拍手ログB 『天使な小悪魔』・・・11 


もう辺りが夕闇に包まれた時刻。
ロイは司令室から電話をかけていた。


「私だ・・・・・今夜は帰れなくなった。・・・うん、そうだ。・・・だから、食事の準備はいらないから」


話を終えて受話器を置いて振り向くと、部屋にいる者たちが・・・・皆、揃ってこっちを向いていた。

「・・・・・・なんだ?」
「いや、なんつーか。・・・『妻に仕事が長引くと電話する愛妻家の夫』って風情・・・うわっ!!」

沢山の視線の中で、代表で答えを返したハボックのタバコは、唇ギリギリまで一気に燃え上がって消し炭になった。
途端、こちらを見つめていた視線が一斉に消え去り――――
室内にはパラパラ・カリカリという、慌てて書類を捲ったり字を書いたりする音が響きだした。
それを冷たく一瞥し、ロイはフンッと鼻を鳴らして立ち去った。



******



そのまま廊下を進み、自分の執務室の前に立つ。
苦々しげにドアを睨み付けてから、軽く息を吸って・・・そしてノックをした。

「誰だ?」
「マスタングです、中将」
「ああ、入りたまえ」

入室を許可する声に「失礼致します」と声をかけて入室する。
部屋に入ると、いつもの自分の椅子に座る小太りの中年男――――

ボブ・ベイン中将である。

彼は例の『祭見物の為にわざわざセントラルから家族を引き連れてきた』将軍である。
初日、ロイに案内させて祭見物を楽しんだ彼。
今日もロイの案内で祭りを楽しんだが・・・・・・・・
今夜はたいしたイベントもないため、夕方になったらホテルに引き上げるのかと思いきや。
突然、『急用が出来た、執務室を借りる』などと言い出した。

家族はホテルに引き上げさせ、
自分は人の執務室を占領してなにやら電話で自分の部下を指示出したり、書き物をしたりしている。
仕方なくロイは中将に付き合い、残業(ほとんど徹夜で)する羽目になった。

「中将。ご依頼の資料をお持ちいたしました」
「ああ、すまんな。・・・・・・執務室を占領してしまって申し訳ないね」
「いえ、とんでもない。休暇を返上されてまで執務を執行なさる姿に感服しております。私も見習わなければ」
「ははは、どうにもあちらに残してきた仕事が気になってしまってね。だが、君まで私に付き合うことはないのだよ?」

私が資料を頼んだ時に出してくれる者を残しておいてくれれば十分だ。
そう彼はにこやかに、まるで一見『いいひと』のようにそう言う。

だが。

彼が頼んでくる資料は、ロイの許可がないと持ち出せない重要書類だったり、
錬金術の知識がなければ探せない資料だったり・・・・・・
――――――つまり、ロイ以外のものでは勤まらない要求ばかりしてくるのだ。
手の込んだ嫌がらせに辟易しながらも、仮にも『将軍』。・・・無碍に扱うわけにも行かない。

「は、お言葉はありがたいですが、私も少々仕事がたまっておりまして・・・・・・・・
今夜は私も泊まりで司令室の方におりますから、御用があれば何なりと」
「ああ、ありがとう」

一通りの白々しい会話をし、敬礼して部屋を出る。

また司令室に戻り、司令室にもある自分のデスクにつく。
回転式の・・・・だが、執務室にあるものよりかなり簡素な作りの椅子を回して、窓の外を眺めて、考える。


あの将軍の意図はなんだ?


もちろん、私への嫌がらせなのは分かってはいるが・・・どうにも理由が思い当たらない。
自分は上に良く思われていないので、こんな事はよくあることだが。
だが、大抵何か手柄を立てた後とか、水面下でその将軍とぶつかった時とか・・・何らかの訳があるものだ。
なのに今回は―――――

確かに彼自身はあまり評判の良い人物ではないが、今まで特に対峙したこともない者だ。
・・・・・別に大きな手柄を立てた後でもないし、
あの将軍と特に接点のある仕事をした覚えもないから、彼の不興を被る理由がない。

しかも嫌がらせをする者は、大抵その理由を匂わせながら嫌味たらしくそのことを引き合いに出したりするのが常。
・・・・・・・だが、それもない。
嫌味らしい嫌味も言わず、ただ私を自由にしないよう・・・・・自分の手元において色々とこき使っている。
昨日も日付が変わる頃には解放されたが・・・それも、彼の細君から帰るよう催促されたからに過ぎない。
たぶん、その電話がなければ、朝まで突き合わされていたに違いなかった。
それは、まるで・・・・・・・・私を監視しているような・・・?

そこまで考えて、ロイは顔を顰めた。

自分を監視している。
そう考えると、不可解な彼の行動がしっくりとくる。
だが、なんのために?
仕事振りを監視してこちらの穴を探しているというのなら、わざわざ祭見物などと称して休暇を取ってくるなど、
どうにも腑に落ちない。
今だって、別に四六時中こちらの仕事振りを見張っているという訳でもない。
ただ、『自分の近くに置いておこう』という意図だけを・・・・・ひしひしと感じるのみである。


―――――まさか。


「ホークアイ中尉」
「はい」
「市内を警備してる兵士に、小さな事でも・・・何か、不審な事がないか報告させてくれ」
「はい・・・・・・・・・・・・・・・何か気になる事でも?」

声を顰めるリザに、近くに来るように手招きし・・・額をつき合わせて小声で話す。

「将軍が、私を監視しているのが気になる」
「・・・はい、確かに大佐を自分の近くにおきたがっているようですね」
「だろう?・・・・・・・・私の行動を縛っておいて、何か仕掛けるつもりかもしれない」
「例えは・・・・・何故か今年に限って大人しい―――テロリスト達を使って、とか?」
「ああ。事件を起させて、混乱に乗じて何かをするつもりかもしれない」

その意図が私の失脚か、他に目的があるのかはわからんが。

「まぁ、杞憂かもしれないが・・・用心に越した事はない」
「分かりました」
「―――――すまんな、仕事を増やして」
「いえ。それよりも・・・これでは大佐がなかなかお休みになれないですね。家にもお帰りになれませんし」

エドワード君も、あなたが帰ってこなくてガッカリしますね。
大佐の家に泊まることになって、嬉しそうでしたのに・・・・・・・
そう、顔を顰めて呟きつつ立ち去るリザに、ロイは顔を引きつらせた。


正直、その点においては助かっている。


今朝の怪しい雰囲気を思い出して・・・・・帰らなくて良くなったことに、少し安堵した。
―――――別に、彼自身を嫌いなわけではないが。

『ただ・・・・・・・・・あの、角としっぽが・・・・・な』

あれさえなければ・・・頭の回転が速く、豊富な知識を持つ彼との会話はとても有意義で楽しいものだ。
あの人を喰った態度と、真意がわからんあの手の悪戯がなければ、彼とはいい友人になれるかもしれないのに。
ロイは、そうため息をついた。

帰れないのは、そんなこんなで都合がいいが、
・・・・・・彼は、今日も食事を用意して待っていてくれているかもしれないと、そう思った。
だから、先ほど部下達にからかわれながらも、電話を入れた。
だが・・・今になって、ふと気にかかった。


理由も言わず、ただ『帰れない』とだけ告げた電話を、彼はなんと思っただろうか?


『そっか・・・・・・・分かった』
そう答えた彼の声が、どことなく沈んでいたような?
・・・・・・故意に避けられたと、勘違いしたかもしれない。
それとも、誰かと約束がある・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とか。

ロイは、デスクの上にある電話に手を伸ばしかけて・・・・・やめた。

別に帰れない理由が、将軍の嫌がらせだろうとデートだろうと・・・・・ 私が彼に言い訳する必要など、無いはずだ。
・・・・・・そもそも、彼はたまたま泊めてやっただけだ、帰れない理由を弁明するような仲ではない。

「・・・・・・・・悪戯を仕掛ける相手がいなくて、ガッカリしているかも知れんが、
きっと一人きりという事で、かえって気楽に・・・・・・・・・・・・・研究に没頭しているだろう」

ロイは誰に言うでもなくそう呟いて、デスクの上の書類に目を通し始めた。



******



「ん・・・そっか・・・・・・・わかった」

ロイからの『今夜は帰宅できない』という電話を、エドはただそう受け答えて受話器を置いた。
そして、ため息を付いてキッチンの方をみる。
調理台の上には、今から食事の用意をしようと並べられていた、食材の数々。
それを、また片付け始める。

一つ残らず片付けてしまってから・・・・・呟いた。

「一人分作って食ったって、美味くないしな」



そのままリビングに戻り、読みかけの本を開き目を通し始めた。
・・・が。


ぱたんと、本を閉じて。


本をテーブルに置いて、エドは二階への階段を上る。
自分へあてがわれた客室の中に入り、窓際まで進むと、出窓に腰をかけた。
そのまま窓枠に頭を持たれかけさせて――――――外をぼんやりと眺める。
どんどん日が落ちて闇の色が濃くなっていく戸外を、どこか空ろな様子で身動きもせず見つめていた彼だが。

日が落ちて辺りが完全に闇に包まれると、ふるり・・・と、肩を震わせて、身を縮ませてまるくなった。



――――まるく蹲った影は、次の日の明け方近くまでその窓から消えることはなかった。




前回はギャグっぽかったですが、段々とシリアスも出していきます。
お笑いを期待してた方は、ごめんなさい(苦笑)
なにやら主人の帰りを待つ犬っぽいですが、エドは絶対猫系ですよねぇ?


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