拍手ログB 『天使な小悪魔』・・・9 


「はぁ・・・・・・さすがに疲れたな」

ロイは自宅の玄関ドアの前でため息をついた。
今はもう日付が変わろうかと言う時間。
祭りのため、帰宅は遅くなるだろうとは覚悟していたのだが、ここまでかかるとは。

とはいっても、トラブルがあったわけではない。
祭りの方はすこぶる順調。滞りなく、進んだ。
今回はテロリストの標的にもならなかったらしく、穏やかなものだった。
だが、ホッと息をついたところに、セントラルの将軍がわざわざ家族を引き連れて祭見物に突然やってきたのだ。
「ああ、プライベートだから気を使わなくてもかまわんよ?」
などと本人はいうが、気を使わないわけにはいかない。
急きょ護衛を手配して、自分も将軍が祭りを滞りなく観覧できるように、案内。
・・・・・・・つまりは、このクソ忙しいのに接待を今までさせられていたのだ。
『気を使わなくてもいい』といった割に、いろいろと要求を寄越すクソ親父から開放されたのが、つい半時ほどまえ。
ヘロヘロになっていたら、さすがに気の毒に思ってくれたのか、副官に帰宅を進められた。
・・・実を言うと、祭の警備やらなにやらの準備の為、ここ3日ほどちゃんと休めていないのだ。
珍しく副官に優しい労いの言葉をもらい、やっと今しがた自宅玄関前についたロイだった。

『今日はもう、さっさと寝よう・・・・・』

玄関の鍵を開けようと、ポケットから鍵をとりだそうとしたが、ない。
落としたか?!と他のポケットを漁っている途中で・・・・・・・ある重要な事を思い出した。

「そうだ、今日はあいつが・・・・・・・!!」

途端に、ダラダラと冷や汗が噴出してくる。
だが送迎の車は既に帰してしまったし、今の自分は猛烈に疲れているのだ、今更よそに行く体力などない。
意を決しドアのノブに手を掛けて中に入る。
そっと体を滑り込ませて見るが、室内はいたって静か。小悪魔が飛び出してくる事もなかった。

『寝ているのか?まぁ、時間が時間だしな・・・・・』
そう考えつつ奥に進むと、リビングから明かりが漏れている。
ドアを開け室内に入ると・・・・・ソファーの上に小さな影。

「鋼の」
「!?・・・・・ああ、わりぃ。気づかなかった―――迎えに出なくてごめん」

突然掛けられた声に、驚いたように体を揺らして彼がこちらを振り返った。
誰かを確認し、ホッとしたように笑う。

「いや、別にそんなものはいらんが・・・・・・まだ寝ていなかったのだな?」
「うん。オレ、基本的に研究とかは夜の方がはかどるんだよ。
だからいつも昼は移動したり資料探したりして、読んだりまとめたりするのは夜にするんだ」
「いつ寝てるんだね・・・・・」

呆れたようにロイがいうと、エドは悪戯っぽく笑って肩を竦めた。

「だから、移動中の車内とかさ。天気がいいときはその辺で昼寝したり?
でも、今日はさすがに騒がしくて、外でも軍部でも寝られなかったからなー」

さすがに眠いや・・・・・とひとつ大きな欠伸をした。

「それなら、今日はもう止めて休んだらどうだ?」
「んー。その前にさ、アンタ飯食った?」
「そうだな・・・・・うん、まぁ食べたような、食べなかったような」

そういえば、接待途中でつまんだ物など、どの位食べたのかどこに入ったのか分からない程度だった。
思い当たると急になんだか小腹が空いてくる。
なにか軽く食べれる物でも買ってくればよかったと、少し後悔しながら腹のあたりを触ってみた。
それを見て大体様子がわかったようで、エドが笑いながら立ち上がった。

「じゃあさ、小腹すいてんじゃない?あんたも一緒にどう?」
「君、食べる物も食べずに研究してたのか?・・・・・一緒にって、私の分も買ってあるのか?」
「簡単な物だけどさ、オレが作った」
「はっ?!君が・・・・?」
「味は保証しねーけどなー?」

笑いながら、まるで自分の家のようにズンズンとダイニングに進んでいくエドの後をついてダイニングに入る。
途端に香る・・・・・ほんのり漂ういい香り。
テーブルの上を見ると、中央にパンとサラダ。席にはカトラリーがきちんと並べてあった。

「今温めるからさ、座ってろよ?」

コンロに火をつけてなれた手つきで鍋の中身をかき回すエドの背中を戸惑いながら見つめ、
だが立っていても仕方ない事に気づいて、席についた。
手持ち無沙汰に彼の仕草を後ろから観察する。

『もしや・・・・・割と料理ができるのか?』

そつのない動きに見とれていると、目の前に湯気が上がった皿が置かれた。
そして彼はロイの向かいの席に座って、いただきますと手を合わせる。
スプーンでシチューをすくい口元まで運んでから、不思議そうにエドが尋ねた。

「?・・・食わねーの?」
「あ、いや・・・・・・・いただきます」

はっと我に返って自分もシチューを口に運ぶ。
途端に口の中に広がる、どこか懐かしい味。

「・・・・・・・うまい」
「ほんと?それさ、母さん直伝なんだ」

珍しく角も尻尾もなしに微笑むエドに、内心で驚く。

「・・・・・もしや、料理―――得意なのか?」
「いや、得意ってほどじゃないけど。オレん家オヤジが居なかったから、母さんを手伝うの当り前になってたからな」

料理・洗濯・掃除・・・一通りの家事は小さい頃から日常的にこなしていたのだと言う。

「今はさ、根無し草だし家事する機会なんてないけど・・・料理はさ、たまに作ってるんだ」
「どこで?」
「馴染みになった常宿の厨房借りたり、東方司令部の食堂の厨房とか?」
「・・・・・・料理好きなのか」
「ま、嫌いじゃねーけどな。好きでっていうより・・・・・・・忘れないため、かな」
「忘れないため?」
「アルに・・・・・・食べさせてやりたいんだ。母さんの味」

アイツが元の体を取り戻した時、良く母さんが作ってくれた物を同じ味で作って食べさせてやリたい。
だから、母さんの味を忘れないようにたまに作ってみるのだという。

弟の事を話した途端、ふわり表情が柔らかくなる彼を、ロイは驚きを持って見つめた。

『今なら・・・・・彼女の言葉がわかる・・・・・かな』
以前、厨房係りの女性がこの子供を『天使だ』と誉めまくっていた。
何を馬鹿な・・・と思ったが、こんな姿ばかり見せられている彼女には、確かに『天使』に見えることだろう。

―――本性を知っている自分でさえ、今の姿は天使にしか見えないのだから。



「君は、弟の事を話すときだけ表情が変わるんだな」

ロイの言葉にエドはきょとんとした顔で瞬きをして、そして笑った。

「そりゃ、最愛の弟だからな。オレの――――自慢の弟だ」

明るくて、優しくて、いつも自分より人の気持ちを思いやる。
―――――まるで天使のような、そんな弟だ。
そう言ってエドは目を細める。


「天使か。だから滅多に司令部に連れてこないのか?」

あんな空気の悪い所に連れてきて、汚したくないんだろう?
そう言ってみると、エドは『まいったな』と言う表情で首を竦めた。

「この3年で軍人全員が悪いわけじゃないってのは分かってるんだけどな。
でも、やっぱり『軍』には近づけたくないんだ。秘密がばれる可能性だってあるし」
「ま、賢明な判断だな。特に東方以外は絶対に連れて行かないほうがいい」
「ああ、分かってるよ―――」
「しかし、な。その毛嫌いしている軍に君は身を置いている。
―――自分自身も汚されているような、そんな気がして実は後悔しているんじゃないのか?」
「いや。元に戻る為には軍の力がどうしても必要だ。後悔なんてしねぇよ」


―――――それに、罪を犯した時点で、オレはとっくに汚れてる――――


そう言って何処か儚げに笑う――――だがそう口にする彼の容姿は、まさに天使の風貌で。
ロイは、胸の奥がズキリと痛む気がした。

「厨房係の・・・・・マーサを知っているか?」
「ああ?もちろん!!あの人優しいよな。いつもよくしてくれるんだ」
「――――彼女は、君こそ『天使』だと力説していたよ」

そう告げると、目を見開いて――――少し寂しそうに笑った。

「騙すつもりじゃなかったんだけどな。・・・・・・まぁ、知らない方がいい事ってあるよな?」
「―――別に君が騙しているわけじゃないだろう。彼女には君が天使に見えた。それだけだ」

続けられたロイの言葉に、エドは少し驚いたような顔をして、
そして、寂しそうな微笑を一転させ『ニヤリ』といつものように笑った。

「んで、アンタにはオレが悪魔に見える・・・と?」
「その笑いが悪魔なんだよ・・・・・」
「愛しい人の前では、ついつい本性がでちゃうもんだよねー?」
「―――本当に『愛しい』んなら、『天使』の方にならないか、普通?」

呆れたようにそう言うロイに、
嘘か、本当か。『気を許してるから本性が出るんだ』と、エドは楽しそうに口の端を持ち上げた。

「ところで、その最愛の弟君をどうして置いてきたんだ?」
「ん・・・別に。故郷に立ち寄ったら楽しそうだったから、少し遊ばせてやろうと思って」
「ほう。『優しくて思いやりがある』という弟が、君一人を旅に出して自分だけ遊んでいる。とでも?」

金の瞳を見詰めてそう言うと、珍しく彼は拗ねたように顔を背けた。

「・・・・・・・大佐の事愛してるけど、その勘が良過ぎるとこだけ、ちょっとキライ」
「キライで結構。・・・・・・喧嘩でもしたのか?」
「いや、オレとアイツは喧嘩なんかしたことねぇよ」

ただアイツが疲れてるようだったから、『軍命だからオレだけ行ってくる』と、無理矢理置いてきた。
エドはポツリとそう言った。

体をもたない彼は疲労することなどないから、『疲れてる』のは心の方か?
喧嘩とはいえないものの・・・・・何か2人の間ですれ違いがあり距離を取った・・・・と言う所か。
そのまま口を閉じてしまったエドを見ながら、ロイはそう推察した。

『まぁ、たまには離れるのも良いだろう』

まるで分身のようにぴったりとくっついているこの兄弟。
たまには離れる事も必要だろうと、ロイはその先を追及せずに、話題を変えた。

「そうか。・・・・・しかし、君が料理ができるとは意外だったな」
「そう?大佐だってさ、一人暮らしだろ。自炊とか、しねぇの?」
「うちの台所を見ただろう?・・・・・やらんこともないが、とにかく時間がなくてね」

ロイのキッチンには基本的な調味料の塩やコショウなどはあるものの、砂糖さえない。
冷蔵庫の中身もミネラルウォーターや酒など、飲み物他はチーズやサラミなどのつまみだけだ。
昔は少しくらいは自炊もしていたのだが、とにかく今は時間に余裕がない。
食事も外で済ませて、家には寝に帰るようなものだ。

そう説明すると、ふぅんとエドは頷き――――――そして、密やかに笑みを浮かべた。


「そういや、オレがたまに料理練習してる訳、もうひとつあるんだ」
「なんだね?」

シチューに口をつけつつそう問うと、
エドはスプーンを置いてテーブルに両肘をつき、指を組ませた両手の上に顎を乗せて。
そして、ロイにチラリと視線を送った。

「さっきのマーサおばさんが言ってたんだ『男を落とすにはまず胃袋を落とせ』ってね」
「ぶっ!!」

あのおばさんは若い頃、料理の腕であまたのライバルを蹴散らしたらしいよー?
楽しそうな声色で続けるエドに、ロイはゲホゲホと咽ながら目尻に涙を浮かべて顔を上げる。
すると彼は、先ほどの体勢のまま小首を傾げて微笑んだ。

「ね、おいしい?」

今度の微笑は間違いなく、角とシッポ付きで。
『だから、君は悪魔だって言うんだ・・・・・』
いまだ咽ながら、そう思いつつ恨みがましく彼を睨むロイだった――――



食事を終えた後、
『シャワー、浴びておいたぜ?』などと意味深に流し目を寄越す小悪魔を客室に放り込み、
しっかりと鍵を掛けて風呂に入った。
濡れた髪を乾かしながら彼のいる部屋の前を通りがかると、ドアから漏れる灯り。

『眠いといったくせに、まだ起きているのか?』
眉を顰めつつ注意しようか迷うが、やぶへびになりそうなので通り過ぎて寝室へ向かい、ベットに潜り込んだ。
うつらうつらと訪れた眠気に、やっと長い一日が終わったのを感じる。
まどろみの中、食事中に問い掛けたエドの言葉がぼんやりと浮かんだ。


『おいしい?』


色々といいたい事はあるけれど、確かにあのシチューは美味しかった――――
そう思いながら、ロイの意識は途切れたのだった。




やっと一日終わったようです(笑)
鍵をかけて風呂に入る大佐・・・・・・乙女?(爆)
・・・・・・・一応言っておきますが、エドロイじゃないですよ?
『ロイエド』ですからね・・・・?(胸を張ってしゃべれよ・・・・・)


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