「鋼の・・・・・・そう見つめられていると、気が散るのだが?」
「んー?・・・いいじゃん。減る訳じゃあるまいし?」
「・・・・・・君に見られていると、質量は減らんが神経が擦り減るんだ・・・・・」
ロイは、ため息混じりにそう言った。
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三ヶ月ぶりに現われた小悪魔は、なんだか更に色気を増していた。
外で一仕事終えた後、司令部帰って玄関ホールに一歩踏み入れると、なにやら異様な雰囲気。
訝しげに思いつつ、視線を移動させてその原因を探すと、壁際に見慣れた金髪。
更に透明度を増したような白磁の肌と空(くう)を見つめる琥珀の瞳。
外の風に煽られたまま直していないのか、金色の三つ網は微妙にほつれて、首筋や頬にかかる。
少しは背が伸びたのだろうか・・・赤いコートの下の姿態は、以前よりスラリとした印象。
・・・・・・鍛えているはずなのに、何処か華奢に見えるのは何故なのだろうか?
そんな彼が、壁に背を預け物憂げに視線を下げているその姿は、まるで一枚の絵のようで。
近くを通った年若い兵士達が、そちらに視線を向けては息を呑み、頬を染める。
なにやら考え事をしている様子に、誰も声をかけられずにいるようだが、確実に注目は集めていて。
皆さり気なく、そして遠巻きに眺めている・・・・という、妙な状態になっていた。
『どんな生活をしていれば、あんな15歳(しかも男)が出来上がるのだ・・・・・・・』
ロイは痛む頭を押えつつ、げんなりとした表情で歩を進める。
すると、周りの視線が一斉に集まりだす。
噂の2人の接触に、心踊らす野次馬根性丸出しの視線と。
あの子供に心奪われていて、自分の登場を苦く思う嫉妬の視線と。
もう一つは、なにやら気を落としているようにも見える彼を早く慰めてやってくれ・・・と期待する視線。
いろんな思惑のある視線を鬱陶しく思いながら、彼の元まで進む。
本当は無視して回れ右をしたい気分だったが、生憎執務室に続く廊下は彼がもたれている壁の横。
――――つまりは、あの子供は自分の帰りを待っているのだろうと思われた。
どっちにしろあそこを通らなければいけないなら、声をかけるしかないだろう。
内心でため息をつきながら、ロイは彼に近づきながら声をかけた。
「――――鋼の。そんなところでどうした?」
「・・・・・大佐」
本当にボーッとしていたらしい彼は、かけられた声にピクリと体を揺らして、こちらを見た。
そして、こちらを見た途端、何処か安堵の表情を浮かべて、ふわりと微笑む。
(彼が微笑むと同時に、周りからはため息が漏れた――――)
『?』
いつもと違う表情に、ロイは訝しげに顔を顰めながら、彼を見つめる。
すると、パタパタと足音を立ててこちらに近づいてきた。
そして自分の前まで来ると、今度はちょっと躊躇したような表情で視線を彷徨わせる。
『なんだ・・・・・?』
益々眉を寄せて、ロイはエドの行動を見つめる。
エドは一度俯いて、口を開いた―――
「あのさ・・・・・大佐にお願いがあるんだけど」
「お願い?」
聞き返すと・・・・・上目使いで見上げてくる琥珀の瞳。
しかも、うっすらと頬がピンク色なのは気のせいか?
やばい雰囲気を察し、ロイの顔が引きつる。
とりあえず、移動した方が良さそうだ―――――
『鋼の、とりあえず執務室へ――――――』
そう促そうとした時、意を決したようにエドが口を開く。
「今日さ・・・・・・・・・・・大佐の家に泊めてくんないかな?」
「!?」
言葉に詰まると、細い指がロイの軍服の右袖の折り返しをそっと引っ張ってくる。
そして、瞳を揺らめかせて儚げに見上げてきた。
「・・・・・・・・・ダメ?」
さっきまで鬱陶しかった視線が、今度はなにやら痛かった―――――――