拍手ログB 『天使な小悪魔』・・・6 


「おや、大佐。今からお昼かい?遅いね」

お昼時をかなり過ぎてしまった食堂で。
ロイは一昔前までは綺麗だったろうな・・・と思われる、食堂のおばさんと和やかに話していた。
寄越された湯気の上がるランチのトレーを受け取った時に、彼女は思い出したように「ああ、そうだ」と声をあげる。
「はいよ、これもどうぞ」
そう言ってトレーに追加でのせられた袋には、大きなドーナッツがはいっていた。

「ドーナッツ?・・・・・おやおや、私へのサービスかな?」
ウインクしてみせると、彼女は豪快に笑って人の肩をバシバシ叩いてくる。
(どうでもいいが、スープがこぼれそうで焦る・・・・・)

「やだよ、大佐ったら人をからかうんじゃないよ!ああでもこれはあんたへのサービスでもあるけれど。
・・・・・あの子と2人で食べたらいいんじゃないかと思ってね?」
「あの子?」
「ほら、あの金髪の坊ちゃんとさ」
「・・・鋼のですか?――――っ!!彼、来てたのか?」
「ああ、さっき会ったよ?いい子だよねぇ、来るたびここにも顔出してくれて、みやげまでくれたりするんだよ。
お母さん、亡くなってるんだって?で、弟と二人で旅をしてるって聞いたよ。
なのに、明るくてさ。可愛いし・・・・・健気な子だよねぇ」
「・・・・・・健気、ですか」

ホロリ、と目尻に浮かんだ涙をエプロンの裾で拭う彼女に、ロイは顔を引きつらせる。
涙を拭いてから、彼女はロイをチラリと見た。

「アンタが執務室に居なかったって、寂しそうにしてたよ?これ持ってってさ、機嫌直してあげなよ。
――――あんた達、恋人同士なんだろ?」
「!?いや、誤解されてるようだが、私達は・・・・・!!」
「いいって、いいって!!まぁ、あんたも立場とか色々あるだろうし、隠す気持ちもわかるけどさ?
それじゃあ、あの子があんまりにも可哀想だろ?大丈夫だよ、心配しなくても私は応援するよ?
・・・まぁ、最初はビックリしたけどさ、あんな可愛い子だし、あんたが惚れるのも仕方ないよ!!」
「いや、本当に・・・・・!」
「それにしても、本当に可愛くて、綺麗で、優しくて、健気な・・・・・いい子だよねぇ」


――――きっと、天使ってのはあんなんだろうねぇ――――


うっとりと、こちらの話など聞き耳もたず、彼への賛辞を送る彼女眺めつつ、
『騙されてる、貴女はだまされてるぞっ!!アレは天使ではなく、悪魔だ〜〜〜〜〜!!』
そう叫びたくなるが、そんな事を口に出せばこの『ある意味司令部最強』と謳われるおばちゃんの機嫌を損ね、
この食堂では飯にありつけなくなるのが目に見えて・・・・・ぐっと口を噤むロイだった。



******



執務室のドアを、そーっとあけて隙間から中を覗き込む。
『何故、自分の部屋に入るのに、こんなにコソコソしなければならんのだ・・・・・』
自分で情けなくなりつつも・・・・・・
以前、ドアの影から突然現われて抱きつかれ首にぶら下がられて、
思わず彼の上に倒れこんだ所を通りがかった受付嬢にみられた苦い思い出がロイの行動を慎重にさせていた。
『あの後、一ヵ月はピンクなネタにされてエライ目にあったからな』
そう言い訳しながら覗き込むと、ソファーの肘掛に見慣れた金色。どうやら横になっているようだ。
とりあえず、いきなり飛び掛られる心配は無いと安堵しつつ、ドアを開けて室内を進む。

「鋼の。来ていた・・・・・・?」

のだな。そう口に出す前に、聞こえてきた規則正しい呼吸音に口をつぐんだ。
回り込んで顔を覗き見ると、琥珀の瞳は閉じられていて、呼吸音と共に胸が僅かに上下している。
――――どうやら、眠っているらしい。
だが、狸寝入りの可能性もある・・・そう警戒しつつ、『鋼の、報告書は?』と呼びかけてみる。

「んっ・・・」

ロイの呼びかけに、煩そうに顔を顰める所をみると、本当に眠っているようだ。
ホッとしつつ、テーブルにドーナッツの袋を置き、寝顔を眺める。
『天使ってのはあんなんだろうねぇ』
なんとなく、先ほどの厨房係の言葉を思い出した。

『本当に、眠っていれば天使のようなのだがな』
苦笑しつつ、顔にかかった前髪をそっと除けてやると、彼の唇が震えるように僅かに動き、言葉を発した。

「か・・・あ、さん?」

寝ぼけているだろう彼にまた苦笑しつつ、起すべきか否か、迷いつつ顔を眺めていると・・・・・
彼は、僅かに腕を持ち上げる素振りをした。

「これ、ぷ・・・れぜんと。おれが、れん・・・・したん・・・・・」

どうやら、母親に自分で練成した何かをプレゼントしているらしい。
穏やかにほころんだ顔が、やっぱりどうにも天使に見えて。
ロイは起すのを諦め、静かにデスクに向かうべく背を向けた。その時―――

「かあ・・・・さん?」

今度は先ほどとはうって変わった、何処か怯えを含んだような声色。
それを訝しく思い、振り向いた時に、それは絶叫に変わった。

「うわあああああああああああ!!!」
「鋼のっ?!」

ガバリと起き上がったエドだったが、今だに覚醒していないらしく恐慌状態で頭を振り乱した。

「ごめんなさい、かあさん!!ごめんなさい!ごめんなさい!・・・・許して・・・・!!」
「・・・・・っつ!!目を覚ましなさい!!」

母への謝罪を繰り返しながら取り乱すエドを、ロイは思わず自分の胸に掻き抱いた。
暴れる体を押さえつけるように、胸中にぎゅっと拘束して『大丈夫、夢だ』と何度も耳元で呟いてやる。
どのくらいそうしていただろうか?
腕の中の彼は徐々に静まって、動かなくなった。

「鋼の?落ち着いたか――――?」

そう問い掛けた時、ロイの背中にするりと細い腕が回された。

「・・・大佐の胸って、あったかいv」
「!?」

聞こえてきたいつもの声色に、腕の中を覗き込むと。
すりっと頬を胸に擦り付けてから、こちらを仰ぎ見てくる琥珀の瞳。

「怖い夢、みちゃった・・・・・・慰めて?」

目を閉じて、僅かに唇を尖らせて・・・・・キスをねだる仕草。
途端、ロイはべりっとエドを引き剥がして、立ち上がった。

「・・・・・・・ケチ」
「誰が、ケチかっ!!心配してやったのに!!」
「残念。いいシュチュエーションだと思ったのになー」
「・・・・・・シュチュエーション?」
「悪夢に震える儚げなオレ。・・・・・ぐっときただろ?」

ニヤリと浮かぶいつものサターンな笑みに、ロイの額に青筋が浮かぶ。

「芝居か?!この、悪魔〜〜〜〜〜〜〜!!」
「そう怒んなよー。スキンシップって奴だろ?」

そういうと、エドは大きな欠伸を一つして、立ち上がる。

「オレ、まだねみーや。報告、明日なー?」
「・・・・・何しに来たんだ、君は。(怒)」
「あ、ドーナッツみーっけ!!もーらいっ♪はむっ・・・もぐもぐ・・・じゃあな、大佐ー」
「オイ、こら鋼の!!」

ロイの静止などどこ吹く風で、いつものようにヒラヒラと手を振って。
一つドーナッツ頬張ったあと、ちゃっかり袋ごと抱えてエドは出て行った。



エドが出て行くのを見送ってから、ロイは自分の手の平を見る。

『芝居・・・・・・・・だと?』

自分の手には、先ほどの彼の体の震えと、早鐘を打つ鼓動の感触がまだ残っている・・・

窓に目を移すと、外は雨。
窓際まで進み、しばらく眺めていると・・・・・先ほどまで腕の中にいた金色が現われる。
雨の中を傘もささずにかけていく、小さな背中。

彼の心の中はまだ見えない。
だが、わかった事がひとつ。彼は未だに己の犯した罪に苛まれている――――

傍迷惑で、厄介な小悪魔。
だけど、時折脆さが見え隠れするから。


――――だから、私は君をつき離せない――――


「馬鹿者・・・・・・」

遠ざかる背中に、ロイは一人呟いた。





今回はちょっとだけシリアス風に。
なので、ロイのヘタレ度が少なくなって、ガッカリされてる方もいるかも?
ですが、これから少し物語が進んでいくので、ギャグっぽいとこが減ると思います・・・すみません(^_^;)
・・・・・食堂のおばちゃんが最強になってしまったのは、私が忍たま大好きだからです!(笑)


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