「やぁ、マスタング君。おはよう」
「おはようございます、中将。今日も晴天で爽やかな朝ですね」
「まったくだ」
一見、和やかに見える朝の挨拶ではあるが・・・・・・・
お互いの腹の内では真っ黒い感情がうごめいているのがみえみえである。
二人のいる周辺だけ温度が下がった気がして、周りの者は思わず身震いをした。
しかし、当の本人達は意にも返さず寒い会話を続けている。
「君は昨日も徹夜だったのではないか?私は仮眠をもらったが・・・・さすがに若い者は違うね」
「いえいえ。泊り込みで仕事をなさる中将も十分お若いですよ」
「はは。どうにも私ぐらいの年代の者は仕事最優先にさせるところがあってね・・・家族には迷惑な話だな。」
「いえ、ご家族もきっとご理解していらっしゃいますよ」
「だといいのだがね。・・・・・ところで、君はまだ家庭を持つ気はないのかな?」
突然振られた話題に、ロイは少し戸惑いつつ返答する。
「は?・・・いえ、私はまだ。今は仕事に全力を傾けたいと思っていますので」
「そうか・・・。でも、家庭を持つのはいいことだぞ?しっかりとした女性に影で支えてもらえば
返って仕事もうまくいく場合だってある。よかったらいい人を紹介しようか?」
「・・・・・中将のご親戚でしょうか?」
「親戚には、残念ながら君につりあう年の女性はいなくてね。でも、私には友人も沢山いるし、選り取りみどりだぞ?
きっと君の好みに合う娘も紹介してやれると思うが」
満面の笑みで、紹介する気満々な様子の中将に内心であっけに取られながらも、差し障りのない答えで返す。
「勿体無いお言葉ですが、やはりまだ私は仕事に専念したいのです。申し訳ありません」
キッパリとそういうと、中将の表情がスッと冷えるのが見えた。
「そうか・・・・・残念だよ」
「申し訳有りません」
「いや。・・・・・ああ、今日もここにいるから、宜しく頼むよ」
「・・・・・・はい」
そう言って彼はまた執務室に戻っていった。
ロイは司令室のデスクに戻ると、椅子に深く座って考える。
『いったい、なんだというんだ?』
ベイン中将の意図が、全くもって・・・見えない。
もう、かれこれロイは3日も司令部に泊り込んでいる。
将軍が執務室に篭ってから3日・・・・・ずっと付き合っているのである。
もちろんお互いに三日も寝てないわけではない。
中将は執務室の続き部屋になっている、司令官用の仮眠室で休んでいるようだ。
ロイも、一般兵の仮眠室で休んではいる。
将軍がこちらに知らせることなく不定期に仮眠に入るので、その隙に家に帰るのは無理だったが、
他のものに『将軍からお呼びがかかったら起せ』といいつけて、睡眠をとっているのだ。
そんなこんなで、十分とは言いがたいが、睡眠はとれている。
シャワー室でシャワーも浴びれるし、非常時に備えて着替えも数日間大丈夫なくらいは用意がある。
だから、泊り込む自体はかまわないのだが・・・彼の意図が見えずに困惑する。
リザに指示して警戒に当たらせたが、特にめぼしい情報は無かった。
事件は小競り合いの喧嘩ばかりで、テロリストのテの字も気配がない。
実際、3日間平穏無事に済んでしまった。
将軍はというと、相変わらず執務室に篭って、仕事をしている。
そして、何時間おきかに、ロイがここにいるのを確認するかのように呼び出すのだ。
『何を狙っての行為なのだ?』
先ほど、見合いを勧めるような発言があった。
自分を観察し、眼鏡に適ったら自分の内に引き入れようとしているのかとも思ったが・・・・・
彼の娘はまだ幼いし、別に親戚筋の娘を押し付けたい訳ではないらしい。
紹介すると言った、”友人の娘”位では強い絆にはならないし、
『選り取りみどり』などと言う所を見ると、絶対押し付けたいと思っている娘がいるわけでもなさそうだ。
『それにしては、結婚の意志が無いことを言った途端の、あの冷えた視線はなんだ?』
誰でもかまわないから結婚させたい・・・というのなら分かるが。
彼がそんな事をする意味がわからない。
『将軍は、私に何をさせたいのだ?』
見えない糸の先に、ロイはイライラと前髪をかき混ぜた。
イライラの原因はもう一つある・・・・・・
あれ以来、家に帰っていない。
あの子供はどうしているだろうか?・・・・・と思う。
帰れない旨は、連絡してある。
だが・・・・・やはり理由は特に言わないままだ。
なんだか何を言っても言い訳がましく聞こえそうだし―――やはり、言い訳するような仲ではないし。
しかも、将軍の意図がみえないので、ちゃんとした理由も言いようがない。
―――――あの子供も、いつものように悪魔口調で何か言ってくれば、それに返せるのだが、
彼は、どの電話にも「そっか、わかった」としか、言わなかった。
『あちらから理由を聞いてくれれば・・・・・・』
そこまで考えてから、ロイは苦笑した。
―――――結局、私はあの子供に言い訳したいのか?
自分の心理状況に気づいて、自嘲的に笑う。
なんだかんだいっても、あの子供の事は気に入っているのだ。
回転の速い頭、打てば響くような会話。
・・・・・・困った悪戯者ではあるが、自分の腕の中に入る事を許した人間なのだ。
色恋ではないとしても、つまらない意地で手放したくなどないほどには・・・・・気に入っている。
ならば。
ロイは受話器を取って自宅に電話しようと手を伸ばしかけた時、下士官がロイに声をかけた。
「マスタング大佐、大総統府からお届け物です」
「ご苦労」
受け取って、重要との判のある包みを開ける。
中には、数冊の錬金術書。
エドワードが、大総統に頼んでいた資料である。
『そう言えば、ここに届くはずだったな・・・・・予定より遅れたのだな』
エドは二日前辺りに届く予定なことを言っていた。・・・・・・・彼も待ちわびている事だろう。
丁度いい具合に電話をかける理由が出来たことに内心喜びつつ、ロイはダイヤルを回す。
・・・・・が。
「・・・・・・・いないのか?」
何度コールしても、繋がらない電話。
ロイは顔を顰めた。
祭りの為、図書館は休館中だ・・・・だが、食事に出かけたのかもしれない。
だが、何となく不安になった。
ハボック辺りに様子を見に行かせようか・・・・・。
それとも、本を届ける為と、着替えを持ってくるために一度家に帰るか・・・・・?
少しの間なら、将軍の目を盗んで出てもいいか。
そんな風に考えていた時に、当の将軍からまたお呼びがかかる。
仕方なくロイは本をデスクの引き出しにしまいこみ、鍵をかけて・・・執務室に向かっていった。