こちらに近づく足音に、エドはその場を飛びずさって離れた。
エドがドアから離れた直後、『バン!』という大きな音と共にドアが蹴り開けられる。
続いて、チャキ・・・という金属音と共に、鈍い光を放つ銃口がレストルーム内に向けられた。
リザはそのまま室内に足を踏み入れ、銃を構えたまま個室の扉を蹴り開ける。
だが、一通り室内を確認すると、銃を下ろして後ろを振り返った。
「誰もいないようですね・・・」
「逃げた後だったか・・・?」
確か、気配がしたような気がしたのだが。
不審そうに首を傾げながらも、ロイも発火布の手袋を嵌めた手を下ろした。
「とにかく警備担当者に連絡を」
「はい」
室内に戻ろうとする二人の気配を感じつつ、エドはホッと息を吐いた。
『良かった、とりあえず見つからないで済ん・・・』
肩の力を抜こうとした時、突如ゾワリと背筋に感じた感覚に、再び毛を逆立てる。
向けられたのは、二人分の殺気―――
「出てこい」
冷たく響いたロイの声は、明らかに自分の隠れているこの場所に向けられている。
エドはピリピリと感じる空気に長いひげをひくつかせてから、観念したようにレストルームと部屋を繋ぐドアの影からゆっくりと出て行った―――
『大総統閣下の愛猫』・・・3 
ドアの影から出て、二人を見つめると―――
二人はお互いの武器を構えたまま、面食らったように瞬きをした。
「猫・・・?」
唖然としたようなロイの呟きの後、リザはドアを動かして、エドの出てきたドア裏を確認する。
そこには他に誰もおらず、さっきの気配が猫のモノだと分かった。
「まさか猫が入り込んでいたなんて・・・」
「ここに来るまで誰にも見つからなかったのか?」
ロイはそう首を傾げて、猫を抱き上げた。
そのままレストルームを出ると、自分のデスクに戻って椅子に腰掛け、デスクの上に猫をそっと下ろす。
続いて部屋に戻ってきたリザが、困惑したように呟いた。
「引き出しもこの子の仕業でしょうか・・・?」
「いや、違うだろう・・・猫が開けるには重すぎるし、何より鍵など開けられる訳が無い」
「そうですね・・・では、犯人がドアを開け放ったままのところに入り込んだのでしょうか?」
とにかく警備の者に連絡を・・・と、リザは受話器を取り、各所に指示を出してからロイに振り返った。
「不審な者がいないか司令部内を捜索させておりますので、しばらくお待ちください・・・・・閣下?」
振り向くと、ロイはじっと食い入るように猫を見つめている。
そして、猫のエドはというと、内心で冷汗をたらしていた。
『な、なんでそんなに見てんだよ?・・・もしや、バレた?』
そう考えてから、ふと気がつく。
『―――そもそも、オレは何故猫になったんだ?』
通常では考えられない、非常識なこの事態。
原因は何だ?と考えて・・・ふと思い当たった事柄に、改めて目の前の男の顔を見る。
―――目の前には、ついひと月前に犬になっていた非常識な男の姿。
『もしや、コイツの仕業!?』
犬になる練成陣は作るのを止めたものの、今度は猫になるやつでも作ってたのか!?
『ありうる・・・』
エドは、顔を引きつらせた。
『・・・となれば、猫がオレの姿だと、もうバレバレなのか!?』
ちくしょう、それなら猫の振りしてても仕方ない。
ここはコイツの顔をめいっぱい引っ掻いた後、文句を言って、そんで元に戻る方法を吐かせてやる!!
―――エドはキッとロイを睨み、爪を出して飛び掛る準備をしたが。
その時、エドをじっと見つめていたロイは、ボソリと呟いた。
「・・・なにか、エドワードに似てないか?」
「ああ・・・そうですね。金目ですし、毛も光の加減で金色に見えますね」
「だろう?エディにも見せたいな・・・呼んでくれ」
「くだらない事で呼んで怒られても知りませんよ?」
「なんの、アルフォンスへのおみやげを手渡したいと言えば、喜んで来てくれる筈だ」
相変わらず弟にはベタ甘い兄だからなぁ。彼は私よりよっぽど優遇されている・・・。
自分で言ってから、落ち込んだように肩を落とすロイを見ながら―――エドは首を傾げた。
『オレだと・・・分かって、ない?』
どうやら、ロイは目の前の猫がオレだと分かっていないらしい。
というか、この猫が人間から変化したものだなどと、夢にも思っていないような言い方だ。
『コイツの仕業じゃないのか・・・?」
コイツがまた悪戯で作った練成陣が発動してしまったんじゃないのか?
では、あの引き出しに入っていたものは、いったい・・・。
―――エドが考えを巡らせる中、再び電話をしたリザがロイに振り返る。
「少将は自室にいらっしゃらないようです。戻ったらこちらに来るようロス中佐に伝言を頼みました」
「何だ、居ないのか・・・残念だな」
つまらなそうに、ロイはエドの頭を撫でてくる。
気持ちの良い感触に目を閉じながら、エドは混乱していた。
いったいどういうことなのだろうと思っていると、リザがロイに問いかける。
「ところで閣下・・・引き出しの中に何がはいっていたのですか?」
ロイに撫でられ、ペタリと頭に沿って垂れていたエドの耳が、ピンと立ち上がった―――