結局、なんだかんだとまたこき使われて、今日も夕刻になっていた――――
「中将、これがご依頼の物です」
「ああ、すまんねマスタング君」
資料を渡し、退室しようとする。
が・・・・・ある考えが浮かんで、ロイは立ち止まった。
今呼ばれたのだから、後二時間位はお呼びがかからないかと思われた。
だからロイはこの後、少しだけ家に帰ってみようと思っていたのだが・・・・・
それを中将に言ってみたらどうなるだろう?
これで、本当に彼が私を司令部に縛り付けておきたいと思っているかどうかが分かる。
ロイはふと思いついたような素振りで振り向いた。
「ところで、ベイン将軍。この後2時間ほど時間を頂いてよろしいでしょうか?」
ぴくり、とベインの肩が揺れる。
「視察にでも出るのかね?」
「いえ、少々家に戻らせて頂きたいのです」
「――――なぜ?」
「家に置いて来たい物があるのです」
「・・・・・・何かな?」
「実は、数日前から鋼の錬金術師を泊めてやっているのですが、彼宛に大総統から届け物がありましてね」
「ほう・・・・・・・・鋼の錬金術師。――――――そうか、君が後見人だったな。
だが、上官である君がわざわざ届けなくとも、彼自身にここに取りに来させたらどうかね?」
「何度か電話をしてみたのですが、出かけているようで繋がりませんでした。
重要な物ですので、他のも者にまかせて届けさせる・・・というのも不適切ですし。
それに私用で申し訳ないのですが、私も着替えを取ってきたいというのもありまして」
二時間の暇を申し出ただけで、中将の機嫌が悪くなるのをひしひしと感じる。
「着替えは売店で用意すればいいのではないかな?
鋼の錬金術師も、もうしばらくすれば連絡が取れるかもしれない。―――後でもう一度呼び出してみたまえ」
不機嫌さ倍増の態度で彼は椅子を回してこちらに背を向けた。
これ以上議論は無用・・・・・・と言った態度だ。
―――――――やはり、この男は私を司令部から出したくないのだ。
ロイはそう確信して。
そして、ペインの背中に敬礼をして見せた。
「――――――は、ではそのように」
そう言ってドアに向かおうとした時、ドア向こうでなにやら物音が聞こえ・・・・・ドアが勢いつけて開いた。
「あなたっ!!いいかげんにしてくださいませ!!」
「奥様―――――」
「お、お前・・・・・・・」
現われたのはベイン中将夫人――――――鬼のような形相でそこに立っている。
「あなたは休暇中ではないのですか!?なぜ、いつまでも私たちを放って司令部に詰めているのです」
「あ・・・・・・いや、急な仕事が入ってね」
冷や汗を掻きつつそう弁明するベインに、夫人はますます鬼の形相を強くした。
「あなたに今急ぎの仕事が入っていないのは、お父様に問い合わせて分かっていますわ!」
「!!」
「―――――あなた、そんなに家族と一緒にいるのがお嫌なのですか?」
彼女の父は、現役の大将なのだ・・・・・家庭内での力関係も窺がえる。
一段と低くなった妻の声に、もはやベインは顔面蒼白だ。
「いや!そんな事があるわけがないだろう?!」
「・・・・・今回、あなたが急に遠出に誘ってくださって嬉しかったですわ・・・・・
急に休みが取れたからと。そう言ってくださって―――――なのに!」
「お、お前・・・・ちょっと落ち着きたまえ。ここでは―――」
ベインはチラリとロイを見上げる。
察したように、ロイは軽く頭を下げて退室しようとドアに向かう―――――ただし、ゆっくりと。
「あなたはかなり前から休みを申請していたそうじゃないですか!!
なのに、私たちに言ったのは前日!!・・・・・・本当は誰と過ごすおつもりだったのですか?
」
「そ、そんな者いる訳がないだろう?・・・変更になってがっかりさせないためにだね・・・・・・」
「ですが、実際あなたは仕事と称して私たちを放ったままです!!
―――――――マスタング大佐、でしたわね?ちょっと、お待ちになって!」
「は、何でしょう。奥様?」
うまいことに呼び止められて内心ほくそえみつつ、ロイはドアの前で振り返った。
「この人、ずっとここにいたのかしら?・・・・・どこかに出かけていたのではない?」
「いえ、奥様。中将はずっと仕事をしておられましたよ?」
私もずっと一緒にいたので間違いありません。
やたら電話をしていたようだが・・・出かけていないのは事実だし、ロイはそう答えた。
だが、夫人は疑わしそうな目でこちらを見上げてくる。
・・・・こちらの方が下官なので、口止めされていると思ったらしい。
「――――まぁ、そういう事にしておきますわ。あなた、帰りますわよ!」
「い、いや。だがね・・・・・」
「――――そんなに重要な仕事がおありでしたら、セントラルに帰ってからすればよろしいでしょう?
私達も・・・もう田舎の祭は飽きましたの。家に帰らせていただきます!」
「な・・・待ちなさい!!」
「残りたいのなら、ご自由に。ですが、帰ってきた時―――家の中にあなたの居場所はないと覚悟なさいませ」
関係ないこちらまで冷や汗の湧くような形相で、背筋が凍るような捨て台詞を残し夫人は出て行く。
ベインは慌てたように立ち上がり夫人を追いかけてドアに向かったが、ロイの横に来てから歩を止めた。
「・・・・・・・・・邪魔したなマスタング大佐」
「いえ、とんでもない。お気を付けてお帰りください」
「――――――――――祭り中は、仕事に専念するように」
「は、もちろんです」
敬礼するロイを悔しげな顔で睨みつけ、ベインは去っていった。
じりじりとした時間がやっと終ったのを感じて、ロイはほっと息を吐いた。
『奥様に感謝しなければ』
予想外の幕切れだったが、とりあえずあの男の計画は計画倒れに終ったのだろう。
最後の悔しげな顔がそれを物語っている。
――――まぁ、警戒はつづけるが、とりあえずの危機は去ったと言えた。
ロイはやっと返ってきた座りなれた椅子に腰を降ろす。
残っていた温もりに顔を顰め、立ち上がって机の上に残っていた紙束を持ちソファーに向かった。
『後で誰かに拭き掃除させよう』
そんな事を思いつつ、その紙を確かめると―――――予想通り、真っ白。
やはり、彼は仕事などしていなかったのだ。
危機が去ったのは良いが、疑問は残った。
彼の意図は結局わからぬまま。
どうにも釈然としないまま、ロイは立ち上がって受話器を取る。
「中尉か?・・・そうか、将軍はもう司令部を出られたのだな?ああ、君もご苦労だった。
そうだな、引き続き警戒は続けてくれ。―――ところで、すまないが一度家に帰ってきてもいいだろうか?」
リザに一度家に帰る旨を告げ、司令室の引出しからエド宛の包みを取り出し――――
応答のなかった電話を気にかけながら、ロイはやっと久方ぶりの家路についたのだった。
******
リビングに入ると、出かけているかもしれないと思っていた彼は、ちゃんとそこにいた。
「あれ!?お帰り―――――」
「・・・・・ただいま」
「なに?しばらく帰れそうもなかったんじゃねーの?」
嫌味ではなく、心底不思議そうにそう首を傾げる彼。
それに、『面倒な仕事が片付いてね』と答える。
「そっか、良かったじゃん。・・・・あ、しまった」
「なんだ?」
「アンタが帰ってくると思ってなかったから、夕食何も用意してなくて。
――――――材料も買い足してないし・・・・・冷蔵庫に入れっぱなしの材料、まだ使えるかなぁ?」
「君、あれから料理してないのか?―――まさか、またろくに食事してないとか?」
眉間に皺を寄せつつ、そう言うと。
「―――――食べてたよ。只一人分作るのってさ、面倒だし美味しくないし」
「外食か?・・・・・・・・ちなみに、何を?」
「ドーナッツとか、ケーキとか?」
その答えに、やっぱり・・・・とため息を付く。
「そんな物ばかり食べているから、背が伸びないんだ」
「うっせーな!!・・・・・いつもはアルが五月蝿くてできないんだから、こんな時くらい良いじゃんか」
そう口を尖らせる彼に、弟が心配するわけだ・・・・・と苦笑しつつ、彼が座るソファーに近づく。
―――――やはり、電話が通じなかったのは出かけていたからなのだと、内心でほっと息を吐いた。
研究に没頭すると自分の体のことなど省みなくなる彼だから、
ストッパー役の弟が居ない今・・・根を詰めすぎて倒れていないかと、少々心配だったのだ。
安堵しつつ、彼の前まできて―――――ロイはピタ、と動きを止めた。
「大佐?」
不思議そうに見上げたエドだったが、ロイの顔がみるみる歪んでいくのを見て、目を見開く。
その顔は怒気をたっぷりと含んでいて、さすがのエドも次に続けようと思っていた言葉を詰まらせた。
しばらくの沈黙の後。
「・・・・・・あの、さ。どうしたん・・・・?」
「来たまえ!!」
怒鳴りつけられ、乱暴に手を引かれてエドは目を丸くする。
そのまま階段を昇り、連れて行かれた先は―――――ロイの寝室。
「あっ」
ベットの上に突き飛ばされて、エドの履いていたスリッパが飛ぶ。
うつ伏せに倒れたような格好だった彼は、上半身を起して体を回転させ、座ったままロイを見上げた。
未だ驚愕の瞳のまま、自分を突き飛ばした男を見上げると―――怒りに燃えた顔。
―――だが、睨みつけてくる漆黒の瞳を見て、エドは挑発するようにスッと瞳を細めた。
「何?やっと、オレと寝る気になった?」
いつもの、小悪魔口調の挑戦的な科白。
・・・・・・・・・・・だが、今日のロイは微塵も怯むことなく、彼を見下ろして言った。
「――――――だったら、どうする?」
挑発的なエドの瞳が、また驚愕に見開かれた――――――