あの後、いたたまれなくなって彼の手を引っ張って執務室に逃げ込んだ。
超早足で大またで歩いてきたため、ついた頃には息が上がっていた。
それを深呼吸で整えてから、エドに振り向く。
「いいかげん、ああいう悪戯は――――――」
「やっぱ、ダメかな?」
睨みつけて文句を言うロイとかぶるエドの科白。
その様子は、いつもの角と尻尾が見えなくて・・・・・本当に困ったような様子。
「・・・・・もしやいつもの悪戯ではなくて、真面目なお願いなのか?」
「なんだよ、いつもの悪戯って」
「だっていつもは・・・・・・いや、いい。―――どういうことなのか説明してくれないか?」
「どういうこと・・・って。泊まる宿がないからアンタん家に泊めてくれないかなぁと思っただけだけど?」
「泊まる宿がない?・・・・・・・・・ああ!!」
今はイーストシティで行われる大々的なお祭の時期なのだ。
有名なその祭りは、全国にも広く知られていて、この時期かなりの観光客で賑わう。
ロイが今まで外にでていたのも、街の警備状況を確認してきた為だった。
「ここの資料室使いたくて、急きょイーストに戻ってきたんだけどさ。
すっかりこの時期なの忘れてて・・・・・どこ行っても宿が取れないんだよ」
「なるほど」
「ここの仮眠室でも借りようかと思ったんだけどさ、警備強化してるから宿直も多くて空いてないし。
1・2日なら寝なくても平気なんだけど、今回一週間くらいいるつもりだから・・・・・・・
いくらオレでも寝ない訳にはいかないしな」
「当り前だ。成長期の子供が寝ないでどうする」
「・・・・・子ども扱いが微妙にムカツクけど・・・。まぁ、そんなわけでさ。困ってるんだ。
この時期だと凍死もないからオレ的には野宿でもいいんだけど・・・ちょっと鬱陶しい事になるし。
他の誰かのとこに泊まっても、厄介な事になるから・・・・・・さ」
『なるほど』
含んだような言葉と苦笑したような表情に、状況を察して納得した。
山奥ならいざ知らず、東の中心であるこのイーストシティの街角でこの子供が横になっていたらどうなるか?
―――――どんな状況に陥るのか、想像するのは容易い。
群がるハエにこの子供がどうにかされる事などないだろうが、安眠どころではないだろう。
後者も同じ。
彼が『泊めて欲しい』言えば、手を上げるものは沢山いるだろう。
が、選ばれた者が『自分は彼の特別』と勘違いして厄介な状況になる可能性は十分過ぎるほどある。
そこまで身のほど知らずにいたらなくても、姫君のように気を使われかえって休めない事態には確実になりそうで。
その心配のない自分の側近達は揃って寮生活だし、彼が頼ってきた理由は頷けた。
『やはり、厄介な体質なのだな・・・・・・』
今まで、いろいろと嫌な目に遭っていそうだ。
そう考えると、ちょっと同情の念がわいて来る。
「それにさ、恋人のいる街に居るのに、他の奴のところに泊まるわけにいかねーじゃん?」
「・・・・・・誰が恋人だ、誰がっ!!」
「わかってるくせに?」
ちょっと同情の表情を見せるとすぐこれだ。
子供のものともおもえぬ流し目を寄越されて、ロイは顔を顰めた。
「ね、ダメ?」
ダメ。
そう言ってしまいたいが・・・・・この状況では断れないだろう。
たとえ相手が悪魔だろうと、自分は確かにこの子供の後見人なのだし。
しかもこの状況で放り出したのが知れれば、ここの司令部の人間を全員敵に回す状況になりかねない。
弟もいるのだから、まぁなんとかなるだろう・・・・
ロイは盛大にため息をついてから、言った。
「―――――わかった」
「やりぃ♪」
「言っておくが、仕方なくだからなっ!」
「はいはい。ダーリンったら、照れやさんv」
「・・・・・・取り消してもいいんだが?」
「あー、ごめんウソウソ!!じゃ、オレ資料室で資料漁ってくる」
早くも後悔しつつ、その場は別れ・・・・・・
そして、定時あたりに再び現われたエドは、
司令室で指示をするロイを、近くの椅子に座って、じっと眺めていたりする。
で、先ほどのやりとり。
「だから、こっちを凝視するのはやめてくれないか?」
「だって、暇なんだもん」
「資料詮索はどうした?」
「ここにある分は集めたけど、大総統からのが届くのは明後日だしな。
それに、なんだか今日は皆バタバタしてて落ちつかね―し。アンタん家行ってからまとめようかと」
ざわり、と。ざわめく外野。
玄関ホールでのやり取りを知っているようで、
『結局泊まる事になったんだ?!』
などと、小声で囁くのが聞こえる。
でも、今更だ・・・・・と特にロイは隠さなかった。
どうせ、この小悪魔がそのうち言いふらすに決まっているのだから。
(どうやら諦めの境地に入ってきたようである・笑)
ふう、とため息をついて、ポケットから鍵を取り出しエドに向かって放り投げた。
「今日はいつ帰れるか分からん。先に行っていたまえ」
「え、いいの?」
「ああ。客室は2つあるから、弟と一部屋づつ使ってかまわんよ」
受け取った鍵を眺めた後、エドはクスリと笑った。
「あれ、言ってなかったっけ?アルはリゼンブールに残してきたんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「今日は、二人きり・・・・・・・だねv」
だらだらと、流れる冷や汗。
顔面蒼白なロイに妖艶な笑みを向け、エドはドアに向かって歩き出す。
そして、ドアのところで振り向きざまに一言。
「ね、シャワー・・・・・・・・・浴びておいた方がいい?」
顔はまさに悪魔の微笑み。
「あ・・・・・浴びんでいい〜〜〜っ!!!」
ロイの絶叫にクスリと笑い、いつものようにヒラヒラと手を振って。
エドは鍵についていたリングに人差し指を挿し入れて、クルクルと回しながら出て行った。
ゼイゼイと肩で息をしたあと、ロイはしばしの間呆然とその場に立ち尽くす。
その背中にのんびりとした口調で、ハボックが声をかけた。
「あー、わかります。においが消えちゃうの、もったいないんですよね!」
「そーいう意味じゃないっ!!!」
部下に怒鳴り返しつつ、
『今夜は帰りたくない・・・・・・・・』
そう、切実に思うロイだった。