがね?
そう言って、自嘲的にロイは笑った。

「私にとって、君はこの上ない大切な者だ・・・他のモノと秤に掛ける事など出来ないくらい」
「ロイ・・・」
「君の願いなら、叶えてやりたい。大総統としてではなく―――君の恋人として」
「・・・・・」
「とはいえ、君の言っていることも分かるよ。すまなかった・・・。だが、誓っていうが、本当に犬になろうと思った訳じゃないんだ。君の願いを叶える力が欲しいと思って、あんな構築式を考えたのは確かだがね?本当に練成しようと思ったわけじゃないし、出来るとも思っていなかった。発動し、練成できたのは、君も知っての通りまったくの偶然なんだよ」

君の願いひとつ分からぬ己に失望しながら、見た夢。叶うなんて思わなかったんだ。
―――そう弁明するロイにエドは俯いて、静かに言った。

「・・・そんでも、迂闊な行動だよ」

アンタは国家にとって、大切な者・・・そして、俺にとってだって。
・・・そう言って、エドは拳を握り締める。

「アンタが犬になったのを見た時の俺の気持ち、分かるかよ・・・」

唇を噛んで、彼を見つめた。


「大切な人が犬になってしまった、俺の気持ちが・・・・・」


搾り出すように言った途端、抱きしめられた。
俺を引き寄せる強い腕が、俺を陶酔させる彼の匂いが、俺を安心させてくれる彼の体温が―――俺の体も不安も包み込んでくれる。

「すまなかった」

彼の謝罪に、今度こそ頷いた。

「いいよ、もう・・・。最初から知ってたしな」



アンタのおもりは大変だって。



そう言って笑うと、『おもりかね・・・』と情けなさそうにロイが眉を下げる。
それを見て『だって、そうだろ?』と笑ってやった。
『君には敵わないな』という台詞と共に顔が近づいてきて・・・唇に優しくキスをされた。
いつも寄越される熱にうかされるようなキスではなく、謝罪するような、慰めるような、労わるような、感謝するような・・・。
優しく、愛を伝えるようなキスを何度も贈られながら、思う。


『確かに手は焼かせられるけどさ・・・・・どんなアンタでも、好きなんだ』


何があっても、オレから離れることはない・・・ずっと、側にいるから。
彼の腕の中に居られる幸福を噛み締めながら、優しい時間に身を任せた――――



******



「さて・・・デートの続きといこうか?」


差し伸べられた彼の手にきょとんと瞬きして、エドは聞き返した。

「もしかして・・・その為にここに?」
「ああ、そうだよ」

君の願いどおり、普通に表を歩ければいいのだけれどね?それは、今の私には許されない事だ。
せめて、もう少しだけでも君との時間をもてればいいと思ってね?
官邸は人目もあるし、中に入る事自体あまり好きではないのだろう?
でも、私もそうそう官邸を抜け出して、君の家に入り浸るわけにもいかない。

「でも、ここなら官邸の敷地内だからセキュリティにも問題ないし、君も屋敷内より気軽だろう?それにね・・・ここ、意外に居心地がいいんだよ?」

手を引かれ、迷路のように入り組んでいる生垣を曲がると、そこには―――

「ここ・・・?」
「ここも前大総統夫人が建てられたものなんだが・・・先日少し手を加えたんだ」

そこには、白い家―――
小さいが、あちらこちらに装飾が施してある、優雅な外観。
女性が建てたというのが頷ける、バラの中に佇むのがふさわしいロマンチックな家だった。

「たまには、ここで過ごすのも素敵だと思わないか?」

バラに囲まれて眠りたいという、ご婦人の意向で建てられたからね。
ちょっと女性的すぎる外観だが・・・でも、中の設備も一通り揃っているから、居心地がいいとおもうよ?
―――そう言うロイに、エドはチラリと剣呑な視線を向ける。

「まさか・・・アンタ、オレをここに囲おうってんじゃ・・・・・」
「それはいい考えだな!」
「なっ、てめぇ!?」
「冗談だよ。・・・大体、君はおとなしく囲われてなどいないだろう?」

少しでも、二人きりの時間を作りたいだけだよ。
そう言って、ロイは苦笑した。

「君の願いはいずれ必ず叶えるけれどね?」

今は『小さな幸せ』で勘弁してくれたまえ。
悪戯っぽくウインクをして、エドの腰に手を回しエスコートする。

「まずは、食事などご一緒にいかがですか?」

案内されたテラスには、白いテーブル。
そして、その上には。

「うわ、うまそう!」
「君の好物を揃えさせたから、好きなだけ食べなさい」

先程まではあまりに眠かった為、食事は諦めて寝るか・・・と考えていたが、うまそうなご馳走を前にしたら、急激に腹が減ってきた。
腹を抑えるエドに、ロイは微笑んで席を勧めた。

「では、乾杯といこうか?」
「人間に戻れた記念?」
「いや、君と私の永遠の愛に、乾杯だ」

合わさるグラス。
空には、星。
二人を包むのは、バラの香り―――


「愛してるよ・・・・・未来永劫」


秘密の花園で紡がれるのは、花の香りに負けないくらい甘い愛の言葉と、甘いまなざし。



「・・・・・それは、こっちの科白」



いつもは言わない素直な言葉を返してしまったのは・・・きっとバラの香りに酔ったせいだと、 そう思うことにした。






騒動が終わり、訪れたのは――――バラの香りに包まれた、甘い夜だった。





これにて犬閣下、終了です!
本当に長い間お付き合いありがとうございましたvvv
おまけがちょこっとあります♪


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