「アイツ、両目開けてんのか?」
アスマの問いの意味が掴めなくて―――戸惑いながらも、イルカは頷いた。
「え、ええ」
でも、答えた途端、二人はまた複雑な顔をして。
なんだか訳が分からないことをブツブツと呟いた。
「・・・・・冗談だと思ってたんだけどな」
「・・・・・・・・・・本気ってことなのかしらねぇ?」
「あ、あの〜。なんのことですか?」
二人だけで何やら納得しているのに焦れて、聞き返す。
すると、紅は意味深に赤い唇を持ち上げて笑ってから、喋り出した。
「今まで私が聞いたアイツの顔、どんな顔だと思う?」
「え、あ?だから・・・俺が見たカッコイイ顔じゃあ?」
「ぶ〜〜、ハズレ!皆バラバラなんだけど・・・イルカ先生の言ったような顔を見た奴はいないわよ?」
「へ!?」
「アイツね、なんだかみょ―な顔ばっかみせてたみたいよ〜?例えば、タラコ唇とか」
「た、タラコっ!?」
「出っ歯って奴もいたわね」
「で、出っ歯・・・・・・・・」
イルカは唖然としてあんぐりと口を開けた。
いつも、自分はうっとりするほど綺麗な顔を見ていた。
だから、それが他の人にはそんな顔で見えていたのかと思うと・・・すごい違和感。
「他にもねぇ、おちょぼ口とか、だんごっ鼻とか?
もう少しマシなのだと、顎が割れてるとか、変な口ひげあったとかね?」
紅の言葉を聞き終えて、イルカは更に呆然。
・・・・・・なんで。
何でわざわざそんな顔を見せてるんだ?
さっき『どんな顔でも・・・・』とはいったけど、
幻術使ってまでそんな顔にすることないだろう?と、思ってしまう。
「だからね・・・・・見ちゃった奴は、かなり不憫におもうらしいわよ?」
紅に告白する時、大抵皆気の毒そうに声を顰めて告白するという。
しかも・・・女などは、あからさまに幻滅した表情ををかくさないらしい。
それを聞いて、イルカはなんかムカムカとしてきた。
顔ごときでカカシをそんな風に貶められるのは、なんだか嫌だった。
たとえ本当にそんな顔だったとしても、あの人は優しくて、誠実で、強くて、仲間思いで、里を誰よりも愛してて
・・・・・そして、どこか可愛くて。
ぎゅうっと、拳を白くなるくらい握る。
『ちくしょう、なんだか悔しい』
誰だろうと、あの人を悪く言って欲しくない!!
上忍だろうが、大名だろうが、火影だろうが・・・・・誰にも!!!
それなのに、自ら人に嘲られるようなことをしているカカシ。
今度は、そんなカカシに対して怒りがふつふつと沸いてきた。
ふるふると怒りに拳を震わせたまま、イルカは紅を見上げた。
「・・・なんで、あの人わざわざそんな顔みせてるんですかっ?
素顔をどうしても見せたくないなら、普通の顔にすればいいじゃないですかっ、普通の、平凡な顔にっ!!」
「イルカ先生、何そんなに怒ってるのよ?」
「怒ってません!怒ってませんけどッ・・・・・なんか、嫌なんですっ!
カカシさんが皆に不憫に思われたり幻滅されたりって・・・・・・・・すごく、嫌なんです!!
我慢できません!!!」
そう叫ぶ様に言いきって、はぁはぁ・・・と、肩で息をついた。
息を整えて、顔を上げると―――二人はあっけに取られたような顔でこちらを見ている。
途端、激昂していた自分が恥ずかしくなってしまい、イルカは顔を赤らめておろおろしだした。
「あ、す、すみません・・・俺、なんだか取り乱しちゃいまして」
別に、タラコ唇や出っ歯だったら駄目だって言ってる訳じゃありません。
カカシさんが本当にそういう顔でも、全然かまわないんです・・・人間顔じゃないです。
そうじゃなくちゃ俺なんか生きていけないですよ?
・・・それが素顔なら、個性なんですから堂々としてればいいんですよ。
あーだこーだ言うような奴がいたら言わせておけばいいです。
それで何か言うような人なんかより、
おちょぼ口だろうがだんごっ鼻だろうが、カカシさんの方が絶対素敵に決まってますから!!
ただ・・・カカシさんは、わざわざ幻術でそれをみせているんでしょう?
幻術使ってるってことは、元の素顔はそのどの顔でもないってことでしょう?
わざわざ幻滅させるような顔にして、そのせいでカカシさんの評価が下がるなんて、なんか・・・悔しいですよ。
そう言って俯いてしまったイルカを見て、紅とアスマは顔を見合わせた。
「ごちそうさん・・・・・」
アスマはぼそりと呟く。
「は?」
「カカシの奴、なんかムカツクわね〜」
「え?あ・・・そうでしょう?わざわざそんな幻術使ってるなんて、頭にきますよね!?」
「違うわ、そっちじゃなくて・・・結局良い思いしてるのにムカツクのよ!」
「へ??」
いや・・・皆に幻滅されたりしてんだよ?全然良い思いなんてしてないんじゃ・・・??
また訳の分からない事を言われ、イルカは更に戸惑う。
そんな彼に、紅先生はまた意味深な笑いを寄越した。
「あのね、イルカ先生。カカシがわざわざあんな幻術使ってるのには訳があるのよ」
「訳・・・?」
「カカシって派手な看板、しょっちゃってるでしょ?」
コピー忍者、千の術をコピーした男、写輪眼のカカシ――――
確かに、派手な看板をこれでもかって言うほどカカシ先生はしょっている。
「そのせいで里内でも詮索されたり、言い寄られたり・・・・・色々面倒があるみたいよ?」
寄越される厄介なものは、やっかみのような悪意だけでなく。
度を超した憧れや、一方的な恋愛感情も・・・時には悪意より厄介な場合もある。
だから、その憧れや恋愛感情を持って近づいてくるものに、あんな幻術を見せるのだ。
「同じ里の仲間、しかも悪意と呼べない・・・・・・・でも、鬱陶しい。
そんな奴を傷つけず、穏便に撃退するのに有効らしいわよ、あれ?」
「そう・・・だったんですか・・・・・・」
そうともしらず、さっきは喚いてしまった。
カカシ先生は相手を傷つけない為に、あえて泥を被っていると言うのに・・・
『顔などどうでもいい』といいながら、目先の体裁を気にしている自分がすごく恥ずかしくなる。
イルカはしゅんと項垂れた。
――――でも。
「あの。じゃあ・・・カカシ先生が昔馴染み以外で顔をみせたのって・・・・・?」
「そうねぇ・・・・・ほとんどその『撃退』の為だけね」
「そう、ですか・・・・・・」
それなら・・・・・それなら、俺に気軽に顔を見せてくれたのも?
イルカは、目の前が暗くなる気がした。
『俺、やっぱりいい気になってたんだ・・・・・』
ナルト達のことが気になって、あんまり頻繁に声をかけるものだから・・・
カカシ先生、内心鬱陶しかったに違いない。
まとわりつく俺を、その撃退した『度を超した憧れ』をもった人達と同じに感じていたのかも。
少し視界がボケてきて、慌てて頭を振った。
『マズイ、お二人に変に思われる・・・・・』
イルカは、瞳が潤みそうになるのを止める為・・・心の中でカカシへと悪態をつきだした。
『すみませんねー、どうせ俺は思いあがり野郎ですよ!
里の誇りであるあなたに親しげにされて、少しまいあがって馴れ馴れしくしすぎたかもしれません!
でも・・・俺、別にアンタのストーカーじゃないですからっ!
つーか、どこからとも無く現れて飲みに誘うのはいっつもアンタじゃないですか!
確かに姿を見れば俺から声をかけますけど、『飲もう』と誘ってくるのは決まってアンタの方ですしっ!
任務に行くたびくれるおみやげだって俺がねだった訳じゃないですしっ!
酔って『泊めてください』と、俺のアパートに転がりこむのもアンタの方ですしっ・・・!!」
そこまで一気に考えて・・・・・あれ?と思った。
客観的に考えても、俺のことをストーカーとあの人に誤解される要素は無いような?
つーか、どっちかってーと・・・・・・あの人の方がストーカーっぽい(汗)
それに―――――
『それに・・・・・俺が見せられた幻術は変な顔どころか、男の俺が見てもうっとりするような男前で・・・・』
ハタ、と気がついた事実に・・・・・イルカは思考を止め。
そして、ゆっくりと紅に視線を向けた。
「紅先生・・・・・・俺が見たのは、綺麗な顔でした」
「うん?」
「・・・・・・・・・なんで、俺にはあんな幻術を?」
「う〜ん、それは本人に聞いたほうがいいんじゃないかしら?」
そう言うと紅はニヤリと笑って、イルカの後ろの薄暗い廊下をみつめた。
「ねぇ、カカシ。そろそろ出てくれば?」