拍手ログB 『天使な小悪魔』・・・14 


驚愕の顔でエドはロイをを見あげる。


だが、彼はそんな視線など意に返さず軍服の上着の釦を外し、手近にあった椅子に放り投げた。
ブーツも同様。脱いでは放り投げる。
そして、次に中に着ていた白いシャツの釦を二つほど外してくつろげさせ―――
そこまでしてから、やっとロイはエドの方を見た。
驚愕の表情に怖れの色が少し混じっている、琥珀。
だが、ロイはかまわずにベットに歩を進めた。

ぎしり、と音をさせてベットの上に上がりこむ。

途端、ピク・・・・・と、わずかばかりエドの肩が揺れたが、お構いなしでその肩をつかみ
起していた彼の上体をまたベットへと沈み込ませた。
両肩をベットに縫い付けて、見下ろす―――――

「なんだね、その顔は。――――いつもあんなに迫っておいて、今更嫌だとは言うまい?」

怒りは収まっていないようで、ロイは怒気混じりの口調でそう言い放つ。

その言葉を聞いて――――――
今まで驚きと戸惑いと怖れが内混ぜの表情だったエドは一度目を閉じ・・・そしてまたゆっくりと開いた。
開いた時には、先ほどには見えていた複雑な内面を映した色は見えなくなっていて。
そして、琥珀の瞳が漆黒を捕えて細まり、悪魔のように妖艶な光を湛えて誘うように微笑んだ。


「もちろん――――――」


圧し掛かってくる男の首に腕を回し、もう一度目をつむる。
ロイの顔が間近まで降りてきて、大きな手がエドの背中に回った。
吐息が感じる距離まで顔が近づいて、エドの睫毛が密やかに戦慄いた時――――間近で低音が響いた。



「いったい、いつからまともに眠っていないのだね?」



「!?」

その言葉にもう一度エドは目を開けて、そしてロイの顔を見た。
相変わらず怒った顔―――――――だが、その奥に心配の色が見えた。
ロイは片肘で自分の体を支え、もう片方の手の親指でエドの目元をなぞった。

「顔色が悪い・・・・・クマもできてる」

そして、何より彼の透き通るような琥珀が無残に濁っていた。

それを悔しく思いながら、ロイはもう一度目元をなぞった。
濁ってしまった稀有な瞳を見つめると、ゆっくりと視線がそらされる。
エドは、少しバツが悪そうに顔を横に向けた。

「ちょっとさ、研究に熱が入っちゃって・・・・・徹夜したから」

その答えに、少し和らぎかけたロイの表情が、また苦々しく変わる。

「私をなめるな」
「え・・・」
「眠れ、ないんだろう?」

見開かれる、目。
それを覗き込みながら、ロイは言った。

「司令部からもっていった資料は、そんなに目新しい事は載ってなかった筈だ。
君の待っていた大総統からの文献は、2日遅れて今日司令部に届いたよ。
・・・・・・・いつもの君なら、まだそれが届いていないか何度も催促しに来るはずだろう?」

なのに、彼は催促に来る事も、電話を寄越すこともしなかった。
そればかりか、こちらから電話した時でさえ聞く事はなかったのである。


――――それは、いつも最優先事項だった『元に戻る為の研究』でさえ、手につかなかったということで。


いつもの自分なら気づいたはずなのに・・・・・・そう思いながら、ロイは苦い気持ちで眉を寄せた。
『サインは出ていたのに――――――』
別れる前の変わらぬ小悪魔的攻撃と、将軍の訳のわからない嫌がらせのせいで気づけなかった。
こんな状態のまま、一人きりでこの屋敷に居たのかと思うと・・・・・こちらまで苦しくなる。

「ここに泊まった初日も、私が寝ようとした時に君の部屋の灯りがついていた。
夜研究して昼に眠るつもりかとも思ったのだが・・・・・・その様子じゃ昼もまともに眠れていないのだろう?」

ロイの言葉に、エドは”降参”とでも言うように、軽く両手をあげて見せた。

「・・・・・・・前も言ったけどさ。大佐のその勘が良すぎるとこ、ちょっとキライ」
「キライで結構。――――――アルフォンスと何があった?」
「なにも、ないよ」
「鋼の!!」
「なにもないけど・・・・・・・・確かに少し、疲れてるかも」

そう言って、空ろに笑う彼が・・・・・・・・・痛々しい。
何故この子は、こんなにも自分ひとりで背負おうとするのだろうか?
ここに来たのは、宿が取れなかったというより自分を頼ってきたのではないのだろうか?
疲れて、休みたくて・・・・・・それなのに、心のうちを曝け出して甘える事さえできない。
『好きだの愛してるだの、この子供は良くそんな言葉を寄越してくるが・・・・・・』


結局、そんな言葉を寄越す私にさえ・・・・・・・・彼は心の内を晒すことがない。


ロイは、イライラとした気分で唇を引き結んだ。
正直、思いっきり罵倒してやりたいと思った。いつもの彼相手なら、実際そうしてやっただろう。
だが――――――――――――腕の中の彼をもう一度見ると、壊れそうなほど儚げで。

ロイは一度天上を見上げ、ふぅと息を吐いた。


彼は完全には自分に心を許していない。
それでも、悪戯をしかけてまで触れ合っていたいと思うくらいには、懐かれている筈だ。
『君は・・・甘やかせてやるといったとしても、心の底から甘える事はしないだろうが』
せめて、少しでも疲れが取れるように――――――


ロイは体勢を変え、エドを抱き込んだまま横向きに寝そべった。
彼を胸に抱いたままじっとしていると・・・・腕の中から不思議そうな声が上がる。



「大佐・・・・・?抱か・・・・・・・・・・・・・ないの?」
「抱いてるじゃないか?」
「そういう意味じゃない!!」
「慰める時”抱いて”やるのは、場合によって有効な手だが―――――
君の言うような意味の抱き方は、生憎『妙齢な女性』限定でね」


子供はこっちで十分だ。


わざと嫌味っぽく、背中をあやすようにポンポンと叩いてやると、
儚げな瞳が、怒りに鋭く釣りあがる。

「アンタ、ぜって〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、不感症!!」
「失礼な。至極健全なだけだろう?」
「ムッかつく!!こっから出てけ!」
「嫌だね、ここは私の寝室だ」
「ならオレが出てく。離せよ!!」
「・・・・・寝不足で苛立ってるのか?いつもの君らしくないぞ?」
「うっせぇ!!離せって・・・・・」

エドがそう怒鳴った途端、ロイは腕を離した。
息巻いていたエドは、あっさりと離されたことで、ポカンとロイを見上げる。
そのままロイは部屋を出て行った。



「・・・・・・んだよ」

それを見送って、一人きりになったエドが起き上がってポツリと呟く。
しかし、ほどなくキィと軽い音がして再びドアが開いた。
入ってきたのはもちろんロイ。その手には酒瓶と華奢なスタイルのグラスが一つ。
そのままベットサイドのテーブルまで来ると、グラスをおき、瓶のコルクを開けて中身を注ぐ。


赤みがかった黄褐色の液体。


「今日は特別だ――――――飲んでみたまえ」

渡されたグラスを覗き込むと、途端に香る芳醇な香り。

「何、コレ?」
「シェリー酒だ。私は偶に寝酒に飲んでる・・・・強いから、一口だけにしておけ」
「―――綺麗な色」
「・・・トパーズという宝石の中には、これの色に似ている”インペリアルトパーズ”と呼ばれる物がある。
トパーズの中では最高級の物らしい」
「へぇ」

エドは興味深そうに見つめて、グラスを揺らした。
それにあわせて中の液体が煌きながら、揺れる。
赤みがかった黄色は今のこの子の瞳に似ているかもしれない・・・と、そう思った。
・・・疲労で濁ってさえ、最高級の宝石に重ねられるほど彼の瞳は美しいのか――――
今更ながら、ロイは希少宝石のような容姿をまじまじと見つめた。



エドはしばらくグラスを揺らして楽しんだ後、グラスをロイに差し出した。

「?・・・・・・飲まないのか?」

そう聞くと、エドは妖艶に笑って―――伸ばした指を、ロイの唇に当てた。

「飲まして?―――――――ここから直接」
「・・・・・・・・・・あのな」
「抱いてくれないなら、そのくらいはサービスしてよ」

クスリと笑って、こちらにグラスを押し付けてくる。


この小悪魔め。


いつもなら『さっさと飲んで寝ろ!!』と、そう怒鳴りつける所だ。
だが・・・・・・今日は、少し甘やかしてやろうと決めたばかりだ。

『ったく・・・・・・やはり君はやっかいだな』

ロイは再びベットに上がり、彼の隣りに身を滑り込ませ。
そして彼の手からグラスを受け取り、中身を一口 口に含んだ。
細い肩を抱くと、エドはシェリー色に変わってしまった瞳を閉じて、上向く。

ゆっくりと唇を重ね、その小さな赤い唇を割って液体を流し込む。




彼の唇は、この酒と同じく濃厚で、甘くて・・・・・そして、酷く苦かった――――




期待はずれかも・・・な展開でごめんなさい(笑)

実は、シェリー酒飲んだ事も、インペリアルトパーズをみたこともありません・・・・・・
以前なんかの漫画で主人公が寝酒にシェリー酒を飲んでいたのを思い出してインターネットでしらべたら、
シェリーの色は赤みが差した黄色で同じ色の希少宝石がある・・・みたいな記事を読んで、こんな展開に。
もし間違ってたら、ごめんなさい・・・・・・作中の雰囲気でつい使っちゃった(汗)
そして、エドは一口飲んじゃいましたけど、お酒は二十歳になってから。ですよ〜!(笑)


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