紅が薄暗い廊下に声をかけてから、少しの間の後。
すっと、気配が現れるのを感じた。
姿を確認するまでもなくわかる、見知ったこの気配は―――――
「・・・・・・カカシ先生」
「あー・・・すいません、イルカ先生。立ち聞きするつもりじゃなかったんですけど」
なんか、出辛くなっちゃって。
こちらにゆっくりと近づいてきたカカシは、そう言いながらバツが悪そうに頭を掻いた。
「あーら。アンタも遠慮することなんてあるのねぇ?」
可愛いとこもあるじゃない?
クスクスと笑う紅とニヤニヤと笑うアスマを、カカシはギロリと睨んだ。
「うるさいよ。っていうか、おまえら人が出て行けないのをいい事に、何べらべらと喋りまくってのよ?」
しかも女の話なんか持ち出して、イルカ先生をからかったりしてさ!
カカシから不穏な気が立ち上るのを感じて、イルカは慌てて両者の間に割りこんだ。
「い、いえ!そんな、俺は別に気にしてませんから・・・っ、カカシ先生!」
「イルカ先生・・・・・」
「それにしてもさすがカカシ先生ですね!俺、気配に全く気がつきませんでしたよ!?それに、あんなに綺麗に消されてるのに、気がつく紅さんもすごいですよね!さすが上忍の方ですねぇ、中忍の俺じゃあ逆立ちしても敵いませんね〜」
あはは〜!と、間を取り繕うイルカに、紅はふふっと笑った。
「確かに綺麗に消えてたけどね?イルカ先生が『カカシさんが皆に不憫に思われたり幻滅されたりって、すごく嫌なんです!!我慢できません!!』って叫んだ辺りに一瞬、犬が尻尾をぶるんぶるん振る気配がしたのよね〜」
「・・・犬?・・・ぶるんぶるん??」
「紅っ」
首を傾げるイルカの横で、再び不穏な気を立ち上らせるカカシ。
そんなカカシを見て、紅はワザとらしく身を震わせながら言った。
「おお、怖い。殺されないうちに行くわ・・・・・じゃーね、ごゆっくり?お二人さん」
紅はまた赤い口の端を持ち上げて笑って見せてから、手をひらひらと振ってさっさと歩いていってしまった。
アスマもカカシに「ま、がんばれや?」と、一言声を掛けて、紅の後を追うように歩き去る。
―――――後に残されたのは、カカシとイルカの、二人きり。
「ったく・・・紅の奴、面白がってくれちゃって・・・・・」
「・・・すみません、カカシ先生。ご本人のいないところで、あれこれと・・・・・・」
「あ、いや!イルカ先生が謝る事じゃないですって」
頭を下げるイルカに、カカシはパタパタと慌てて手を横に振って見せて。
・・・・・・・・そして、俯いたと思ったら聞き返したくなるほど小さな声で、言った。
「あの・・・・・・場所を変えて、少し話をしませんか?」
「・・・・・はい」
そして、二人は歩き出した。
******
移動した先は、アカデミーの裏手。
昼間に7班の子供達がやさぐれて座りこんでいた芝生の近くにあるベンチに、二人並んで腰を下ろした。
アカデミーには既に子供達の姿は無く、ここは職員室とも離れているので居残った職員がくる事も、まず無い。
邪魔が入らない二人きりの空間で、カカシは相変わらず俯いたまま、言った。
「あの・・・・・さっきのことなんですけど」
「はい」
緊張気味の声がそう言ったのに相槌を打ち・・・イルカはカカシの横顔を見ながら待った。
待った・・・・・・・のだが。
――――それ以上言葉を続ける気配もなく、カカシは黙りこんでしまった。
『なんか・・・・・子供達が、言いたいことがあるのにうまく言えなくて黙りこんじゃうのに似てるなぁ』
カカシ姿が、自分の教え子達の姿とダブる。
そんな事を思いつつ・・・教師であるイルカは、カカシが話し出すのをじっと待った。
待ったが・・・・・・流石に、じれてきた。
イルカは考えた挙句、深呼吸を一つしてから・・・・呟いた。
「俺のこと・・・・・騙してたんですか?」
途端、カカシははじかれたようにイルカに向き直った。
「騙してなんかいません!!」
「俺の事・・・・・あなたに纏わりつく鬱陶しい奴だと思ってました?」
「思ってません!!っていうか、アナタにだったら、ベッタベタに纏わりつかれたいです!!」
「は・・・?なんですか、それ;・・・じゃあ、俺のこと『あなたに親しげにされて舞い上がっている勘違い野郎』とか思っているわけでもないんですね?」
「そんなこと、思うわけないじゃないですか!?」
だって・・・・・親しくされて舞いあがってるのは、俺の方なんですから。
そう言って、また俯いてしまったカカシの旋毛を見ながら――――イルカは意を決したように言った。
「・・・カカシ先生。ちょっといいですか?」
「え?」
顔を上げたカカシを見つめながら、イルカは彼の片手をとった。
「い、イルカ先生?」
「カカシ先生―――――失礼します!」
焦るカカシをそう謝ると、その手を離さぬようぎゅっと強く握り、彼の両腕の間に自分の体を滑りこませた。
まるでしなだれかかっているようなその格好で、ブルーグレイの瞳が大きく見開かれるのを間近に見ながら、イルカは空いていた片方の手ですばやく彼のマスクを引き下ろした。
「あっ」
カカシの小さい呟きと共に、彼の素顔が現れる。
――――――――――それは、いつもイルカが見せられていた、綺麗な顔だった。
「今、印も組めなかったし、写輪眼も出てなかったですよね?幻術使う暇なかったですよね!?」
「・・・・・・・・ええ」
「やっぱり・・・これがあなたの素顔なんですね」
「・・・そうです」
「紅先生に、先ほど『あなたの素顔を知っているのは昔馴染みのご友人だけ』だとお伺いしました」
一呼吸置いて、イルカはカカシに問いかけた。
「何故、俺には素顔を・・・・・?」
抱きついたような格好のまま、少しだけ上にある彼の瞳を、見つめた。