「この犬を、大総統閣下が?」
「は、マドック中将。まかせられるのは中将しかいないと閣下はおっしゃっています」


閣下はことのほかこの犬を可愛がっていらっしゃって、
自分が留守にする間信用ならぬものには預ける訳にはいかぬと気をもんでおいででした。
中将に断られますと、他にどなたにお願いしたらいいのやら・・・・・
ほとほと困ったように眉を下げるハボックに、マドックは笑いながら手を振って見せた。

「いや、そんな心配は無用だ、中佐。―――閣下のご愛犬、確かにこのマドックが預かろう」
「有難うございます、中将!では、小一時間ほどで迎えに参りますので・・・」
「いやいや、そんなに焦って帰らずともよいぞ?
犬は好きだし、閣下にご信頼頂いていると言うのは嬉しい限りだ。・・・・・ところで、名前は?」
「は・・・『閣下』とお呼びしております」
「なんと!ははは・・・本当に閣下はこの犬を大事にされておられるようだな。心してお預かりせねば」


そういって笑うマドックに敬礼をして、ハボックは中将の執務室を出ていった。




 拍手ログG 『大総統閣下の愛犬』・・・6 




だが、ハボックが出ていった途端、彼の表情は変わる。


「ふん、なにが『愛犬』だ。この私に犬の番をさせようとは、小ざかしい若造だ・・・」


犬は、その『若造』を思い出させるような黒い毛並みだったため、
中将はいまいましげに犬を蹴りつけようとして―――――すんでで、足を止めた。

「・・・怪我をさせるのは不味いな。本当に忌々しい」
「いいではありませんか、ご機嫌を取っておくにこしたことはありませんよ?」

犬の首輪の辺りを探って盗聴器などがないのを確認した副官の男が
不機嫌そうなマドックに、苦笑しながら進言する。

「まぁ、そうだな。・・・ところで、こんなものを押し付けられるとは・・・・・・。
閣下が寝込まれていると言うのは、本当なのか?」
「官邸のメイドに金を握らせて聞き出した話では――――
直接世話をしてるのは執事と古参のメイド長だけのようですが、
シーツを運んだ時には、確かに黒髪の男が寝ていたのが見えたそうです。
しかも、チラリと見えた頬が、かなりこけていて驚いたとか・・・・・・」
「ふ・・・それが正しいとなると『過労』というのも、本当かどうか?・・・運が回ってきたか?」

マドックは、ニヤリと笑って、犬を見下ろす。
いつもの大総統命令を忠実に聞く彼とは別人のような、野望に満ちた瞳だ。

「そろそろ仕掛けますか?」
「そうだな・・・・・話を詰めよう」
「犬はどうします?・・・・・・お、おいっ」

密談をしようと執務机に戻った二人に、くっつくようについて来た犬に副官は眉を寄せるが、
マドックは意にも返さないように笑った。

「犬に何がわかるか、気にせんでいい。・・・ふむ、よく見るといい毛並みだな、利口そうだし」

そうだ・・・私が大総統に成り代わっても、引き続きお前を官邸で飼ってやろう。なぁ―――閣下?
はははと笑うマドックを、犬の黒い瞳がじっと見つめた―――




「んで、どうでした?」
「ああ、やはりあの男は黒だな・・・近々動く」
「あの人もっスか・・・人当たりいいのに。俺、人間不審になりそうですよ?」
「まぁ、権力者に野望はつきものだ・・・・・なに、そのうち一掃して居心地良くしてやろう」
「期待してまス。ところで次は?」
「ゲルグのとこだ」
「うひゃ〜、あの人おっかないんですよね・・・・・俺、苦手」
「いいから、行くぞ!」

犬の大総統は、渋る部下を引きずるようにして次の場所に向かった。



******



しばらくして。
ゲルグ大将のところに迎えに行くため、長い廊下を歩きながらハボックは苦笑する。


『確かに犬にしか聞けない情報もあるしな・・・これで色々と次の手が打てる』


でも、それは閣下が無事『元の姿』に戻るってのが、前提だけど。
はぁ・・・・・と知らず知らずに落ちるため息。

『本当に、元に戻れるのか?・・・あ、不安になってきた』

気がつかないうちに丸くなっていた背に気がついて、
それを伸ばして、ゲルグ大将の部屋の扉を叩いた――――




ゲルグの部屋をでて、人気のないところに来てから、『閣下』は勢い込んで言った。

「ゲルグ・・・・・アイツ、いい奴だった!」
「えっ?ほんとっスか!?・・・・・信じらんねぇ。嫌味は言うし、悪役の親玉そのものの顔なのに!」
「人間顔では判断できないということだな。本気で私の病状を心配していたし、それに・・・・・」
「それに?」
「それに、クッキーくれた!」


ピコピコと左右に動く短い尻尾を見て、ハボックは立ちくらみがしたようにしゃがみこんだ。


「どうした、ハボック?」
「いえ、ちょっと眩暈が・・・・・・・」
「だからいつも言っているだろう?タバコは著しく健康を害するから控えめにしろと!
・・・・・ところで、いいかげん飽きたから、今度こそ本当に散歩に行きたい」
「・・・・・・・閣下。本当に元に戻れるんでしょうねぇ?」
「色々と手は考えてある、心配するな」


さぁ、散歩!!
そう嬉しそうに前を歩く犬を見て、ハボックは呟く。



「不安だ・・・・・・」



『犬』がだんだん板についてきた『閣下』に、不安を隠しきれないハボックだった―――――





だんだん犬っぽく?(笑)


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