ぴちゃん、ぱしゃん―――水音が、響く。
「は、ぁ・・・・・きもち、い・・・」
ぱしゃ・・・
気持ちよさげなカカシの声と、水面が乱される音。
「どこもかしこも、すべすべ・・・・・きれい」
うっとりした声で呟き、それを確めるように手を滑らせる。
指先にすべらかな感触。カカシの口端が笑みの形に持ちあがる。
きゅっ・・・
次いで聞こえた小気味のいい音に、更に満足感が増した。
・・・たったこれだけで、先ほどの憂いは目減りし、幸せな気分になる。
どうしたらいいんだと悩んだけど、こんなにキモチイイ思いができるなら、アリかもしんない。
『キモチイイから、アリって・・・お手軽過ぎるかなぁ?』
自分の考えに眉を寄せ―――だが、すぐに至福の表情になって、湯の中で長い手足を伸ばした。
『ま、いいか・・・』
仕方ないでしょ?・・・・・だって俺、綺麗好きなんだもん!
あ〜ホント、キモチイイ♪
どこもかしこも輝かんばかりに磨き上げられた浴室で、カカシは満足そうに湯に浸かっていた―――
★カカ誕2008★ 『バースデープレゼント』・・・4 
イルカがカカシ宅の風呂へと消えた後、カカシは戦々恐々としていた。
『この後・・・・・・食わされるのか?』
勘弁してくれ・・・と天を仰ぐ。
『据え膳食わぬは男の恥』とはいうが・・・正直不味いものは食いたくない。
任務から帰ったばかりで、まぁ溜まってるって言えば溜まってるけど・・・
戦場じゃあるまいし・・・欲求を解消したいと思えば選り取りみどり。
いくらでも好きなものを選ぶ事が出来る。
それなのに、なんでわざわざ男なんかで・・・と肩を落とす。
『そういう嗜好の奴ならたまらない場面なんだろうけど・・・俺はやっぱ女の方がいーね』
それにしても・・・あの人、やっぱり何考えてるかわかんない人だよね?
良く同じ事言われる俺が思うんだから、相当よ?
っていうか、礼って『恋人』じゃなきゃだめなの?
だって、あの人だって俺に抱かれたがってるようには見えないんだけど?
『別の事で・・・って、交渉してみるか?』
そこまで考えて、ふと我に返って、溜息が出た。
任務明けで疲れてるっていうのに、何でこんな事に・・・
疲れたし・・・・・・・とりあえずここは、今のうちに逃げとくか!?
って、ここ俺の家だよ。俺が出ていってどうするよ・・・・・
黄昏ていると、勢い良くドアが開けられた。
「隊長、お待たせ致しました!」
「おわっ!?何よ、その色気のない開け方!もっとしっとり恥じらいながら入って来なさいよっ!?」
恥じらいながら入って来られたらそれはそれで困るけど。
だけど、これから男を誘おうっていう人が、その入り方は無いんじゃない?
そう思いながらドアを振向いて・・・・・また、唖然。
上気して、赤くなった頬。
晒された、手足。
・・・・・・・・・・・けど、全く色っぽくない。
彼の格好は風呂上りの裸体・・・ではなく、忍服の袖と裾を捲り上げただけの格好で。
上気した頬は湯で温まったため・・・ではなく、労働で上気したようで、額が少し汗ばんでいる。
「・・・・・・・・アンタ、風呂でなにしてきたの?」
「え?風呂掃除ですが?」
「は?掃除?・・・・・・なんで?」
「あなたに入っていただこうと思いまして・・・まぁ、どうぞこちらへ」
イルカは、まるで自宅のようにカカシを案内しながら、風呂場に引っ張っていく。
『もしや、一緒に入ろうってんじゃ・・・』
うちの浴槽は一般住宅よりは若干広いと思うけど、男二人で入りたくは・・・ない。
男二人で狭い浴槽内で絡みあっているところを想像して顔色を悪くしていると、イルカが風呂のドアを開けるのが見えた。
「お湯、張っておきましたので」
そう言って笑うイルカの横で、カカシは驚きの声をあげた。
「え・・・!?」
目の前の光景。
それは、まばゆいばかりにぴかぴかに磨き上げられた風呂だった。
「これ・・・」
「任務後でお疲れでしょうから、まずはゆっくり風呂に入りたいかと思いまして」
イルカの言葉を聞きながら、カカシは風呂の中をしげしげと見つめた。
独身のひとり住まいではあるが、カカシの家は割と綺麗に整えてある方だと思う。
それは、別に通ってきて世話を焼いてくれる女がいる訳でも、業者に頼んでいる訳でもなく、ひとえにカカシが綺麗好きだからだ。
別に掃除が好きな訳ではないのだが、綺麗な空間にいると気持ちがいい。だから、片付ける。
・・・・・だが、それには限界があった。
他人を自分のプライベート空間に入れるのが好きではないので、ここに人を入れたことは殆ど無い。(今回は仕方なく入れたのだ)
付き合ってる女だろうが、掃除のプロだろうが、嫌なものは嫌だ。
そのため、必然的に掃除をするのは自分で・・・ということになるのだが、ここのところ仕事が忙しく、休みさえろくろく取れないくらいなので、本腰を入れて掃除をする暇が無かった。
風呂場も、大雑把には掃除をしていたが、天井や壁やらの汚れが気になって、リラックスバスタイムとは言えない日が続いていたのだ。
――――それが、今はピッカピカ。
ちょっと感動しつつイルカに視線を送ると、彼はまたにこりと笑った。
「どうぞお入りください」
「・・・ありがと。あ、もしかして・・・・・一緒に?」
そう言えば、この人一緒に入る気かも・・・と思い出して、恐る恐る聞くが。
イルカはあっさりと首を横に振った。
「いえ、俺は後でいただきますから、ごゆっくりどうぞ」
そう言うと、イルカはさっさと脱衣所を出ていってしまった。
それに唖然としたものの・・・・・折角だからいそいそと服を脱いで、湯に浸かる。
「あ〜・・・キモチイイ♪」
色々問題はあるものの、風呂には罪はないし。
綺麗な風呂は、やっぱりキモチイイのだ。
******
「風呂は気持ちよかったけど・・・次こそ・・・かなぁ」
ゆっくり風呂を堪能して、濡れた髪を拭きながらカカシはそう呟いた。
さっきはあまりの気持ちよさに『アリかも』などと思ったが、やっぱり冷静に考えれば『ナシ』だろう。
あの人の真意もわからないし、やはりマズイ。・・・っていうか・・・
『・・・ドアを開けたら、あの人が裸で三つ指ついていたら、どうしよう?』
ドアノブに手をかけて、固まる。
『そしたら・・・速攻、追い出そう』
うん、そうだ。そうしよう。
そう思いつつドアを開けると・・・途端に、いい匂いが鼻をくすぐった。
そして次に、あの人の声。
「あ、隊長。あがりましたか?」
「え、ええ・・・って、アンタ今度はなにしてんの?」
「食事の仕度です」
「はぁ!?」
「ゆっくり風呂に入っていただいてよかった。丁度出来あがったところですよ」
テーブルの上には、ブリの照り焼き、肉じゃが、切干大根とわかめの酢の物、ふのりの味噌汁・・・
それらが、旨そうな匂いをたてて並んでいた。
「座ってください、今ご飯よそいますから・・・あ、それよりまずビールですか?」
「・・・これ、アンタが?」
「ええ。すいません、買い物行けなかったんで勝手に冷蔵庫漁らせてもらいました」
「それはいいけど・・・」
先ほどまで任務で家を空けていたので、当然冷蔵庫には殆ど食品が入っていなかったはず。
あるのは、日持ちのする根菜やら冷凍しておいた僅かな肉や魚、あとは乾物のみ。
・・・どうやらそれらを探し出し、あり合わせながら何とか料理してくれたようだ。
『これがどっかのおばちゃん・・・ってんなら分るけど、この人独身男だよね?』
慣れないキッチンでこの短時間に・・・・・・・手際の良いこと。
そういえば、風呂掃除も短時間でカビまでとってピッカピカだったし。
・・・任務の時も、チャクラ量は普通だし戦闘能力も高いわけでもないけど、何をさせてもソツが無かった。
『もしかして、全てにおいて手際がいい人なのかな』
妙なところで感心していると、ビールとグラスを取って来たイルカが首を傾げた。
「食べないんですか?」
「あ・・・いや」
「・・・・・ああ、すみません。気が利かなくて・・・毒見しましょうか?」
「え、なんか盛ったの!?」
「盛ってたらこんな事聞きませんよ。あなたは上忍だから、知り合って間も無い俺の料理を食べるのは躊躇するのかなと思って聞いてみただけです」
呆れたような口調にカチンときて、色々はぐらかされてるのにも面白くなくて、カカシは強い口調で言い返した。
「アンタさぁ、俺を愛してるって証明するためにここに来たんじゃなかったの!?」
それなのに、掃除だの料理だのって・・・やる気あんの?
行動に移されると困るはずなのに、彼の真意が見えないのにイラついて、ついそう言ってしまった。
―――カカシの言葉を聞いていたイルカは、眉を寄せて不思議そうにこちらを見上げた。
「え?・・・・・・・だから、今それを証明中なんですが?」
「は?」
「愛とは、どれだけその人に尽くせるかです。ですから、あなたの身の回りのお世話をして『愛』を証明しているんですが?」
イルカの言葉に、カカシはポカンとして。
「・・・・・・・・『体で』って、労働のことなの?」
「そうですよ?」
他に何が?
そう言ってにっこり笑うこの人は―――――やっぱり得体が知れないと思う。
気が抜けていると、『とりあえず座ったらどうです?』と言うので、座った。
注がれたビールに口をつけながら、『この得体の知れない男をどのタイミングで追い出そうか』思案しつつ、料理に箸を伸ばす。
料理を一通り口に入れて・・・・・・・カカシは驚いたようにしげしげとイルカを見つめた。
「・・・・・・・・・アンタ、ヤルね?」
「恐縮です」
すました顔で頭を下げるイルカを見ながら、箸は止めずにせっせと食べながら考える。
とりあえず危険はないよね・・・毒も媚薬も入って無いようだし。
得体はしれないけど、木の葉の忍なのは確か・・・一緒に任務についたのは初めてだけど、見かけたことはあるから。
確か、三代目と一緒にいて、笑ってた。
あのじいさんが側に置くくらいだから・・・大丈夫だろう。
もとより、力づくでどうこうされることはありえないしね。
だったら、今日くらい泊めてやってもいいか・・・もちろん、部屋は別にするけど。
そう思いながら、肉じゃがをおかわりするべく、小鉢を彼に差し出した。
――――――――肉じゃが、すんごい、旨かった。
(あと、ブリも酢の物も・・・・・・・・・・なんつーか、全部。)